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威を借りるのはお互い様ということで

 戦争はよくない。ありえない。戦争反対。

 ――みたいな考えは、この世界ではとてもマイナー思考だ。

 なにしろ魔族との戦争をずっと続けているのだから。

 痛いのは嫌だとか死ぬのは怖いとか、そういった感情はこちらでもごく自然だし、一般市民は暴力に馴染みがない。けれどそれが反戦活動に繋がったりはしない。戦争というものに対する忌避感が薄いのだ。


 ……が、対魔族ではなくて人族同士での戦争に関しては話が別となる。

 その理由は単純。

 もったいないから。


 魔族と戦えばレベルアップの可能性があるのに対して、人族同士では経験値が入らない。ただただ兵士の損耗ばかりが積まれ、肝心の対魔族戦における戦力が減る結果となる。人族全体として、デメリットしかないのだ。

 ……しかしながら、戦国の常というべきなのかどの国もけっこうな割合で軍隊、戦闘職を抱えており、必然的に政治の場にも軍人が顔を出す機会が多い。そうなれば人族他国との外交手段として手っ取り早く戦争という手段を選ぼうとする場面も多くなってしまう。


 ――そんな情勢をどうにかすべしという議題はそれこそ千年前から上がっており、その結果として制定されたのが国家間をまたぐルール、大陸共通法である。

 その法にもとづき、人族同士の戦争はなるべく死者を減らすように取り決めを敷いた上で行われることとなった。戦争管理ギルドという国家に属さない組合が審判として戦闘自体はもちろん、ルールの受諾から決着後の条件履行まで監視することとなる。

 魔族との戦いを『戦争』と呼ぶのに対し、こうした人族同士の交渉手段としての戦いは『決戦』と呼ばれることが多い。


 ……ちなみに、国家の存亡を賭けた全面戦争などでは大陸共通法もほとんど意味をなさず、虐殺や指定された毒物の使用などを禁ずるぐらいしか効力を発揮しない。

 近年でそのレベルの争いに至ったのが、通称『ヴィトワースの乱』である。




「――戦場、設定、規則、勝利条件……、はい、概ね承知致しました」


 そんな大陸共通法のもとに執り行う今回の戦争について、フリューネはジュラナス将軍とルールについて確認を進めていた。合間合間にカゲヤへ質問を振りつつ、特に異論を挟まず話を進めている。

 横で聞いている私には今いちピンとこない内容も多いけど、勝利条件とそれに関する制約はシンプルだった。


 同数での戦い。制限時間あり。終了時に立っていた人数ひとりにつき1点。

 そして、相手の戦士を殺してしまった場合にはマイナス3点。


 つまり、いかに相手を殺さずに無力化し、自分は負傷せず戦場に残り続けるかが勝負のポイントというわけだ。


「人数はどの程度を考えられていますか?」


 フリューネの問いに対して、ジュラナス将軍は「どんなもんかね?」とサトウマへ振った。


「国家間とはいえ領地対領地の話ですから、600人というところではいかがですか?」


 え、多くない?

 うちの領土の兵士が全部ひっくるめても1000人ぐらいだったはずだから、その半数以上を戦争に参加させるとか色々まずくない?

 それに向こうの領地も人口は大して変わらないはず。うちは政変があって兵士が足りないと嘆いてるから向こうはもうちょっと多いんだろうけど、それでもその人数を捻出するのは大変なのでは。


「少し多いですね」同じ考えなのかフリューネもそう答えた。「所詮は金銭の問題です。法に則った決戦といえど死者が出ないわけもなく、そうですね――400人といったあたりが妥当ではないでしょうか」

「ふむ……」


 サトウマの視線はジュラナス将軍へと向けられた。

 お茶菓子をボリボリと食べてから将軍は言う。


「確かに金より命のほうが大事だねえ。けど命を惜しんじゃ戦に勝てない。困ったもんだよ」

 

 楽しそうに笑っている。え、今のは答えになってないよね? と思ったけど、


「ま、そのぐらいでいいんじゃないか?」


 次いでそう言ったことで参加人数は決定した。

 ……それでも400人か。どこから選抜したものか難しいなこれ。


「さて、概ね決まったところで、こちらからは1点お願いしたいことがございます」


 互いの事務官が取り決めた内容を書面にしているところで、サトウマがそう言った。


「どういったことでしょう?」

「難しい話ではありませんよ。要は今回の戦争について、あまり大事にしたくないというのがこちらの願いでして」

「それには同意致します」


 フリューネがそう答えたのも当然だろう。なにしろ借金の清算で揉めたから戦争するなんて広まって欲しい話じゃない。

 サトウマがにやりと笑うのが見えた。


「そうでしょう。ですから、あくまで今回の戦争に参加できるのは、お互いの領地が直接雇用している兵士に限らせてほしいと、つまりはそういったお願いです」


 フリューネの纏う空気が揺らいだ。


「……例えば、他領や他国から応援を求めるというのを禁ずると、そういった理解でよろしいでしょうか?」

「まさに」とサトウマは目を細める。「例えば貴国のカザン王子直属である『血風姉妹』のナナシャ殿、あるいは貴方の母国であるラーナルト王国からの援軍、そういった方々の参加は禁止とさせて頂きたい」

「傭兵は構いませんの?」


 皮肉げに言ったフリューネに対して、サトウマは僅かに身じろぎしながらも肩をすくめて見せる。


「まあ、それは領地の資本ですからな。とはいえ今回の戦争のためだけに大急ぎで、それこそナナシャ殿を雇い入れるような真似は妙な噂が広まりかねません。そうした意図的な雇用は違反行為と見做すように致しましょう。まあ、戦争後も1年は領地に身を置くこと、もちろん形式上ではなく給金や職務が適正であること――、それらをギルドに監査してもらうのが良いでしょう。ですが貴国は()()がお得意ですから、あまり準備期間を延ばすのはよろしくない。開催は――10日後と致しましょうか」

「……なるほど」


 フリューネはそれだけ言った。

 サトウマはさらに言葉を重ねる。


「ああ、当然のことを念のため申しておきますが、神々がご覧になられたジルアダム帝国での試合に参加されたという栄光ある戦士の方々。彼らも参加は禁止とさせて頂きたい。もしも参戦となればそれこそ周辺国家が注目するような大事となってしまいますからね」


 ――つまりそれは、

 シュラノ、リョウバ、アルテナ、そして私――この4人が参戦できないということか。

 サトウマは私の名を出さずフリューネに向けて喋りながらも、ちらりと嫌らしそうな視線をこちらへ向けていた。

 背後で、アルテナがギシリと歯を食いしばる音を私の高性能な耳が拾ってしまう。カゲヤの気配も針のように尖っている。


「大事にしたくない、というご意向には同意致しましたが」と、フリューネは底冷えした声を発した。私にお説教するときよりさらに数段低いやつだ。「随分と、参戦者の調整ばかりに腐心されているご様子ですね。それよりもこの戦争に関する話が広がらないようにする情報操作のほうが余程効果的かとも思うのですが」

「生憎と、フゲン王国は貴国と違って情報戦に弱いものでして」わざとらしく頭を振るサトウマ。「おまけに噂好きが多いので、どこから流れてしまうか知れたものではありません。例えば我が国のほうが位置的に近いところにローザスト王国もございますし」


 意味ありげな視線に、ジュラナス将軍はフンと鼻息を返しながらも口を開いた。


「……まあ、そうだねえ。そうなりゃうちの王様が関心を寄せちまうかもしれないね」


 つまり、あれか。

 大国ローザストに目をつけられたくなかったら今言われた条件を飲めと。

 ジュラナス将軍の言葉に、サトウマはご満悦な気配を放っている。


「なるほど。確かにそれは極めつけの大事となってしまいますね」完璧な作り笑いを見せながらフリューネは軽く首を傾けた。「ですが、サトウマ様のお願いごとを受けるためには懸念がございますの」

「それは……、どのような?」


 サトウマが不審そうにテーブルの上で両手を組む。


「例えば、お姉様と義姉妹の契を交わされたヴィトワース大公」


 その名前が出た途端にサトウマの顔が強張り、ジュラナス将軍が口元を引き締めた。


「そして、お二人が生ける証となった聖地である闘技場の番人という大役を神から授かったグランゼス皇帝」


 底冷えした声のまま軽やかに話すフリューネ。


「どちらも戦という点においてお姉様と深い繋がりがございます。このお話を知れば戦神の神名のもとに援軍を出して頂けることでしょう。それこそサトウマ様がご心配されている大事となってしまいますので、先のお願いごとを守るために彼の方々にも秘することとなります。ですが……、もし後からそれが露見したとき、一体どのような反応をされるか……」


 ごくりとサトウマが唾を飲む音が聞こえた。


「ですので、こちらからもお願いしたい条件がございます」作り笑いに、やや本気の笑顔が混ざった。「いま申し上げた懸念が現実となったとき、お姉様から彼の方々へ『この条件を飲んでもらうため、貴方がたへ隠し事をするという相手方の望みを受けたのだ』と説明し、ご納得頂くために必要なことだとご理解くださいませ」

「……それで、その、条件とは……?」


 サトウマの声が硬い。

 ローザスト王国の威光を借りた彼に対して、同じようにジルアダム帝国とウォルハナム公国の名を使ってみせたフリューネ。

 バックの頼もしさは言ってしまえば五分。

 であるなら、あとはこのテーブルに座っている私たちの勝負だ。


 そしてフリューネは、今日はじめて私へと話を振った。


「お姉様、お願いできますか」

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