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しゃっきん 11けた

 リョウバの恩寵獲得を祝った宴会の翌朝。

 いつものメンバーが集まる朝食会で「お姉さまたちが出かけられていた間に、厄介な手紙が届きました」とフリューネが切り出した。


「フゲン王国のデンツ領、その領主代行からです」


 その名前は流石に知っている。


「お隣さんから?」

「地形上は、間違ってないですねえ」


 エクスナが苦笑している。


 バストアク王国を含めて、このあたりには小国が6つひしめいている。東に接しているのがヴィトワース大公のいるウォルハナム公国で、北に接しているのがフゲン王国だ。そしてここレイラ・フリューネ特別自治領と国境を挟んで向かいに位置するのがデンツ領なので、私も思わずお隣さんと気安い言い方をしてしまった。


 けれどなにしろ他国だし、輸出入が盛んなわけでもない。地形的にも行き来しづらいので、交流はほとんどないといっていいだろう。


 ただ、地図上の近さという点以外にも私がその名前を覚えている理由があった。


「ねえフリューネ、その領主代行って誰? あそこにそんな肩書の人がいたって記憶もないんだけど……」


 厄介な手紙、という言葉で私はちょっと嫌な想像をしている。

 フリューネはにこりと微笑んだ。あ、合格です、って感じの笑みだこれ。


「サトウマという人物です。つまり、ここの前領主であるステムナの甥っ子ですね」


 ……うわー。



 ステムナ大臣が死に、私たちがこの領地を引き継ぐに当たってはファガンさんが事前に『掃除』をしてくれていた。

 大臣の家族・親族についても、それぞれの罪状に応じて処分が下されていたが、そのなかに他国に移り住んでいたため処分を免れた人物がいる。それがサトウマという男だ。


 はじめのうちは復讐を企んだりしていないか懸念していたので特殊軍を派遣していたけど、怪しい動きがなかったので最近は要観察対象から外れていたという。


「あそこの領主はもう御老人なのでそろそろ子供に継がせるらしいという話は聞いていますが、領主代行なんてのは初耳でした。サトウマは領主の娘婿ですが、後継者候補にはなっていませんし。まあ私の調査不足なんですが、言い訳させてもらえるなら大っぴらに発令されておらず、その権限を表に出したのも今回が初めてかと」

「あるいは、今回のためだけにその肩書を得たという線もありえますね」

 とフリューネが言った。


「……なんだか嫌な予感しかしないんだけど、その手紙の内容はなんだったの?」

「端的に言えば、借金の取り立てです」

「ええっ!? そんなのあるのうち!?」


 身を乗り出して尋ねると、フリューネは首を振った。


「少なくとも私はそれを把握しておりません」


 ――よかった、実は周知の事実で『まさか財務状況の報告書を読み飛ばされていないですよね?』などと詰め寄られることはなさそうだ。


 ですが、とフリューネは言葉を続ける。


「ファガン王にお尋ねしましたところ、『さあな、そんな証文は知らん。掃除してるときに燃えちまったんじゃないか?』と仰っていました」

「……えーと、それはどう解釈すればいいのかな?」

「少なくともバストアク王国およびレイラ・フリューネ特別自治領が認めるべき債務ではないということでしょう」


 ……握り潰したってことだろうか?


「それで、その借金ってどのぐらいかも書いてあったの?」

「はい。証文の写しまではありませんでしたが、額面は1億2千万カラルとありました」

「――は?」


 思考停止してしまった。

 からからと脳内が軽い音で空回りしている。――さすがの義体も復旧までにちょっとかかった。


 うーんと、久々に地球の円で換算すると、100億円~140億円ぐらいの相場かな? わかりやすく100倍の120億円にしておくか。うん。120億ね。120億だぁ!?


「全面戦争ってことでいいかな?」

「落ち着いてくださいお姉さま。熟考された結論がそれですか?」

「いや、ごめん、思考停止してたからどっちかというと即断かな」

「どちらにせよ大問題です。――とにかく、まずは向こうが持っているという証文を確かめる場を設けます。今のお姉さまを出席させるのはとても危険なので、ほんとうは私のみで済ませたいのですが……」


 眉根を寄せるフリューネ。その手にある手紙を隣りに座っているエクスナが横目で見つつ口を開く。


「立会人ですか」

「はい。公証人でも保証人でもないので、本来ならそこまで気を使う必要はないのですが、この地位となりますと……」

「え、いったいなに?」


 いま出た3つの~人がそれぞれどんなものなのかもよく分かっていないけど、面倒な事情がさらに積まれそうなのはさすがに分かる。


 フリューネは窓の外を眺めながら言った。


「……ローザスト王国の第五軍大将、ジュラナス。言ってしまえばたかが小国同士の領地間の借金について、あの強大国の将軍が立ち会われるそうです」




 数日後。


 私は領地から北の国境へと走る馬車に揺られていた。


「ローザストから派兵された気配はありません。ただデンツ領の酒場や娼館に、見慣れない男たちが増えているそうです。酔客を装い絡んだところ手際よく無力化されたとのこと。特殊軍が人相を把握しているほどの有名所はさすがにいないようですが、推定で40名ほどが傭兵として紛れ込んでいる模様です」


 書類を手に報告しているのはスピィ。帝国から戻ってきてからは顔を合わせる機会が減っていたけど、あいかわらずの優秀っぷりである。


 今回のメンバーは、折衝役に私とフリューネ、護衛はアルテナとカゲヤ、補佐にターニャとスピィだ。それ以外の供回りとして警備隊と領内の兵士、別働隊に特殊軍。単に借金の詳細を聞いて交渉する場に対しては過剰と言えるシフトだけど、そこにローザスト王国が絡んでいるので話がどう転ぶかわからないのだ。


 とはいえ、私が知っているローザスト王国の人といえばグラウスさんとレアスさん、それに特殊軍が引き取ったニンブルぐらいなので、仲間たちが色々危惧しているその脅威度があまりピンときていない。


 ――そしてそんなことはお見通しのフリューネ先生から、今日の折衝で相手の意図をどう読み取ったのか後で答え合わせという名の試験が待っているので絶対に気を抜けない。


 国境付近の険しい道を越え、平坦な道のりをさらに数時間、そうして到着したのはなかなか大きな町だった。

 

 フゲン王国デンツ領、国境から最も近い町のけっこう豪華なホテルが会談の場だ。

 フロントには支配人を筆頭に勢ぞろいで、最上階の一室まで案内される。宿泊室ではなく、パーティや会議用の部屋だという。


 先に室内にいて私たちを出迎えたのは、ふたりの人物だった。


「ようこそフゲン王国へ、レイラ様、フリューネ様。お会いできて誠に光栄です。ここデンツ領の領主代行を務めさせて頂いております、サトウマでございます」


 にこやかにそう言って前に出てきたのは、ちょっとぽっちゃりした男の人。

 互いに格式張った挨拶を交わした後、サトウマは後ろに控えていた人物を紹介する。


「こちらがローザスト王国よりお越し頂きました、ジュラナス将軍です」


 サトウマより頭ひとつ高いところから、その人物は声を発した。


「紹介に預かったジュラナスだよ。堅苦しいのは苦手でね、礼儀知らずで悪いが、よろしくお願いするよ、お嬢ちゃんたち」


 そう言って豪快に笑ったのは、なんというか割烹着とか似合いそうなおばちゃんだった。

 ……推定レベル50オーバーの。

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