上げ下げの激しい男
「麗翼隊に手を焼いた魔王軍は当然ながら対策を取ろうとしたのですが、そもそもが通常はまず想定していない高空の相手です。弓矢も魔術もろくに届かず、射程が売りの腕利きを用意しても先に見つかり先手を打たれるばかり。うまく撃てたとしても距離があるので回避され、即座に離脱される。――まあ、散々だったようですよ」
敵からすればめっちゃヘイト溜まりそうだな。
「そんな情勢のところに現れたのがリョウバです。常識外の射程を誇るという噂の魔弾使い――正直、どこまでほんとの話か怪しんでましたが昨日のアレを見て納得しましたよ。射程に加えて速度と威力をあれだけの水準で揃えるってのはたしかに埒外の技量でした」
言われてみれば昨日はその命中精度に驚いたけど、あの距離を一瞬で潰した弾速もたしかに物凄かった。たぶんこの義体の動体視力ですら、撃つ瞬間が見えていても必死で避けなきゃいけないだろう。それが見えないところから狙撃されるとか怖すぎる。
「当時の戦闘記録ですが、まず麗翼隊の3名が羽を撃たれたと。――術式で編まれたのか、物理的に生やしてたのかは不明ですが――。墜落しそうになった3名を救出した3名がさらに撃たれ、まず6名が地面に落ちたそうです。この時点では誰も死んでいませんでした」
ああ、そりゃリョウバなら女を殺そうとしないだろうな。
「墜落した6名は、手足を順に撃たれ、響き渡る悲鳴に上空にいる残りの麗翼隊を大いに動揺させたとのことです」
「――え?」
「急降下して助けようとした者も同じように羽を狙撃されて墜落し、地上に墜ちていた者たちはさらに無事な箇所を次々と傷つけられ、発射音と悲鳴が止むことはなかったとか」
「え? えっ!?」
リョウバの話をしてるんだよね?
「上空に残っていた部隊も被弾し始め、ついに負傷者を見切って撤退を決めたそうですが、そこからは頭部や胴を狙われ即死。結果として全員、射程外に逃げ切ること叶わず麗翼隊は都合数分間で全滅しました。リョウバの部隊が『空追う牙』と呼ばれるようになった由縁です」
エクスナの説明は終わった。
山頂から吹く風がやけに涼しく感じる。
「……なんで」
「さあ? リョウバの考えなど知ったことではありません」
「えっ!?」
ものすごくさっぱりした口調で私の疑問をスルーしたエクスナを思わず凝視してしまう。
「言ったでしょう、私はとりあえず事実だけご説明したまでです。なんでそんな真似したのかは気が向いたら本人が話すんじゃないですか?」
「う、まあ、たしかに人から聞くよりかは……」
「それより本題ですよ」
「え、本題?」
「ですから、リョウバの奴がなんとなく歯切れの悪い理由です」
「あっ、そうだった!」
過去話が衝撃的ですっぽ抜けてた。
「レイラ様、なんて言いますかひとつ入ったらひとつ出ていきますよね……」
「うっ……」
「まあ、集中して聞いて頂けるのでこちらも話しやすいですけど」
「良さげに言ってくれてありがとう……」
「それで、まあつまりリョウバは麗翼隊を全滅させたことを、空飛ぶ女たちの部隊を皆殺しにしたことを思い出したり口にしたりしたくないんでしょうね」
「うん、そうだと思うけど」
少なくとも私の知っているリョウバはそんな真似をしそうにない。なんなら戦場だろうと構わずナンパしそうな気がする。うん、その絵面なら簡単に想像できる。
「ですが以前に見たバストアク王の恩寵はまさに風神の御業の一端。風を操り敵を吹き飛ばし、そして自身は自在に宙を舞う――」
「あ、そういうこと……」
「はい。今回の試練で得られる恩寵が飛行能力かもしれない、ということにリョウバはこっそり怯えてたんですよ。で、そうじゃなくて心底安堵してるのをレイラ様に悟られないよう気取ってたのがバレて気まずいだけですよあいつ」
先を歩く背中を半目で見据えるエクスナ。
「……そっか、そういえば出発前も試練に対してかなり緊張してるように見えたけど、あれも試練の難易度とかそういうのじゃなくて」
「でしょうね」
「でも、なら他の誰かを推薦してもよかったのに」
「……まあ、あの会議の流れでリョウバが一番適切だという流れにはなってましたし、自分の過去よりも今の戦力増強の方が大事だって殊勝にも考えた可能性はなくもないんじゃないでしょうか」
「……そっか」
エクスナの説明してくれた事実には、間違いなく色々と重たい事情がついているのだろう。
それを押し殺して、トラウマを刺激するような恩寵が手に入るかもしれないという試練を、あれだけ頑張って突破してくれた。
「膝枕ぐらい、してあげればよかった――なんてこと思ってませんかレイラ様?」
「なんでわかったの!?」
「やっぱり……。騙されないでください、奴の不安は実現しなかったんです。であるなら結果として残ったのは幸運にも恩寵を得る機会を与えられた戦士とその主です。それ自体が褒美です」
あれ? 言われてみればそうなのかな?
「だいいち普段の奴の所業をよーく思い返してください。あれだけ女にうつつを抜かす軽い男なんですから多少の重たい過去ぐらいちょうどいい重石です。それすらなかったら本当にただの薄っぺらい遊び人ですよ」
「エクスナってリョウバの悪口言うときほんと饒舌だよね……」
「変なとこ感心しないでください。というわけで奴に追加のご褒美なんで不要です。役立つ恩寵ではあるので精々使い倒しましょう」
「うん、わかった」
そう答えると、前方ちょっと離れた先を歩いているリョウバが勢いよく振り返った。
「あっさりと納得されないでくださいレイラ様! 途中まで非常に良い流れだったではないですか!」
痛切に嘆いてやがる。
「しっかり聞いてんじゃないですよ。私に喋らせたのも自分で言うより効果的だとかどうせ計算してたんでしょう」
「うわ、姑息……」
誤解ですと叫ぶリョウバに2人で足元の石を投げつけてやった。
背を向けてさっさと逃げる姿は昨日見たのと同一人物とは思えないほどかっこ悪かった。
村へ戻って待機していたメンバーと合流し、そのまま帰路へつく。
警備隊の面々は言われた通り真面目に訓練していたようで、だいぶスピードが落ちていたけど「遅れずに着いてきた奴らは帰った夜に――で奢ってやろう」というリョウバの一言で馬車を追い抜く勢いまで達した。
なお、超小声で告げていた店名をエクスナに伝えたら地球で言うキャバクラよりもうちょっと過激なところだとしかめっ面で教えてくれた。私の聴力を甘く見たねリョウバ。
帰りの道中は特にトラブルも起きず、無事に領主館へ到着。
達成! とだけ取り急ぎフリューネたちに伝えてお風呂へ。
汗を流した後、会議室で皆に詳細を報告するとそれぞれがリョウバへお祝いの言葉を投げていた。
「まあ今回は実際がんばりましたから宴会をしてあげますよ。仕切っておくので夜になったら食堂に集まってください」
楽しそうにエクスナがそう言うと、リョウバは動揺に目元をぴくりとさせ、気付いたのかバッとこちらを見つめてきた。なので私も自分の耳を指先でトンと叩き、頷きで返してあげた。
今晩、彼のお財布は必死で着いてきた警備隊の人たちによって羽のように軽くされるのだろう。本人抜きで。