Point of Impact
「神がこの試練をお作りになられたご意思を察するのは宗教家に任せるとしまして、この岩場を破壊して道を作るのは無理ですね」
「そうだね。まあ何百回だか繰り返せばできるんだろうけど、1回ごとに吹き飛ばされてちゃ効率が悪すぎるなあ」
「はい。というかさっきのは吹き飛ばされたのが幸運でしたよ。あれ吸い込まれる方に当たってたらどうなってたかわかりません」
「あー、確かに……」
大根おろしの気分を味わいたくはない。
「では強引に突き崩すのは諦めるとしまして、次なる手ですがレイラ様なにか思いつきますか?」
「んー、例えば岩場を飛び越えて崖底まで一気に向かうのは――駄目か」
言っててすぐ気づいたけど、崖の側面にも穴が空いてるので無防備な落下中に壁面へ叩きつけられるか吸い込まれるかするのがオチだろう。
「ええ、あの壁面は難所ですね。似た方法として大岩や丸太で穴を塞いでいくっていうのもやはり降下する段階で詰まりますし」
「あ、例えば飛び越えるんじゃなくて、こうリョウバを担いで、あの球体の近くまで投げ飛ばすっていうのはどうだろ? 思い切り勢いつければ壁面の風も強引に突破できないかな」
「なるほど……、どうせ使うのはリョウバの命ですし、ひとつ試してみましょうか」
「待った、そのひとつの重さをもう少し慮ってはどうだ?」
リョウバが慌てて割り込んできた。
「でも実際どうです? あなたレベル高いんですからレイラ様の全力投球に耐えられません?」
「崖の染みになる未来しか見えんな……」
リョウバもエクスナやシュラノほどじゃないけどステータスが後衛に偏ってるからなあ。総合的な耐久力ならアルテナの方が高そう。
それにしても、これだけあからさまに即死トラップが敷き詰められているというのはゲーム的に考えると素直に突き進む以外の方法を使えって言われてるようなものだよね。
「ねえエクスナ、この場所を教えてくれた人って滅んだ村の子孫だって言ってたよね。で、言い伝えが残ってたって。その内容にここを攻略するヒントとかなかったのかな?」
「残念ながら、そのようなものは。なにしろ何代前に移住したのかすら判明しない古い話でして、今も覚えていたのは3人だけ。それも子供の頃に祖父からちらっと聞いた記憶があるとか、何十年も前の親族の集まりで誰かがそんなことを言っていた気がするとか、なんとも曖昧で」
「あー、そういう感じかぁ……」
「はい。得た内容も断片的で、ひとつはここへ辿り着くための朧気な道筋、残りふたつは『神の嵐を抜く』、『眠れる至宝』という短い言葉だけを辛うじて覚えていたぐらいでして。それを部下が結びつけたという次第で」
「うーん、厳しい……。正攻法じゃ無理かなあ……」
こうなるとマジでゲーム的にと言うか、製作者の気分になって考えるしかなさそうな。
「なんとなくありそうなのは、この穴のどれかが無事に崖底までたどり着けるっていうやつかな」
「運試しみたいなものでしょうか?」
「そうそう。まあほんとに運任せで挑むにしては数が多すぎるから、たとえば特定の条件を満たしていればどの穴に入ろうが風は吹かず先に進めるみたいな」
「なるほど。条件というのは、つまり神に選ばれし者というわけですか?」
「んー、その人の能力とか性質とかっていうだけじゃなくて、他にも決まった日付とか時間になると日差しを反射したり影が指し示すみたいな仕掛けが働くとかね」
「それはまた、大掛かりな……。ですが神々の視点におかれてはそのぐらいの規模のほうが有り得そうにも思えますね」
けどそれらも結局ノーヒントじゃなあ……。
それ以上はアイディアが浮かばずエクスナと首をひねっていると、
「レイラ様」
とリョウバが口を開いた。
「ここまでのお話をまとめると、どの手法を取ったとしても高確率で私は死ぬかと」
「うん……、いや取らせないよ!?」
エクスナだって冗談で言ってたんだし。……多分。
「ありがとうございます。確かに、私としても今よりもっと劇的な状況で死地へ行けと命令されたいものです。その方がレイラ様も場の空気に流されて最後のお情けを頂ける確率が高まるというもので」
「真面目に話さないと今すぐ手近な穴に投げ込むよ?」
「それです。その方法も鍵のひとつでした」
「へ?」
リョウバはまっすぐ伸びる亀裂に正対する。
「出立前にレイラ様が仰っていた中に、ある程度は挑戦者が続くためにも狭すぎる門ではない、というご推測がありました。しかし実際この場に来みると、レイラ様ですら正面突破できそうにないという有様。これでは並の人族が試す気概などそうそう起きないでしょう」
「それはつまり、本来の挑戦方法が失伝したってことじゃないんですか?」
とエクスナが指摘する。
「もちろんその可能性はある。だが現状それを確かめる術がない以上、手持ちの札で考えるしかなかろう。――次にレイラ様が私を放り投げるという案、これは安全性を大幅に無視すれば、実際有効だと考えられます。投射物の質量と射出速度を踏まえれば、この狂風を突破できるやもしれません」
そう話しながらリョウバは己の右腕を変形させ始めた。
「その案の裏付けでもありますが、この試練は地形だけ見れば、驚くほど射手に好都合です」
肘から先が赤い金属のような質感で覆われ、やや中間が膨らんだ円筒形――まさにロック○スター的な彼の戦闘形態に。
「エクスナが集めた口伝も裏付けの補強になるかと。『神の嵐を抜く』という言葉ですが――、つまり射抜いても良いのでは、と」
ドウッ、
とその右腕から魔弾が発射された。
拳大の魔弾は一瞬で岩場を抜け、崖底へと目掛けて突き進み、
――ズガンッ
壁面から吹き出た突風に進路を曲げられ、反対の壁に着弾した。
「……いや、逸らされましたし、そもそも全然届いてないんですけど」
エクスナの言う通り、残念ながら目標までの距離の4分の1というところだ。
「仕方ないだろう。私自身が投げられるという案に比べれば質量と推進力が足りないのだ。だが、実際に狙いをつけてみても実感したよ。この試練は狙撃という手法が正道だ。不安要素はあるがな」
なんだかすっきりとした表情でそう言いながらも、リョウバは右手をもとに戻してしまった。
「……レイラ様、恐れながら少々お目汚しを致します」
そして今度は常と逆に、左手へと彼の魔力が集中していく。
右手と同じ赤い金属質が、右手とは違い肩口までをも覆っていく。
それだけでなく、二の腕と前腕から2本ずつ赤い針のようなものが伸び、地面へと突き刺さる。
手首から先は細く、さらに長く、複雑な形のナイフを束ねたような先端へと変形する。
やがて完成したのは、この世界で見かける術師が使う杖と、地球のメディアで見たことのあるスナイパーライフルを混ぜたような代物だった。
左肩から先の関節がなくなり、一本の長いファンタジック狙撃銃と化した左腕は地面へと刺さった計4本の突起でしっかりと安定し、崖下の緑色した球体を狙っている。
リョウバ自身はしっかりと両足を踏みしめ、半身になって左目で照準を合わせている。
「――これって、バストアク王に使ったやつ?」
思い出すのは普段見るリョウバの弾丸と明らかに異なっていた、レーザーのような一撃。
「その通りです。……レイラ様、ここまで私の考えをずらずらと述べさせて頂きましたが、あくまで推論でしかありません。そしてこの一撃については、あの球体まで届く威力を自負しております。つまり私の推論が外れていた場合、不遜な手法で試練を汚したと天罰が下る恐れがございます。そのうえで試させて頂けるかどうか、ご判断を仰ぎたく」
なるほど。だけど、
「リョウバ、神様関連で色々やらかした私が言ってあげるよ。――何を今さら」
ですよね、とエクスナが言い、
流石の説得力です、とリョウバは左手へさらに魔力を集め始める。
――ビュゴウッ
「え?」
断崖の方から、風の吹き荒れる音がした。
見れば亀裂の合間を砂や葉が舞い踊り、小石もあちこちにぶつかって軽い音を響かせている。
さっきまではランダムにどこか1箇所の穴から吹き出していた風が、今は四方八方に吹き荒れている。あちこちの穴を吹き抜けているらしく、重たい笛のような音もそこかしこから鳴り響き始めた。
「なんか様子がおかしいですね、ほんとに天罰ですか?」
エクスナが目を眇めてその様子を眺めるが、「いいや」とリョウバが珍しく整えていないむき出しの笑みを浮かべた。
「むしろ当たりを引いたらしい」
「は?」
「先ほどまでの突発的な颶風は、射手にとって最悪の代物だ。正直言って抜けるかどうか完全に博打で、それこそが不安要素だったが……、こうして常に吹き荒れてくれるならば勘定に入れるまで、神の試練に相応しい難関だ」
「え、いやちょっと無理でしょう!?」
「どうかな」
そしてリョウバは私を見た。
「柄にもないことだと自覚しておりますが……、ここから暫し、黙って真面目にやらせて頂きます」