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最も速い手段

 領地から、まずは馬車で目的地最寄りの街まで。

 国内の移動とはいえ、バストアク王国は大陸でも有数の起伏に富んだ土地なので馬車がゆける道は限られている。迂回しながら3日ほど揺られてたどり着いたその街では座りっぱなしだった身体をほぐしがてら夕飯時までぶらついてみたりした。


 他領の街なので本来ならここの領主に手紙を出しておき、市長なり町長なりに挨拶などすべきなんだけどフリューネが同行していない身でそうした行動はリスクばかり出てくるという判断がメンバー全員同意のもと下され、今回はお忍びでの移動となっていた。


 なのでエクスナとリョウバと3人でのんびりと街なかを歩く。


「なんか懐かしいね。たしかラーナルトの漁村でもこの3人で買い出ししたよね」

「ああ、そうでした。イオリ様が最初に起こした大事件がありましたよね。たしか神様が2柱降臨されるとか今でも信じたくない出来事が」

「うっ……」


 当時はそこまで重く受け止めていなかったけど、それから今日までこの世界に身を置いてきたのであれが相当なレアイベントだったことは理解できている。


「あのさ、帝国では闘技場が聖地になったじゃない? ラーナルトのあの森って今どうなってるか知ってる?」

「まだまだ混乱中ですよ。帝国のときと違って神様からのご託宣もなければ皇帝のように状況を理解し場を仕切ってくださる方もいませんでしたからね。何があったのか調査している研究団体と、場の保全に腐心する宗教団体とで揉め事が頻発したり、そこへ観光客が押し寄せたり、それを目当てに屋台村ができたりと大変な騒ぎだそうです」

「……えーっと、地域活性化に繋がったみたいだね?」

「方向性の定まらない活性化は暴走と言うんですよ?」

 にっこりと微笑まれた。


「あ、そういえばあのときイオリ様が助けた少年、有名な料理店で下働きしているそうですよ」

「へえ、そうなんだ! 元気そうで良かった」


 あの神様騒動のせいでチンピラに誘拐されかけた男の子。

 迷惑料代わりに地球のレシピをいくつか教えたから、自分で作るために修行してるってことか、頑張ってるなあ。


「けどそんなことまで把握してるの凄いね」

「これに関してはイオリ様が原因ですよ」

「へ?」

「あの村の治安維持をフリューネ様がラーナルト王城へ依頼したじゃないですか。そのときイオリ様が名指しで『特に気をつけてあげて』なんて言ったもんだから、ラーナルト王族指定の保護対象ですよあの少年。だから警備もしやすいように城下町に移住させて、料理店への推薦も王城から出されたそうです」

「嘘!?」


 あくまで変な連中にまた目をつけられないようにと近衛兵にお願いしただけで、別に王様の手を煩わせるつもりじゃなかったけど――でも下手すると命に関わる迷惑をかけてしまったんだし、この場合は、


「私からラーナルト王に手紙とお礼を送っておくのがいいかな」

「そうですね。まあラーナルト王国が受けてる恩恵のほうがずっと大きいので少年にかけてる費用を賄う必要はないと思いますけど」

「え、恩恵って?」

「そりゃレベル測定器を開発したってことになってますし、フリューネ様が大陸でも注目を集めている領地の特別顧問になりましたし、だいぶ人族領内での立場を強化してますよ」

「あー、そういうことか」

「よかったですね、この場にフリューネ様がいなくて」

「う……」


 確かに、『お姉さま、まさかご理解なされていなかったのですか?』なんて可愛らしく小首を傾げてるのに視線が氷点下の妹の姿がありありと想像できてしまった。


 

 翌日からは馬車の荷台に座っていられない悪路になるので、直接騎乗しての移動となった。といっても私に乗馬スキルはないのでエクスナと2人乗りができる大きな馬で。


「私だけ走ってもよかったのに」

「他領に変な噂が流れるような真似をしないでください」


 私とエクスナとリョウバの3名以外は補給や雑務、案内に警護などで領地から連れてきていた。あまり目立たないよう総勢で10名。さらに先行部隊と本隊で分けているので街の人や移動中にすれ違った人たちからは5人ぐらいの旅行者として見られている。


「シアンたち選ぼうかとも思ったけど、やっぱり他国の軍人だからねー。恩寵探しに同行させるのはちょっとまずいかなってことで言わなかったんだけど」

「あー、それは正解ですよ。発端含めて機密事項ですから」

「だよね。でもせっかく来たんだから、訓練ばっかりさせてるのもどうかなって。また別の機会にはどこか連れ出すのもいいよね」

「……そうですね。あまり危険のないところであれば」

「あれ、意外。スピィをいきなり帝国に放り込んだエクスナならもっと容赦なく使い倒せとか言うと思ったけど」

「いえ、まあ、借り物ですから……」

「そういえばフリューネもちょいちょい2人のこと気にしてくれてるんだよね。そっか、やっぱ年の近い子が増えて嬉しい?」

「あー、はい、そうですね……」


 馬上で顔が見えないけど、なんだか声には疲労が出ているような?


「ごめん、この馬大きいから大変だよね? やっぱ走ろうか?」

「お気遣いだけありがたく頂いておきますのでやめてください」



 半日ほどで小さな村にたどり着いた。

 宿もない本当にささやかな村だったので、村長にいくらかのお金を渡して比較的きれいな廃屋を借り、食料をわけてもらった。


 夕食を作ったのはエクスナ。

 多めにお金を渡したのか、鳥をつぶしたり日が暮れたのに畑から野菜を抜いてくれたりと新鮮な食材を融通してもらえたので、サラダにシチューに焼いた鳥モツにと、豪勢なメニューができた。

 それを見て暗部の人たちはかなり恐縮していたけど、「お前たちに任せると素っ気ないものが出そうだからな」と言いながら苦もなく10人前以上の料理を配膳していた。――もちろん私とエクスナが数人分を食べるためだ。


「おいこら隊長、その手を離せ、やめろ溢れる!」

「いや、レイラ様が満足されてから残った分をお前らに回したほうが良いかな、と……」

「ふざけんな冷めた飯で疲れが取れるかぁ!」

「何を甘いことを、戦場で湯気の立つ料理など良い的でしかないぞ」

「だから何度も言ってっけど俺らは警備隊なんだよ! そもそもここまで遠征するのも本来の仕事じゃねえだろが!」

「馬鹿め、レイラ様のいるところがお前たちの守るべき場所だ。もちろん今晩も不意打ちをするから気を抜くなよ」

「わかった100歩譲ってこれも仕事でいいから訓練混ぜるのは止めろクソ隊長が!」


 リョウバは警備隊の人たちといつものように賑やかにやり合っている。


「いつでもどこでもやかましいですねー」


 大盛りの料理を手にエクスナが隣にやってきた。


「いいの? 特殊軍の人たちと一緒に会話とか」

「距離を保っておいたほうが仕事しやすいんですよ私。特に今は総隊長なんて立場になってますし」

「あー、まだ後任決まってないからねえ。ファガンさんも先に情報局局長の方だって言ってるし」

「そうなんですよ、そのふたつが一気に変わるのは流石に混乱しますから、私はまだ当分このままっぽいんですよねえ」

「うん、大変だとは思うけど、でも領地に帰ったらあんまり疲れた顔は見せないほうが……」

「重々承知です。最近モカの視界内では常に体調万全の振りをしてますので」


 まあ、週イチの診断でバレるんだけど。

 


 翌日からは、もう馬にすら乗れない悪路を進むことになった。いや、正確には悪路ですらない。かつてあったはずの道が大自然に飲み込まれているのだ。

 この先は荷物とメンバーを絞り、私達3人と道案内・斥候の合わせて5人だ。ちなみにどちらも特殊軍で、警備隊の面々は村に残ってリョウバの指示による訓練をすることになっていた。

 ――もちろんサボりそうなので同じく残っている特殊軍の人が見張りになっている。


 黙々と山中を歩く。

 

 ここまでの道中もそうだったけど天気が良い。薄手の長袖1枚でちょうどいいぐらいの気温で風も穏やか。頭上を覆う樹々の隙間から日差しが煌めき、鳥や獣の鳴き声が木霊している。


 道がないとは言ってもステータスの高さで多少の起伏は軽々と越えられるし、険しい坂が続いても苦ではない。

 少し前を行くリョウバの足取りも軽やかだ。


「……はっ、ひっ、……ぜぇっ、……うわっと!」


 ただひとり、最後尾を歩くエクスナは疲労困憊だけど。


「大丈夫、じゃ、ないよね……」


 足取りがふらついて岩場で転びそうになった彼女のところまでひとっ跳びしてその肩をつかむ。


「ぅありがとう、ござい、ま……」

「ほらちょっと止まって水飲んで」


 スピードならパーティメンバー内でも随一のエクスナだけど、スタミナの少なさもまた随一である。短時間短距離のスプリンター型なのだ。


「おんぶしようか?」

「……部下の目が……」


 斥候の人はわりと先へ進んでいるので私の気配察知の範囲からも消えているけど、道案内の人は続くリョウバの視界から外れない速度を保っている。


「あ、そうか、あいつを消せば」

「ちょっと待って、落ち着いて」


 その道案内人へ半目を向けるエクスナ。

 殺気を感じたのかビクッとしているのが見えた。


「おーい、ちょっと戻ってくれる?」


 呼びかけると、素早く駆け下りてきた。


「申し訳ございません領主様! 総隊長のお世話は私が――」

「あ、違う違う、そうじゃなくてね」


 私と同じかちょっと下ぐらいの男子だ。鋭い目に痩せた身体でぱっと見はとっつきにくそう。

 だが私は昨日の夜に見ている。彼がエクスナのつくった夕食を実に美味しそうに食べていたのを。


 ――特殊軍に所属しているうちの多くは、食に興味がないという。普段から痕跡を残さないよう習慣づけられているので、煮炊きどころか食堂を使うことも少ない。食事は主に保存食か、近くに住む動物が食べるのと同じ果実や魚。それも果実なら皮や種、魚は骨や内臓ごと生で食べるのだという。


 けれど当然ながら全員がそれで満足しているわけもなく、おそらくは訓練の一環だと自主的に我慢してる人や、先輩の目だったり同調圧力なんかで我慢させられている人もいるはず。

 

 というわけで、私は彼に微笑みかける。


「今から私はエクスナをおぶって移動するけど、このことを秘密にしなさい。見返りに訓練と称して領主館の専用厨房に呼んでご馳走するので」


 交渉はとてもスムーズに成功した。

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