今明かされる衝撃の戦歴
予想通り、朝会は長くなった。
「まさかとは思うが、ノルド殿もそうだったりするのか?」
「はい。12戦目でした」
「一時期、引退された将校が急に亡くなられることが重なっていたが大部分がお前だったか……」
「サーシャ様に随分と骨を折って頂きました」
「……皆、満足されたのか?」
「そう願っております」
私はバランとサーシャからざっくりと聞かされていた。
なんでもカゲヤは、サーシャの人脈で退役した軍人の侍従になっていたそうだ。そしてその働きぶり、あるいは性格なのか素質なのか、とにかく「この者になら」と認められた時点で生死を賭けた試合を行い、勝利する。
それを幾度も繰り返していくことでカゲヤは恩寵の効果を存分に発揮し、レベル1000に到達したのだという。
聞かされた当時、私には色々と理解できない話だった。
今でもきちんとわかってはいないけれど、魔王城で生きる人族の少年だったカゲヤと、その保護者である魔族最強と謳われたサーシャ、そして数百年続く戦争、その戦線から引退した老兵たち。それらの要素が混じり合って今のカゲヤがいるということには、なんとなく腑に落ちるような心境にはなれていた。
もっとも今日始めてそうと知った皆はツッコミで忙しそうだけど。
「あっカゲヤ! もしかして元第二軍のアジエルって!?」
「はい、お相手しました」
「やっぱり! あいつ背信の疑いで私が調査中だったんですよ! いきなり死んだと思ったら……!」
「いえ、あの方は無実でした。ただ恩義のある方が犯人だったそうで、口を割るのも閉ざすのも難しい立場故にサーシャ様へ相談された結果、私を殺せば片を付けるという条件で」
「知ってますよ今は! あの後真相突き止めるのにどんだけ回り道と残業したと思ってるんですか!」
べたぁっとテーブルに突っ伏すエクスナ。
「あのー、研究部門から軍に移籍したイエツナさんって知ってます? 血狂いの魔獣を手懐けた人なんですけど、退役したらその魔獣がいなくなってて」
「八本足のニグレオンでしたか?」
「そうです! その特異体、ずっと班長が目をつけてて退役したその日に特攻してたんですけど『先ほど死んだ』って言われて泣きながら帰ってきてすっごいめんどくさかったんですよ! 代わりに魔王様の飼ってる魔獣かっぱらうって言い出した班長止めるのに交換条件で人族領土遠征付き合わされたんですから私!」
たぶんリラックス効果のある自家製ブレンドスパイスを大量にミルクティーへ投入するモカ。
「……血償魔術のロナ」
「ああ、サーシャ様の闘法を魔術で再現しようとしていた方でしたね」
「……覚えている限りの戦闘記録を」
「わかりました、書いておきます」
それを聞いて満足そうに目を閉じるシュラノ。
その後も魔王城出発時からのメンバーが思いついた順にカゲヤへ質問を投げ、途中からアルテナも参加し、朝から血なまぐさい話題で大いに盛り上がった。
「あの、そろそろ皆様の通常業務もありますし、今後の方針だけ先に決めてはいかがでしょうか」
質問の隙間を縫うようにフリューネが発言することでようやくみんな我に返ったらしい。
「そうでしたね……。じゃあ本題ですが、風神の恩寵探しに行くのはまず権利を譲る前提でイオリ様・カゲヤ・私が候補。で、恩寵を賜る候補ですが――まあ先代バストアク王の威力を目にしてますし、戦力増加に繋がる恩寵である可能性は高いですよね」
エクスナの発言に、私はふと気になったことを尋ねる。
「逆に、戦力増加にならない恩寵なんてあるの?」
「うーん、まあ後方支援向きの恩寵ですかねえ。それも大枠で言えば戦力増加に違いはないですが。例えば農産物の質と量を大幅に上げる恩寵とか、描いた絵で見た者の精神状態を変化させられる恩寵とか」
「そんなのあるんだ。――ああ、そういえばマリエットさんのとかもそうだね」
数字を五感で把握し、逆に万物を数字で把握できるという他者には難解な恩寵。
「そうですね。ですが風神の恩寵となると当然ながら風を操るか、それに類するものになりそうですから、やっぱり前線に出る者たちのなかから選ぶ方がいいと思いますよ」
「うん、そうなると――リョウバ、シュラノ、アルテナが候補になるのかな?」
そう言いつつ3人を見渡す。
「非常にありがたいお話なのですが、私は遠慮させて頂こうかと」
まずアルテナがそう言った。
「どうして?」
「私は今の戦闘方法、剣術と回復術に集中するように思考と身体が最適化されています。以前にも二刀や投げナイフ、盾などを使ってみたことはありますが選択肢が増えることは私には合わないようでして……」
その気持ちはわからなくもない。使えるアクションがいっぱいあると頭がパンクして、結局は指グセで一部のコマンドだけしかクリアまで使わないゲームとかあるので。
「あ、ナナシャさんっていう案もあるのかな? なにしろ『狂風射手』だし」
「……確かに誂えたように似合いそうですが、奴の戦力はレイラ・フリューネ特別領地のものではないため、避けたほうがよろしいかと」
確かに。
帝国でけっこう一緒にいることが多かったけどあくまで彼女はカザン王子の部下だ。
「シュラノは?」
「不要」
「……理由を聞いても?」
「恩寵を重ねられる保障がない」
「ん?」
よくわからない回答に首をひねる。
「解説しましょう」とリョウバが苦笑する。「神の恩寵を賜ることは極めて稀なこと故に実証されたわけではありませんが、ひとりで複数の恩寵を手にできるという例は聞いたことがないのです」
その言葉に、他のメンバーも頷いている。
「シュラノが魔術の探求に注ぐ熱量はなかなか比肩できない域にあるかと思いますので、いずれはその功績が神々の御目に叶い、相応しき恩寵を賜ることができると――その可能性を残しておきたいということでしょう」
合っているよな、というリョウバの視線に無言で頷くシュラノ。
なるほど、わかりやすいし彼らしい。
「あれ、てことはリョウバも?」
シュラノほどではないけど彼のスタイルとステータスもかなり特化型だ。もしかしたら射撃に適した恩寵とか狙ってるのかもと思い尋ねてみる。
「いえ、私は賜ることができるのであれば有り難く頂きます」
そう言う割には、ちょっと表情に影が差しているような?
「なんか気になることでもあるの?」
「気になるというより、有り体に言えば恐れています。なにしろバストアク王家にあの恩寵を授けられた風神の試練ですから」
「あー、いやまあバストアク王のアレは例外みたいなものでしょ」
先代バストアク王の行使した恩寵。
その圧倒的な出力も多彩な使い勝手も規格外だったし、加えて血統で引き継げるという点、そしてなにより代償に命を使い切るという、神の恩寵の中でもあれは特別な代物だったと思う。
「あんな強烈な恩寵はなかなか手に入らないだろうし、試練だってそれこそレベル100以上じゃなきゃクリア不可能みたいな狭き門じゃないと思うんだけど。ある程度は挑戦者が出てこないとわざわざ作った甲斐がないでしょ」
「観光施設か見世物小屋のような言い様ですな」
含み笑いしながらリョウバは顔をひと撫でする。
「ですが仰る通りかと。それでは試練を突破した暁には私が恩寵を賜らせて頂きます」
「うん。じゃあ行くのはリョウバとカゲヤとエクスナと私――って、待って、これだと領地に残る方の戦力が……、前衛がアルテナしかいなくなっちゃわない?」
「あー、確かに。レベルで見ても上位3名がまとまってますね。国内なんで連絡はすぐに取れますが、んー、じゃあイオリ様かカゲヤは留守番に回りますか」
「よし、留守は任せたぞカゲヤ」
「言うと思ったリョウバ」
「こいつを両手に花状態にするのは気に入らないですね……。ですが風神から直接お言葉を頂いたイオリ様が現地に向かわれないのも不敬かと思いますし……、しょうがないですか」
というわけで、メンバーは私とエクスナとリョウバ、それに荷物運びや道案内などを暗部と警備隊から。
「よし、それじゃあ久々に魔王軍調査隊としての本題のひとつ、『恩寵集め』に取り掛かりますか!」
「その前にお姉様、しばらく旅立たれるのですから前倒しで課題を消化しましょうね」
「嘘でしょ……」
朝会だけじゃなく、今日という1日もたいへん長くなりそうだった。