レベル100が壁だと言うのに何故君は1000越えの話をしているのか
この世界において、レベルという概念は今まさに広まりつつある新しいものである。
とはいえ、人族と魔族、獣と魔獣、相反する者同士が殺し合うことで勝った方の様々な能力が増すということ自体は古くから知られている、言ってみれば常識でもある。
レベルという数値化ができるまでは他者との比較や能力の上昇具合を正確に測ることはできなかったが、なにしろ常時戦争が行われている世界故にいくつかの法則は判明していた。
強い相手を倒したときほど、能力の上がり幅も大きい。
暗殺や奇襲よりも死闘を繰り広げた末の勝利のほうが同じく能力が上がりやすい。
実力の大きく劣る相手はいくら倒してもあまり能力上昇を実感できない。
複数人でひとりを仕留めたときは最後の一撃を与えた者より、多くのダメージを与えた者の方が高い能力上昇を自覚できる。
あえて弱い武器を持ったりわざと攻撃を受けて死闘を装うことに意味はない。
どれほどの好勝負だったとしても、相手を殺さない限り能力は上がらない。
私なりにまとめるなら、経験値補正あり・マイナス補正も含む・ラストアタックより貢献度重視――といったところか。
そうした知識を持っていて、かつ実戦経験も豊富なカゲヤやリョウバ、アルテナたちに私が見てきた人たちのレベルを共有し、なんとなーくレベル帯の目安が見えてくるようになっていた。
特にジルアダム帝国での闘技会のみならず、懇親会の会場内でもレベル測定の場があったのが大きかった。あれで各国の兵士や傭兵のレベルを色々聞けたので。
ざっとまとめるとこんな感じだ。
レベル1 魔族/人族を殺したことのない一般市民および新兵
レベル5 初陣を経て幾度かの戦闘を生き延びた戦士
レベル10 見習い戦士卒業
レベル20 大荒野の平均的な戦士
レベル30 ベテラン戦士
レベル50 将軍格
レベル70 英雄・達人の類
100以上 後世に名を残す伝説の強者
――というわけで、帝国でのレベル発表会でファガンさんが出した24という数字は王族として立派なもので、魔王城で34を出したモカが軍関係者から目をつけられたのも仕方ないことと言えるし、80台と90台のコンビである血風姉妹、アルテナとナナシャさんはそりゃ有名だよなあという感じである。
そして経験値補正のシステム上、レベルが高くなるほど上がりにくくなる。それこそナナシャさんなんてもうレベル100以上の伝説的な戦士と巡り合わない限り大幅な成長は難しいのだ。
つまり高レベル者がさらなる強化を求める場合、多分に運勢、あるいは運命とも言える要素が必要となってくる。
それは例えば、王族にも関わらず大荒野に長く身を置き、恐らくは無数の好敵手を相手取ったグランゼス皇帝がたどり着いたレベル141であったり、
同じく長年の戦争を勝ち抜いただけでなく、国同士の争いに自らの名をつけられるほど暴れまわったヴィトワース大公が得たレベル529であったり、
レベル1のときにレベル1000の神獣を倒すという経験値補正的にあまりにもラッキーなイベントをもらうことができた私の607という数字だったりする。
――とまあ、レベル100以上の領域へ進むためには宝くじ的なレアイベントか廃人上等の周回か無数の死線を生き延びるか、あるいはそれらを組み合わせるか、そういった過程が必要となる。
……なるんだけど、うちのカゲヤさんは魔王城にいたときは強さを隠していたので大荒野に堂々と参戦したことはなく、年齢も27で魔族のように実は長生きとかでもなく、魔王様が作る魔獣とか私とかのように生まれた時から高ステータスだったというわけでもない。
なのに、そのレベルは1072。
100越えどころの話じゃない。
ゲームでも体感的に半分ぐらいは最大が99、あとは200とか意外に多い気がして多分90%以上は上限999に収まると思う。1000越えはかなりレアだ。まあ膨大なゲームをただただ享受している側としては開発側の意図とかあまり掘り下げたくないけど、上限が高くなるほどレベルデザインが途方も無い作業になるだろうしね。
そして本日、カゲヤがその異常な高レベルの秘密を皆に開示することとなった。
「――以前にイオリ様より端的な表現を頂きました。即ち自分が賜った恩寵は、『経験値の超補正』というものです」
「ああ」
と比較的あっさり納得した様子を見せるのはモカやエクスナ。
一方で、
「……その、どの程度なんだ?」
リョウバやアルテナは難しい表情。この辺は戦場に身を置いたことのある経験の違いなんだろうか。
「そうですね、まず自分と同格かそれ以下の相手は、どれだけ殺そうと一切の経験値は獲得できません」
「ん? そっちにも補正がかかるということか」
「はい。逆に自分より強い相手を倒したときは飛躍的に能力が高まります。ただし奇襲や暗殺ではやはり経験値が入らず、正面切っての戦闘に限られるようです」
それを聞いて、リョウバたちはますます難しい顔になった。
「かなり厳しくないか?」
「ええ。率直に言って、レベルアップできた戦闘はどれも1手の違いで死んでいたかと思います。ですがサーシャ様曰く、上がり幅は平均的な兵士が番狂わせを起こしたときの10倍は固いと」
「10!?」
「あくまで、前後の訓練を観察されたサーシャ様の感覚値ではありますが。イオリ様の考案されたレベルとステータス、それに経験値という概念がもっと広まり、その獲得量や状況に応じた補正値が精緻に判明すればより正確な効果がわかるのでしょうが」
自慢する風でもなく淡々と語るカゲヤと、なにやら考え込んでいるリョウバとアルテナ。あとシュラノもあれ普段の無関心なスタンスじゃなくて自分の世界に入ってなんか考察してるな。
「えーっと、私はレベルアップとか縁遠い暮らしだったんでよくわかってないんですけど、カゲヤの恩寵ってどのぐらい凄いんですか?」
部屋にいる皆を見渡しながらエクスナが尋ねた。
「カゲヤが恩寵の効果だとして、イオリ様は当然例外にして、次に高いのってリョウバですよね」
「そうだな……」暫し目を瞑ってから彼は答えた。「流石に1000ともなると想像に想像を重ねることになるので、乱暴な例になるぞ。――単騎で万の精兵を狩り尽くす、それを百度繰り返す。あるいは対等の相手との五分の激闘、それを千回勝ち抜く。そうした途方もない戦闘の果てにたどり着くのが本来の道筋だとして、カゲヤの場合は――九割九分九厘で死ぬような相手との死闘を九九回こなすことで達成できるようになる、代わりに本来の道筋ではレベルが上がらなくなる、そういった恩寵といったところだろうか」
爽やかな朝日が差し込む部屋に沈黙が落ちる。
――私がなんかやらかした時にこうした沈黙が訪れるのは何度か体験してるけど、カゲヤを対象にこうなるのは初めてかもしれない。――なんだけど、なんかみんなちょっと慣れてるというか、『まただよ』みたいな気配が漏れてるのは気のせいだろうか。
「えっと、カゲヤ」沈黙を切り開いたのはモカだ。「なんで生きてるんですか?」
「言い草」とエクスナが突っ込むものの、「でもまあ私も同意見です。確率的に死んでなきゃおかしいじゃないですかカゲヤ」
「まあ、あくまで私の乱暴な例えだぞ」とリョウバがフォローしながら質問を投げる。「なあカゲヤ、答えづらかったら沈黙でもいいが、お前が最初に、レベル1のときに倒した相手は誰だったんだ?」
その問いにカゲヤは目を伏せた。これは答えない感じかなと思ったけど、再び視線を上げて彼は口を開いた。
「キゴウド様です」
リョウバが吹いた。
「……確認するが」ナプキンで口元を拭いながらリョウバが問いを重ねる。「キゴウド将軍か?」
「はい」
「大荒野で250年以上戦い続けた豪将を、レベル1の人族の小僧だったお前が破ったわけか……」
「はい」
「実際、その手の戦いを何回ぐらいこなしたんだ?」
「リョウバの例えはかなり正鵠を射ていました。137回ですから」
「よぅし、よくわかった。お前実はもう死んでるんだろ? 自分が気づいてないだけで。ほらもうとっとと天上へ行けこの確率無視野郎」
朝食後のコーヒーだというのに、そこへブランデーを多めに足すリョウバ。
どうやら本日の朝ミーティングは長くなりそうだった。
あとフリューネ、そんな飲み方が、みたいに目を輝かせないで。