隠しクエスト発見
「イオリ様、見つかりましたよ風神の恩寵が秘められた場所!」
まだ午後の早い時間、執務室にやってきたエクスナが目を輝かせてそう言った。
「ほんと! やったね凄い!」
私も椅子から立ち上がって机上の膨大な書類や本を後にしながらソファへ移り彼女を迎えた。
その机を見たフリューネもため息ひとつで済ませてくれて隣に座る。
「こないだはもう見つからないかもとか言ってたけど、さっそくカレーの効果が出たのかな」
「違います」
「それは過大評価かと」
同時に突っ込まれた。
エクスナとフリューネの食卓に1日1回、モカ特製の良く言えば薬膳カレーが出るようになってそろそろ10日目だ。
「いえ実際まったく無意味というわけじゃないんですけどね。なんか視界がぼんやりすることが減ったかもしれないですし、夕方あたりで倒れそうなぐらい疲労感が来てたのがちょっと軽くなった気はしますし、スピィに『お顔の色が良くなりました』って言われましたし」
「そうですね、確かに心なしか寝起きが良くなったと思いますし、普段の食事よりあのカレーを食べた後のほうが眠くならないのではと考えられなくもないですし、執務もやや捗るような結果が出てしまってはいますけれど」
「効果抜群じゃん」
認めたくなさがありありと滲んでいるけど。
「だってイオリ様もひと口食べたでしょう! あれを! あれが毎日出てくるんですよ!」
「あー、うん」
たしかに凄かった。
最初にアレが彼女たちの前に出されたとき、私も興味本位で小皿に少しルーをもらったのだ。
まず立ち上る香りが強烈だった。臭いとかいうわけじゃないんだけど、なんとも形容しづらい、強いて言えばとてもカラフルでアグレッシブな香りが脳天まで突き抜けた後ぱあっと広がって視界がにじむような、そんな代物であった。
怯えるフリューネとエクスナが可哀想だったこともあり、その香りに負けじと率先してルーを舐めてみたところ、まず感じる野菜の甘さと鶏肉からとったストックの奥深さ、次に出てくる爽やかな辛さ。――そこまではよくできたカレーなんだけど、その後に続くのがぶっちゃけドクター○ッパーに龍○散系統ののど飴を合体させたような濃厚な味わい。
どちらも存在しないこの世界においてはじめてそれに準ずる味と臭いを体験したフリューネとエクスナは、『一生懸命つくりました。ちゃんと食べてくださいね』と優しく笑うモカを前に涙目でスプーンを動かしていた。そして食後に濃いコーヒーを2回おかわりした後、『強い酒を……』という言葉を残して去っていった。
その間、リョウバやアルテナですら声を発することができなかった。
「まずくはないんです、決してまずい料理じゃないんですよ。手が込んでますが無駄はないですし材料もよく吟味されてます。でも、奇妙かつ強すぎるんです。あれはこの時代に存在していいレシピだとは思えないんですよイオリ様!」
オーバーテクノロジーみたいに言うなあ。
「しかも10日目の検診が済んだら、スパイスの配合が変わるそうなんです」とフリューネも暗い声を発した。「なんでも、身体が慣れてくるのでもう少し効果を高めるのだとか」
「フリューネ様、それ私聞いてないです。聞きたくもなかったです」
「不意打ちでより壮絶なカレーが配膳されるよりは良いではないですか」
「……確かに」
これはもう、モカの前で不健康そうな素振りは見せられないなあ……。
「カレーの話はもうやめましょう。どうせ今晩また見ることになるのです。それよりエクスナ様、見つかったのはどちらでしょう?」
「はい、地図広げますね」
ローテーブルに展開されたのはバストアク王国の北方をクローズアップしたものだ。
「王城からも主要都市からも、国境線からも遠いここです。要するに人の手がほとんど入っていない僻地ですね」
エクスナの細い指が示すのは、街や名所などの記載がないぽっかりと空いているエリアだ。
もとよりこの世界は衛星も気球もストリート○ューカーもないし、ある程度レベルの高い兵士でも手には負えないような獣も生息している。そのうえ魔族との戦線が何百年も続いているので地球の平和な国々よりずっと余裕がない。
そうしたわけで未だに開拓されていない土地があちこちに残っている。むしろ大自然の中にぽつぽつと街や都市が点在しているという方が正確かもしれない。
「大昔にはこのあたりに村があったのですが、環境に負けたそうです。移った先の町で子孫とともに言い伝えも細々と残っていて、それを拾い上げました」
「あら、碧海都市の挽回ですね」
「……言われて気づきましたが意識してたみたいです……、うわぁ、あの連中の後追いを……」
くすくす笑うエクスナと、なんだか悔しそうなエクスナ。
仕事の話だと、私がついて行けないことが今みたいにけっこうあるのがちょっと寂しいけど、口に出すと嬉々として課題を追加されるのが目に見えているからなあ……。
「言い伝えって、どんなの?」
「要約すると、『神の嵐を抜いた先に至宝が眠る』っていうものです」
わかりやすい。
「で、部下を向かわせたところ『記録史上最大の自然災害すら及ばぬ業風が意思を持って吹き荒れるかのような死地』という文が返ってきました」
これまたわかりやすい。
「あの王様と戦った記憶が蘇るなあ……」
――そう、発端は前バストアク王と戦った直後のことだった。
風を司る神、ジスティーユミゼン様からご褒美代わりに神の恩寵について色々と聞かせてもらった後、最後にぽつりと言われたのだ。
『そういえばセイブルに授けたのとは別の恩寵をこの地に置いてみたのだが、まだ見つかっていないようだな。どのみち其方は使えないが、気になるなら探してみるのも良いだろう』
そのセイブルに授けたという恩寵――要するに先代バストアク王が行使し、ファガンさんに継がれたものが命を代償にするという超ハイリスクなものだったので皆とちょっと悩んだけど、手に入るなら見逃す手はないという結論へ早々に至ったので暗部に捜索をお願いしていたのだった。
「他にやることは目一杯あるんですけど行き先が国内ですし、もしも誰かに先んじられたら悔しいどころじゃないですからねえ。ここまでの調査の過程で情報がどこかに流れた可能性は絶無じゃないですし。そんなわけで近いうちにカゲヤかリョウバあたりを向かわせようかと」
「え? 私も――というか何人かで行ったほうがいいんじゃないの?」
「それも考えたんですけど、恩寵を賜ることができるのってひとりだけですよね? いやそもそもの事例が少ないので絶対にそうとは言えないんですけど、調べた限りではだいたいそうでした。なので試練も基本的にひとりで越えなければならないと思うんですよ」
確かに、マルチだと実績解放されないなんてのはよくあるケースだ。
「けど、ジスティーユミゼン様は『探してみるといい』ってだけ言ってて、なんとなく恩寵もらえない私自身が向かっても問題なさそうな感じではあったよ」
「んー、繰り返しになりますがとにかく前例が少なくて判断難しいんですよね……。基本的に恩寵の効果も手に入れた方法も秘めるべきものですし……」
そこでフリューネが口を開いた。
「ですが、神々が地上へ刻んでゆかれた試練は他国にもいくつかございましたよね。一種の観光資源として公開し、指定の条件を満たせば挑戦できるところもあったと記憶しております。であれば、少なくとも現地に向かうところまでは問題ないのでは?」
「うーん、それなら折衷案で、既に恩寵を持っている私と持つことができない体質のイオリ様、それと対象ひとりって編成にしましょうか。護衛や荷運びの人員は途中までにするってことで。そうすると誰に試練を受けさせるかですが……、いっそ空いてる者は後方に控えさせて順番に向かわせる手もありますね、試練の過酷さ次第では」
「それ難易度じゃなくて死亡率のことだよね……。まあ、そうだね――あっ、でもちょっと待って。人選については明日の朝にあらためて話そう」
「はい?」怪訝そうな顔をするエクスナだが、すぐに察したらしい。「……もしかして、私以外にいたんですか」
「そういうこと」
翌朝。
朝食後のミーティングでエクスナが昨日の報告を皆にも共有したところで、カゲヤが口を開いた。
「自分も神の恩寵を賜っております」
ほぼ全員が目を見開いて注視する。
昨日のうちに、このことを私から相談してこの場で発表してもらうことにしていたのだった。
にしても、以前は仲間内にもあまり広めたくない様子だったけど最近なにか心境の変化があったのだろうか。