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怒涛の好感度稼ぎ/和の味を求めて

「私、ラーナルト王国では家族と過ごした時間がそれほど長くないのです」


 領主館の執務室、午前中の仕事と課題が一段落したところで書類を整理しながらフリューネがそんなこと口にした。


「そうなの? あー、えっと、やっぱり父親が国王様だと忙しいから?」

「はい。母も兄様や姉様たちも国務と鍛錬と勉強とで、外交や領地視察もありますし、全員がそろっての食事は前もって予定しなければ難しいものでした。加えて王族は言葉遣いがしっかりするまで離れで乳母に育てられますし、他国への留学もほぼ義務となっていましたから」

「そうなんだ……」

「はい。ですから、こうしてお姉さまと過ごしている時間の方が、いつの間にか他の家族とのそれより長くなっているのではと、そんなことを思いまして」


 ふわりと微笑むフリューネは、なんだかとても可愛らしかった。


「いやいや、そんな、そこまでは」

「確かなこととして、重ねた思い出はとても多くなっていますよ。――お姉さまも父から説明があったと思いますが、私はラーナルトを出立するときにもう戻らない覚悟を決めておりましたし、魔王様の計画であるこの視察はきっととても過酷な旅路になるものだと思っていました」

「そんな……」

「ですが、ここまでお姉さまをはじめ皆様にとても良くして頂きましたし、今もこうして充実した日々を送ることができています。……正直申し上げて、その、恥ずかしいのですが、お姉さま――イオリ様を本当に家族のように思ってしまうこともあり……、ああ、申し訳ありません不遜なことを」


 わずかに潤んだ瞳で見上げてくる美少女の破壊力よ。


「ううん全然謝ることないし恥ずかしくもおかしくもないし私もフリューネがほんとの妹ならいいのになってしょっちゅう思ってるから完璧に大丈夫ありがとう!」


 なに? なんなの? なんで急にフリューネがデレてるのホームシックなのかなでも私のことも家族だって言ってくれたしああとにかく超可愛いんですけど。


「そう言って頂けるなんて……。あの、私、小さい頃からやってみたいなと思っていたことがありまして」

「えっ、なになに?」

「笑わないでくださいね?」

「うん!」

「その、こう呼んでみたかったんです。――お姉ちゃん、ありがとう」



◇◇◇



「――ってことがあったんだけど嘘じゃなくてフリューネがめっちゃ可愛くてどうしよう!」


 お昼になったので、冷静さを取り戻せていない私はエクスナにさっきの夢のような出来事を一気呵成にまくし立てた。


「……すげえ」

「え?」

「いえなんでも。それより良かったですねイオリ様。それでフリューネ様はその後も何か仰ってたんですか?」

「うん! 姉妹ふたりでこの地をもっと快適なものにしようとか、魔王城に戻る時同行したいから手土産として人族領土で実績を積みたいとか、私と遊ぶ時間なんかも欲しいから例のステムナ大臣が残していた汚いお金もパーっと使ってもっと人材を充実させようとか。なんかそれについてはカゲヤも同意してくれて。あとフリューネは海が怖いみたいで『お姉さまが心配なので碧海都市へ行くには万全の準備をさせてください。わがままなのはわかっていますがお願いお姉ちゃん』ってうわやばい思い出してもにやける!」


「……もはやこえぇ……」

「え?」

「いえなんでも。あのお金を使うのは私も良いと思いますよ。民の血を吸ったようなお金ですから、さっさと還元したほうがさっぱりします。見つけたときは非常時に備えて取っておこうって話し合いましたけど、最近は収入源も増やせそうですしね」


 そう言いながらエクスナがナイフを入れるのは湯気の立つだし巻き卵である。

 

「四角いフライパンが欲しいって言われたときは武器にでもするのかなと思ったものですが……。いやこれ美味しいですね。食感もオムレツより柔らかいですし卵の風味が引き立ちますし何よりこの味付けがすごいですよ」

「そう? あーよかった。私もここまで気合い入れて作ったのは初めてだからね」


 何しろ顆粒だしとか白だしがないので以前からちょこちょこ製作を続けている鰹節をきちんと引いたし、新たに開発中の干し海藻の中から昆布にかなり近いものも使った合わせ出汁だ。そこに魚醤と塩と砂糖を加えて私なりに頑張った一品である。なおこの身体で卵を巻くのは初めてだったので2回ほど失敗した。


「けどこっちはやっぱり厳しいですね……。慣れる気がしないです」


 顔をしかめて彼女が見つめるのは、納豆。

 これは最近完成したもので、何種類もの豆を茹でたり蒸したりして、そのままツボに入れたり軽く酒を混ぜたりカビが生えるまで放置したりと試行錯誤を繰り返したのだ。

 そして私がようやく「藁だ!」と昔風の納豆が藁で縛ったような容器に入っていたことを思い出し、この世界の米や小麦を中心に植物の茎を束ねてそこに茹でた豆を詰め込み、何日か寝かせたらあっさりと出来上がったのだ。


「今回のは浅めだから最初のより臭くないと思うんだけど」

「そうかもしれませんが、まず見た目が生理的にダメです」

「うーん、無理かあ。私は好きなんだけど」

「お酒に合わせるのも難しそうなんで、珍味として売るのも厳しいと思いますよ」

「そうかあ、残念。まあ私が食べたいからいいんだけどさ」


 今日のお昼はだし巻き卵と納豆とお吸い物と漬物とご飯。正統和食である。


 別に私は料理上手でもないし和食が大好きというわけでもないのだけど、ジルアダム帝国の懇親会で毎食豪華な料理を食べ続けた反動で、あっさりした和風の味がとても恋しくなっていたのだ。


 というわけで帰国後は食材開発にかなり熱心に取り組んでいた。


 もともと領主館の厨房を間仕切りした場所でこうした開発品の実食をしていたけど、今ではしっかり壁も作り改築してスペースも広がっている。

 

「しかしカゲヤは笑いましたねえ。イオリ様がナットウを披露した瞬間、構えを取りましたからね」

「あー、確かにあの反応は凄かった……」


 本人曰く、『漂う臭気と異様な見た目から、底知れぬ悪意を感じてしまい思わず』とのことだったけど、テーブルに置かれた納豆へ向かってファイティングポーズを取ったカゲヤは確かにシュールな絵面だった。


「同じ豆から作ったのでも、トウニュウは良かったんですけどね。まあ私もそのまま飲むのは苦手ですが」


 そう、豆乳も成功していた。こちらはだいたい思った通りの手順で思ったように出来上がったのだ。ただしエクスナが言うように素で飲むのはキツいみたいで、豆乳パスタとか豆乳鍋なんかにすると皆が好評だった。


「それにしてもやっぱりカツオブシは強いですね。保存できるから輸出がしやすいのに作り方どころか材料が魚だって突き止めるのも難しいですよ。カレー粉もだいぶ良くなってきてますし、この2つでもけっこう外貨を稼げると思います」


 ――正直、こっちの文化的なレベルは高い。

 ご飯は美味しいし、服も地球人の私から見てお洒落だと感じるし、衛生観念も発達している。もちろん私が魔王様の客分やらラーナルト王国の王女やら高い身分を借りられているからというのは大きいけれど、街に出て屋台で買い食いしてもけっこうヒット率は高いと思う。


 けど私には身近だったものが存在しないケースもやっぱり少なくはない。そのなかで私がどうにか作れる、あるいは完成形を誰かに伝えて研究してもらえるようなものもいくらかあったので、隙間産業のようにそれらを売っていこうと目論んでいるのだ。

 地球の技術でこの世界に混乱をもたらしたくはない、と魔王様が言っていたことは仲間に伝えているので、私の思いつきは常にみんなの審査を受けているけど。

 

 エクスナの言うように鰹節とカレー粉はかなり売れる公算が高いようでフリューネたちも乗り気である。


「ほんとはねー、醤油とかお味噌も保存できるし売れると思うんだけどねー」


 というか私がとても欲しいのだけど、未だにこの2つは完成の道筋が見えなかった。

 もともと作り方をはっきり知っているわけではないので仕方ないのだけど、納豆が完成して喜んだ私はそれに使った豆をメインに色々試してもらったのだ。けれど失敗続きでそろそろ諦めの境地。たぶん何か決定的な手順か材料が抜けているのだろう。


「そろそろ次の開発に移るしかないかなあ。まあとろろ昆布もどきのお澄ましでだいぶ和食欲は満たせたし、そろそろケチャップの味が欲しくなってきたからソーセージいってみようか」

「それも信じられないんですけどね……。なんですか腸に肉を詰めるって……」

「うん。私も正直解体現場とかは見たくない」

「あー、でも香辛料使うんですよね。ならあっちに協力頼みますか。カレー粉の完成度も確かめたいですし」



 食事を終えて領主館から外へ出る。

 目指す建物の門脇には小さなプレートが3つ掲げられていた。


『昆虫館』

『発酵所』

『香辛料庫』


 蠱毒かと。

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