戦争の感想
空中に浮かぶ魔法陣。
「ここに乗り、全力で跳べ。向かう方向への力を増幅させる効果があるので相当な距離を跳ぶことができる。効率的には斜め45度が最適なので、角度調整はしっかりな。この高度を飛ぶ鳥は少ないが跳躍前には軌道上を確かめるように」
……いやいやいやいや。
「私はイオリに合わせて飛行する。勢いが弱まり、下方向へ落ち始めたらまた適切な位置に魔法陣を作るので、再び跳ぶ。それを繰り返す」
……いやいやいやいや。
「つまりあれですかい? 旦那」
「どういう口調だ」
「ここから目的地まで、私はウサギ跳びの要領で進めと?」
「その言葉は知らないが、イオリの顔が語っている通りでそれなりに疲れる」
「おんぶ案は駄目ですか」
「私は飛行中、空気抵抗や飛来物を防ぐためのバリアを張るからな。飛行術式に内包されているので解除できん。イオリを背負ってもすぐに弾き飛ばされるぞ」
くそう、自分だけ便利な機能!
「では、いくぞ」
そう言って前方へ飛行を始める魔王。
――仕方ない、いつまでもこの空蛸の触手に乗っているわけにもいかん。このまま魔王が離れてったらこの怪物に襲われそうだし。
スカったら地上まで真っ逆さまだなあ、と嫌な考えを抱きつつ、魔法陣へ飛び乗る。感触としては宙に浮く床に乗ったというより、私ごと宙に浮かされているという感じだった。
脚に力を溜める。
上空斜め45度へ向かって、全力で跳躍。
――戦闘訓練を経たので軽く想像はしていたけど、マジでミサイルみたいに発射する私がそこにいた。
魔法陣から強烈な力のベクトルがかかり、脚がビリビリ震える。
強烈なGがかかる。
眼下の風景がもの凄いスピードで流れ、10秒ほどで勢いが弱まりだし、放物線を描きながら私は落下運動へ移行する。
視界の先、魔法陣が静かに浮かび上がる。
ふと見れば隣には平静な顔で水平飛行を続ける魔王様。
特に軌道調整など必要なく、ごく自然に魔法陣へ着地する私。
再び、大ジャンプ。
以上が1セットである。
……以上を繰り返す。
…………何度も。何度も。
おっと横風。あ、魔法陣も私の弾道に合わせて移動した。
近くを飛んでいた鳥の群れが私の発射に驚いたのか急転換した。ごめん。
あっ街だ。でも眺める暇もなく後方へ流れていく。
え、なにあのビルみたいな剣。地面に刺さって周囲の自然に溶け込んでるけど何あれ。
…………そんなふうに色々感想を持てていたのは序盤だけ。
…………すごい私、今ので700セット達成できたよ。
……死ぬ。
「イオリ、顔色が悪いぞ」
もはや答える気力もなく、私はだらりと乳酸の溜まりきった身体を空気抵抗に嬲られながら、落下していく。
体勢を維持できなかったため、予想より手前に落ちていく。魔法陣は前方だいぶ先。
「ふむ」
魔王は、私の新たな落下予想地点に魔法陣を動かす。
いや、もうジャンプする体力なんてどこにもないですから。
「当たる瞬間は息を吐いていろ」
え、なに?
私の身体はその魔法陣に当たり、
「――ぐはっ!?」
さっきまでより大幅に強烈なベクトルで反射され、強制的に斜め上空へ発射した。
魔王様、私の体力を見越して強引に跳ねさせる方法へシフトしやがったな!
スーパーボールか私は!
「しばらくそうして休め。回復したらまた跳べ」
魔法陣というラケットにサーブされながら体力なんて回復するかあ!
「……なんで回復するかな」
50回ほどバウンドした後、私は再び連続ジャンプを行っていた。
お腹はかなり減ったけど、体力は6~7割戻っている。
マジで内燃機関とか予備バッテリー的なものがあるんじゃないの? この身体。
「そろそろだな。降りるぞ」
また私の体力が尽きかけた頃に、魔王が言った。
ようやくこの変な修行みたいな移動が終わる。
でも魔王様、あなたは優雅に慣性制御しつつ地面へ降りていきますが、私は重力にされるがままですよ?
――ズズゥン!
そんな効果音を立てて私は着地した。
違う! 私が重いんじゃない! すべて重力加速度のせいだ!
「ここから先は飛んでいると目立つのでな。少し歩くぞ」
先に降り立っていた魔王がそう言って進み始める。
ちょっとはこっちの無事を心配したらどうなんだと思わなくもないが、すぐにその後を追いかけてしまえる時点で文句を言う筋合いでもないのかもしれない。
私達が着陸したのは、かなり深い森の只中である。
空から見た限り左右はずっとその森が続き、前方だけは森が途絶えて地面の土色が目立つ場所があった。土埃か煙のようなものも何箇所かで起きていたことからして、おそらくあの辺りが最前線なのだろう。
森は、上の方の葉は密集しているものの、幹同士はわりと間隔を空けて生えているため、歩くのはそんなに大変ではなかった。
「イオリ、ここからでも見えるか?」
少し視界が開けたその場所は、崖の上だった。真下にもまだまだ森は続いているが、その先には空から見た前線らしきエリアが延びている。
「ああ、見えますねえ」
目を凝らすと、ぐわりと視界がレンズのように歪み、中心がクローズアップされる。
望遠鏡を覗いたような感じだ。
そこで、戦闘が起きていた。
手前側にいるのが、魔族。
そして対峙しているのが、
「あれが、この世界の人間ですか」
地球人となんら変わりないように見える、人族の兵士たちだった。
人数的には、人族のほうが倍程度多い。
最前列は剣や戦斧、中列に長槍、後列に弓、大盾はあちこちに混ざっている。
対する魔族は、
「――ですよね、魔族って普通、ああいうイメージですよね」
ある者は鱗を纏って人族に突進し、
ある者は異様に大きな手と長い爪で人族の武器と火花を散らし、
明らかに周囲より頭ひとつどころか上半身ひとつぐらい大きなのもいるし、
あ、今ひとり口から火ぃ吐いたし。
「そういえば、戦闘形態の魔族を見るのは初めてだったな」
と魔王が言う。
戦闘形態。
「ああ、あの人たちも普段は魔王様やバランさんみたいな形状なんですか?」
「日本語とはいえ、人たち、という言葉には違和感があるな」魔王は苦笑する。「まあ、そういうことだ。魔族と人族は、普段の姿形は変わらん」
たしかに、魔王は特に変身とかしないで衣装変えただけで地球へ来ていたし、バランも――、あれ?
「バランさんは普段から角ありますよね」
馴れてきたので当たり前のように思ってたけど。
「ああ。魔族にもたまに生まれながら特異な形状を持った者がいる。そうした者たちも戦闘を重ね、成長するにつれてその形状を治めることができるようになるのだが、バランは戦闘が不得手だからな。あの様を未熟だと笑う魔族もいる」
戦闘するのがごく普通みたいに話す魔王。
「非戦闘員って珍しいんですか?」
「そうではないが、生まれながらの異形は往々にして戦力が高いからな。それを生かさず、かつ隠さず周囲に見せつけるような有り様は反感を買いやすい」
もちろん、あいつに見せつけるようなつもりはまったくないがな、と魔王は付け足した。
……しかし、それにしても、戦争だよ。
戦争です。
それを映画のスクリーン越しとかじゃなくて、リアルで眺めていますよ、私。
人族も、魔族も、あちこちで死者が出ている。
血も流れているし、腕が飛んだり、内臓が溢れたり、頭を割られたりしている。
それを見て私は、
「綺麗」
そう呟いた。