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温度差で風邪をひく前に手を打つ少女

「これが、漁業や製塩業に携わる者たちが作った地図をまとめたものです」

 そう言ってフリューネが広げたのは大陸地図である。


 ――あれから、ミゼットさんの話を聞いた後戻ってきたシナミとお茶を飲みつつ歓談し、とりあえず問題無しと判断して彼らの施設を辞去し、領主館に戻ってすぐフリューネが深海の危険性について説明しますと真剣な表情で言ったのだ。

 カゲヤは用事があると出かけているので、部屋にいるのは他にターニャだけ。


 大陸全体の地図は魔王城でも何度も見せてもらったけど、やはり今見ているのだと魔族領土側の地形がやや曖昧で、逆に人族領土はかなり精細だ。

 とは言え大まかな形はだいたい合っている。四国とかオーストラリア大陸に似た、真ん中のくびれた横長の地形。あらためて見れば、真ん中より少し西を縦に分かつように白嶺と大荒野が伸び、その南北には攻め込めそうだけど惜しくも地続きになっていない岬が伸びていたり、大陸内部に異様な存在感を放つ巨大な湖や天を衝く峻険――巨神獣の顎などが目立つ。


 そして今更ながらに気づく。

 大陸の周辺に、島がない。

 というか、この世界の単語に『島』を意味するものがない。


 実際のところこの世界が地球のように惑星なのかすらわからないけど、地図を見る限りではこの大陸だけがぽっかりと海に浮いているようだった。


「この、薄い青で示されているのが船を出せる領域です」

 フリューネの細い指が指すのは、大陸の縁をなぞるように点在する狭いエリアだ。この大陸を四国だとすれば、船を出せるエリアで最も広いところでも佐渡ヶ島を下回るだろう。

 薄い青の外は、濃い青。それが地図の端まで続いている。

「こちらの青い領域は、すなわち前人未踏の海です。なかにはまだ安全なところもあるのでしょうけれど、その調査に予算を投じる国はほとんどありません」

「そうなの? ジルアダム帝国なんかも?」

「ええ、まったく投資していないわけではありませんが、海上調査が目論む最大の成果は『魔族領土の奥深くへ抜けられる海路の発見』に尽きますので。しかし悉くが失敗に終わり、それに伴って船の技術研究も下火になっています。その結果として近年ではこの安全海域はほとんど広がっていないのです。塩田は既に充分ありますし、漁獲量も近海や川に湖で事足りますから」

「なるほどねえ……」


 その説明を聞いたあとで地図を眺めれば、たしかに魔族領土へと向かうような軌道を描く薄い青が目立っている。けれどどれも海上の途中で止まり、濃い青に飲み込まれていた。これらが失敗したという調査の結果なのだろう。見る限り人族領土からそれこそ魔王城近辺にまでつながる海路はないようだった。

 ――そもそも、この地図には魔王城の正確な位置も載っていない。

 そうか、バランから見せてもらった地図にあった情報、あれかなり機密事項だったのかと今更気づいた。……人族領土に来てから誰かにうっかり喋ったりしてないよね私? ……うん、思い出せる限りでは大丈夫そう。


「えっと、それでこの濃い青の、つまり安全海域の外側はどうなってるの?」

 さっきフリューネは、『大荒野や白嶺より危険』と評していた。

 魔族と人族が数百年に渡る戦争を繰り返している最前線、踏み荒らされ血に塗れ草一本生えなくなったという大荒野。

 そしてその戦線の北にそびえる険しい大山脈、極寒の気候と強力な魔獣が支配するラスダン手前フィールドめいた白嶺。

 たしかに海中といえば酸素ゲージが出たりモーションが鈍くなったり一部のアクションができなくなったりするけど、危険っていうかストレス要素なんだよなあ……。レベルによる高ステータスや魔術が実在するこの世界ならどうにかなるんじゃないかなって楽観的に考えていたんだけど。

 

 フリューネは地図上の海を見つめながら言う。

「私も実際に見たことはないのですが、およそ人の手でどうにかできるものではない怪物がひしめいているそうです」

「怪物?」

 海王類的な?

「はい。強さがどうこうという以前に、まず地上ではありえないほど巨大な生物がいるため、いかな歴戦の兵士であっても太刀打ちできないのだとか。動きを制限される船上や海中ではなおのことですね」


 ふむ。

 たしかに地球でもクジラをはじめ海のほうが大きい生き物が多かったような。

 けど海で危険な生き物って、サメ以外には毒があるクラゲとかフグぐらいしかイメージがなくて、しかも漁師がサメに返り討ちにあうとかいう話はあまり聞いたことがないんだよなあ。

 一方地上だと、クマとかトラとかが猟師を食い殺したなんて話は多いし、ヘビやハチや野犬だって危ないし。ワニはどっちだろう?

 ……ああ、でもそれこそクジラぐらい大きい生物が人を襲うんだとしたらめちゃめちゃ危ないか。リヴァイアサンとかクラーケンみたいな。


 そういえばこのファンタジックな世界で、意外と大きな生物とバトルしたことは少ないなあ。

 ええと、精々が白嶺で遭った血狂い――いやアレならカゾッドさんの方が大きいか? あとは思い出したくないけど巨大昆虫ぐらいか。あ、魔王様が生み出したサメグマがデカかったっけ。あれスクールバスぐらいあったよなあ。


 ……うーん、それらの後に先代バストアク王とかヴィトワース大公とかいう災害を人間サイズに圧縮しましたみたいな人たちと闘ったせいで、巨大生物への危機感がバグっている感がある。

 

 よし、あらためて海中で大きなモンスターとエンカウントすることを想定して――

「うん、だとすればまずは近接物理以外の攻撃手段だよね。火属性――は水上限定か。雷属性と足場兼用に氷属性かな。音波があるなら有効かも。あとは大弓とか投げ槍とか、それに海中用のバフとかあるのかな? 機動力が上がるなら近接もありになってくるか……、その辺はシュラノに聞いて、あとはそもそもの船だけど、でも歩く船がまずはどんなものか聞かないと――」

 ぶつぶつと喋りながらやることを整理しようとしていると、フリューネがなんだか優しげな表情で口を開いた。

「お姉さま、このところの課題でお疲れの折にそのような考え事を増やしてはお身体に毒です。……今日はミゼット殿の応対もあってお疲れでしょうし、この後は自由時間にいたしましょうか」

「えっ、いいの!?」

 普段なら夕食までお勉強、夕食後もお勉強で自由時間なんて寝る前の30分ぐらいしかないのに。外を見ればまだ夕暮れ前だ。やばい、不意の休講を遥かに上回る嬉しさ。


「はい。どうぞスピィでも連れて、なんでしたらシナミも誘って、街へ繰り出してはいかがでしょう」

「うわ、楽しそう――フリューネは?」

「私も少し疲れましたので、部屋で休もうかと」

 隠れて仕事を続けるための口実かとも思ったけど、纏う気配が実際にダウナーな感じだ。そりゃ一緒にミゼットさんの相手してたんだし、メンタルはともかく体力的には私よりずっとか弱いのだ。

「そっか。――ターニャ、フリューネがこっそりまた仕事したりしないか見ておいてもらえるかな」

 無言で深々と礼をするターニャ。


「それじゃ、スピィたちに声掛けにいくね。そうだ、シアンたちも呼んでみようかな」

 そう言いながら、部屋を後にした。



 ◆◆◆


「ターニャ、皆様を会議室へ」

「承知しております」

ふたりの抱く海中へのイメージ

 イオリ:マ○オ

 フリューネ:サブ○ーティカ

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