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来ちゃった(熱属性・物理)

 レイラ・フリューネ特別自治領は大きく2つの区画に分かれている。地図上の線引ではなく、実際に長い城壁で区切られているのだ。

 バストアク王国首都、つまりファガンさんのいる王城に近い側は富裕層も多く整備された道が各所をつなぎ、様々な店が並んでいる。領主館もこちらにあり、少し足を伸ばせば農地や果樹園が広がり、あるいは猟師が暮らす山々がそびえている。

 もう一方である城壁の向こう側、そちらは国境に近いけれど防衛施設はなく、それどころか建物も兵士数名で簡単に壊せそうなものばかりだった。住んでいる人たちも貧しく、戦闘能力など皆無に近く、有り体に言えば『貧民街』だった。


 前領主のステムナ大臣がいた時代には、この領地は悪徳の都と囁かれ、貧民街に住まう人々は二度と記録を読みたくないような仕打ちに長い年月さらされていた。暗部へスカウトしたスピィとジギィ、それにカゲヤが警備隊にスカウトしたダズもここの住人だった。


 私たちがこの領地を治めることになってから、この貧民街には徹底的に手を入れた。もちろん私ではなく、フリューネやエクスナの仕切りによって。

 城壁は残しつつも門は全面開放して通行は自由化。住人には炊き出しと健康診断の後に仕事を斡旋し、衛兵も配備した。そして老朽化した建物の取り壊し、犯罪者の摘発、ゴミ山の処理などを済ませてから新しい建物の建設や道路の整備、病院や食堂をはじめ様々な施設・店舗の設営を進めていった。


 今ではそのエリアを『新市街』と呼称し、城壁が象徴していた大きな格差をどんどん縮めている。

 ミゼットさんたちの住居と宗教施設も、この新市街にフリューネが用意してくれていた。特に取り壊した建物が集中していた一角で、再建も追いついておらず少々寂しげなエリアに。

「……それでもうるさいって苦情が出るのが凄いよね」

「防音用に壁を設けることも考えたのですが、せっかくの新市街でまた差別のような扱いと見られるのは避けたいと思いまして……」


 そのミゼットさん率いる長ったらしい名前の宗教施設を私は訪れていた。

 同行しているのはフリューネとカゲヤ。あまり露骨に護衛を引き連れたりしないようにしているのも、前大臣のイメージを払拭しようと目論んでのことだ。代わりに暗部の人たちが隠れて警戒にあたっているけど。


「ああ、着いちゃった……」

 思わず漏れた言葉に、フリューネも苦い微笑みを浮かべた。いやたしかにシナミのことは心配なんだけどさあ……。


 宗教施設と言っても一般的な建物を急遽あてがっただけなので、見た目は普通だ。L字型の二階建てで庭が広い。隣には三階建ての住居もある。

 そう、いたって普通の建物だ。なんだけど、

「足りぬ! まだ足りぬぞ! もっとだ、もっと腹から、内臓から祈りを天へ押し上げるのだ!」

「火傷の一歩手前まで踏み込む勇気だ! 産毛が焦げるその感覚を刻み込めえ!」

「苦しむな! 耐えるな! それは勘違いなのだ! 今貴様が感じているそれはすべて、レグナストライヴァ様を崇めるという至上の幸福なのだと価値観を切り替えることが秘訣だ!」

 そんな叫び声があちこちから激しく暑苦しく鳴り響いているのでここは地獄かな?


「ねえフリューネ」

「言葉にしないでくださいお姉さま。私も今折れそうなので」

 むしろよく苦情だけで済んでるなこれ。破城槌で突撃されても納得してしまいそうだぞ。


 施設の入口前で帰りたい気持ちと闘っていると、横合いから声がかけられた。

「えっ、レイラ様、フリューネ様も?」

「え? あっ、シナミ!」

 見ればそこにいたのは事務官のシナミ、今日ここへ会いに来た目的である相手だった。お風呂上がりなのか、薄桃色の髪が湿っており頬も上気している。


 その彼女が、私達と知るやいなやザッとその場に膝をつき、さらにババッと全身を地に投げ出した。五体投地である。

 言うまでもなくここは公共の場で、この施設周辺は避けられているのか人通りが少ないものの、その少数からは何事かと目を向けられ、それが領主一行だと気づいて即目を逸らしたりしている。

「ちょ、ちょっと顔を上げてシナミ!」

 これはマズい。変な噂が流れかねない。

 ていうか大変! シナミが早くもあの集団に染まってる!

「いえ、不遜にもレイラ様がレグナストライヴァ様の眷属だと知らぬままでいた過去の己を少しでも雪ぎたく、どうかこのまま何日でも――もちろんレイラ様方々を留めるつもりは毛頭有りませんので私はここへ捨て置いて頂ければと」

「するわけないでしょっ」

 うつ伏せになっているシナミの両脇に手を差し入れて強引に立ち上がらせる。身長差があるのでそのまま抱えあげちゃったけど、これ手を放すとまた地に伏すなあ――と悩んでいたらフリューネが「そのままで」という視線を投げつつ私の腕に手を添えた。そしてシナミへと落ち着いた口調で話しかける。


「シナミ、あなたは入信の意思を私に告げたときにこう言いましたね。『今の性格を直してより仕事に貢献したい』と」

「はい」

 私に抱えられたままこくりと頷くシナミ。

「あなたの信仰心を揺らがせるつもりは決してありませんが、上司に五体投地するようなことではかえって仕事に差し障りが出るのではありませんか? 信仰と仕事のどちらを優先させるかという話ではなく、両方で良い結果を生むことを目指す調和こそが肝要なのです」

 さすが、私と違ってすらすらと説得の言葉が出てくるなあ。


「フリューネ様……、仰るとおりです。私の思考が偏っておりました」

 さすが、もともと頭の回転は早いのですぐに理解したらしい。もう大丈夫かな、と思ってシナミを降ろす。

 今度は、頭を下げるだけに留めて彼女は言った。

「では、あらためて申し訳ありません。本日お見えになるとは伺っておりましたが、こんなに早くいらして頂けるとは……。湯上がりの雑な装いでお目汚しをしました。また考えなしに身を投げだした結果、土でさらにひどい有様になってしまい、今すぐに――」

「あ、いや、待ってそのままでいいから」おそらくは着替えに走ろうとしかけたシナミを慌てて止める。「えっと、お風呂入ってたんだよね? てことは例の、何日も走り続けるって修行は終わったの?」

「はい。つい先程終えたばかりで、汗を流し身を整えてからレイラ様たちをお出迎えするつもりだったのですが……」

「予定していた仕事が早く片付いたので、シナミが謝ることではありませんよ」

 優雅な物腰で答えるフリューネだけど、今日はかなり集中して仕事をこなしていたことは傍から見てもわかりやすかった。私の課題もちょっと少なめだったし、彼女もシナミのことが心配だったのだろう。


 しかし出会い頭の五体投地という強烈な先制攻撃を食らったものの、ずいぶんスムーズに会話ができるようになっていることに私は気づいた。

 今までの彼女だったら、ここまでの会話だけでもあと5回は謝罪が挟まれ、それへの釈明が高速かつ丁重に足され、喋っている内にどんどんテンパっていって誰かが止めないと最後には泣くか逃げ出しかねないところだ。


 これは入信が良い方向に働いたのだろうか、と視線でフリューネと相談しているところに、

「ぅぉぉおおおそこにおわすは偉大なる熱き指導者レイラ様ではございませぬかああああぁぁぁぁ」

 遠くから、なのに距離を無視する勢いでうるさい声が届いてきた。

 ……きちゃった。

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