戦士として理想的な訓練を受けさせられる警備員さん
「お姉さまがジルアダム帝国から連れてきたふたりですが」
とフリューネが切り出した。
地獄の反省会を終えた翌日、王城から戻ってきたフリューネになぜか課題を追加され、その量に呆然としている私だったが、さすがに彼女たちのことは聞き流すわけにはいかない。なにしろこの地での責任者というか、保護者というか、まあ雇い主か? とにかくそういう立ち位置なのだから。
「本来であれば、兵団へ配属するのがよろしいとは思いますけれど……」
迷う素振りのフリューネ。
「うん、言いたいことはわかるよ」
ここレイラ・フリューネ特別自治領にもちゃんと私たち一行以外の兵力が存在する。領主が雇った正規兵の軍団だ。……なんだけど、なにしろ先代領主が色々と腐っていたので、その腐敗臭があちこちに染み込んでいた。
なので領地運営に関わる様々な組織集団から膿を出し、その結果としてかなりの人手不足に悩まされている。どんだけ腐ってたんだという話だけど、なにしろ先代王と渡り合い、領地どころか国全体を動かしていたのだ。さもありなんという感じでもある。
この領主館で働く中枢メンバーについては、ファガンさんから得た引き抜き権を活用し、もとからいた人たちを再配置し、他にもリクルートに励み、さらにフリューネやカゲヤたちの事務処理能力を上乗せしてどうにか回っている。
けれど領内全土の自治を務める兵団については工夫でどうにかなるレベルではなく、純粋に数が足りなかった。
なので現状は王城直属の兵士を借りている。
おかげでなんとか治安を維持できているのだけど、先代王と先代領主の確執、おまけに先代領主の側にいたサレン局長が抱える暗部もこの領地に本部があるということで、王直属の兵士たちからすればこの領地の兵団はほぼ敵に近かった。
加えて言うと、先代王を殺した張本人である私が領主であるということも、事実を知っている隊長格など一部の兵士と、噂を聞いている多くの一般兵から疎まれる要因になっていた。
そんなわけで私たちがこの領地に入った当初はかなり大変だったのだけど、ファガンさんたちの協力もあり落ち着いてきたので帝国へ出かけることもできた。けどやっぱりまだ水面下ではちょくちょく問題が起きているのが実情だ。
そうした兵団へ帝国軍人であるシアンたちを配属するのは、またややこしいことになりそうで、受け入れる側にも入っていく側にもメリットが薄い。
では他のところに配置すればいいのだけど、あくまで私が借り受けたのだから王城や他の領地へ行かせるのは駄目だろう。
となればこの領地で軍人を必要とする部署は兵団以外にふたつ。
暗部と警備隊だ。
そしてもちろん暗部は絶対にNG。この執務室より遥かに多くのヤバい情報を抱えているあそこへ配属させる訳には断じていかない。うっかりそうした情報を知られたらエクスナは容赦なく処刑するだろう。
「はい。暗部という選択はあり得ません」
同じ思いなのだろう、フリューネも青ざめた顔で頷いている。
そうなると残るは一択、警備隊になるわけだけど。
「リョウバか……」
「リョウバ様ですね……」
そう、ナンパやセクハラでステータスが上がる特性でも持ってんじゃないかと疑うほど日々を楽しそうに過ごしているあの男が警備隊のトップなのだ。
おまけに警備隊のメンバーも90%以上が男というむさ苦しい集団だ。そこへシアンとミージュを配属するというのもやっぱり考えものだった。なにしろ帝国から出てきたそもそもの原因が男絡みの問題なのだ。
「こうなったら逆に、ふたりの安全をリョウバ自身に保証してもらうしかないかな」
「それは、たしかにリョウバ様は短期間で警備隊を掌握されていますが、当の御本人が……」
「うん、だからね」
「――シアンとミージュになんかあったら、簀巻きにしてキーラさんの前に転がすから」
「身命を賭して邪な手を出されぬよう私が見守りましょう」
折り目正しく礼をするリョウバはマジな気配を放っていた。
そうだよね、実際に会ってあの底知れないオーラを受けたリョウバならわかってくれると信じてたよ。あの場では一切セクハラめいた発言してなかったしね。
というわけで晴れてふたりは警備隊に加わることとなった。
それから数日後、膨大すぎる課題に押しつぶされそうになりながら、僅かな休憩時間を使って様子を見に来たのだけど。
訓練中はリョウバが気を張ってくれてるだろうから、あえて訓練が終わるタイミングを狙って来たのだけど。
「おいシアン、今日は酒場に上位3人が揃うシフトだぞ!」
「えっ!? やった絶対行く! 今日こそセフィアちゃんにデートの約束取り付けるんだ!」
「馬鹿野郎、まだ片手に収まる数しか会ってない癖に何言ってやがる! まず10回断られてからが本番だぞあの子は」
「それアンタが単に誘い下手なだけでしょ」
「はっ、洒落た店もろくに知らない新参がどうするってんだ」
「あー、頭悪い、この街の店なんてあの子ならだいたい誘われつくしてるでしょ。せっかく起伏豊かな国なんだから、まずは明るいうちに軽くピクニックだよ。そして女同士ならではの怪しまれない手作りお弁当――残念ながら私はアンタの数歩先を行く」
「てっ――テメェ汚えぞ!」
「んー、負け犬の鳴き声は帝国と同じだなあ」
男たちと肩を並べて元気に喋っているシアン。
「ミージュちゃん! 今日は汗を流してさっぱりしてきたぜ! さあ一緒に――」
「顔を洗っただけで匂いが消えるわけないでしょ! 一週間毎日お風呂に入って良い石鹸を惜しまず使って体臭に合う香水選んでから出直してきなさい。そしたら1秒悩んでから振ってあげる」
「なあなあミージュ、帝国出身の料理人が肴を出す雰囲気のいい店があってな」
「せめて私が故郷を懐かしむぐらい日数経ってから提案しなさいよ……。それと第一に、自国に誇りを持てない男は魅力が一枚欠けると知ることね」
「おいミージュ! やったぞ! あの子が誘いを受けてくれた!」
「あら、良かったわね。じゃあこれからは自分で考えてその子を楽しませるように。間違っても他の女からアドバイス貰って動いてたとか言うんじゃないわよ」
追ってくる男たちをあしらいながら優雅に歩いているミージュ。
……早くも馴染みまくっているようで大変結構ですね。
「お疲れさま」
と声をかけるのとほぼ同時、こちらを見た瞬間にふたりは直立不動の姿勢になった。
「お疲れ様です!」
「領主様におかれましてはご機嫌麗しく!」
「……えっと、そんなにかしこまらなくても……。キーラさんのお店じゃもっとくだけてたじゃん」
「いいえ、正式に雇い受けて頂いた以上、そういうわけには参りません」
「はい。そのとおりです」
……まあ、礼儀正しいのはいいことだと思うし、無理にとは言わないけど。
……なんか私、怖がられてない?
「警備隊はどう? まだ数日だけど、この配属のままで大丈夫かな」
「はい。リョウバ隊長以下皆さんに良くしていただいています」
はきはきとシアンが答える。
「そっか、よかった。男所帯だし、ちょっと心配してたけど」
「ご配慮ありがとうございます」とミージュが微笑む。「ですがその点についてはご安心頂ければと。なにしろ私たちはあの母のもと、幼い頃より酒場で働いておりましたので」
説得力のある言葉だった。
ふたりと話していると、リョウバもやって来た。
「これはこれは、むさ苦しい場所へご足労頂き感謝致します」
「あ、お疲れさま。今聞いてたんだけど、問題なくやれてるみたいだね」
「ええ。ふたりとも地力はありますし鍛錬も積んでいます。警備隊で総当たり戦をすれば上位5名に入れるでしょう」
「おお、すごい」
「それに帝国軍の教練は勉強になります。留守中、カゲヤの指導もなかなか良かったようですが、慣れさせないことが訓練の要訣ですからね。色々と新しい拷問を与えられそうです」
「言い間違えたふりして訂正するかと思ったけど」
「訓練と拷問は紙一重ですよ」
まことに楽しそうに笑うリョウバ。
「実際あれ下手すると心身どっちか壊れるよね……」
「軍と違って座学がほとんどない分、運動量が狂ってる」
シアンたちがひそひそと喋っている。
「えーっと、訓練のし過ぎで肝心の警備がおろそかにならないようにね?」
「もちろんです。日勤夜勤問わず、不定期に私が狙撃していますので居眠りなどしたら死にます」
あなたそんなことしてるの。
「……まあ、リョウバも働きすぎないようにね。誰かが言ってたけど、訓練と遊びと睡眠は等しく取るのがいいんだとか」
「ほう、それはなかなか至言ですね。ではレイラ姫、早速私と夜を楽しむのはいかがで――」
「あ、私もう戻らないと。シアンとミージュも、またね」
……実際、休憩時間は終わり。
帝国から戻ってからの私の生活は、勉強5割、訓練2割、睡眠2割、休憩という名の視察や内政1割という感じだろうか。
つらい。非常につらいんだけど、その私に付き合いながら自分の仕事もこなすフリューネやカゲヤがいるのであまり泣き言も言えない。
くそう、偉くなんてなるもんじゃないなあという実感を、なぜ就活前に痛いほど感じなければならないのだろうか。