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少女たちは仕事の闇に呑まれている

「ほんとうに、私ごときが触れてよいのか不安になってしまうほど美しいグラスですね」

「ほんとですねー。折れそうとかじゃなくて純粋に怖くなりますよね。聖域っていう言葉を体現してるみたいです」

「このような神器で、まだ明るいうちから極上のお酒を口にするなど至上の悦楽にして怠惰の誹りを免れぬことでしょう」

「ええ。さすが帝国の銘酒は一味違いますね。熟成年月に目的と自信を感じさせます」


 談笑しながら天上のグラスでお土産のお酒を飲むフリューネとエクスナ。

「おおー、いい飲みっぷりだねえ。あ、フリューネ空いた? お注ぎしますねー」

 いそいそとお酌をする私。


 ふうっ、と儚げな吐息をつきながらグラスに満ちたお酒を眺めてフリューネは言う。

「ああ、もしもここに注がれているのが天上の神酒だったとしたなら、この悦楽をどれ程上回ってしまうのでしょう。私ごときでは耐えきれずに命を散らしていたかもしれませんね。まったくお留守番をしていて正解でした」

 その言葉に深々と頷くエクスナ。

「ええ、なにしろ戦神と武神からの振舞い酒という信じられない逸品ですから。私もレベルはフリューネ姫とたいして変わりませんし、もしも飲もうとしたら資格なしと天罰が下ったかもしれません。いやいや私達をここへ残して帝国で自分たちだけ飲んで帰ってきたレイラ姫御一行はご慧眼でしたね流石ですよ」


「……えーっと、あ、このおつまみも結構美味しいんだよ? 例のキーラさんに教えてもらったお店で買ったの。あとこっちのはグランゼス皇帝御用達のチーズでね、専用の牧場で作ってるんだって。そしてついでに私は土下座でもしましょうかごめんなさいあの神酒はこっそりくすねるには警備が厳重でしてね……」

 喋りながら背を丸めていく私。


 くすくすとフリューネが笑う。

「冗談ですよお姉さま。たしかに残念極まりないですが私たちは意思を持って留守をお預かりしたのですし。それにお姉さまの披露された戦力と、獲得した立場であれば実際にいくらか神酒を持ち帰ることができたかもしれませんが、それは確実に遺恨を残したでしょうから。あと土下座は本当にやめてください。お姉さまの体面以前に、いよいよアルテナが自害の覚悟を決めようとしてますので」

「いえ、この場でそのようなことは……」

 と慌てたように言うアルテナだけど、この場じゃなきゃマジでなにかしそうな気配である。このうえさらにフリューネの上司にあたる私が土下座とかしたら、その私に同行したアルテナの立場はめちゃくちゃ気まずいものになるだろう。


「では冗談はここまでにして」私とアルテナをかなり崖っぷちまで追い込んだとは思えないほどあっさりと話を変えるフリューネ。「神から賜った盃、それに柄杓と壺ですか。そちらも是非とも実物を拝見したいものですが、分配はお姉さまが決められたそうですね」

「あ、うん」

 一応、神様からは私が一式をもらったというかたちだったけど、全部持って帰るのも忍びなかったので3人で分けることにしたのだ。

 グラス3つのうち2つを私が。残りひとつと柄杓をヴィトワース大公が、酒壺をグランゼス皇帝が、それぞれの国で保管するという取り決めを交わしていた。とはいえ所有権は私に残され、ふたりには貸与という体裁だ。


『あげますよ』

『おっ、ありがと! 大事にするねー』

『ふたりとも待て。いいから待っておれ。細かい話はこちらで詰める』

 などというやり取りもあったりしたけれど。

 そして私はファガンさんから、ヴィトワース大公はオブザンさんから説教され、なぜか所有者の私を無視して男たちが相談した結果こういう形になっていた。


「ええ、過程については後ほど私からも一言――いえ、言いたいだけ言わせて頂きますが、結果については非常に有益なものです」

 満足そうな表情でおそろしい枕をつけないでほしい。

「これ自体の価値も計り知れませんが、なにより闘技場の聖地認定と合わせて下賜されたというのが重要です。お姉さまとヴィトワース大公の義姉妹の契りも聖地の証たるものですが、やはり目に見える物品の効力は大きいものです。その所有権をお姉さまが持っているというのは、先の外交における強力な支えとなります」

「そうなんだ……。ちなみに売ったらいくらぐらいになるかなあ?」

 いちおう領主として、資金というパラメータは頭の片隅にあるのでそう聞いてみると、

「素朴にその質問をされたという点も、後半の議題に追加しておきますね」

 にっこりと微笑まれた。

 


「さて、続く戦果としましては先ほど少し触れました、神の恩寵ですね」

 難しい表情でフリューネは言う。

 彼女の視線の先、神のグラスが入っていた木箱の隣に、だいぶ小さな、けれど異様に頑丈そうな小箱が置かれている。

 中に入っているのは、飴玉のような形をした、神の恩寵だ。


 武神ユウカリィラン様の恩寵。

 飲み下せばあらゆる病気を跳ね除け、老化も抑制するという。

 ある種、人類共通の望みを叶えてくれる代物だ。


 本来これを受け取るべき男――スタンはと言うと、

『んなもんいるか、気味わりぃ』

 の一言であっさりと人類の夢を捨て去った。


 というわけでこちらの譲渡権も私が持つことになった。


 ちなみにスタンは今も帝国の病院にいる。長距離移動に耐えられるぐらいに回復してからバストアク王国へ移ってくる段取りだ。


『――あの男がしでかした様々な不始末を伏してお詫び申し上げます! ……まさか、神々に対してまであのような……』

 試合翌日にはレアスさんがやってくるなり全力の謝罪をしていた。スタンを預かるという約定は破棄し、こちらが受けるはずだった報酬だけ払うなどと言い出したけどそこはどうにか阻止した。

 ……多少の葛藤はあったけど。

 でもスタン自身の強さはより確かに実証されたわけだし、武神から彼宛ての恩寵を預かっちゃってるし、なぜかリョウバも私の意見に乗ってくれたので、もとの約束通りスタンは私の領地で引き受けることにしたのだ。


『スタンの言動をローザストの責任とまでは私の一存で請け負えませんが、私個人、いえ、グラウスも含めレイラ姫への借りとさせて頂きます。必ず、お返ししますので』

 そう言ってレアスさんは去っていった。

 帰りの馬車でスピィから聞いた話だけど、それから連日彼女は病室へ通ってスタンへ激しい説教と指導を繰り広げていたそうな。


 ……レアスさんの厚意はありがたいけど、スタン、たぶん今私はあなたと似たような立場と心境だよ……


「で、お姉さま、この素晴らしい恩寵をどなたに授けるおつもりですか?」

 まっすぐにこちらを見据えて私を問い詰めるスピィに、私は既に遠い帝国の彼を思う。


「うーん、それは私も悩んでて……。フリューネいる?」

「たとえ冗談でもそのように気軽な調子で授与して良いものでないことはご存ですよね?」

 愛らしく小首を傾げてみせる様子は似合ってるけど、目がまるで笑ってません。もはやホラーの域だ。

「ごめんなさい」素早く頭を下げる領主こと私。「でも、本気ではあるんだよ。フリューネって仕事が多すぎて睡眠とか休み時間を削りがちでしょ。そのうちほんとに病気とかなっちゃわないかって心配で」

「……それは、申し訳ありません、ご心配をおかけして」

 すっと目をそらすフリューネ。

「いや謝る必要はなくて、むしろこっちがごめんって言いたいとこだけど。……だから、どうかな?」

「せっかくのお申し出ですが」と彼女は首を振る。「武神の恩寵など、レベル1で実戦経験がなく、これからも武を学ぶ気のない私が授かるなど恐れ多いことです」

 そのきっぱりとした口調には、なんの未練も感じられなかった。

「そっか。じゃあどうしようかな……、あ、ねえカゲヤにアルテナ、レベルが高くなると、病気とかってかかりにくくなったりするのかな?」

 それならフリューネじゃなくても、エクスナやモカなどレベルが低めな仲間にあげるほうがいいかなと思ったんだけど。


「そうですね、たしかに風邪をひきにくくなったり、多少悪くなった食料や下流の川の水でも腹を壊しにくくなったりはしますが」

 とアルテナが答える。

「ですが病気となると、難しいですね。毒への抵抗は多少高くなるようなので、同じようにある程度の効果があるかもしれませんが、定説を聞いたことはありません」

 カゲヤもそう補足する。


 なるほど、たぶん体力とか免疫力は上がるのかな。でも病気ってそれだけじゃ防げないし、なにより老化抑制って効果もめちゃくちゃ有能だしなあ……。


「お姉さまに腹案がないようでしたら、ひとまず厳重に保管するのがよろしいかと。あまり長く使わないのも不敬にとられそうなので注意は必要ですが」

「うん、そうだね。……あ、どうせならこれを賞品にしてバストアクでも闘技大会とかやってみようか?」

 ぱちりとフリューネは大きく瞬く。

「それは、良い案かもしれません。単純に優勝商品とするのは少々危険だとは思いますが、そこは調整できますし。ただ、お姉さま主催の大会、ですか……」

 と眉根を寄せている。

「え、なんかまずい?」

「そりゃ、どうせまたろくでもない事態を連鎖的に引き起こすだろうなって誰もが予想しますよ」

 とエクスナが嘆息する。

 それを、カゲヤやアルテナも否定する気配がない。完全にアウェイだ。


「いえ、よい機会です」とフリューネが妙に静かな声でそう言った。なんか目が座っている。「その催しを万難排して執り行い、あらゆる対策をもって不測の事態も起こさず、計画通り円満に完了させる――それを目標にお姉さまをこの領地の代表かつ主催者として徹底的に容赦なく鍛え上げる――ええ、これこそ皆が一丸となれる領地を挙げての取り組みとなるでしょう」

「なるほど、領内での開催なら全員が関われますし、こちらで制御しやすいですし、帝国の闘技会をすぐに反省材料として活かせますし、明確な目標はイオリ様の教育課程を作りやすいですね」

 エクスナがなんだか目を輝かせている。

「新市街の民に新しい仕事をつくれますし、人材確保にも繋がりそうです」

 カゲヤまで乗り気だ。

「今度は、フリューネ様の前で……」

 小声でアルテナが参戦意思を示している。


 えーと、みんななんだかやる気があるのはとってもいいことなんだけど、最初にフリューネが恐ろしいこと言ってるのはなんでスルーされてるのかな?

「やっぱ今のなしd」「それではさっそく反省会に移りましょうお姉さま!」

 かぶせ気味に言われた!


「懇親会と闘技会、道中も含めてまずは大きなところから13項目、参りましょう。ああターニャ、夕食もここでとりますから適当なものを」

 一礼して部屋を出ていくターニャ。扉を塞ぐように立っていたカゲヤが離れたその一瞬を狙って私も脱出しようとしたが、


「無駄です」

 肩に手を置くエクスナ。

「ご容赦を」

 膝を押さえるアルテナ。

「イオリ様、戦闘訓練は明日から行いますので」

 ふたりに気を取られた間に閉ざされた扉を再び塞ぐカゲヤ。

 やだみんな連携よすぎじゃない?


「さ、お姉さま、まずはひとつめ――ミゼットさんたちを国許しの宗教として引き受けた件について」


 その日、レイラ・フリューネ特別自治領の領主館の灯が消えることはなく、

 さらにその翌日、バストアク王に呼ばれてある事実を聞かされたフリューネはイオリに対して『理由は言えませんが八つ当たりも兼ねて』と前日に決めた膨大な課題をさらに3割増にした。

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