表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/277

貴様この飲み会に何話費やすつもりだ

 神酒の試飲会も終わり、ようやく会場も普通の打ち上げらしい雰囲気になってきた。

 身内で固まっていたグループも徐々にほどけてゆき、あちこちで賑やかに会話が繰り広げられている。

 お酒や料理も追加でどんどんテーブルに並べられていき、早くも空になった大皿を下げていくのも見える。


 気になっていたのは、神酒の影響だ。

 何しろ神様からの差し入れなので、味は保証されている、されまくっている、むしろそのインパクトが強すぎてそれ以降の食事が味気なくなってしまうのでは、という懸念があったのだ。

 かといって打ち上げの終盤に披露するのでは皆が焦れてしまうだろうし、酔っ払ったり満腹になってるところで飲むというのも神様に対して不敬ではという声もあり、開始してしばらく経った頃合いを見計らって試飲会を執り行ったのだった。


 けれど、その心配は杞憂だった。

 神酒を飲む前と後、テーブルに並んでいたのは同じ料理に同じお酒だったけれど、その味わいが段違いだったのだ――良い意味で。

 なんていうか画質設定を「低」から「最高」に上げたみたいな、ものすごい解像度の違いが感じられた。これは私だけでなく、他の人たちも同じ感想だった。


「すごいわね、過去から未来まで楽しませてくれるなんて」

 とはヴィトワース大公の言。

 なるほど、と感心した。

 まず香りで郷愁を感じさせ、甘い記憶に浸らせてくれる。

 いざ飲むときには、まさにその一瞬を全霊で堪能させてくれる。

 そして飲み終わった後には余韻を楽しませてくれる上に、後に続く料理への感動を段違いに跳ね上げてくれるのだ。

 食前酒として完璧と言えるだろう。


 というわけで料理もお酒も皆さん軽やかなペースで摂取されております。

 とはいえハイクラスの方々が多く参加しているこの場で悪酔いするような人はいないみたいだけど、まだ中盤だから油断はできない。どっかのリョウバとかが貴族令嬢をナンパとかしでかそうものなら遠慮なく鉄拳を御見舞する所存です。


「拝謁を賜れますかな、レイラ姫」

 なんてことを考えてると、横から低く渋い声が。

 見るとそこに立っていたのは、真っ白な髪を綺麗に撫で付けた品のあるお爺さんである。しかしやたらと姿勢が良くて、背も高いし身体つきもがっちりしてレベルも明らかに100越えてそうな――

「トウガ戦士」

 そう、アルテナとリョウバの対戦相手だったトウガだ。

 試合中は厳しく引き締められていた表情も今は柔らかく、礼服を優雅に着こなしていて見事な紳士ぶりだ。

 先ほど神酒を渡したときもその変わり様に驚いたものだ。

 にしても、ここはバストアクの一行が集うテーブルだ。立食とは言えファガンさんもいるこの空間はアルテナやリョウバを含む護衛の人たちが目を光らせ、迂闊な輩が近づいてきたらお引取りいただくフォーメーションを敷いているのだけど、このお爺さんするっと私に直接話しかけてきたな。スピィやファガンさんも少し驚いた様子だ。


 まあ後追いでも止めようとしてこないあたり、とりあえず応対して大丈夫ってことかな。このお爺さん帝国内どころか人族全体に名を馳せた古豪という話だし。今さらインターセプトするほうが損だと判断したのだろう。

 ならば、ひとまず付け焼き刃のお姫様モードで。

「拝謁などと。所詮は小国のいち領主です」

「今日の試合を見た者で、貴方をそう評する者は皆無でしょうな」

 上品に微笑むトウガさん。

「歴戦の勇士にそう言って頂けるのは光栄です」

 うわあ、背後からスピィの視線が刺さってる。査定? 査定中? この対応もやっぱりフリューネに漏れなく報告されるの?

「こちらも過分な評価ですな。所詮は運良く生き長らえた老兵にございます。しかしまあ、戦場で目にした兵の数だけは多少自慢できるものかもしれませぬ。――その私の知る限りにおいても、レイラ姫の闘法は独特なものに見受けられました。徒手空拳自体が戦場では希少なものですが、それでもある程度の型はあるものです。ですがレイラ姫の動きは、その中でもさらに扱う者の少ない型のようで」


 薄っすらと酔っていた頭がぱっと冴えた。

 え、これちょっとマズいパターン?

 もしかして私の戦闘スタイルって、魔族特有とか? 魔○忌流みたいな!? たしかに師匠は主にカゲヤで、そのカゲヤの師匠はサーシャだから……

 嘘、こんな打ち上げのワンシーンで一番バレちゃいけない秘密がバレるの!?


「そう、僭越ながら我が家系にも伝わる動きと似ている点もありましたので、ことに目を引きましてな。今日の試合では孫娘のフユが未熟ながらその技を披露致しましたが――レイラ姫からご覧になって如何でしたでしょうか?」

 ……これは、なにかの引っ掛け問題? けどトウガさんに敵意はないし――単なる私の考えすぎだった? これ額面通りに受け取って大丈夫な方向だろうか。

 ひとまず慎重に言葉を返そう。

「……そうですね、確かに彼女の構えを見た時、私も師に受けた訓練を思い起こしました。残念ながら私自身はそこまで多くの流派を知っているわけではないので驚かなかったのですが、珍しい型なのでしょうか?」

 これは本当にそう思ったことだ。

 生憎と自分の戦い方を客観視出来るほど熟達してるわけじゃないので、私ではなく訓練中のカゲヤの姿と重なるところがあるなあ、と感じた程度だけど。


 トウガさんはどこか嬉しそうに目を細めながら答える。

「はい。ああいった、その場に深く腰を落としたり半身を強調する構えは戦場には不向きでございます。何しろ敵陣に切り込みづらいですからな。逆に切り込んできた少数の相手を迎え撃つ事が多い後衛やその護衛が修めるのに向いておりますが、そうした者は膂力に劣るので武器を持つほうが有利と――そういったわけで、不肖の孫がお見せしたような術と格闘を併用するような物好きしか――あ、いや、これは失礼! レイラ姫を侮るわけでは決してございません」

 慌てたように手を振るトウガさん。

「いえ、気にしていませんので」

「お気遣いを――」咳払いをするトウガさん。「話を続けさせて頂けるならば、そうした理由から珍しい型というのは確かでございます。それで年甲斐もなく興味を持ってしまいまして、差し支えなければレイラ姫が師事された方のお名前を伺わせては頂けないでしょうか」


 ……これも、答えて大丈夫なやつか?

 どうやら疑われてるとか引っ掛けとかではないような雰囲気ではあるけど……、まあ領地じゃカゲヤの名前なんて普通に出してるわけだし……、隠すほうが不自然かも。

「カゲヤといいます。長名はカゲヤミトスと」

「カゲヤ殿……」目を伏せて考え込む様子のトウガさん。まさか心当たりとかないよね?「――いや、浅薄な私ではご存知ないお方ですな。しかしレイラ姫に指導されるということは、相当な経験を積んだ壮年の戦士でしょうか?」

 よかった、知らないみたい。

「いえ、たしか今27歳ですから」

 あれ、でも平均寿命60歳のこの世界だと、27って壮年になるのかなあ?

「……それは、なんともお若い……。レイラ姫の試合を拝見させて頂いたときにはさぞかし年季を積まれた良き師をお持ちなのだろうと感心したものですが――、機会があればお目にかかりたいものです」

 感じ入ったように目を瞑るトウガさん。

 なんだかさっきまでより雰囲気がやわらいでいる。


 このお爺さん、女は後衛や助攻を務めるべきだって意見の持ち主で、帝国の女性戦士が軽く見られる風潮の原因のひとつだって聞いてはいるけど。

 私に対して皮肉めいたことは言ってこないし――さっきの微妙にそう受け取れそうな発言も本気で慌てて否定してたし――、物腰は丁寧だし。なにより、大学にこういう気品があって年齢を優雅に纏ってる教授とかいたら絶対コマ選ぶのにって感じのお爺さんはなかなか貴重だし……。いや枯れ専ではなく! イケオジとイケオジイはすっぴん美女並にレアという人類の宝なわけですよ。


 それに、このお爺さんの孫という女の子のこともある。彼女が見せたとてもきれいなバフの術式はできればもっと知っておきたい。

 私はがんばって優雅に見えそうな笑みを浮かべて見せる。

「それでは、余暇がありましたら是非バストアク王国へお越しください。私の領地にて歓迎させて頂きます。そう、お孫さんのフユという戦士、彼女もお連れになって。領地自体は帝国に比べれば田舎町ですが、バストアク各地の景観は見ごたえがあるかと」

 なんだか地元自慢みたいだけど、実際バストアク王国は起伏に富んだ地形で人の手が入っていない場所も多く、探索のし甲斐があるエリアだ。私もこの走力とジャンプ力を活かしてマップ埋めしたいと常々思っているんだけど、周囲に固く止められている。


 トウガさんは破顔した。シワが深くなって、親しみやすいお爺ちゃんという感じになる。

「それはそれは、願ってもないお言葉です。近いうちに必ずや」

 そして、長話の非礼をと丁寧な謝辞を口にした後、まっすぐな背筋で去っていった。


 ……ふう、一時はどうなることかと焦ったけど。

 にしても、そうか、You Tubeどころか一般市民が買えるような本すらないんだから、この世界じゃ色んな武道の流派とか型とか奥義とか、それどころかトレーニングの方法や栄養学とか、そういう戦い方や強くなる秘訣みたいな情報が限られた人にしか伝わっていないんだ。一国の軍隊の中でだって当然競争があるんだろうし、大っぴらになってることが私の考えてるよりだいぶ少なそうだ。

 多くの人に知られるのは、それこそヴィトワース大公とかアルテナみたいに戦場で名を馳せたり、グランゼス皇帝みたいに圧倒的に高い地位に昇ったりした人たちについてだけ。それだって傍から見ただけじゃ何をしてるのかわからないことも多いだろうし。……ヴィトワース大公とかそもそも目で追えないし。

 そんな世界じゃ、単に知らないってだけよりも、知ってるものに似てる、っていう方が関心を寄せられやすいのかも。共通項があるほうが、良い箇所を取り入れやすそうだしなあ。


 今日はなんてことなかったけど、今後はもっと気を遣わないといつどこで魔王様の側だってバレるとも限らない。最近油断気味だったし、いいタイミングだったと思うことにしよう。


 ……そういえば、気づけばずいぶん長い間人族の領土に滞在してるけど、元気にしてるのかなあ魔王様たち。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ