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打ち上げ、あるいは吊し上げ

「では、そろそろ帰るか」

 盛り上がる観客席を見渡しながら、戦神は言った。そしてふと気づいたように、「この後は、当然酒を酌み交わすのだろう?」と尋ねてきた。

「あ、はい」

 たしかヴィトワース大公もそんなこと言ってたし。

 参加者全員での打ち上げみたいなのもあるんだっけ? スピィが言ってたような……。まあなくても内輪でやればいいか。

「あの、もしよろしければご一緒にいかがでしょうか?」

 それを期待して尋ねたのかなと思って私なりに気を利かせてみると、周囲から凄まじいプレッシャーが襲いかかってくる。もう何度目だ。


「いや、我らが同席すると主賓が変わってしまうだろう。今日は血を流した者たちが主役だ」

 さらりと言うアランドルカシム様に、みんなが内心でものすごく安堵しているのが伝わってくる。そっか、たしかに気を遣うよなあ。けど黙って帰すのが正解かというと微妙な気がするし、私の発言も間違いではないんじゃないかな、と思ってみたり。帰ったらフリューネに判定してもらおうかな。怒られる材料が増えるだけかな……。


 そこで不意に思い出した。

「あっ、そもそもアランドルカシム様は投影体でしたね。その状態だと地上ではお酒を召し上がることができないのでしょうか?」

「そういうことだ。……だが、酒宴を知りつつただ去るのでは神の名折れだな。ユウカリィラン」

 視線を向けられた武神がハァとため息をひとつ。

「兄さんの蔵出しでいいんですよね?」

「ああ」

 そう言って、アランドルカシム様が空中でなにやら片手を動かし、それを受けたかのようにユウカリィラン様がすっと指を振り下ろす。

 すると空から光が一条。神様が降臨したときほど仰々しくはないけど、きらびやかな光柱が立った。


 そしてそれが消え去った後に現れたのは、

「わあ……」

 あまりにも見事な造形の壺と柄杓、そして3つのグラスだった。


 一抱えもある宝石を削り出し、そこへ別種の様々な宝玉を埋め込んだかのような大きな壺。蓋の上には今にも溶けそうなほど柔らかな光をたたえる黄金の柄杓。グラスはどこまでも透き通っているのに不思議と光を乱反射し、花火とも万華鏡ともつかない彩りを見せている。

 神の御業、という言葉が相応しい芸術品がそこにあった。


「振舞い酒だ。ありがたがって保存などするなよ。景気よく皆で飲み尽くせ」

「ありがとうございます! ――あ、えっと、容器はどうしましょうか? 洗って返すのはどうやって……」

 そう尋ねると、

「――く、っははは!」

「ふふ」

 戦神と武神にそろって笑われた。

「それは貴様にくれてやる」

「ええっ!?」

 明らかに天文学的値打ち――いやもう値のつけようがない品物なんですけど!

 ほらまたさっきの恩寵預かったときに負けない熱量の視線が全方位から私に! 怖い、怖いって!

「さて、これ以上の長居は無粋だろう。ではな、レイラリュート、そして優れた戦士たちよ。またどこぞで戦の華を咲かせるがいい。次は試合でないほうが望ましいな」

 そう言うと、実にあっさりとアランドルカシム様は消えてしまった。


「レイラリュート、そしてヴィトワースナギア」

 と、今度はユウカリィラン様が口を開く。あぶなっ、気を抜きかけたけどこっちの神様はまだ帰ってなかった。

「あなたたち2人も、武の極みに来ることを願っています。どちらも基礎が特殊なので合わせ方を考えておきますが、できたら、その、最後に目にするのが私の拳だったらいいなと、思ってます……」

 とんでもなく物騒なことを、華麗な詩を紡ぐ令嬢のような風情で言う武神。

 なんというか、すっごく可愛いハムスターがこっちを見てるんだけど、そのハムスター身長10メートルぐらいあってモコモコの毛皮の内に凶悪な爪牙を持ってるのがバレてる的な、ちょっといじめたくなるぐらい可愛いのに触れたら死ぬってのも分かってるみたいな、とにかくギャップの激しい神様である。


 そして言い逃げするかのように、やや慌てた仕草で宙を見上げ、またも降ってきた光の柱に包まれ天上へと帰っていった。


 こうして、様々な要因によって予定より大幅に長くなった闘技会が、ようやく閉幕となったのだった。



 ――そして、すっかり日も暮れた頃。

「皆、今日は良く闘ってくれた。聖地の幕開けに相応しい業の応酬であった。試合の華やかさに比べれば細やかな場ではあるが、心ゆくまで飲み、食らい、語り合ってほしい。――乾杯!」

 皇帝の音頭で、みんながグラスをぶつけ合う。


 ここは王城内の一角。闘技場からも懇親会の会場からも離れた、専用の庭が広がる別荘みたいな宴会場だ。もう何日も通っているというのに、未だにこのお城の広さに驚くばかりである。


 例年であれば懇親会の会場で大規模な酒宴を行うそうだけど、今日は何しろ神様降臨という大事件があったので、情報を欲しがっている人たちに詰め寄られるのを避けるため、参加者を厳選したうえに会場も変えての打ち上げとなっていた。

 

「いやもうほんと、言いたいこといっぱいあるんだけど、まず最初にね」

 ジョッキを一息に空けたヴィトワース大公が私の肩に手を回しながら口を開く。

「レイラあんた、神様と気安く話しすぎ!」

「え、そんなことは、めいっぱい緊張しつつも精一杯の敬意を持って接しましたよ?」

「どこが! さすがの私もグランゼス君が可哀想だったよ! あとレイラの仲間の君たち! ……苦労してるんだねえ」

 その言葉に深々と頷いたのは、予想通りのファガンさん、ちょっと心外なナナシャさん、おいちょっと待てリョウバ。あとスピィとアルテナ、首が縦に動きかけたよね?


「ヴィトワースが常識的な忠告をするなど、歴史的な快挙だな」

 グランゼス皇帝がちょっと疲労の影を滲ませながら笑みを浮かべる。

「あの、この度は誠にご迷惑をおかけしまして……」

 グラスをテーブルに置き、皇帝に謝罪する。

「ああ、頭を上げて欲しい。……確かに信じられないような出来事が起きたが、我が国としては非常に価値のある1日だった。それこそ史書に大きく刻まれるべき日だ」

 大らかな笑顔を見せる皇帝に、ファガンさんが口を尖らせる。

「そう甘やかさないでくれ。見ての通り手綱を気楽に引きちぎる姫さんだ。そっちの問題児といろいろな意味でいい勝負だとわかっただろう?」

「あらファガン君、誰のことかしら?」

 ヴィトワース大公が一歩踏み出し、

「おいそれ以上近づくなよヴィトワース。お前さっきの試合のせいで力の加減が馬鹿になってるだろ」

「お、鋭い」

「どれだけ怪我させられたと思ってる」

「……その節は、誠にご迷惑を」

 深々と謝罪するオブザンさん。


 乾杯から早々に賑やかなこの輪にいるのは、グランゼス皇帝とヴィトワース大公とオブザンさん、それに私達バストアク王国勢である。

 帝国側の出場者や、帝国内の貴族、それに他国からの招待客もけっこうな人数がいるけれど、私達の集うエリアには近寄りづらいのか、やや遠巻きにしつつお酒を酌み交わしている。

 そりゃ国のトップが3人いる場だもんね。

 ……ヴィトワース大公と私に向かって恐怖の感情が漂っているのは気にしませんよ。


 そんな会場内を見渡してから、皇帝が口を開く。

「さてレイラ姫、もはや為政云々ではなく私自身の好奇心が限界なのでな、いくつか質問を許してもらえるか」

「――はい」

 そりゃ来るだろうなと予想はしてましたよ。

「其方は今日より以前から、神々に名を覚えられていたのか?」

「うわ、ほんとに真正面から聞いたよ」

 ヴィトワース大公が目を丸くする。


「あ、はい」

「んでかるーく答えるし」

 くっくと喉の奥で笑う大公。

「……出来る範囲で説明をもらえないだろうか」

 これに関しては、ファガンさんやフリューネと口裏合わせ済みだ。

「えっと、ラーナルト王国で熱を司る女神レグナストライヴァ様が降臨されたことはご存知ですよね」

「ああ。……やはり其方に関係が?」

「はい。降臨なされた切っ掛けは言えませんが、結果として、私は眷属と認められたんです。そのために、天上でいくらか名前が広がったのかと思われます」

 グランゼス皇帝は、数秒間無言で目をつぶった。そして、

「……なるほどな」

 と低い声で言う。

「おお、含みを隠そうとしない。グランゼス君、なんかヤケになってない?」

「ここまで酔い潰れたいと思ったのは皇帝になってから片手に数えられるほどだな。――ファガン殿、後ほど差し向かいで飲まないか?」

「ああ。是非とも」

 真剣な眼差しを交わして頷く男たち。


「うわあ暑苦しい。ねえレイラ、そんじゃ私たちも後で内緒話しよ?」

「はい。えっと、なんていうか、私も試合が終わった今のほうが、試合前より大公とお話させてもらいたい気分なんです」

 素直な気持ちでそう言うと、

「やば、初々しくて可愛い!」

 がばりと抱きつかれた。ちょ、力つっよい!


「俺なら背骨か肋骨だな……」

「ほんとうに、申し訳なく……」

 しかめっ面のファガンさんにオブザンさんが悲壮な顔を見せていた。

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