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神様への願いごと(※対面)

 戦神アランドルカシム様は転移らしき技で瞬時に現れ、

 武神ユウカリィラン様は数十メートルを普通に飛び降りて無音で着地し、

 闘技場の舞台中央に、神様2柱が降り立った。


 舞台にいる私たちバストアク勢、グランゼス皇帝、そして壁際に控えていたヴィトワース大公たち帝国勢が膝をつく。

 観客席にいる人達も慌てて膝をついたり、額を床につけて拝礼したりと大騒ぎだ。


 戦神が口を開く。

「まず言っておこう。――どれも良い闘いだった。今日ここに来た甲斐があったというもの。満足である」

 それを聞いた人たちから、ぶわっと歓喜の気配が巻き起こる。

「各々に言葉を授けたいところだが、もとより我らは見物の身、捧げられた死闘でもない故、手短に済まそう。――レイラリュートよ、立って前へ」


 真っ先に振りますか神様ぁ!?


 動揺を押し殺して立ち上がり、神様に相対する。うっわあ、背後の仲間たちから『やらかすなよ』的なプレッシャーがびしびしと刺さってきてる。


「スタンザフォードは其方の臣下でよいな?」

 ……私自身そこはまだ疑問だけど、ここで議論する余裕はない。

「その通りです」

「では、預かってもらおう」

 戦神が言い、武神が前に出てくる。正面から見ると、マジで儚げな絶世の美女だ。この触れたら砕けそうな繊細さを醸す美人が、スタンを病院送りにしたのが信じられない。


 ユウカリィラン様は、すっと右手を伸ばし、そこに力を集め始めた。魔族なら魔力、人族なら法力と呼ぶ、私の目には身体を覆う霧のように見えるエネルギー。神様なら神力とか呼ぶのがいいのかな。


 そのエネルギーが、とんでもない密度でどんどん凝縮されていき、白くなめらかな手のひらに乗る宝石のように輝きを増し、

 ほどなくコロンと、本当に宝石のように綺麗な丸い塊が、そこに生み出された。


「これをスタンザフォードに」

 差し出されたその塊を受取る。思ったより軽く、宝石というより飴玉みたいだ。

「これはなにか、伺ってもよろしいでしょうか?」

「私の恩寵です」さらりと武神は言った。「飲み下せば、あらゆる病気を跳ね除けるようになります。また老化による衰えを大幅に抑えることもできます。寿命までは延びませんが、全盛期の身体で武の研鑽を行える時間が相当に長くなるでしょう」

 ……マジか。

 病気を治すどころか跳ね除けるって、万能薬どころの話じゃないでしょそれ。しかももう一つの効果もヤバいし。

 会場が静まり返ってるうえに、皆が必死に耳をそばだてているせいで、控えめな武神の声もけっこうな人に聞き取れたっぽい。あちこちから異様な熱視線が感じられて怖い。


 というか、

「神の恩寵とは、このような形で授かるものなのですね」

 あれ? でもファガンさんのときは全然違ったよなあ。

「与える方法はいくつかあります。寝ている彼のところへ赴いて直接でもできるのですが、その、お、怒られそうで……」

 肩を縮める武の化身。

「怒るって……、アランドルカシム様が?」

 そちらを見ると、「違う」と本人に苦笑された。そして背後から怒涛のように『自重しろ!』的な思いが届けられました。

「スタンザフォードにです。勝手なことをするなと、怒るような気がして」

 困り眉で目を伏せるユウカリィラン様。ここまで物腰の低い神様がいることと、それが武神だということがとにかく驚きである。


 けど、言うことはたしかにもっともだ。

 魔族を殺してレベルが上がるのを嫌がるあの変わり者のことだから、武神の恩寵も、油断につながるとか変な理論で突っぱねる可能性がある。


「それでは、本人が目覚めたら意思を確認した上で渡せば良いのですね?」

「はい。断られたら、他の方にあげてください」

 その言葉に、会場内からの視線がさらに熱を増す。ヤバい、今すぐ誰かに預けたい。むき出しの札束持ってるより遥かに危険だコレ。


「――参ったな」

 と、そこでアランドルカシム様が口を開いた。

「ユウカリィラン、もうひとつ『おまけ』するつもりはないか?」

「嫌です、そこまで軽い女ではありません」

 ぷいっと横を向くユウカリィラン様。

 いやちょっと戦神様、神の恩寵を駄菓子感覚で増やそうとしないでください。


「そうか――いや実はなレイラリュートよ、先ほど話した『前払い』の件だ」

 急に変わった話に慌てて思い返す。あれか、重火器が流行らないよう注意するっていう話のことか。

「ユウカリィランの実体が降臨するなら手頃だと思ったのだが、どうしたものかな。私は投影体ゆえ、物を授けるにはあらためて降臨する必要があるが」

「兄さん?」

 笑顔で睨む武神。超怖い。いやマジで。カゲヤやアルテナ、皇帝にヴィトワース大公とかも一気に警戒態勢に入ったし。

「このように叱られるのでな」肩をすくめるアランドルカシム様。「代わりに何か、知識や権利など無形のもので欲しいものはないか?」

 うわぁまた来たよ。神様へのおねだりタイム。3回めだけど毎回相手が違うからどこまでが許容範囲なのか全然読めない。

 けどここで待たせるわけにもいかない。仲間たちからのプレッシャーは重くなる一方だし、会場からの関心も増す一方でどんどん感情の色が濃くなってるし、皇帝がなんだか胃のあたりをさすってるし。


 フルパワーで思考を回し、ひとつのアイディアにたどり着く。

「あの、悩み相談とかでもいいでしょうか?」

 かはっ……、と声にならない嗚咽を漏らしたのは誰だろう。皇帝だろうか、アルテナだろうか、控室からすごい集中力でヒアリングしてるファガンさんたちだろうか。


 片眉だけ器用に上げて見せながら戦神は言う。

「まずは申してみるがいい」

「はい。実は私を利用して、ヴィトワース大公を倒そうと目論む勢力がいるのですが、私はそれを防ぎたいと思っているのです。けれど今日の試合でそれなりに対抗できる、有効な駒にできるという印象を持たれた可能性があり、どうにかできないものかと悩んでいまして」

 試合には負けたけど、負け惜しみかもしれなけど、ファガンさんたちが危惧していた『いい試合』だったと捉える人がまあまあいるんじゃないかな、ぐらいには善戦したと思うんですよ。

 もちろんヴィトワース大公がだいぶ手加減してくれたってのはあるし、そもそも互いに素手の殴り合い、実戦じゃまた話が違うんだろうけど。


「なるほど」とアランドルカシム様は腕を組んだ。「その勢力自体には、戦闘能力はさほど無いということか?」

「ええと、権力はあるので兵士を動員はできると思いますが、そうですね――損害を許容できる範囲で大公を仕留めることはできないんじゃないかと。グランゼス皇帝、そんなところで合っているでしょうか?」

 実際に誰がそういうことを目論んでるかまでは聞いていないので尋ねてみると、皇帝は額に汗を浮かべてこちらを見た。――あれ? なんか後ろの仲間たちからと同じようなプレッシャーが感じられるんですけど?


「レイラ姫、其方の言った通りで概ね合っている」

 答えた皇帝に、戦神が視線を向けた。

「貴様――名乗りを許そう」

「はっ」両手両膝をついた姿勢ながら威厳を失わない皇帝は、力強く言葉を発する。「グランゼスガイザーと申します」

「この地の長か」

「不遜ながら、左様にございます」

「よい。地上の政は神の関わるところではないのでな。今日の試合も貴様の仕切りだったのだろう? 大義であったな」

「もったいなきお言葉、誠に有り難く」

 鷹揚に頷いた戦神は言葉を継ぐ。

「さて、レイラリュートの言った勢力とやらだが、察するに貴様の配下か?」


 グランゼス皇帝の纏う気配が、一気に乱れた。

 ――あ、そっか、こういう展開になっちゃうのか。

 マズい、考えなしに口にするなってフリューネからガチ説教くらう流れだこれ。そして皇帝陛下ほんとにごめんなさい。


 一瞬で覚悟を決めたらしく、静謐な気配に転じた皇帝が口を開く。

「大半は私の臣下です。ですが不甲斐ないことに、その手綱を握りきれていない実情でございます」

「そうか」


 それだけ言って、アランドルカシム様はこちらへ向き直った。

「先の試合で、だいぶ語り合えただろう」

 ……もしかしなくてもソレは、拳で語り合う的な話ですね?

「友となれる相手だったか?」

「それは、はい」

 人間的には少々エキセントリックだけど、懐が深くて親しみやすい人だ。さんざんボコられた今でも、特に恨みとかは抱いていない。むしろ神様の言う通り、友達になれるならそれはとても嬉しい。


 それを聞いた戦神は、当のヴィトワース大公の方を見る。

 大公をはじめ、並んでいる帝国側出場者の面々が一斉に緊張感を高めた。ちなみに障壁維持に参加したソフィナトという術師以外は全員揃っている。……私のせいで倒れちゃったのだろうか。他の人たちも包帯が痛々しかったり松葉杖をついたりしているけど、この分だと一番の重傷者はスタンだな。


「レイラリュートの相手よ、名乗るがいい」

 さすがの大公も顔を引き締めている。

「ヴィトワースナギアと申します」

「近くへ」

 しずしずと歩み寄ってくる大公。左手は三角巾で吊られ、右手も前腕に厚く包帯を巻いている。額や頬、首など肌が見える箇所にも治療の跡が見えた。


 戦神が軽く上を向く。

「今日この場に集う者たちへ告ぐ」

 その声は、張ってる感じではないのにとても良く響いた。

「我らを満足させた闘いの報酬として、戦神アランドルカシム、武神ユウカリィラン2神の名のもとに、この闘技場を闘いの聖地と認めよう」

 どっ、と観客席が歓喜の気配に湧き上がった。

 叫び声を必死に押し殺したような、くぐもった声が幾重にも重なる。

「グランゼスガイザー、貴様が聖地の番人だ。我らの名を好きに飾るが良い。永くこの地を栄えさせよ」

「承知いたしました! 身命を賭して!」

 気合十分の返事をする皇帝。


「そして、ここを聖地と認めた証をひとつ。貴様たちの目にも、最も焼き付いたであろう最後の1戦を咲かせたレイラリュートとヴィトワースナギア――このふたりを、戦神アランドルカシムの名のもとに義姉妹と認めよう。見事な力と技の応酬を交わしたその様を、我らの名と共にこの地で讃えるがいい。今日より史に刻まれる双方の絆が、先々までこの聖地を絶やさぬための楔となるだろう」

「義姉妹!? ――あ、いや、なるほど?」

 神様の急な発言に驚いたけど、考えてみると悪くない、というかとても有効なのではと思えた。

 特に『聖地の証として』というのが肝だ。例えるなら観光大使? あるいはマスコットとかイメージキャラクター的な? とにかく私とヴィトワース大公が神様の名のもとに『なかよし』だと公認され、その担保に闘技場を聖地と認めてもらうというようにも受け取れる。

 ……現に、聖地の番人だと指名された皇帝がたいへん難しい顔をされている。もしもこの先どっかのお偉いさんが私にちょっかいかけて大公を倒そうとか仕向けた場合、良くて聖地撤回、下手すりゃ神罰だとか考えているのだろう。

 ただそれを御旗に先手を打てるということでもあるので、ここは皇帝の手腕に期待しつつ全力で謝ることにしよう。


「こんなところで、どうだ?」

 どこか悪戯っぽく微笑むアランドルカシム様。その超絶ワイルドイケメンフェイスでそんな笑顔は反則に近い。

「ありがとうございます!」

 勢いよく頭を下げ、お礼を言う。

 ヴィトワース大公が隣にやってきて、同じように一礼を見せる。


「永久なる絆を讃えよ」

 優雅に片手を上げ、会場内へ語りかけるアランドルカシム様。

 それに釣られるように、観客席から大きな拍手と声援が湧き上がる。


 ぐいっと手を引かれ、私はヴィトワース大公と組んだ手を、観客たちへ向けて高々と掲げるのだった。

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