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報奨授与

 目が覚めた。

 滑らかな石造りの天井が視界に広がる。


「お目覚めになりましたか」スピィの声が聞こえ、その顔がこちらを覗き込むように被さってきた。


 寝てたのか、私。

「ああ、そのまま起き上がらずお休みになっていてください。ご気分はいかがでしょう、痛いところなどございますか?」

「……ぃ」

 とりあえず喉がカラカラだ。そして声がカスカスだった。

「お水ですね、どうぞ。むせないようゆっくりと口に含んでください」

 小ぶりの水差しを口元に運んでくれるスピィ。

 最初に含んだ水を口の中に染み渡らせるようにしてから飲みくだし、残りをむさぼるように飲み干し、ようやく意識がはっきりしてきた。


 そうだ、私は試合をしていたのだった。

 今いるのはさっきまで闘っていた舞台上じゃない。控室とも違う。ここは――

「医務室です」

 きょろきょろと見回している私を見て察したらしく、スピィが教えてくれた。

 医務室のベッドで寝ている――

 慌てて全身の様子を確かめる。痛みはない。あちこちを少しだけ動かしてみても、違和感はない。

「起きてもいい?」

「痛みがないようでしたら、ゆっくりと」

 それを聞いたうえで、上体を起こした。

 室内にいるのは、私とスピィ、入り口近くにはアルテナもいた。


「えっと、お医者さんは?」

「退室して頂きました。その、レイラ姫のお身体は特殊だと総隊長から聞かされておりましたので……」

「あ、そうだね。ありがとう」

 実際、食事さえすればたいていの怪我は勝手に治るのだ。そう、ほとんどのダメージは――


「ねえ、試合はどうなったの?」

 そんな私が気絶していたという事実と、そうなった経緯を覚えていないことに半ば予想しつつも、確認する。

 案の定スピィは困ったように視線を迷わせ、

「終わりました」

 アルテナがそう声を発した。

「誠に残念ながら、レイラ姫の敗北です」

 その言葉は、ずしんとお腹のあたりに響いた。

 運動部には入ったことがないので、試合なんて精々体育の授業とか体育祭ぐらい。そこで負けたときはなんとも思わなかった。

 ゲームで負けたときの悔しさとか苛立ちとか発奮とかとも違う。


 脱力感と、諦観と、信じたくない気持ちと、居たたまれなさと。

 ……そっか、これが現実で、全力を出して、勝ちたいと思った試合に勝てなかったときの気持ちか。


 もう一度ベッドに横になって頭まで布団を被って丸くなりたい気分だけど、すぐ隣で心配そうにしているスピィの前でそんな真似はできない。

 ふうっ、と大きく息を吐く。

 大丈夫、頑丈なんだろ今の精神は。こういうときこそ発揮しないと。

「最後に1発、正拳突きを当てたところまでは記憶があるんだけど、その後どうなったの?」

「動けるようでしたらご覧になりますか」

 アルテナがそんなことを言う。

 ――いやこの世界、動画とかないじゃんと遅れて気づいたけど、何を見せてくれるのだろう。

「あの、その前に最低限の補給はお済ませください」

 スピィがキャスター付きのワゴンを運んできた。上には紅茶と果物、パンとハムなどが並んでいた。

 目にした途端、一気に空腹感が押し寄せてきた。マズい、今にも鳴りそうだ。


 急いでリンゴに似た果物をかじり、パンに大量のハムを挟んでかぶりつき、適温のお茶をごくごくと飲む。

 ――感動する美味しさだ。全身に染み渡っていく思いだった。


「あ、私どのぐらい気絶してたの?」

「ほんの20分ほどです。その、お眠りになられている間に、怪我がみるみると治っていきまして、目に見える箇所が治ったところでお目覚めになられたようです」

「なるほど」

 意識よりダメージ回復が優先だったのか、あるいは回復によってエネルギーが尽きかけたので意識を戻したのか、いずれにしても気絶したこと自体かなり久々だ。魔王様との訓練以来だろうか。

 ……そもそも地球じゃ精々寝落ちぐらいで気絶なんてしたことなかったという事実をふと思い出したけど、変わり果てた自分なんて今さらだ。


 あっという間にお皿をきれいにし、あらためて全身の具合を確かめる。――うん、動けるな。

 そっとベッドから起き上がる。痛みはないものの、全身に腫れぼったいような疲労感が残っている。けどそれもなんだか心地良い疲れだ。

 着ているのは試合のときと同じ戦闘衣。ただし上着と靴は脱がされている。そういえば上着は最後の一撃で破れちゃったんだっけ。魔王城から持ってきた頑丈な品だったんだけど。


 スピィが薄手のローブに似た上着と軽いサンダルを用意してくれたので、それを身に着けて医務室を出る。

 控室まではわりとすぐだった。

「あ、お目覚めですね」

 入口近くのナナシャさんがそう言い、

「おお、レイラ姫ご無事で! お見事な戦いぶりでした。お身体の様子はいかがでしょう? なんでしたら私が触診を――」

 駆け寄ってきたリョウバを張り倒し、

「……そういえばそうだったな、大怪物」

 ファガンさんにため息をつかれた。


「なんですかその反応は」

「ヴィトワースとあんだけ戦って常人が200回は死ねる打撃をもらって小一時間もたたないのに健康体を見せてるお前さんに対する正常な反応だよ」

 ……確かに我ながらどうかと思うので反論できない。


「レイラ姫、あちらを」

 アルテナに促され、闘技場に目を移す。


 そこには、大きな穴が空いていた。


 試合舞台の壁の上部から、低い軌道で斜め上へと、一階観客席をぶち抜き、その奥の外壁を貫き、夕暮れ近い空が覗いている。


「レイラ姫の最後の正拳突き――実に見事な一撃でした――あれを受けたヴィトワース大公が吹き飛んだ跡です」

 え、あれ人体が作り上げた痕跡なの?

 どう見ても大砲とかレーザーとかが貫通したような跡なんだけど。


「えっと、大公は無事……だよね?」

「はい。無傷ではありませんでしたが」

「その、最後ってどうなったの?」

「レイラ姫の突きを喰らいながら、ヴィトワース大公は反撃の蹴り上げを放ちました。突きの威力をすべてではないにしても受け流し、上乗せした、大山をも浮かせるような蹴りでした。それが顎に命中したのです。そして大公はあのように吹き飛び、レイラ姫も上空へ凄まじい速度で打ち上げられ、障壁へぶつかってそれを破壊しました。その時点で気を失われていたようです」

「え!?」

 ミサイルか私らは。

「そのため障壁を張っていた術師がほぼ全員気絶し、レイラ姫もその衝突でさらなるダメージを受け、地上へと墜落した後はぴくりとも動きませんでした。正直に申し上げますと、死んだかと思いました」

「俺もそう思った」

 ファガンさんが言った。

「私も、おふたりとも死んでなきゃ自然の摂理に反するなあと」

 ナナシャさんがなんだか楽しそうに言う。


「観客は静まり返り、審判も判定を下せず、神も沈黙されたまま。そんななか、外へと吹き飛んだヴィトワース大公が戻ってきたのです。外壁を飛び越えて」

 ……あの、ホームランでもそうそう越えないような高さの壁をですか。

 こっちの渾身の一撃を受けてなおそんだけの動きができるなら、勝敗は明らかだっただろう。


「そうして、ヴィトワース大公の勝利が宣言されました。今は、報奨授与式のために大急ぎで整備清掃を行っているところです」

 アルテナの言う通り、闘技場の舞台および壁面や一階席付近などに多くの人が配置され、瓦礫や椅子の残骸などを片付けたり地面の穴をならしたりしている。

「……あれ、こっちに修理費用請求されたりしないよね?」

「それは、私にはなんとも……」

 アルテナが言葉を濁し、

「お前さんの領地で持てよ」

 とファガンさんが口を挟む。

「そんなこと言ってると反乱起こして王城の宝物庫荒らしますよ?」

「あの試合の直後だと迫力が違うな……」

 実に嫌そうな顔をされた。


 そこでふと気づいた。

「そうだ、神様は――まだいるんだ」

 見上げたVIP席の屋根、戦神と武神はなにやら楽しげに話し込んでいた。

「レイラ姫、その仰りようは、あまりにも……」

 困り顔のスピィ。

 しまった、不敬な言葉遣いだった。

「ごめん。にしても待ってて――ありがたくもお待ちになって頂けているのですね。グランゼス皇帝もさぞお心を砕かれていることでしょう」

 見れば皇帝、明らかに顔色が悪い。頭上の神様を気にしながら各方面へ指示を出しまくっていた。


 

 そして数分後、係員の案内で私たちは揃って――未だ意識が戻っていないというスタンを除いて――闘技場へと整列していた。


「皆様、大変お待たせ致しました。それでは閉会に先立ちまして、バストアク王国の戦士たちへ報奨授与を執り行わせて頂きます」


 闘技場へ他国からの参戦が認められた場合、勝った際に報奨をもらうことができる。

 今日の試合は、振り返ってみれば私以外全員勝利――なかなか辛いところがあるけれど、まあ私はさらに勝敗関係なく「あのヴィトワース大公と闘う」ということ自体に報奨をもらえることになっていた。

 つまり全員が何かしら授与されるということだ。


「それでは第1試合を制しましたナナシャ戦士とシュラノ戦士!」

 呼ばれた2人が列から前に出る。

 それを迎えた皇帝から目録が授与された。

「ナナシャ戦士には、名職人フィゴの手による軽鎧を、シュラノ戦士には帝国法術研究所から発行された書物10点が授与されます」

 会場内から拍手と歓声が上がる。

 2人とも、らしいセレクトだ。ちなみにこの世界に印刷技術はないので、本はかなりの高級品である。


「続きまして第2試合の勝者、アルテナ戦士とリョウバ戦士!」

 会場の一部女性陣から熱く巻き起こる歓声。なお8割アルテナ、2割リョウバという感じです。

「アルテナ戦士には、帝国の誇る名湯旅館『光仙楼』の5日間貸し切り権が授与されます」

 おお、と会場から羨ましそうな声が漏れる。あと一部の女性陣がざわめいている。なんか執事らしき人に指示出してるご令嬢もいる。……あなた達、貸し切りだからね、変なこと企まないでね。

 当のアルテナは報奨を決めた際『フリューネ様にくつろいで頂くのです』と柔らかな笑みを浮かべていた。

 試合に勝ったら私からもフリューネと合わせて特別休暇をあげるって約束したし、帰ったらあの子の日程を空けるために頑張らないとな。


「リョウバ戦士には年代ものの蒸留酒詰め合わせと、宝石職人の手によるペアグラスが授与されます。――ちなみに、『フィドラーズベイ35年』が含まれております」

 わざとらしいアナウンスの補足に、今度は富裕層とおぼしき男性陣が身を乗り出した。なんかレア物のお酒なのかな。

 リョウバのことだからてっきり貴族女性とのデート権とか高級クラブでのタダ飲みとか言い出すかと思ったので、報奨決めのときに尋ねると

『あてがわれるのは苦手なものでして。それよりも良い酒を片手に攻め込むほうが血潮が騒ぐというものです。もちろん、まず真っ先にレイラ姫のもとへ馳せ参じますのでご安心を』

 そんなことをほざいていたので、『パスで』と答えておいた。


「第3試合――スタン戦士とハキム戦士の闘いですが――スタン戦士が治療中のため、目録の読み上げのみとなります。スタン戦士には本闘技場での対戦者指名権5回分と、聖地ラヌマニア山への入山許可証が授与されます」

 ほう、と感心や納得の混ざった声が広がる。

 本人じゃなくてレアスさんが教えてくれたものだけど、なんでも武器を操る獣が生息する秘境らしい。

 モノじゃなくて闘う相手を求めるところがスタンらしいというか、そこだけ見るとほんとにストイックだよなあ。

 あと、神様との試合は触れないでおく方針らしい。まあアナウンスの人としては口にだすのもおっかないだろうしなあ。


「そして第4試合、勝者は帝国側として出場されたヴィトワース大公ですが、本試合に限りましては参戦されたこと自体への報奨が授与されます。これは特例となりますが、それだけの報奨があってしかるべきお相手と試合だったことは会場の皆様にもご同意頂けるものかと存じます」

 会場に広がる気配は、なんというか、『ああ、そうだよね……』という納得ではあるものの、なんだか諦めとか怯えとか、そんな色が混ざっているのは遺憾だけれどもしょうがないよね。

 瓦礫を掃除したせいで、余計に破壊の跡が露わな会場内を見て、私はそっと目を伏せた。

「レイラ姫には帝国軍人にして闘技場正戦士から2名を無条件で雇い入れる権利が授与されます」

 その説明に色めきだつ人たちがいたけれど、

「なお、その2名は既に内定しております。諸事情によりまだ名は伏せさせて頂きますが、今からレイラ姫およびバストアク王国の方々へ自薦他薦などを行われることのないようご注意をお願い申し上げます」

 続く言葉に落胆していた。

 ……ふむ、意外と需要あるのかな? 戦力を増やせるなら喜ばしいけど、でもなんか狙いがあったりすると困るしなあ。とりあえずファガンさんやスピィが今の反応から上手くやってくれるでしょう。


 前に出て、グランゼス皇帝から目録を手渡される。

「語りたいことは山ほどあるが、まずは健闘を讃えさせて頂こう」

「ありがとうございます」

 皮肉っぽく聞こえないのは流石の人徳だろうなあ。ファガンさんが同じこと言ったら絶対そう受け取るし。


 皇帝が会場内へと声を張る。

「さて、これにて報奨授与は終わりだ。本来であれば私が締めくくるところではあるが――」

 そこで頭上を見上げる。

「戦神アランドルカシム様、武神ユウカリィラン様! 誠に恐れながら、今日の試合に対しまして、何かお言葉を賜ることができましたら至上の誉れにございますれば!」


「よかろう」

 アランドルカシム様が答えた。


「皆へ告ぐ。我々を見下ろすことを再度許そう」

 そう言って、戦神と武神が闘技場へ降り立った。

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