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場外乱闘は控えめに(切実)

 あの訓練序盤では、まず攻撃手段と位置と角度、それらを総合した威力、その『実感』を徹底的に叩き込まれた。

 具体的には岩や木を、その残骸で体育館ぐらいなら埋まりそうなほど、散々に砕き、割り、潰し、ひたすらに破壊活動に努めた。

 それらの材料を日々運んでくる警備隊の人たちも、だいぶ鍛えられたらしい。


『相手の体重を利用することも有効です。特に重心を崩すだけでなく、相手の全体重を掌握して振り回すように投げつけることで遠心力も存分に加えられますので。受け身を取らせない投げ方や速度、あるいは受けた手足を壊す程度の威力が求められますが』



 ――そうしたアドバイスに従って、とりあえずここまでは闘えている。


 私の裏拳を空中で掴み取ったヴィトワース大公、その掴まれた状態を利用して、逆に大地へと投げつけたのだ。


 目の前には、直径5メートルぐらいのクレーターが出来上がっていた。

 あたりには粉塵が舞い、衝撃で揺れた闘技場は今もそこらからミシミシと音がし、何かが落ちて割れるような音も聞こえた。

 観客たちも悲鳴を上げていた。遺憾ながら何人か席を立って出口近くまで避難している。チケット返金とか言わないといいんだけど。


 投げつけられるまでの僅かの時間で軽く肘関節を極められていたようで痛みが走ったが、それも既に治っていた。


 アナウンスの人が焦った様子で語りかけている。

「じょ、場内の皆様、ご安心ください! 闘技場内の柱に破損は確認されておりません! どうか落ち着いてご観戦頂ますよう――しかしながらお詫び申し上げますと、恥ずかしながら私の目ではこの戦いを捉えることができず……、ここで急遽、解説者をお迎え致します! 先ほど素晴らしい戦いを終えたばかりのところ、急な依頼を快く引き受けて頂きました。バストアク王国の戦士、リョウバ殿です!」


 え? なにしてんの彼?


「よろしくお願いいたします。未熟者ながら精一杯努めさせて頂きます」

 いつもの胡散臭いスマイルも所見の方々には効果的な様子。周囲の女性陣から温度高めの視線が向けられている。

「早速ですが、ここまでの戦いはいかがでしょうか」

「どちらも様子見というところですね」

「は? あ、いえ失礼。……様子見?」

「あの御二方のレベルになりますと、力加減の目盛りをひとつ間違うだけで相手が木っ端微塵になりますから」

「な、なるほど……」


 おーい、そこの解説者、私をナニモノに仕立て上げたいのかね?

 観客の皆さんがさらに怖がってるじゃないの。


「では、その、あのように地面へ完全に埋まっているヴィトワース大公ですが」

「ええ、確実に無事です」


 その言葉が地中でも聞こえたのかどうか、


 ドムッ


 とくぐもった爆発音とともに大量の土が巻き上がった。

 そして人影が飛び出してくる。


「ぺっ、ぺっ――あー口ゆすぎたい」

 顔をしかめて舌を出し、ばさばさと髪についた土を落とすヴィトワース大公。リョウバの言う通り、まだまだ余裕という風情。


「よくあんな勢いで出てこれますね」

 私もバストアク王に似たようなことをされたけど、緩んだ土だとろくに動けずララの誓いを発動してどうにか脱出できたぐらいだ。


「……ん、そりゃね、こう足元だけ何度か踏んで固めればね」

 ああ、なるほど。

「意外と地味な」

「ぐっ」自覚していたのか怯んだ様子の大公。「だってしょうがないじゃん。のそのそ顔だしたらレイラどうしてた?」

「え? たぶん、こう」

 PKのごとくサッカーボールキックの素振りで返答する。

「でしょ? さすがにそれは効きそうだなって」とんとんと軽くジャンプし、全身の土も払い落としてから大公はすっと獰猛な笑顔を浮かべた。「というか今のもわりと効いたから、ちょっとムキになるね」


 すたすたとこちらへ歩いてくるヴィトワース大公。そして間合いに入るなり、歩く動作から流れるように前蹴りが放たれる。予備動作のないそれを回避する暇はなく、吹き飛ばされる覚悟でガードを、

 くるっ

 ――膝から先が半円を描き、一瞬でハイキックに変わった。

 反射神経だけでどうにか片手が間に合い、受け止める。重い、けどこの程度なら、

 ゴッ

 後頭部に何かが当たり、一瞬目の前が暗くなった。

 ズンッ

 ――腹。刺されたのかと錯覚するほど鋭い何かが当たり、身体が宙に浮く。そこで暗転していた視覚が戻り、目前に迫っていた何かを寸前でガードした。衝撃で吹き飛び、背後に壁が迫っているのを悟る――が、そこで蹴られた腹部の痛みと吐き気が起こり、受け身を取れず激突した。


 地面に落ち、おそらくは盛大にヒビでも入った壁の破片がガラガラと身体に降ってくる。


「またも目に止まらぬ速度の連撃です! しかし今度倒れているのはレイラ姫! 一瞬で形勢が逆転しましたが、この攻防はどう見られますかリョウバ戦士」

「初撃が肝でしたね。予備動作も意もきれいに消した前蹴りから変化する上段蹴り、受け止めたレイラ姫は流石ですが、さらにそこからつま先で延髄を叩くという――言ってしまえば小技、足首だけの加速など本来なら有効打になりません。靴に刃物を仕込んでいれば別ですが。しかしヴィトワース大公の怪力はそれを強引に有効打たらしめました。そこから肘での突き上げ、さらに追撃の跳び後ろ回し蹴りと。これも防いだレイラ姫を称賛すべきですが、一連の攻撃が流れるように繋がった大公の技術も並ならぬものですね」

「なるほど、見事な解説をありがとうございます」


 なるほど。

 そういう攻撃だったわけね。


 理解できれば、恐怖も薄れる。

 何をされたのかわからないまま攻撃されるほど怖いことはない。

 ……リョウバ、これを狙ってくれたのかな?

 

 立ち上がり、ヴィトワース大公と目を合わせる。

「ちょっとは効いた?」

「勉強になりました」

 半分はガードしたし、立ち上がるまでに抜けた程度のダメージだ。


「私もそれなりに化け物とか異常とか言われてきたけどね……」

「続く言葉が気になるんですけど?」

「それじゃ怪物退治、いってみようか」

 言った! 躊躇いなく言った!


 今度は左右にステップを刻みながら間合いを詰めてくる。そこまで素早くはないのに、不規則かつ流麗な動きは驚くほど簡単に私の視界から姿を消す。気づけば視界には流れる髪すら残らない。

 幸い視界以外の感覚で位置を掴めるので、そこまで焦ることはない。……のだけれど。


 間合い。

 互いの手足が届く距離になった瞬間、ヴィトワース大公からのプレッシャーが跳ね上がる。焦るどころか恐怖すら感じるその圧力に小技など選ぶ余裕はかき消える。

 

 視界のギリギリ外にいる大公へ気配頼りで横蹴りを放つ。ガードされ、吹き飛んだところで顔を向ける。壁を蹴り、簡単に間合いへ戻ってくるところへカウンターの拳。受け止めず、手首を叩いて捌かれる。その反動で宙空のまま横へ回り込み、縦回転で撓らせた身体から踵が落ちてくる。ガードするが、反対の足がアクロバティックな姿勢で飛んできて脇腹に刺さる。突進を止めた後の空中蹴りなので腹筋であっさり止めたけど、ガードした踵落としと合わせて、絶妙にこちらの身体を挟み込まれる。

「うわっ」

 さらに身体を捻る大公。首を挟まれてるわけじゃないけど、フランケンシュタイナーみたいにこっちを崩してくる。互いに地面へ倒れ込み、大公のほうが早く起き上がる。

 半端な姿勢のこちらへ鋭く速い前蹴り。辛うじて受け止めるけど、リフティングされたみたいにポンと身体が浮く。そこへ本命の右ストレート。

「――――っ!」

 防いだ右腕が痺れ、急速にGを受けながら吹き飛ばされる。追いかけてくる。無人の1階席の椅子を破壊しながら着地し、間近に迫ったヴィトワース大公を迎え撃とうとするが、手前にある手すりを蹴って軌道を変えてくる。真横からの急襲にまたも吹き飛ばされる。――並ぶ椅子を、たぶん少なくとも50脚ぐらい続けざまに粉砕しながら。


「うわぁゴメンナサイ!」

 起き上がった私は目前に刻まれた一直線の惨状に慄き、

「あっ、ちょっとグランゼス君! もしかしてこれって場外反則とか取られる!?」

 ヴィトワース大公は頭上の皇帝へ大声で質問している。


「……そんな反則は想定していない。いいから2人とも戻るがいい」

 眉間を揉みほぐしながらグランゼス皇帝は答えた。


「よっしゃ。レイラ動けるよね?」

「あ、はい」

「戻るよ。仕切り直し」


 1階席とは言っても、闘技場からは4メートルほど上にある。確かに試合中ここを乗り越えるケースはそんなにないのだろう。

 飛び降りて闘技場中央まで戻り、再度相対する。椅子の背もたれあたりの破片が靴に入っていたので取り出す。強靭な皮膚のお陰で刺さらないけど気にはなるのだ。


「じゃ、続き」

「お願いします」

「もうちょい強くしても平気?」

 マッサージの具合を聞くような気軽さだ。

「……の、望むところです」


 答えた瞬間、ヴィトワース大公が踏み込んできた。


 ――そこからは、一方的な展開だった。

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