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スピードと握力だけは有り余ってるんですけどね

「イオリ様は兵装を加味した上でもやはり近接戦闘が主体かと愚考しますが、対策を考えるべき敵には大きく2種類が挙げられます」

 訓練初日に、カゲヤはそう説明してくれた。

「ひとつめは単純にレベルとステータスが非常に高い相手、あるいは強力な鎧を持つ相手です。つまりはイオリ様の腕力を持ってしてもただ殴るだけでは倒せない相手ということになります」

「魔王様とかだね」

「……肯定しづらいところですが、他の例ですと風の障壁を纏った状態の前バストアク王が該当します」

「あー、あれは苦労したな」

 言ってみれば超強力な鎧と超高レベルの合わせ技だ。


「ふたつめはレベルがそこまで高くなく、イオリ様の攻撃が当たりさえすれば打倒できるものの、イオリ様の回復力が追いつかない、あるいは適用されない攻撃手段を持つ相手です。これも先日の例ですが、イオリ様にも有効な毒を行使する相手がまさにそれですね。また神の恩寵のなかには、ステータス差を無視してダメージを与えるものも存在します」

 あ、それ興味ある。

「具体的に知ってるのって何かある?」

「はい。己の骨を削り上げて『なんでも斬れるがすぐに折れる刀』を作りだす恩寵や、私も想像しづらいのですが『空気の粘性を上げて相手を呼吸困難にさせる』恩寵などがあるとサーシャ様に聞いたことがあります」

「ほんとに想像しづらいな……」

 あれ? でも前者ってもしかしてエクスナが持ってる『空を通す針』のことか? けどエクスナ自身は別の恩寵だから……、仮にカゲヤの言う恩寵で作った武器が他人も使えるんだとしたら、結構エグい由来がありそうだな……。


「対処法ですが、まず後に述べた相手は『触れさせず、触れる』ということに尽きます。相手を先に補足し、先に動き、動かれる前に仕留める。相手に動かれたらすべて躱し、こちらの攻撃は避けさせない。イオリ様であればステータスの差から当てれば決着となるでしょう」

「……さらっとすごい高度なことを要求されてる気がする」

 なんかボクシングのチャンピオンとかで似たようなこと実現してるキャラがいなかったっけ? いやキャラだと思ってる時点で実在じゃなくて漫画かなんかの勘違いかな?


「高度であることは事実です。というより今申し上げたことは格闘において極みに位置する理論とも言えます」

「待って待って、私ほとんど素人なんだってば」

「いえ、イオリ様の場合ははじめにお伝えした長所の筆頭、気配察知があるうえに体力や筋力、動体視力などが十分すぎるほど備わっていますので、極みに至るまでの訓練時間は圧倒的に短く済むものと考えます。要訣は体捌きと運足に集約されますので、それを徹底的に鍛えましょう。おそらく3年はかからないものかと」

 かと、じゃないっての。

 3年って!?

 地球換算だと3000日、もう細かい計算めんどいから1日の時間差は無視しても軽く8年以上かかるじゃん!

 そりゃ8年間修行に費やせばそれなりになるだろうさ! 特にこの身体ならマジで達人とか目指せるような気がしないでもない。

 だが待ってほしい。20年そこそこの人生を過ごした程度の小娘にその課題は重すぎる。

 ……いや、だけどこの先100年分のあらゆるゲームを貪れる特別空間という報酬のためには、そのぐらいの労力は軽いものと言える。……言える? 言える気がしない……。


 うん、まあ、最終的にどこまで頑張れるかは置いといて、強くなっておくにこしたことはない。目標は高いぐらいが丁度いいっていろんな歌やスポ根もので聞いてるし!



「次にもうひとつの課題、高い防御力を持つ相手への対策ですが、これについてはまず念頭に置いて頂きたいことがございます。すなわち、そうした相手と闘う際に最も制約を受けてしまう点、イオリ様の体重が軽すぎることにあります」


 その評価を言われて喜ばない女子はレアだと思うけど、話が戦闘に絡んでいるせいで素直に受け止められない。


 カゲヤは地面を指し示す。そこにはあらかじめ用意されていた、サッカーボールぐらいの石が置かれている。


「イオリ様、こちらに片足を乗せて頂けますか」

 言われたとおりにする。

「そのまま、足を浮かさず、勢いをつけずに岩を踏み砕いてください」

 この身体になってけっこうな時間が経つ。もはや岩を砕くというのは、キャベツをちぎるとか胡椒をひくとか、そのぐらいの労力にしか思えない。

 なので言われたとおりに――


 ひょいっ

 と、私は岩の上に乗り上げていた。


「あれ?」

 もう一度試す。岩に足を乗せて、そのまま踏んで――

 ひょいっ


「…………」

 微妙に恥ずかしい。なにを踏み台昇降運動しているのだ私は。


「試して頂いて実感されたと思いますが、そのように速度を生じず、支えもない状態では体重以上の威力を与えることは困難です」

 淡々とカゲヤは語る。


「では次に、足を上げて勢いをつけ、踏み抜いてください」

 よし、それなら、と膝が胸につくぐらい上げ、勢いよく踏み降ろす。

 ゴグシャァッ

 ――少々勢い良すぎたせいで破片が散乱するし足が地面に埋まったけど、成功した。


「お見事です」服についた岩の破片と土埃を意に介さずカゲヤは言う。できれば洗濯を引き受けたいけど、そんなこと言うと逆にお説教くらうからなあ……。

「今のように、僅かな距離でもイオリ様のステータスならば相当な速度を生み、威力を跳ね上げることができます。そして別の方法としまして」

 そう言いながら、同じぐらいの大きさの岩を足元まで転がし、さらに訓練用の木槍を肩の高さで水平に持つカゲヤ。

「先ほどと同じように岩に足を乗せ、今度は勢いをつけず、代わりにこちらの槍を下から掴んで支えとしてください」


 またも言われたとおりに、岩を踏んづけ、宙に突き出ている槍を掴む。……小学校のときに使った鉄棒かと思うぐらい、微動だにしない。カゲヤは片手で、おまけに長い槍の端を握ってるだけなのに。


「どうぞ、遠慮なく」

 とカゲヤが言う。彼の言葉は基本的にそのまま鵜呑みにしている私である。裏があるんじゃないか、からかわれてるんじゃないか、間違ってないか、そういう疑いを持たずに接することが、いつのまにか当たり前になっていた。

 足に力を込める。さっきと同じく身体が浮き上がろうとするので、足腰から脇腹、肩、腕へと反動を流し、安定感マックスの槍を支えに踏ん張る。 


 ――――ボゴッ

 今度は綺麗に岩が割れた。


「おわかりになりましたか。支えを得ることで、体重という枷を外すことができます。力を加えるのと真逆の方向にある支えが最も効果的で、そこから角度を増すにつれ効果は落ちていきます。摩擦も関係しますが、できれば45度以内に収めるのがよいでしょう。すなわち――」

 解説しながらカゲヤが動く。一歩踏み出し、ゆったりとした動きながらも力感を滲ませ、私の脇腹へ寸止めのボディブローを放つ。

「基本となる大地を支えとする場合、このように斜め下からの突きや回し蹴り、あるいは垂直の蹴り上げや肘打ちなどが有効です」

 カゲヤはすっと姿勢を戻す。

「少し説明が長くなってしまいました。私の言葉などより、実際に色々と試していただくほうがよほどご理解いただけるでしょう」

「いやそんなことないよ、すっごい理解できた」

「恐れ入ります。ですが数をこなすことも重要ですので」

 そう言って、カゲヤは視線を遠くに向ける。


 ゴロゴロ、と物音が近づいてきた。


「だあ、急かせんな隊長! 倒れる、倒れるから!」

「ちょっ、もう、腕が――」

「たわけ。この世の何より貴重なレイラ姫のお時間をお前たちの疲労ごときで奪うつもりか?」

 ぱきゅんぱきゅん、と何かを撃つ音。巻き起こる悲鳴。


「いつも賑やかだね」

「……あれで、人望はあるようで」


 やって来たのはリョウバと愉快な仲間たち――警備隊の面々である。

 各々が工事現場で使ってる、一輪の台車みたいなやつを必死の形相で汗にまみれながら押している。積まれているのは大量の岩だ。ちょうど今しがた私が砕いたのと同じような。どれだけの距離を運んできたのか、まるでピラミッドの建設に駆り出された奴隷が列をなしているような光景である。


「お待たせいたしましたレイラ姫。少々鍛え方が甘かったようでして、想定より時間がかかってしまい申し訳ありません」

「いえ、ちょうど良い時分です」

「お前に言っていないぞカゲヤ。まさかと思うがふたりだけの時間をいいことに妙なことを口走ったり血迷ったりしていないだろうな」

「それこそリョウバが言うなって言いたいんだけど……」

 ジト目で言うと白い歯を見せてこちらに微笑むリョウバ。

「いえいえ、私は血迷ったことなどありません。常に本心からレイラ姫のご寵愛を賜わろうと言葉を尽くしているに過ぎません」

「そっか、じゃあこないだ大通りの果物屋の看板娘を口説いてたのも本心からなんだね」

 エクスナから入手した情報を告げると、面白いぐらいに一瞬でリョウバの表情が固まった。

「……あの日、非番は私だけだったはずですが……。まさか暗部が監視を?」

「さあ? 私は名ばかり領主なのでわからないですねー」

 しかしエクスナが懸念してた通り、人族でも構わずナンパするのかこの男。


 そして背後で私達の会話を聞いていた警備隊の人たちが、ぎらりと目を光らせた。

「なあ隊長、今日は訓練終わったらまたあの酒場いくんだろ? 今晩こそミモザちゃん落とすって豪語してたよなあ?」

「あれ? こないだ花渡してた医局の子は? たしかあの時点で3人並行して口説いてたぞ」

「その3人って城下町で縫い子やってる未亡人は入ってるか?」

「未亡人? たしか東門のカフェで水ぶっかけられてビンタされてたのが――けどありゃ縫い子じゃなくて細工師だったっけなあ」


 ここぞとばかりにリョウバの悪行をまくしたてる警備隊メンバー。

 白い目を向ける私。

 一筋の汗を伝わらせるリョウバ。

「……おい貴様ら、すでに明日からの訓練が3倍量になることが確定したが、これ以上根も葉もないことを口走るようならさらに上乗せするぞ?」

 ごきり、と手の骨を鳴らしながらリョウバが凄む。

 しかし珍しく警備隊の人たちは不敵に笑い返した。

「へっ、甘く見るなよ色ボケ隊長。何倍に増やされたところで俺たちゃ精々1.2倍の時点で動けなくなるんだよ」

 ハードボイルドな表情で言うセリフじゃないと思う。

「そうかそうか、ところで覚えているか? 領主がレイラ姫に変わられた時点でお前たちの雇用契約を再締結したことを。それによると課した訓練を怠る、あるいは満足に実行できない場合は隊長権限で給与を減らせるのだが、さて来月は何割引きになるだろうな? 

「きっ――きたねえぞ糞隊長!?」


「……レイラ姫」

「うん、お願い」


 カゲヤの鉄拳によってリョウバを含む全員が静かになるまで、わずか3秒の惨劇でした。

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