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怪獣バトルを足元で見てる感覚

 バストアク王国の内乱が終わり、私達がレイラ・フリューネ特別自治領に落ち着いて少し経った頃のことだ。

 王城内の殺虫処理や仲間たちの解毒、領地の掃除などにも目処がつき、私はカゲヤから戦闘訓練を受けることになった。

 魔王城にいる間はそれなりにやっていたけど、この旅に出発してからはたまにカゲヤやリョウバと組手をしていた程度。それが暗殺者集団や前バストアク王との戦いを経て、鍛え直さねばと思った次第である。


「訓練に先立ちまして、私見ながらイオリ様の強みをあらためて整理させて頂きます」

 領主館の裏手、掃除したおかげで一気に人数の減った警備隊の訓練場の一角でカゲヤはそう告げた。普段は侍従ということもあってけっこうかっちりした服装だけど、今日は動きやすいラフな格好だ。今さらながら鎖骨の少し下から刻み込まれたように凹凸を見せる胸筋がすごい。


「何よりも特筆すべきは、気配察知能力です」

「あ、そっち?」

 てっきり怪力とか回復力とかを言われると思ってた。

「はい。失礼な例えになりますが、この能力ひとつでどの国でも王や将軍から千金で召し上げられるだけの価値があります」

「そんなに!?」

 カゲヤはしっかりと頷いた。

「別の例を挙げますと、似た能力を持つシュラノ、彼は研究部門に所属していますが軍からの引き抜き交渉が絶えなかったと聞きます。その対応に時間を取られるのが嫌だというのもあの仮想人格を作った理由なのだとか」

「あー、そっか、シュラノはそうだよね、頼れるよね」

 気のせいか表情を引き締めながらカゲヤは頷く。

 ――ちなみにこの時点は、あの一人称事件を起こした飲み会のちょっと前のことである。


「イオリ様の場合、彼の索敵魔術よりは範囲が狭いですし、地形の把握はできず、距離や移動速度などを測る精度も低いようですが、一方でほぼ常時発動かつ敵意の有無や喜怒哀楽も読めるという点で勝っています。これにより、索敵以外にも群衆に紛れた伏兵の特定、裏切りや密偵の察知、さらに近接戦闘や交渉事にまで利用できるという凄まじい汎用性の高さがあり、加えてレベルの推定という唯一無二の特性までお持ちです」

 ……なんかもう、最近は眼や耳と同じ感じで当たり前のように使っていたけど、あらためて聞かされると相当バグった性能だなこれ。


「次に、ステータスの高さが挙げられます。私もレベルアップの際に身体能力を高めてきた方だと思いますが、イオリ様はレベル1の時点で膂力や速度が私を上回っておりました。単純に考えて、イオリ様の場合は測定したレベルに少なくとも1000以上を足さないと一般的な魔族・人族とのレベル比較にならないものと思われます」

 これも、我ながら酷い話だな。

「あのさ、正直に言ってほしいんだけど馬鹿にするなとか思わない? なんていうか、真っ当に鍛えた人たちからしてみれば……」

「いいえ、それはイオリ様の素質、才能です。仕える主が資質に溢れていることは従者として誇らしいものです」

「ほんとに?」

「はい。――そもそも、私自身が真っ当と言えるほどの者ではありません。サーシャ様から聞かされましたが、大荒野においても英雄、あるいは埒外の怪物、化物などと評される領域に至るには、多分に運が必要だそうです。レベルで言えば、おそらくは100あたりが分水嶺となるのでしょうか……。魔族でもない、寿命の短い人族である私が今のレベルに達したのは、稀なる幸運に恵まれたためですので」

「ああ、なるほどね」

 カゲヤの言う幸運――彼が授かった『神の恩寵』のことか。


「話を戻しますが、3点目として前述したステータスとは別種の、身体能力がございます。具体的には消化吸収力や集中力、五感に記憶力、そして回復力の高さです。一般的なレベルアップによってもこれらの能力は上昇しますが、イオリ様の場合はその域を越えていると見受けられます」

 真っ先に消化吸収力を言われるのはちょっと辛いものがあるけれど、まあ納得です。特に回復力はめちゃくちゃ助かってる。


「そして、私ごときにはまだその効力を理解できておりませんが、イオリ様が持つ天上の知恵と知識、これは極めて希少と言えるでしょう。神々に臆することのない思考や、レベルにダンジョン、それにあの各種兵装を編み出した発想、そして格闘においても散見される想像力――これらもまた、あらゆる場面で有効となるものと推察します」

「え? 最後の格闘って?」

「ご自覚されておられないのでしょう。イオリ様は戦闘経験がないと仰られていましたが、組手でも実戦でも、不意に独創的ながら効果的な動きをされることがあります。既存の体系に見られない技のため、これもまた極めて有効かと」

 ……もしかして、たまにマンガやゲームをイメージして動いたアレやコレだろうか。

 なんとなく、そういうシーンとかを思い浮かべて身体を動かすといい感じになったりすることはあるけど、マンガなんかはコマとコマの間を想像で補うので逆に変な動きになっちゃったりするケースもあるんだよなあ。


「まだまだイオリ様の特性、強みはございますが、説明はひとまずここまでに致します。次に、弱点とまでは申しませんが、現在のイオリ様が不得手とされる点や特性の裏にある制約、それらを踏まえた今後の訓練計画について申し上げます」



 ――そして告げられた訓練内容と、その実践。

 ――さらに、ジルアダム帝国へカゲヤを連れて行かないと告げた後の、訓練の激化。


 今でも思い出すだけで心拍数が跳ね上がるし軽く汗ばむし胃のあたりがきゅうっとなる。

 部活の合宿前に異様なテンションになっていたクラスメイトの気持ちが、今ならよくわかる。肩を叩いて苦労を分かち合いたい。ドリンクバー付きで延々と語れる自信がある。



 ヴィトワース大公と向かい合い、試合開始を告げられるまでの僅かな時間で、私はカゲヤに説明された内容や訓練の中身を思い返していた。

 さらに直前に見た武神の動きも脳裏に再現する。

 そうした記憶を鮮やかに、一瞬で再生し終えることができるぐらいに、集中力は高まっていた。

 ――それだけ、目の前にいる相手からプレッシャーを感じているということだ。


「それでは――始め!!」


 試合開始の合図。


 身体がぎこちない。

 集中力は高まっているけど、気持ちがなんだか不安定だ。これが試合だからか、普段なら戦闘時にはすぐ消える恐怖や気負いとかが、纏わりついている。

 やばい、どうしようこれ。


 今来られたら瞬殺されかねないけど、幸いなことにヴィトワース大公はその場から動いていない。おまけにこっちを迎え撃つというか、その表情は「早くおいで。楽しみにしてるから」という感じだ。

 それに、ちょっと励まされた。

 ……この時点で、格の違いも感じてしまったけど。


 ふうっ、と強く息を吐く。


 ――ヴィトワース大公のレベルは529。けど私の直感では、レベル1072のカゲヤよりも大公のほうが強そうに思える。

 ――とはいえ、防御力、耐久力という点で勝っているのかはわからない。なのでまず参考にするのは、447と何気に高レベルのリョウバだ。遠距離攻撃主体のリョウバより、近接が得意そうでレベルも上の大公のほうが防御力は高いだろう。


 よし。

 それでは胸をお借りします。


 つま先から踵まで均等に体重を乗せる。土踏まずで踏み込むようなイメージで地を蹴り、一歩で間合いへ入る。

 大公は迎撃せず、こちらを見つめている。この速度でも、見て取られている。

 ガードされてもいい、とりあえず一撃だ。力加減は『訓練時にうっかりリョウバの肋骨にヒビ入れちゃったパンチ』!


 そして重要なパンチの種類は、斜め45度から突き上げるボディーブロー、つまり『スマッシュ」だ!


 ゴッ!

 予想通りガードはされたが、その手応えから知る。底知れないオーラを惜しまず放ちまくってる大公といえどあくまで人間。多少背が高いとはいえその体重は常識の範囲内だ。


 訓練通りにしっかりと足裏全体で地を踏みしめ、反動を受け止め、拳にすべての力を伝える。


 ガードしたヴィトワース大公は、私の拳の勢いそのままに、猛スピードで空中へと吹っ飛んだ。……わあ、嬉しそうな表情が見える。

 空中で姿勢を変え、観客席に突っ込む――手前で見えない壁に着地する。光の波が揺れるあれは、大勢の術士が張ってるバリアだ。

 大公は「がんばれー」と周辺の術士に声援を送りつつ、ドーム状のバリアから跳躍。こちらへではなく、闘技場の円周の内側に多角形を刻むような軌道で、連続ジャンプを繰り返し私の背後へ。反動であちこちの障壁が波打ち、その向こうで早くも術士たちが苦しげにしているのが見える――とよそ見してる場合じゃない!


 真後ろからさらに斜め左後ろへと移動したヴィトワース大公は、そこで急転直下、こちらへ突進してくる。

 ――素直な軌道、攻撃の意思もまっすぐ、わかりやすく振りかぶった右腕。もちろん受けるよね? と言われているのがよくわかる獰猛な笑み。


 これは避けたら怒るな、と瞬時に理解してガードの姿勢を取る。

 放たれた右拳を、右の掌で受け止め、左腕で支える。後ろ足を踏ん張る。

 ズパンッ!! と野球のストライクみたいな音が鳴り響き、足が軽く地に埋まる。

 その衝撃は、巨大昆虫の突進どころか訓練中のカゲヤの掌底より上だ。

 ――けど、受け止めた。

 ――つまり、掴んだ。


 互いに右手、大公のグーを私のパーが掴んでる状態だ。

 そしてまたも瞬時に悟る。

 これ、簡単に握りつぶせるような代物じゃない。

 ……なら、もうちょっと遠慮しなくていいな。


 掴んだ右腕を引き込み、カウンター気味に脇腹へ左肘を叩き込む。今度は逆にそれを受け止められ、超至近距離で互いに片腕を押さえた姿勢で見つめ合った。

 まつ毛長ぁ……、と場違いな感想を抱く。


 がくん、と掴まれていた腕が下がる。

 ――ゴォォンッッ!!

 轟音に観客席から悲鳴が聞こえる。


 頭突き。

 ものすごい衝撃が頭から背骨まで響き渡った。

 それでも首に力を入れ、脳が揺れるのを防げた。

 寸前に感じた、「そこ狙うからね」という真っ直ぐな意識。


 お優しいことで――とのけぞりながら相手を見つめ、あ、隙間見っけ。


 ガヅンッ!!


 アッパーカット。

 顎に当たり、またもヴィトワース大公が吹き飛ぶ。けど手応えが固すぎ、こっちと同じように首の筋肉で耐えられた。


 神様や皇帝たちのいるVIP席近くまで飛んだ大公は余裕のある動きで身体を回転させ、障壁を蹴る。今度は正面からこちらへ突っ込んできた。けどさっきよりスピードが遅い?


 振りかぶられる右腕、平手、ぴたりと揃えられた指先――掌底じゃない、ビンタ? いや、違う間合いが遠い――

 バオッ、と振り抜かれた右手が突風を起こす。思わず目を眇め、狭まった視界の中で大公が宙で急停止したのが見えた。さらに左手も振り抜かれ、反動で私の背後へと廻り込まれる。せめて着地前に一撃、と旋回し裏拳を見舞うが掴まれた。ひとり分の重さを増した腕を、勢いそのままに振り抜くが、しっかり両手で掴まれているので今度は吹き飛ばない。


 可動域限界まで身体を捻った姿勢の私と、その腕を掴んでいるヴィトワース大公。その体重はすべて私の左腕に乗っかっている。「どうする?」と肘関節に力を込められるけど、そう言いつつこっそり地面に足を着こうとしてるのは見逃さない。

 

「こうしますっ」

 全身に力を入れ、反対の捻りを加える。

「うわ嘘!?」

 とっさに腕を離して逃げようとするけど、掴まれていたこっちだって簡単にそっちを掴めるわけで。


 二の腕を鷲掴みにし、投げ技というより野球のピッチングみたいなフォームで、ただし真下にワンバンさせるつもりで、


 ――ドズゥゥンッッッ――

 投げました。


 闘技場が物理的に揺れ、観客席から大きな悲鳴が巻き起こる。

 あの皆さん、さっきまでの試合みたいに声援をくれてもいいんですよ?

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