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試し割り?

「さて、両戦士の武装ですが――なんとお互いに無手、おまけに鎧も着ておりません! これは申し合わせたのか、あるいはレベル500以上ともなると、もはや木の鎧などないも同然ということでしょうか!?」


「まあ、後者だよね?」

 アナウンスを聞いて、快活に笑うヴィトワース大公。


 選手紹介のときと同じ、オレンジのインナーに紺と白の道着みたいな衣装、カンフーシューズっぽい靴。そしてアナウンスの通り、徒手空拳だ。

 そしてそれは私も同じ。

 黒い長袖のシャツとクロップドパンツに、背中側だけ裾の長い着物みたいな群青色の上着。頑丈だけど柔らかく、靴底の摩擦係数が異常に高い茶色のブーツ。久しぶりに着る、魔王城から持ってきた戦闘服だ。

 もっとも、本来はこの上に金属の軽鎧とか武器を装備するんだけど、それなしでもかなりの防御力を誇っている。これって反則にならないのかな? と心配したけれど、『鎧の下、衣服や靴、手袋などには細かな制約がありません。ですので皆なるべく頑丈な布地や縫い方を選んでいるようです。……とはいえ、ここまでの性能は想定されていないでしょうが』とスピィの太鼓判つきである。


 ヴィトワース大公は私の全身を眺めつつ、

「でも、んー、そうだな。ちょっと賑やかしに、見せてあげよっか?」

 なんのこと? と聞き返す間もなく、

「爺! 試割り用に2個!」

 と背後の控室で見守っているオブザンさんへと声をかけた。


 それで理解したらしく、ふっと姿を消したオブザンさんはすぐに戻ってきて、窓から高速で木の胸当てを投げてきた。既に集中モードに入ってる私の動体視力でもそこそこのスピードに見える投球だ。


 それをあっさりキャッチしたヴィトワース大公は、片方を私に寄越す。

「先にやる?」

 

 ……試割りって、あれか、瓦割りとかそういうやつか。悪魔の名を冠する世界チャンピオンにギャグとして消費されたり、鬼の貌を背負う生物に馬鹿にされたりするけどリアル路線なら普通に強さアピールになるアレか。

 ……ならば、経験はまったくないがあらゆる媒体で知識だけは蓄えてきた私だ。

「お先にどうぞ」

「おっ、自信ありげだ」


 嬉しそうに言った大公は、ぽんと胸当てを宙に放り、ひゅっと拳を放ち、

 バギャァッ

 ――と、粉々に砕いてみせた。


 驚愕に満ちたアナウンスが飛ぶ。

「なっ、なんと、宙に浮いた鎧を吹き飛ばすことなく、砕き――あっ、しかも破片すら飛び散らず、その場に落ちてゆきます! これは、もしも人体であれば――」


 おお、解説の人いいところに目をつけてる。たしかに砕け散った破片は、飛び散ることなくパラパラと地面の一箇所へ落ちていく。つまり衝撃がすべて胸当ての内部だけに浸透したと……って、あれ? これ武神がさっきの試合で使った技と同じじゃ……


 ぞわり


「うわっ」

 上の方から、総毛立つような気配が押し寄せてきた。


 VIP席の屋上から、ユウカリィラン様が身を乗り出している。

 困り笑いのような表情を浮かべ、心配そうに肩を縮めている。いったいどんな感情が渦巻いているのか私にもうまく読み取れない。けれど外見とは全く違う、例えるなら海の底から巨大な怪物がこちらの様子を伺っているような、そんなイメージが湧いてしまった。


「あっは、怖い怖い」

 ヴィトワース大公も気配を察しているようで、肩をすくめている。

「じゃあ次レイラどうぞ」


 その言葉に頷き、手にした胸当てを見る。剣道で着てるやつみたいに、胴体の前側だけを守るタイプだ。試合用だし、背中の傷は恥ってことかな? 幅広の革ベルトで両肩と腰の位置を固定するようになっている。


 さて、単に殴って破壊するのではヴィトワース大公の二番煎じどころか下位互換になってしまう。ならば。


 胸当ての縁をつまむ。

 いらない紙を破るときみたいに。

 スナックの袋を開けるときみたいに。

 某親馬鹿鬼が卓袱台を引き裂いたときみたいに。


 胸当ては硬く乾いた板を曲げ、木目が交差するように2枚を貼り合わせ、さらに細い板を要所に重ねてある。それを膠かなにかでコーティングし、裏地は厚手の布と、その下にたぶん革を張っている。

 

 ミシ、メキッ、バリィッ!

 それを真っ二つに裂いた。


「は…………?」

 アナウンスの人がぽかんとしている。


 さらに、引き裂いた左右を重ねて、と。けっこう厚みあるなあ。


「おっと、それいくの?」

 大公も少し驚いてくれた。


「よっ、と」

 力加減の感覚としては、海外のポテチとかでたまにある硬めの袋を開けるときぐらいかな。


 ベキベキベキ、ブチィッ!!


 だいぶギザギザになっちゃったけど、無事に成功。

 胸当てだったものは、4つの破片と化しました。


「――っははっ、ちょっ、見ましたアルテナさん? ほんとなんなんですかあのお姫様?」


 控室からナナシャさんの声がよく聞こえてくる。

 つまり観客席が静かになってるというわけだ。


 ……えっと、この反応はなんだろう。まだ続きがあるとか思って待ってるの? んーと、どうしよう、あ、そうだ。


 思いつきで、4つにした残骸を重ねる。元の厚みは2センチぐらいだと思うけど、曲面だしベルト用の金具とかもあるので重ねると隙間ができてけっこうな厚さになった。さすがにこれを破るのはパワー以前に手の大きさ的に難しい。なのでその両面を手で押さえた。

 お祈りをするような姿勢。あえて言うとバストアップのエクササイズと同じポーズ。

 

「んっ……!」

 わりと力を入れる。


 パァンッ、と乾いた音がした。パパンッ、とさらに続く。バストアクに着くまでのキャンプ旅で、何度も聞いた音だ。焚き火で木が爆ぜる音。あれとおんなじだった。


 胸当ては砕けたりしてないけど、ちょっと厚みが減った気がする。

 さらに力を入れると、


 ミシッ……、ギッ…………グギギギュシイイイイッ!!


 なんかすごい音がした。

 楽器みたいに、闘技場へ響き渡った。


「ひいっ」

「きゃあっ!」

 観客席からも悲鳴が聞こえてくる。いや待って、たしかになんか異様な音だけど、その私に対する怖いもの見るような視線をやめて!


 見れば私の両手は、四つ重ねにした胸当てに埋もれていた。もはや木材というより、紙粘土とかを押さえつけたような感じだ。

 力を抜き、手を引き抜く。


 見た目は、なんて言えばいいんだろう……、逆ラビオリ? 

 4枚の破片が圧着していて、さらにその中央、手のひらサイズに大きく窪み、そこだけ質感が変わっていた。つやつやつるつると、もはや金属みたい。厚さは、もとの10分の1ぐらいになったかな?


 なんとなく、そこをグーで軽く叩いてみた。

 パキン、と気持ちいい音を立て、まるで型抜きみたいに窪んでいた部分だけが外れ、宙を舞う。


「うっわあ」

 驚いたような、喜んでいるようなヴィトワース大公の声。

 そして宙にある圧縮木材へと、さっきと同じ打拳が飛んだ。


 ビキッ、と重たい音がして、小さな亀裂が走る。けどさっきと違って砕けることはなく、胸当てだった何かは地面へ落ちた。


「お見事」

 と拍手してくれる大公に一礼を返す。


 会場のあちこちから、さざなみのように周囲との会話が始まっている。

「――も、申し訳ありません、私言葉を失っておりました……。観戦歴の長い皆様はご承知かと思いますが、試合用の防具とは言え、戦士の損失を防ぐためそう簡単に壊れることはありません。……ありませんでした。しかし第1試合でナナシャ戦士が謎の攻撃で破壊し、今しがたヴィトワース大公も拳撃で砕き、そしてレイラ姫が……紙のように引き裂き、押し潰し、遠目には鉱物のように見えるのですが……、そう、変質させるという絶技、超域の膂力を披露されました……。レイラ姫にとってすれば防具と言うには、あまりに脆く、その……」

 あれ、おーい、アナウンスさんも引いてませんか?


「まあ、ほら、目の前ですっごい切れ味の剣を見ても『綺麗』とか『格好いい』で済むでしょ? けど目の前で大木とか巨岩とかを加工するような道具が動いてたら危なくて何歩か下がるでしょ?」

「えーと、大公、それは慰めになっていないような……」

「気にしないの。ほら始めよ?」


 数歩下がって、ヴィトワース大公は半身になる。

 それだけで空気が変わった。

 凛とした佇まいに、観客の意識も吸い込まれ、熱気を持ち始める。


 気を取り直して私も構えると、こちらにも意識が向けられてくる。けどこれは、なんていうか……、『怖いもの見たさ』的な? ちくしょう。


「そっ、それでは――始め!!」


 さあて、訓練の成果を発揮するときだ!

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