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頭を使っての圧勝

 控室に戻ってきたアルテナは、大変満足そうな顔をしていた。


「おめでとう!」

 と皆で迎える。

 スピィがぬるめのお湯に浸したタオルを手に、アルテナの頬や髪についた血を拭っていく。傷は例の自動回復術でだいたい治っているようで、綺麗になった額や頬はまさしく生まれ変わったようにぴかぴかしている。角栓? なにそれ? と言わんばかりの輝きである。


「そっか、アルテナが美肌なのって、しょっちゅう怪我して回復してるからなんだ」

 回復術にターンオーバー効果があったとは。

「えっ、いえ、その、そういった意図はまったく……」

「あー、そういえばアルテナさんだけ全然日焼けしないし夜襲明けでも顔老けないしなるほどそうだったんですね畜生」

 困惑しているアルテナに、にやにやしながらナナシャさんも絡む。


「ところでレイラ姫、ご褒美のキスはまだでしょうか?」

「せっかく無傷なのに顔腫らしたいのかな?」

 うやうやしく申し出てくるリョウバを睨み上げる。

「それはそれで有り難いですな。拳より平手を所望しますが」

 無敵かこの男。


「あっ、それより後半はあのトウガってお爺さんと一緒にいたよね。ずいぶん静かだったけど、あの子が前衛に出て戦うのを認めたの? もしかしてリョウバが説得してくれたとか?」

「いえ、残念ですがそうはなりませんでしたよ。単に、早々と戦場から離脱した身で、残っている者たちに出す口などない、と申していました。――短い会話での印象ですが、まあ、頑固ですが意固地ではなく、筋は通すが信は曲げない、要するに言葉だけで説得するのは難しい相手だと見受けました」

「そっか、なるほど……」

 まあ、私達の立場から言っても、あまり深入りすべき相手じゃないしなあ。


「心配することはございません」

 戦場美容法の伝道師、などとからかっていたナナシャさんにアイアンクローをかましながらアルテナが言った。

「あの娘ならそのうち独りで立つでしょう」

「……それは、拳で分かりあった的な?」

「はい」

 半分冗談で言ったんだけど、そっか、そうなんだ……。ところでナナシャさんがタップしてますよ。



 ともあれ、2試合目も無事に終わった。

 2戦2勝で、怪我人もなし。対戦相手も後遺症が残るほどひどいダメージを負ってはいないと思う。観客も盛り上がっていた。

 ここまでは順調である。


 …………さあ、それでは問題の3試合目です。


「ほんとに大丈夫? ただ勝つだけじゃ駄目なんだよ?」

 圧勝でなければ両腕をもぎ取る、というのがアランドルカシム様の出した条件なのだ。

「ああ、うるせえな。わかってるから黙って見てやがれ」

 面倒くさそうにスタンは言う。欠伸などもしている。少なくとも試合前の緊張感とかは皆無らしい。

 そして試合用の武器防具が色々としまわれているスペースから木刀を一振り抜き取り、「まあ、それなりか」と呟いた。


「スタン」

 その背中に声を投げたのはリョウバだ。

「なんだ? というか誰だてめえ」

 そういえばふたりが直接会話するのは初か。

 リョウバは珍しく、真顔で口を開く。

「私はお前の力量を評価した上でなお、レイラ姫の多大なるご寛容さに免じている状態だが、正直言ってその不敬ぶりはそろそろ目に余る。――戦神がその両腕を奪った瞬間、無能となったお前は脳天を撃ち抜かれると覚悟しておけ」


 え? 待って、リョウバがかなり怒ってる!?


「面白えな」スタンは凶悪な笑みを浮かべ、「試合中に狙ってきてもいいぞ」と言い捨てて闘技場へと出ていった。


 控室には気まずい沈黙が残る。


「えっと……、リョウバ? あの、私は別に気にしてないから……」

 リョウバはいつもの胡散臭い爽やかスマイルを取り戻して答える。

「はい。もちろんレイラ姫にお考えを改めて頂きたいなどとは申しません。ですが、あの男を今の態度のまま領地へ連れ帰るのはやはり問題になるかと愚行しますので、ある程度私に裁量を頂ければと」

 口調もいつも通りのリョウバだけど、気配がやっぱり怒ってる。

 正直、だいぶ怖い。


 ……でも言ってることは正しいんだよね。

 私は仮にも領主なので、戻ってからもスタンがあんな感じだと私が侮られて領民にがっかりされるか、スタンに領民のヘイトが集中するか、いずれにしてもフリューネあたりが何かしら豪腕を振るう恐れがある。


 だけど、神様相手でも態度を変えないスタンをどうこうするのって現実的に不可能だよなあ。


「ええっと、ひとまず、試合が全部終わるまでは保留にして、後でレアスさんも交えて対策考えよっか」

 苦し紛れにそう言うと、

「承知いたしました」

 とリョウバは引き下がってくれた。


 ……あ、観客席にいたレアスさんもスタンに殺気飛ばしてたっけ。

 余計に苛烈な対策にならないといいけど。



「さあ、第3試合は直前に因縁の生じた対決となります! ジルアダム帝国側はその剣才で瞬く間に1級戦士へ上り詰めた『瞬閃』ハキム戦士、バストアク側はレベル1にして数多の剣士を下してきた『零討百勝』スタン戦士! そして――この試合の結果においては、誠に有り難くも戦神アランドルカシム様のご裁定を賜ることとなっております!」

 前の2試合よりもぐっと緊張感を秘めたアナウンスが流れる。特に神様の名前を出したときとか、噛んだらヤバいことになるから可哀想なぐらい力んでいた。


 観客たちは露骨に目線を向けはしないものの、その意識はVIP席の屋根に座っている神様へと集中している。


 それを気にした風でもなく、悠然と神様が見下ろす闘技場に立っているのは2人の男性。スタンとハキム。


 体格は同じぐらい。身長は高めで、引き締まった体型で、手がゴツゴツしている。どちらも木刀を右手に、鎧は軽装タイプ。スタンはだらりと木刀を下げて自然体で立ち、ハキムは両手持ちで八相に構えている。

 そして互いに、相手を喧嘩腰で睨みつけている。

 寄らば斬るぞ、どころか、既に局中法度を踏んだぞテメエ、みたいな。

 

「それでは第3試合――始め!!」


 動いたのは、ハキム。

 滑らかに間合いを潰し、遠間から右袈裟斬り――をフェイントに途中で軽く剣を引き、突きへと変化する。

 狙いは喉元。

 木刀とはいえ殺しかねない一撃だ。罰則など知ったことかという気概が溢れている。


 二つ名の通り攻撃の速度だけならさっきのアルテナやトウガより速いかもしれない。しかしスタンは危なげなく横へと回避する。その手にある木刀はまだ下げられたまま。


 ハキムは空を切った突きから、そのまま横薙ぎへと繋げる。

 下がって躱すスタン。動作全般がハキムより数段遅いのに、余裕が見えるのが不思議でならない。

 ハキムはさらに前に出ながら、返しの逆胴を――


 ゴッ


「え?」


 気づけば、ハキムの目の前に迫ったスタンが、強烈な頭突きをお見舞いするところだった。

 速度が増したというわけじゃない、なんだろう、不自然なタイミングだったというか、物理法則的にちょっとおかしな動きだったというか。見てる私の脳みそが混乱しそうなバグめいた挙動だ。


「あれほど剣に重心を残すか」とアルテナが呟く。

 ……私には理解できない領域でなんか高度な技術を使ったらしい。


 ガクンと姿勢を崩したハキムの顎が、すかさず柄尻でかち上げられる。

 そして天を向いた顔面へ、


 グシャリ


 跳躍からの2発目の頭突きが突き刺さった。


 噴水のようにハキムが鼻血を撒き散らす。

 観客席から、女性陣の悲鳴が巻き起こる。


 ふたりのレベルが逆だったらそれで勝負がついたかもしれない。

 けれど推定レベル50~60のハキムは、レベル1のスタンによるクリーンヒット2回では沈まなかった。


 痛みに顔を歪めながらも乱れのない足取りでステップバックし、追ってくるスタンへとカウンター気味の切り上げを放つ。


「あっ」

 思わず声を上げる。

 ハキムの剣閃に巻き付くような軌跡で、スタンの木刀が絡みついた。

 ぐんっ、とハキムの切り上げが加速し、向きを変えられ、回転し、剣を握っているハキム自身の腕、肩、胴へと力が伝わっていき、


 音もなく、ハキムは上下逆さまの体勢で宙に浮いていた。

 ……私もやられた、あの技だ。

 なんでハキムより遅い剣筋でそんな真似ができるのだ。


 すっ、とスタンが水平に構えた木刀を引き、突きの姿勢を見せる。

 宙に放られ、動揺を見せながらもハキムは防御の構えを取るが、

 ――だめ、それはフェイント。

 あのときの痛みを思い出して思わずハキム側の立場になってしまう。


 予想通り、突きの姿勢から上半身をまったく動かさないまま、スタンの右足が跳ね上がる。


 逆さになっているハキムの脳天へとスタンの爪先が命中し、一拍遅れて本命の突きが、先程のお返しとばかりに無防備となったハキムの喉へ突き刺さった。

 ……いや、レベル差か手加減か、実際に刺さりはしなかったけど。


 頭と喉の2箇所に痛打を受けたハキムは、受け身も取れないまま地面に激突した。呼吸ができないのか、大きく口を開き、痙攣している。

 それをすぐ側で見下ろすスタンは逆手に木刀を握り、勝利の御旗を大地に突き刺すようにハキムの心臓へと――


「それまでだ」


 寸前で、声が響いた。

 アナウンスではなく、神様の声が。

 それを予想していたみたいに、スタンはぴたりと木刀を止める。


 しいんと静まり返った闘技場で、スタンは傲然と神様を見上げた。

「こんなもんだが、どうだ?」

 相変わらずぶっきらぼうな言い草に、神様は優雅な笑みを返し、

「ああ、見事だ。剣を相手に、最も間合いの短い頭部で大勢を決するとはな。続く技も極めて良く練られていた。――圧勝という言葉に不足はなかろう」

「おう。それで? マシな相手を用意してくれんだろう?」

「二言はない」


 神様はすっと視線をあらぬ方へと向け、何やら手招きをした。

 闘技場の最上階の屋根、そんなところから誰もいない空中へと。


「――あ、そういうこと?」

 遥か上空に感じ取った気配に、私は冷や汗を感じながら呟く。


 直後に、天から光の柱が降り注いだ。


「きゃあっ!?」

 スピィが悲鳴を上げ、

「おいおい……」

 ファガンさんが呆然と空を見上げ、

「くっ、不覚……っ! 前例を知っておきながら……」

 リョウバが苦渋に満ちた声を上げながら私を庇うように前に立つ。


 えーっと、本体が降臨してくる場面に出くわすのは――これで3回目かな?

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