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血煙纏い

「トウガの妻は女系の一族で、補助術と近接格闘を併用するという技術を受け継いできたそうです」


 試合に向けたミーティングで、スピィはそう説明した。


「それはまた、珍しいですね」

 とナナシャさんが言った。

「そうなの?」

 魔力がないので術のことがよくわかっていない私が尋ねると、

「まあ、非効率と言いますか、補助術って種類が多くて習得も訓練も時間がかかるので、どうしても専門職になりやすいんですよ。ただそれ1本だと魔族を殺せなくて、例のレベルが上げられないんで、攻撃用の術式も最低限覚えますけど」

 

 ――ちなみにレベル、というか、経験値システムについて。

 私の見た限り、基本的には相手を倒した当人に経験値が入るっぽい。ただし、その戦闘に関わった人たちにも、割合は低いけど配分されるみたい。

 例えばバストアク王との闘いで、私以外に参戦したのはカゲヤ・シュラノ・エクスナの3人。けれど人族のバストアク王の経験値が入るのは、そのなかだと魔族であるシュラノだけ。そして私とシュラノのレベルの上がり幅を後日調べたところ、シュラノの方がずっと小さかったのだ。


 というわけで、メインアタッカーがもっともレベルが上がりやすいのは確か。サブアタッカーは経験値にマイナス補正が入る。そしてリョウバやアルテナといった戦場に長くいた人たちに聞く限り、バッファーやヒーラーはさらにレベルが上がりづらいのだという。

 ナナシャさんが言うように攻撃術を使ってもそうなのだとしたら、たぶん純粋ヒーラーとかは経験値が入らないんじゃないだろうか。


 このあたりは魔王城に帰ったらロゼル班ともっと研究したいところだ。



「――攻撃手段がいるなら、その近接戦闘でもいいってことにはならないのかな?」

 さらに質問をすると、

「いいっちゃいいんですけどね。けど補助術士が日々の修練に組み込むなら攻撃術式のほうが効率はいいって聞きますよ」そう答えてから、ナナシャさんはシュラノへ視線を向ける。

「ねえシュラノさん、仮に格闘術や剣術を覚えるってなったら、どのぐらい大変ですか?」

「非現実的。術式の練度が下がる」

 端的にシュラノは答えた。

「私はまあ、術士というには外れていますが」苦笑しつつリョウバが口を開いた。「そうですね、言ってみれば、近接戦士は料理人、遠距離術士は大工というように、分野が違うのですよ。例えば剣士が素手の組み打ちを覚えるのは、肉料理の専門家がデザートも作れるようになること。補助術士が攻撃術を覚えるのは、家造りの大工が城壁造りも手掛けるようなものです」

「あー、なんとなくわかったような……。つまり補助術士が近接格闘もできるようになるっていうのは」

「大工が料理人を兼ねるようなものです」

 まったくの畑違いということか。


「訓練への取り組み方とか、コツを飲み込む要領とか、実践での応用の仕方とか、あらゆる場面で本業を活かしづらいってことですね。あと、ええっと、ステータスでしたか? あれも、伸ばしたい箇所が増えちゃいますから」

 リョウバの説明を、ナナシャさんがそんなふうに締めた。


 特に最後の点は、とても納得のいくものだった。


 これもまだ研究途上だけど、レベルアップによるステータスの向上はかなり偏っている。RPGに多い、どの項目もバランス良く上がりながらキャラごとにいくらかの個性がある、という感じではない。

 むしろSRPG的と言うか、要するに某手強いシミュレーションのように、適性のない能力はマジで上がらない。


 シュラノみたいに魔術だけにしか興味がないと、レベル100を越えても腕力は一般人クラスだったりする。


 そんななかで法術と格闘の2つを操るのは、上級クラスのように複数ステータスに成長率補正がないと厳しいわけだ。




「――今思うとさあ」

 アルテナたちの試合を観戦しながら、隣に立っているナナシャさんに言う。

「あの自動回復的な術を使うアルテナと、さっきの竜巻射撃を使うナナシャさんって、こないだの説明で言うなら大工仕事もできちゃう料理人ってことだよね……」

「そこまで上等じゃありませんよ」

 否定するように手を振りながらナナシャさんは笑う。

「どっちも、使える術はひとつきりですから。それも扱う武器と戦法に合わせてるわけで、最初から目的がはっきりしてますからね、汎用性には欠けます。それこそ例えるなら、料理人が使いやすい厨房を設計したとか、料理が映える食器を作ったとか、精々そんなところです」

「じゅうぶん凄いと思うんだけど……」

「私の5倍以上のレベルを誇るお方に言われましても」

 半目になるナナシャさん。

 けれど私には魔力がないので術とか使えないし、と言いたいところだけど、そうすると魔眼光殺法とかエメラダ・ギアスとかどういう原理なのか尋ねられてマズイことになりそうなので、

「レベルだけじゃ強弱は判断つかないよ。それこそあのトウガってお爺さん、アルテナよりレベル高いでしょ?」

 と返した。


 スピィに教えてもらったトウガのレベルは127。

 これまで聞いた帝国内のなかで、グランゼス皇帝に次ぐ第2位である。


 そのトウガとアルテナの攻防は、リョウバの加勢によって徐々に天秤が傾いてゆき……


「あ」

「決まりましたかね」


 顎へと強烈な切り上げが命中し、トウガが崩れ落ちた。


 けれど試合はそこでは終わらず、アルテナがフユという後衛の女の子に話しかけている。

 


 ――ミーティングでスピィが話した内容。

『フユも補助術と格闘の併用戦術を受け継いでおり、前衛を希望しているものの祖父のトウガによって禁じられているという噂があります。また事実として、トウガの娘――フユの叔母に当たりますが、その女性も同様の技術を用いて前衛を務めていたものの、大荒野で戦死しています。激戦区に配属され、撤退時の殿を担うこともあったようです……』


 それを聞いたアルテナは、リョウバへと頼みごとをしていた。

 すなわち、実際にフユという戦士を見定めた後、『そうであったなら』一騎打ちの場を作らせてもらいたいと。



「――おおっと、これは!? まさかフユ戦士、自ら祖父の雪辱を果たそうというのでしょうか!」

 アナウンスが驚愕の声を上げる。


 アルテナと短い会話を交わしたフユは、堂に入った構えをとっていた。

 術士の姿勢ではない。私がカゲヤに受けた猛特訓を思い起こさせる、接近戦を覚悟した構えだった。

 その表情も、試合開始前の硬いものではない。

 高揚し、気概に溢れていた。


「……ところでナナシャさん、あのフユって子、一瞬だけど恋する乙女の目になってませんでしたか?」

「そうですね、まあ、よくあることです」



 ラウンド2。


 フユが先ほどまでと同じように、補助術を発動する。

 違うのは、その対象。


「うわぁ……」

 この義体の目は、常人に見えないものも認識する。

 体内の魂――レベルの根源は、輝きながら血のように循環する液体として。

 魔力あるいは法力は、身体の周囲を覆う光の霧として。


 そして補助術の効果は、その光る霧が、身体を覆う金属のように変化するものとして見えていた。


 それはダメージを防ぐ鎧であったり、

 筋力を増す外骨格のような構造であったり、

 ゴーグルのように目の周りを覆っていたり、

 

 先ほどまでトウガにかけられていた補助術も、体格に合わせてオーダーメイドした全身鎧のようで、確かに見事なものだった。


 けれど今目にしているのは、段違いだ。

 私の貧弱な語彙で例えるなら、ブリリアントカット。

 無数の細かく鋭い破片を丁寧に組み上げ、眩しいほどに輝くドレスアーマーをフユは纏っていた。



 するり、とフユがアルテナの懐へと入る。

 上下動のない、どこか武道的な動きだ。


 ボディへのパンチ、肘の振り上げ、足への踏み砕き、回転肘、膝蹴り、頭突き――


 流れるように、フユは攻撃を繰り出してゆく。

 一撃一撃がしっかりと重く、体勢は崩れず、手足が常に有利な位置にある。


「なんとフユ戦士、まさかの超近接戦です! しかもこれは、独特ながら随分と熟練した動きか! 補助術の技能により最年少での1級戦士へと駆け上がったフユ戦士、このような奥の手を持っていたとは――」


 アナウンスの人は興奮した声を上げ、観客も驚きながら声援を送っている。

 ……ネガティブな気配もいくらか漂っているけれど、割合は低め。シアンの試合を思い起こさせる雰囲気だった。


 そしてそんなフユの攻撃を、

 アルテナは獰猛な笑みを浮かべながら、ろくに防御せず受けていた。

 ……一歩も後退せず。


 格闘マンガの理不尽強キャラみたいなタフネスぶりである。


「真面目に鍛えていますし、動きも合理的ですし、気概もあります。打撃の威力を見る限り、補助術の効果も相当なものでしょう」

 ナナシャさんも、笑みを浮かべながら口を開く。


 ごく自然な動きで、アルテナが攻撃に転じた。

 木刀の柄がフユの鳩尾へとめり込む。


「――ですが、鍛錬に費やした時間も、実践で叩き上げられた回数も、まだまだ足りません」


 そこからは、一方的だった。


 柄や鍔元あたりを使った攻撃から、徐々に剣先へと打突箇所が動いていく。

 間合いが、離れていく。


 懸命にこらえ、強化した前腕で剣撃を防いでいるフユだったが、徐々に後ずさっていき、


 ガゴッ――


 祖父のトウガと同じように、顎へと見舞われた切り上げによって、少女は大の字に倒れた。

 ……最後を寸止めで決めたりしないあたり、実にアルテナらしい。


「ああっと、決まりました! 第2試合も、バストアク側の勝利です!」


 歓声の中、フユの腕を掴んで引き起こしながら、アルテナが何か囁いている。

 フユは、まだ虚ろな目をしながら、こくりと頷いている。


 ふと視線を向けると、壁際で目を覚ましていたトウガが、リョウバの隣でその光景をじっと眺めていた。

 静かな面差しだった。

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