設定について話し込む
「ではイオリ様のご提案通り、まずは魔族領を東進し、人族との前線地域へ視察に向かいます。――ほんとうに、よろしいのですか?」
「大丈夫です」
大浴場にひとりでゆったりと浸かり、湯上がりでほかほかしながら私は頷いた。
あれから、魔王の手により何パターンもの攻撃を喰らいまくった。
氷の大剣を踏み砕き、
雷の槍を握りつぶし、
粘液まみれの獣型クリーチャーを張り倒し、
爆発に耐え、
怪しい霧をかき分け、
耳元で延々呪いの言葉を囁き続ける蟲をぷちっと叩き、
流れ弾か余波でも受けたのか、壁際でぐったりしているバランに気づいたところで戦闘訓練は終了した。
長く、苦しい戦いだった。
魔王様あきらかに楽しそうだったし。Sだなあれは。
しかしこれも未来のゲームを手にするため。
そう、百年後までのあらゆるゲーム。
いつ出るんだかさっぱりわからない数年前に製作発表されたアレも、こないだクリアしたが伏線残りまくりで続編を待ち望んでいるアレも、発売されたがバグつぶしのアップデートが頻発していて怖くて手が出せてないアレも、すべてプレイが可能!
それだけじゃない。未だに買う気が起きないVRも十年後には熟成されていることだろうし、携帯ハードも4Kとか8Kぐらいいってるだろうし、あのタイトルもこのタイトルもナンバリングが進むだろうし。
さらには二十年後、三十年後、そしてそれ以降と、さらに技術が進化し、あらたなメジャータイトルが生まれ、いくつかの歴史が刻まれ、エポックメイキングな何かが生まれ――。
それを百年後までの分、存分に味わうことができる。
「ふへへへへ……」
「い、イオリ様!?」
いけない、トリップしていた。
「もしや、先程の戦闘で精神に支障を……」
「すみませんただの思い出し笑いです!」
心配そうなバランに、慌てて取り繕う。
「サーシャ」
「いい、です」
部屋の片隅に控えていたサーシャが、バランの呼びかけだけですぐに答える。
そう、風呂に入る前、色々とどろどろに汚れた運動着を再びサーシャに脱がされたうえ、ダメージがないか全身くまなくチェックされたのである。
ちなみに、とても幸いなことに、私の血は汚れに混じってはいない。せいぜい汗と涙だけ。
その後身体の汚れを流してもらい、さらにもう一度チェックされ、ようやく『問題なし』のお墨付きを頂いていた。
サーシャも、私と話すときやこの部屋にいるときは日本語を使おうと頑張ってくれている。
けれどまだそこまで流暢ではない。
バランはこの世界の言語に切り替え、サーシャとやり取りを始めた。たぶん私の調子がほんとうに問題ないか、細かく確認しているのだろう。
……全裸で全身チェックされた結果を尋ねられていると思うと、かなり恥ずかしいけどな。
「このステータスという概念は良いな」
魔王がゲームしながら、ふいにそう言った。
「こうした際、最大HPからどれだけ減ったか、状態異常が残っていないか、すぐにわかる」
「あー、ゲーム特有の数字じゃありますけどね」
なにしろ大抵のゲームじゃ残りHPが100でも1でもベストパフォーマンスの攻撃を繰り出せるんだから。
打撲なのか切り傷なのかもわからないし、毒も基本的に1種類だ。
「……いやでも、そうか、ステータスどころかレベルの概念もないなら、何らかの強さの指標を設定するのはいいですね」
魔王討伐が目標なのに、その魔王自身がどれだけ強くて、人族側の勇者的な誰かがどの程度対抗できるのか、わからないまま決闘されても無駄に命が散るだけになりかねない。
雑魚キャラで修行するにも、目安がないとこれまた効率悪かったり死者が続いたりするだろうし。
我が意を得たりという感じで、魔王は頷く。
「そうだろう?この数字が大きくなる快楽、レベルアップ時の小気味良い音、より強くなるための意欲が湧いてくる。なんとか導入するしかあるまい」
いきなりそっちに行くんかい。
「現実世界じゃ効果音は無理でしょう!」
ゲーム脳!ゲーム脳だよ魔王様!
「いや、ステータスを測定する装置を作り、その作動音に組み込めば良い」
「あ、なるほど」
……って、マジで作る気ですか魔王様。
「――HP、MP、攻撃力、守備力、素早さ、知力、この辺がベーシックなところですね。あとは攻撃力と守備力をさらに物理と魔法へ分けたりするパターン、他には器用さとか、精神力、魅力に体力に意志みたいなのもあります」
「HPと体力は違うのか?」
「あー、微妙なとこです。HPの根拠値になってたり、防御力に影響してたり――わかりにくいですね、これは不採用、もしくは防具なしの『基礎防御力』にでもしますか。あっ、そうだRPGじゃあんま見ないですが、スタミナって概念も大事ですね。体力はそっちの方がニュアンス正しいですし。そっか、ジャンル変えると移動力とかジャンプ力もあるし……」
「待て、1点ずつ整理していくぞ」
「じゃあHPはいいとして、MPってどうなんです?さっきの攻撃とか――」
例の黒板に色々書きながら、会話に熱中している私と魔王。
そこへサーシャと会話を終えたバランが戻ってきた。
「魔王様、その一見して構築と普及に膨大なコストが発生しそうな計画は落ち着いて進めるとして、まずはもとの議題を」
「む、そうだったな」
残念、私もこのおしゃべり楽しかったのに。