神様からひと言
戦神アランドルカシム様、控室に突然のご登場。
このいきなり現れる技、心臓に悪いんですけど!
室内で見ると、その威容がより一層伝わってくる。部屋が狭くなったような気さえする。白と金の混ざった髪とか超精巧な宝石細工みたいだし、周囲に浮かんでる謎の金属片それぞれがカゲヤの槍に匹敵する武器だと言われても納得してしまうし、野性的な美貌は底が知れず、楽しい会話の1秒後に死刑宣告されてもおかしくない雰囲気がある。
速やかに跪こうとすると、
「そのままで良い」
と制された。
緊張しつつ、それでも背筋を伸ばして神様と向かい合う私達。
上の観客席から起きているどよめきが、窓から聞こえてくる。悲鳴らしき声も混ざってる。そっか、ここにいるってことは、あのVIP席屋上から突然姿を消したってことになるのか。
下手すりゃ、第1試合の内容に不満で帰ってしまったとか誤解する人もいそうだ。……皇帝がうまく抑えてくれてることを祈ろう。
アランドルカシム様が口を開く。
私に向けて。
いったい何を言われるのか、この瞬間の心拍数がやばい。動体視力が今だけ恨めしい。
「レイラリュートよ、其方の思慮に感謝しておこう」
「は、はい。ありがとうございますっ」
あっぶな、やっぱ銃については言っちゃ駄目だったやつ!?
続いて神様はナナシャさんを見る。
「カリンナナシャよ、良き闘いだった」
ごくりと唾を飲んでから、
「有難きお言葉、光栄至極に存じます」
私より遥かに丁寧にお礼を言うナナシャさん。しまった、緊張マックスだった上にさっきの念話のときに引きずられてフランクに話しちゃってた!
「披露した術式も非凡なるものであったが――」神様の視線が私に戻ってくる。「そこにレイラリュートの知恵が加わると、少々危惧すべき事態を引き起こす可能性があるのでな、無粋だが口を挟みに来た」
その言葉に、ナナシャさんだけでなく他のみんなも緊張感がさらに1段階高まる。
『銃火器については、私も知っている。かつての歴史で開発したものがいてな』
不意に、神様の声が頭のなかに響いた。さっきの念話――ってことは私にしか聞こえてないやつか。
『地球の歴史ではどうか知らぬが――この世界におけるアレは、戦争をやや画一化させる代物だ。刃を結ぶ妙味も減る。戦神としては、広めたくない技術なのだ』
説明してくれるのは有り難いんですけど、これが聞こえてない他のみんなからすれば沈黙が続いてる状態なので、直前の台詞と合わせてプレッシャーがやばいと思います。
そんな思いが通じたのか、
「とはいえ」と、神様が普通の話し方に戻る。「スタンザフォードに続いて、日に2度も地上の事象を預かるのも差し出がましいのでな」
ちらりと神様の視線が、壁際にもたれかかって腕組みしているスタンを見る。
ぷい、と顔を背けるスタン。
苦笑しつつ視線を戻す神様と、心拍数爆上がりの仲間たち。……あとでアルテナやスピィがスタンを袋叩きとかしないよう、注意しとこうかな。
「故に、レイラリュートよ、貴様の言動に枷は設けぬ。――が、もしも将来、私の危惧する事態が起きる予兆が生じた際には、助力せよ。私の旗の下、その予兆を潰す」
『勝手に招いておきながら悪いが、譲れぬ点はあるのでな。配慮と協力を頼む』
会話と念話がサラウンドで聞こえてくる。
「――確かに、承りました」
この技術は広めないよう内々で厳重に管理し、間違っても銃とか大砲とかが開発されないようにしとけってことですね。そして万が一そういう事態になったら、私がアランドルカシム様の手足となって事態を鎮圧しなければいけないと。
……どうするかなあ、いっそナナシャさんの術式にはいっさい口出ししないって手もあるけど、リョウバやシュラノの強化にも繋がりそうだしなあ。とりあえず、魔王様に相談かな。
神様は、ふと視線を天井に向ける。
「ふむ、しかし結局はこれも差し出口になってしまうか……」腕を組むアランドルカシム様。「よし、レイラリュートよ、約定への見返りに、後ほど何か授けるとしよう。予想通りなら、今日のうちに済む」
「え、そんな――いえ、有り難く、頂戴致します」
日本人的に反射で遠慮しそうになったけど、今は世界と立場が違う。貴族とか商人とかからの贈り物ならともかく、神様の申し出を断ったりはできない。
「ではな。邪魔をした。続く試合も楽しみにしているぞ」
そう言って、神様は一瞬で姿を消した。
控室の外、闘技場で歓喜の気配に満ちたざわめきが起きたので、たぶん元の場所に戻ったのだろう。
控室が、みんなの安堵で満ちる。
「……やー、まったく、おどろきましたね……」
大きく息をつきながら、ナナシャさんが言う。
「ああ。ったく本当にはた迷惑な姫さんだなしっかし勘弁してほしいねえ……」
ガリガリと頭をかきながらファガンさんが呪詛のように言う。
――って、
「あれ? 今ファガンさん神様じゃなくて私に文句言いませんでした?」
「ああ、もちろんその通りだがどうかしたか?」
素朴な口調で言うファガンさん。
「なにきょとんとしてるんですか! 今のは神様がいきなり勝手に来ただけでしょう!? なんで私のせいみたいになってるんですか!」
「それはお前、ここにいる奴らの顔を見てみろよ」
「え?」
その言葉に周囲を見渡す。
みんな、すっと目を逸らす。
「え、どうしたの? まさかみんなも私が原因だと思ってる?」
「客観的に申しますと、独創的な技術を編み出したナナシャ様が2割、同じ術士または射手であるシュラノ様とリョウバ様が関心を寄せられた点が多めに見ても1割ずつ、残り6割は、神が危惧されるという事態を引き起こす可能性をお持ちのレイラ様にあるかと」
代表して答えたのは、スピィだった。
「ナナシャがあの術を確立してから、大荒野で5年は暴れていましたから。その間、神がご命令やご忠言を下されることはありませんでした。ですので、本日この場に神がご降臨なされた理由も含め、恐れながら原因の大部分はレイラ様にあるかと」
痛ましそうな表情ながらも、キレの良い発言をしてくれるアルテナ。
この2人の評価は、それぞれの上司、すなわちエクスナとフリューネに伝わってしまうわけで。
やばい、領地に帰りたくなくなってきた。
領主館でふたりの少女を前に正座する私が鮮やかにイメージできてしまう。
「ご安心ください。レイラ様」
苦悶する私に、リョウバがそう声をかけてきた。
「今の状況は、出立前に想定した『最悪の事態』に比べればだいぶ良い方です。そんなまさか、ではなく、ああやっぱり、ぐらいの威力です。まあ、適度なお説教で済むかと」
あの2人の適度ってまあまあ怖いんですけど。それより、
「ねえ、予想されてたの? 私がなんかしでかすって」
「はっはっは」
そのイケメンスマイルに騙されるのは初対面の相手だけだ!
私が食い下がろうとしたところで、
「アルテナ様、リョウバ様、お待たせ致しました。闘技場の整備が終わりましてございます」
係の人が控室へやってきた。
1試合目で折れた矢とか木片とかが散乱したので、掃除にちょっと時間がかかっていたのだ。
「それでは行ってまいります。激励のキスを頂けますか」
「するわけないでしょ!」
「では勝利の暁に」
「だからしないっての」
緊張感の欠片も見せないまま、リョウバは闘技場へと向かう。
「アルテナ、頑張ってね。勝ったらフリューネと日程合わせて休暇をあげちゃう」
「実に魅力的な報奨ですね」
笑顔を浮かべながら、アルテナも木刀を手に出ていく。
「――さあ、それでは第2試合となります! バストアク王国の前衛は、第1試合に勝利したナナシャ戦士の相方、『血煙纏い』アルテナ戦士。ジルアダム帝国の前衛は、第1教導隊長『千魔斬滅』トウガ戦士。どちらも名を馳せた剣士である以上、瞬きの許されない展開が予想されます!」
アナウンスの流れるなか、闘技場へ出てきたアルテナに観客席から大きな――とても大きく、黄色い歓声が降り注いでいる。
「最初の紹介のときもそうだったけど……」
「ああ、アルテナさんは昔からあんな感じですよ。ただでさえ同性受けする外見に加えて、また何かと巡りが良くて、馬鹿に絡まれてる新兵の女の子を助けたり、慰問にやってきた貴族のお嬢様の案内役になったり、その最中に急襲した魔族から守ったり、そんなこんなで私の知る限りでも10人以上から真剣に惚れられてました。男の兵士たちにも嫉妬されてましたよ。『なんでお前が全部持っていくんだ』とか言われて」
朗らかにナナシャさんが説明してくれる。
「本人は無駄に大変そうだね……」
「ええ。基本的に真面目ですからね。諦めさせるのに毎回苦労してましたよ」
さて、そんなアルテナの対戦相手だけど。
お爺ちゃんである。
総白髪をひとつに結んだ、シワの刻まれた顔を厳しく引き締めている、老人である。
とはいえ身長は180ぐらいあるし、姿勢も良くて、体格もがっちりしている。若い頃は、ではなく、今でも充分に強そう。
『――教導隊とは、兵隊の訓練を編み、鍛え上げる部隊です。必然、並の兵より遥かに強く、知識と経験が豊富です。その隊長というのは、まあ最低でも歴戦の勇士、それ以上であれば往々にして化け物の領域に入っているかと』
昨晩のミーティングで、リョウバがそんな解説をしてくれていた。
――そう、アルテナの対戦相手は、あらかじめスピィが候補者の中からうまいこと選ばれるよう手を回していたので、情報も色々と聞くことができたのだ。
『第1教導隊長トウガ、大荒野への遠征は合計で20年を越えています。二つ名の『千魔斬滅』はむしろ控えめと言える数字ですね。そして以前より女性兵士は助攻・後衛に専念すべきだという主義を掲げています。当人は女性蔑視まではしてないようですが、半ば伝説と化している古豪かつ教導隊長という立場の者がそう公言していることが、今日のジルアダム軍に蔓延する男性上位の空気を醸している大きな要因であると考えられます』
淀みなく説明してくれるスピィに、もはやスカウトしたばかりの新人らしさは欠片も見えなかった。
『アルテナさんが前衛で打ち破れば、まあ一石を投じるぐらいの効果はありそうですね。単に女を見下してる馬鹿を1匹踏み潰すよりはいいかもしれません』
そんなことをナナシャさんは言っていた。
『はい。そして後衛はフユという女性で、トウガの孫です。最年少で1級戦士になったという優秀な戦士で、決まった相方はおらず、定期的に組み変えをしているそうです。攻撃はほとんど行わず、補助術に専念しているとのことですが、勝率は非常に高いです。組み替えられた前衛はその後の勝率が3割から5割まで落ちているので、相当に高度な補助術士と言えます。トウガは今年で62歳ですが、フユの補助術を考えると、現役時代の強さまで底上げされる可能性もあるかと』
『さらっととんでもないこと言いますね。剣聖トウガの現役時代って、たしか『紅銀女帝』と渡り合ったとか聞いたことあるんですけど』
呆れたようにナナシャさんが言う。
『こうぎんじょてい?』
どうもこの世界、戦争中に名乗り合う風習がないみたいで、二つ名だけが広まっている場合が多い。
『ああ、当時もっとも多くの人族を屠ったといわれる魔族ですよ。酒の席で人族魔族含めた最強を論じてるときとか、だいたい名前が上がりますね。なんでも髪の毛だか装備だか使い魔だかが銀色で、それが常に返り血で染まってたとか』
もしかして:サーシャ
……残念ながらリョウバかシュラノとふたりになるタイミングがなくて、確認できなかったけど。
スピィは手元の用紙を見ながら説明を続ける。
『それと、少し気になった情報なのですが、フユは実のところ――』
その情報を聞いたアルテナとナナシャさんは、実に嬉しそうに、そして獰猛に笑った。
というわけで試合です。
アルテナとトウガが向かい合い、リョウバとフユが後衛に立つ。
ぴくり、とトウガの目が鋭くなったのが見えた。やっぱりアルテナが前に立ってるのが気に入らないのかな。リョウバは上背があるので、後衛にいても存在感あるし。
一方のフユという後衛は、まだ10代の女の子だ。ショートカットで可愛らしい感じ。けど表情はちょっと硬め。真面目そうな子という印象。
その様子を見たアルテナが、木剣を持っていない手でリョウバにサインを見せた。
すなわち、計画通りに。
『では第2試合、始め!』
アルテナが術式を発動した。