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もはや定番イベント

 闘技場内に鳴り響いたスタンの大声により、観客席から上がっていた声援はすうっと引いていった。

 あとに残るのは、疑念や好奇に満ちたざわめきと視線。

 向かい合うジルアダム側の選手たちも訝しげな表情。ヴィトワース大公だけは、なんとなく目をきらきらさせてるようにも見えるけど。


「……えーっと、なにが、納得いかないのかな?」

 他の人たちが誰も発言してくれないので、しかたなく私がそう尋ねた。


 するとスタンは、目の前に立つ対戦相手をビシッと指差し、

「俺様の相手が一番弱えじゃねえか!!」

 と言った。


 言いやがった。


 途端に巻き起こるブーイングの嵐。


 特に、対戦相手――ハキムという美形の剣士が出てきたときにキャーキャー言っていた観客席の女性陣から、スタンに向けてそれはそれは猛烈な罵声が浴びせられている。「無礼者!」「何様のつもり!?」うんうん、その通り。「死ねこの馬鹿男!」「殺す殺す殺す……」ちょっとそっちのお姉さん落ち着いて、危ないから物を投げないで。


 ……そうした女性客の隣に座る男の人たちからは、一部「よく言った」みたいな気配も感じられるけど、そりゃ口には出せないよね。


 そして、言われたハキム選手ご本人も、

「なっ――、貴様、なんと礼儀知らずな――」と目を吊り上げ、「だいたい一番弱いのは貴様だろうが!」と言い返した。

 ……いや、気持ちはすごくよくわかるけど、その返しはさらに噛ませ犬度が上がっちゃってるような……


 スタンはその言葉を嘲笑う。

「はっ、そりゃレベルとやらで判断した台詞だろうが。その時点でてめえの程度が知れたぞ。こりゃ予想以上の雑魚だな」

 おお、煽る煽る。

 ……けどその言葉は、目視でレベル推定するのが癖になっちゃってる私にも刺さるなあ……。


 と自省している場合ではない。

「ふ、ふふ……、そうか、死にたいのだな貴様は。いいだろう、もはや罰則など知ったことでは――」

 完全に切れてしまってるハキムを見て、これはエンペラーストップしかないと判断。


 VIP席にいるグランゼス皇帝にヘルプを出そうとして――


「よかろう。その言、私が預かる」


 突然、左から声がした。

 すなわち私の右に立つスタンの反対側。誰もいないはずの、その方向から。


 ぞくりと背筋を這い上がる感覚を覚えつつ振り向けば、そこにいるのは、


 白と金が混ざった髪をゆらゆらとたなびかせ、

 野性味のある端正な美貌で、

 黒い布を適当に巻き付けただけみたいな衣を纏い、

 武器のような、あるいは遊具のような、無数の金属片を周りに浮かべた、

 私の目でもレベルが見えず――その底知れなさだけが伝わってくる男性。


 この希薄なのに異様な存在感には覚えがある。


 たぶん絶対間違いなく、神様。



 即座に、その場に膝をついて頭を垂れる私。

 前回、風の神様が降臨したときと違って、今は生死をかけた戦いをしてるわけではないのでとりあえず敬意を示しておくのが吉だ。


 私の動きを見て、背後でリョウバやアルテナたちが続くのを感じる。

 ……「ほらやっぱり、こうなったよ」みたいな諦めの気配も感じる。ちょっと待ってまだ私のせいって決まってないじゃん!


「……レイラ?」

 ヴィトワース大公たちは、突然現れた相手に向けて瞬時に臨戦態勢を取っていたけど、私たちの動きに不思議そうな表情。

 観客席からも疑問に満ちたざわめきが起き、


 ――ドンッ、と、空から何かが落ちてきた。


 見れば、最上階のVIP席にいたはずのグランゼス皇帝が地上に立っている。周囲には薄く土煙。

 飛び降りたのかあそこから。


 ノーダメージで着地したようで、皇帝は声もあげずにまっすぐ私を見る。

 その視線になんか色々込められていて、私はとりあえず無言で頷いて見せた。


 すると、人族最大領土を誇るジルアダム帝国の皇帝が、私の横で同じように膝をついた。


 観客席から、息を呑むような気配が巻き起こる。

 地上にいるジルアダム側の選手たちも、慌てて皇帝に倣い膝をつく。

 ヴィトワース大公も同じようにしつつ、「えー、なにこれ」とわくわくした調子で呟いた。


「――失礼ながら、御身の名を伺ってもよろしいでしょうか」

 皇帝の口から、重々しく言葉が流れる。

 平伏していてもそのオーラはやっぱり強烈で、なんだか大型の獣がゆったりと風向きを読んでいるような感じがする。


 そんな皇帝の態度と言葉を平然と受け止め、突然現れたその人物は口を開いた。


「戦を司る神、アランドルカシムである」


 その声は、静まり返った会場に響き渡った。

 低く静かな口調ながら、先ほどのスタンの大声とは別次元の広がりを持つ声だった。


「誠に恐れながら!」皇帝が声を張り上げる。「いと気高き御身が地上にあらせられること歓喜に耐えませぬが、不遜にも人が地上より離れしこの場においては、是非ともその御威光を皆が見上げられる高みに御座して頂きたく! また重ねて恐れながら、この瞬間に御身を見下ろす我が国民の不敬を平にご容赦頂きたく存じ上げます!」


「許す」

 簡潔にそう言って微かに口元を緩めた神様は、ふわりと地上から浮き、すうっと、闘技場の最上階、さっきまで皇帝がいたVIP席の屋根へと腰を下ろした。


 このやり取りに、会場内にいる人たちの理解が追いつくまでざっと10秒間。


 そして、追いついた観客たちがもの凄い勢いで椅子から立ち上がり、神様へと向けて通路上で一斉に平伏した。

 立ち上がった拍子に飲み物や手荷物が転がり落ちた音が、そこかしこから鳴り響き、さらに耳をすませば、がたがたと身を震わせていたり、「お許しをお許しをお許しを――」「ああ、ああ、神よ――」と呟く声が聞こえた。


 さすが皇帝。

 今のやり取りがちょっと遅かったら、神様を見下ろしてるという事実にパニクった観客が地上に飛び降りたりする大事故が起きるところだった。


「さて、続けようか」闘技場の一番高いところから、声が落ちてくる。「争いの少ないこの地において、今日の催しは私も楽しみでな。然るに大言を吐いた貴様――スタンザフォード、命を下す」


 降臨した神様からのご指名。

 この世界においてそれは、至上の光栄か絶対なる断罪か、いずれにしてもショック死もののイベントである。


 けれど意識を向けてみれば、当のスタンはただひとり闘技場に突っ立ったままだった。

 グランゼス皇帝に、ヴィトワース大公まで跪いているというのに。


 そして、

「ああ? 俺様に口出そうってのか」

 

 会場内が凍りついた。


 マジかこの男!

 神様相手でも揺るぎなくその態度か!

 信仰心の薄さに定評のある日本から来た私だってそれなりにビビってるのにどうなってるんだ。


 会場内のほとんど全員から、殺意に似た感情がスタンに向けられる。待って私のセンサーがパンクする! ――あ、この一際すさまじい怒気と殺意はレアスさんだね。


 それを受けて神様は苦笑したかと思うと、すいっ、と指を振り下ろした。


 全身が総毛立つ。


 天から、ひと筋の赤黒い光が落ちてくる。


 それはスタンの鼻先を掠めるように落ち、音もなく、地面に深い穴を作り上げた。直径1メートルぐらいだろうか。


 直撃していたら、跡形もなかっただろう。


 戦いの神様は、噛んで含めるように言う。

「その通りだ。今の貴様を一瞬で消せる私から、命を下す。聞かぬと言うなら、わかるな?」

「……ちっ」スタンは舌打ちし、「わかった、聞いてやる」とあくまで尊大に返した。


「その態度は珍しいものゆえ、咎めぬ」実際、面白そうに目を細めるアランドルカシム様。「――が、慣れてきたら不快に感じるやもしれぬな。そのときは伏して死ぬがよい」

「好きにしろ」

 まったく恐れることなくスタンはそう言った。

 マジでどういうメンタルしてるんだこの人。


「では、命だ。貴様が不本意だと言った試合、ならば圧勝してみせよ。さすれば褒美としてより強い相手をあてがってやろう。……ただしできなかった場合は、その両腕をもぎ取る」

「おお、そいつはいいな」

 にやりと笑うスタン。

「決まりだな」

 神様も、不敵に笑う。


 ……グランゼス皇帝が、密かに重い吐息をついた。


 神様の視線が、今度は私へと向けられる。

「レイラリュートよ」

「はい」

 ――よかったぁ、イオリの名前で呼ばれなかったあ!


 という内心を察したのか、

「ジスティーユミゼンから聞いている」

 と説明してくれた。


 さすが風の神様、空気が読める!


「以前より興味を寄せていたが、この場も貴様が発端のようだな。直にその力を受けてみたいと考えていたが、今日の催しを見物するのも悪くない。――他の神々が言う通り、貴様は暫く我らを飽きさせなそうだ。そのまま励むが良い」

 静まり返っている観客席に、押し殺した驚きが満ちる。


「有難きお言葉、感謝致します」

 そう言ってさらに深く頭を下げる。

 私としては丁寧にお礼を言ったつもりなんだけど、それでもこの世界の人からすればあっさり過ぎるのだろうか、さらに会場内がざわめいた。


 ――すると今度は、耳ではなく、頭の中に声が響いた。


『そう畏まらずとも良い、異界の民よ。其方の活躍を楽しく眺めているのは事実だが、そもそもの原因がラントフィグシアの愚行だからな……。我ら神々のことはあまり気にせず、好きに動くといい』


 思わず見上げると、アランドルカシム様は優雅な笑みを浮かべてみせた。


「では改めて告げる。本日ここに集いし戦士たちよ、存分に練り上げた業を発揮するが良い! 戦神アランドルカシムの名において、貴様たちの闘いが神へ捧げるに足ることを保証しよう!」


「はいっ!」と私。

「有り難く!」とヴィトワース大公。


 ……他の選手たちは、神様に直接応えていいものかどうか迷っているらしい。無言でさらに深く頭を下げる。

 観客席からも、神様の言葉に高揚した気配は満ちているものの、平伏したままだ。


 それを見て、ふむ、とアランドルカシム様は顎に手をやり、これまでより陽気な口調で声を響かせる。

「――次に、この場に集いし全員に告げる! これ以降、粛々たる態度は逆に不敬とみなすぞ! 顔を上げよ。騒げ、沸け、これより始まる闘いを大いに満喫するがよい!」


 その声で人々はそろそろと姿勢を変え、お互いに顔を見合わせ、


「神のお言葉だ! 帝国史上初の神前試合に思うまま声を届けようではないか!」

 続くグランゼス皇帝の呼びかけに、みんなの目が輝いてゆく。


 一瞬の後、張り裂けるような歓声が私たちの肌を強烈に叩いた。

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