勝負の暁にはその子をもらう(勝つとは言わない
「雇うって……、つまり傭兵になるってこと?」
突然申し出てきたシアンに驚きつつも、どうにか平静さを装って聞き返す。年下の女の子が就職希望してくるという絵面なのに、その子が軍人=傭兵として雇い入れる、とスムーズに変換できるようになった我が思考回路に些かの不安を持ちながら。
「はい。もちろん給金は頂きません。あ、その、住居というか横になれるだけの場所と食事だけは、できれば、なんですけど……」
次第に小声になるシアン。
「2人って言ったよね?」
さらに尋ねると、隣のミージュが苦笑いを浮かべた。
「シアンがいなくなると、そもそもの狙いをつけられていた私ひとりに魔の手が集中するので、道理ではあるんですけど――せめて相談しなさいよね」
後半は、シアンのほっぺたを強烈につねりながら言う。おぉ、よく伸びてる。
「だって、高貴な方なんだからこの先会えないじゃん! 今お願いするしかないんだってば!」
ミージュの攻撃から逃れようともがきながらシアンが言い返す。
「少し騒々しいわね」
キーラさんの静かな一声でシュバッと姿勢を正すふたり。
「ジルアダムの軍人という身分を捨てるのですか?」
今度はアルテナが尋ねる。
「あっ、いえ、除隊するわけではないんです。ジルアダム軍では条件を満たせば他国への修行が認められていまして。遠征や作戦中でなく、一定の実績を上げており、素行に問題なく、なにより修行先が信頼できるお方であること――ラーナルト王国の王女様にお仕えできるのであれば、それに勝るものはありません」
ミージュの説明に、
「ああ、そういえば大荒野にもいました。次の遠征まで待てないからとコルイやツェルトなどに雇われていたジルアダムの兵が」
思い出すように遠くを見ながらアルテナが言う。
「はい。そうした前線近くの国であったり、名の知れた戦士を抱える貴族や富豪に仕えたりすることで、国内で練兵を受け続けるよりも早く高みに昇れる可能性がありますので。もちろん雇っていただく価値として、単純な労働力と戦力をご提供する他に、許可されている範囲での戦術や訓練法や法術・武術などの開示もさせて頂きます」
「なるほど、大荒野から遠く、兵が溢れがちなジルアダムだからこそ有効な制度ですね」
納得したように頷くアルテナ。
それを聞いていて、疑問がひとつ。
「あれ? でもシアン、怒られたんだよね、さっきの闘技場の件で、上の人達に。それって素行に問題ありってことで修行なんて認められないんじゃ?」
私が尋ねると、
「――あっ!」
気づいていなかったらしく、シアンは見事なほど愕然とした表情になった。
「レイラ様、悲惨な未来が確定した約1名は置いておくとして、私は是非とも貴国で修行させて頂きたく。もちろん身辺警護や治安維持や大荒野遠征などなんでもお申し付けください。シアンよりも座学に励んでおりましたので微力ながらその方面でもお役に立てるかと」
生真面目な表情でそう申し出てくるミージュ。
「ちょっとなにひとりで逃げようとしてんの裏切り者!」
「ふたりとも連中の手にかかるより、私ひとりでも助かるほうが私が嬉しいじゃない。だから――今まで楽しかったよ」
「やめろっ! 死にゆくものを見送る目つきをするな!」
「2度、言わせるつもり?」
再び流れるキーラさんの声に速攻で寸劇を止めるふたり。
「もうひとつ聞いておきたいのですが」
静かになったシアンたちにアルテナが尋ねる。
「他にも状況を打破する手段はあるかと思います。それこそ、ふたりがそれぞれ、頼れそうな男の戦士を相方に据えるという。そうすれば周囲からの偏見や横槍はなくなるでしょうし、連中にしても手を出しづらくなります。やはり、女2人に比べて横に男がいるとそれだけで牽制になりますから」
それはまあ、身もふたもないけどその通りだ。
レベルが高けりゃ男女差はあんまり関係なくなるけど、目に見えるものじゃないから、やっぱり見た目での威圧感というのが大事な場面は多い。人数も単純に倍増するし。
アルテナは普段のきびきびとした口調ながら、どこか期待を込めて、
「あなたたちがそれを選ばないのは、何故ですか?」
それは、半ば答えを確信しているかのような物言いだった。
そう、この国の問題だと彼女が言っていた、一部に広がる女性の戦士を見下す風潮が――
「はい、それは」シアンは強い眼差しでアルテナを見返し、「私は女の人が好きだからです」
きっぱりと答えた。
じゃっかん、頬を染めて。
「な゛っ……」
アルテナから普段出ない音がした。
「おう……」
私の喉からも勝手に変な音が漏れた。
そんな私たちに向けてシアンは、
「あ、もちろん性的な意味でです。だから男よりも女と組みたいのです」
と親切に補足してくれる。
ばばっ、とミージュに目を向ける私とアルテナとリョウバ。
「ちょっ!? いえ違いますよ私は! 単に姉妹だからしょうがなく!」
ぶんぶん首を振って否定するミージュ。
「血は繋がってないんですけどね」
「言う!? 今それ言う!? どうすんの完璧疑われてるでしょこれ!」
またしても言い合うシアンとミージュだけど、気になることがひとつ。
「えっと、それって?」
「シアンは養子なんです。まあ小さい頃からミージュと一緒に育てましたので、一応、親心があるにはありますの」
とキーラさんが説明してくれた。
似ていない姉妹――というかキーラさんとミージュだけがよく似ているとは思ってたけど、そういうわけか。
では納得したところで、本題に戻ろう。
「つまり、シアンとミージュが付き合ってるわけじゃないし、同性が好きなのはシアンだけってこと?」
高速で首を縦に振るミージュ。
「なるほど。姉妹を盾にミージュと組むことで男を避け、鍛え上げて階級を昇ったら本命の女子を相方に狙うとか、高めのお嬢様とお近づきになるとか、そんな感じかな?」
「……あの、レイラ様、恐れながら随分あっさりとご理解頂けるのですね。その、私の性質について……」
ちょっと戸惑っているシアン。
ふっ、出会ってきたキャラの数が違うぜ。
「ラーナルトやバストアクでは、それほど珍しくないのでしょうか?」
ミージュの質問に、
「どうかな?」
よく知らないのでアルテナに振ってみる。
まだフリーズが溶け切っていない彼女は、
「え? ――ああっ、失礼致しました。……まあ、珍しくはありますが、そうした者もいるにはいます。これだけ早く率直に言明されたのは初めてですが」
「それが犯罪だとか、迫害対象だったりする国ってある?」
「いえ、私の知る限りでは。……偏見は、ないとは言えませんが」
んー、その辺は日本と比べて大差ないのかなあ。まあ、あんまり身近な話題じゃなかったから詳しくないんだけど。2次元の相関図なら色々暗記してるんですけどね。
「そういえばアルテナって女子にモテそうだよね」
パーティ初日の会場入りでもだいぶ囲まれてたし。
「うっ……、ええ、はい、何度か、そのような経験は……」
「え? 経験?」
思わず身を乗り出す私とシアン。
「いえ! 言葉を間違えました! 同性からそうした告白を受けたことはありますが、すべて断らせて頂きましたっ!」
顔を赤くして釈明するアルテナ。
「かわいい……」
ひっそりと呟くシアン。
同感なんだけど、そうか、これがガチのトーンか……。
会話に集中している間にさり気なくお皿が代わり、綺麗な焦げ目のついたお肉や数種類の焼き野菜などが並ぶ。
見た目はシンプルだけど、それぞれに合わされたソースがなんとも奥深くて1皿ごとに別ベクトルのインパクトがある。
「ねえシアン、今の話って、他の人達も知ってるの? さっきの奴らとか、軍の人とか」
「いえ、さすがに広言すると色々面倒なので。家族や親しい人、信頼できる人にしか言いません。レイラ様たちには逆に私を信頼して頂くため、正直にお伝えしました」
「そっか。ありがとう」
アルテナの期待した答えとは違っていたけど、男の戦士と組むという手を取りたくないという事情はわかった。好みとか以前に、性的に受け入れられない相手とくっつけようとする圧力なんて想像もしたくない。
「ご理解頂けたのは幸いですが、シアンが上から睨まれている問題は変わってないんですよね」冷静にミージュは言う。「シアン、あんた単に怒られただけじゃないでしょ。どんな罰則受けたの?」
尋ねられたシアンはぎくりと表情を強張らせ、そっとキーラさんを伺い、完璧な微笑に跳ね除けられた。
そしてぽつりと口を開く。
「謹慎1ヶ月、その後も2ヶ月の試合禁止、その間は軍でも懲罰訓練のみで、もちろん減給。計3ヶ月間の態度と、最後の口頭試問で処遇判断――となりました」
この世界の1ヶ月は100日間。つまり地球なら1年近い罰則だ。
「うっわあ、思ったよりだいぶ重いな……。懇親会中にやらかしたのも大きいのかな」長い髪を掻き上げながらミージュは表情を引きつらせる。「あんた、いっそ軍辞める――っていうか脱走してレイラ様にお仕えする? 二級正戦士になったとはいってもまだ抜きん出てるわけじゃないし、本腰入れて捜索されるほどじゃないと思うけど」
「えっ、それは困るよ! 私もっと昇格したらお近づきになりたい貴族のお嬢様がいっぱいいるんだから」
「よし、わかった、見捨てられたいのね」
「えーっと、ごめん、ちょっといい?」
隙あらばじゃれ合いのような口喧嘩をはじめるふたりに、口を挟んだ。
……ぶっちゃけ、私とアルテナたちでさっきの男たちをとっちめるのが一番早いとは思う。
けどそれは、もちろん外交問題だ。
ジルアダム帝国にバレなくても、ファガンさんとスピィは絶対に気づくだろうから、帰国後に私がどんなお説教を受けるか知れたものじゃない。
あるいは、私からグランゼス皇帝に相談すれば、なんとかしてくれそうな気もする。
けどそれはそれで、今度は一種の借りを作ってしまうことになる。例え帝国内の揉め事なんだから私は善意の第三者、という筋があるとしても、こちらからお願いしてしまう時点でそれは引け目となってしまう。
加えて、シアンの告白してくれた事情を内緒にしたままだと、それこそ頼りがいのある男の戦士をあてがわれるような対応をされかねない。
それらを踏まえると、シアンとミージュを一時的にバストアクへ連れて行くのは、有効な手段だと思える。
……人材が増える、という下心も当然ながらありますけど。
ということで2人を雇う方向に私の考えは固まりつつあるんだけど、そうなるとさらに聞いておかなきゃいけないことがある。
「シアンも、ミージュも、ほんとにいいの? 今日会ったばかりの私と一緒に、バストアク王国で暮らすってことになるんだけど。国としての規模や発展具合はジルアダムのほうがずっと上だし、大荒野への遠征も参加させてあげられるかわからないし、何よりキーラさんと離れなきゃいけないし」
そう尋ねると、
「はい。まったく問題ありません。このあたりって確かに街は綺麗ですけど物価高いし上品すぎるし、正直暮らしづらいところも多いんですよ。それに先ほど申したように大荒野は去年まで遠征していたので、行けるに越したことはないですけど、無理でも鍛えるべきところは山程ありますから。まだ上がったレベルに技術が追いついていないと言いますか」
あっけらかんとシアンが答える。
「その遠征も、行き帰り含めると2年ぐらいだったんですけど、うちの母さん、いってらっしゃいとおかえり、それだけですよ? 歓送迎会どころか、何してたのかも興味ないぐらいで」
やや不満そうにミージュも言う。
「どこかで元気にやってるなら十分なのよ。私にとっては」
キーラさんもまるで反対するとか、寂しそうにするとかいった気配がなかった。
「なるほど……、それじゃシアンとミージュ、最後に確認しておきたいことがあるの。私のところって、色々と秘密にしていることがあって、もしもふたりがそれを知っちゃったら、最悪、ジルアダムに帰してあげられないかもしれない」
軽いところだと、領内で実験した地球にある料理やちょっとした道具・制度とかの情報。
重いのだと、私やカゲヤたちの細かい戦力や、特殊軍の居場所だったり顔ぶれだったり。あとモカの研究している昆虫地獄とか。
そしてマジヤバイのが、私たちが魔族サイドだってこと。
そうした情報が漏れたとき、仮に私が『内緒ね』と言うだけでいいやと考えても、断固として反対しそうなエクスナとかフリューネとかがいる。
そうなるとシアンたちの命すら危うい。
「それでも、私に雇われる覚悟はある?」
そう尋ねると、
「国外の貴人にお仕えするのですから、そのぐらいは当然です」
「ここに残るほうが危険ですし」
ごくあっさりと、ふたりは頷いた。
「――よし、わかった」
ならばと、私も頷く。
「じゃあ、シアンの出国許可については私がどうにかする」
翌日。
「これは、少し意外な申し出だな」
グランゼス皇帝は、興味深そうに書面へ目を落としていた。
それは、闘技場への参加者とそれぞれが求める報奨を記したものだ。
そして、そこにあるうちの一文。
「レイラ殿がヴィトワースと試合する『参加賞』として、ジルアダムの戦士2名を借り受けたい、か……」
「強い子にしてお返ししますよ」
私は、フリューネ直伝の王族スマイルを浮かべてみせた。