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イベントの引きに定評のある王女

 観戦2試合目。

 ――と言っても1試合目はナナシャさんやアルテナたちの説明内容に気を取られて、あんまりちゃんと見れてなかったんだけど。


 始まろうとしている試合は、片方が長剣使いの男と弓使いの女、もう片方が雰囲気最悪なコンビ、短刀両手持ちの男と長い棒使いの女――というか、女の子って言ってもいいぐらいの外見。

 その女の子だけがレベル30前後で、他の3人は40強ってところだろうか。


 審判が試合開始を宣言しようと手を上げていき、

 後衛の位置に立った女の子がひょいっと棒を回転させながら宙に投げ、逆手に持ち直し、


「始めっ!」

 という合図とともに、野球のピッチャーみたいなフォームで、彼女の背丈より長い棒が凄まじい勢いで投擲された。


 ――相方の、寸前まで言い合っていた男の延髄へと。


 会心の一撃的な効果音が聞こえたような気がした。


 どたり、と無言で崩れ落ちる短刀使いの男。


「は?」

 私はぽかんと口を開け、

「ほう」

 アルテナがなんだか満足そうな声を漏らす。


 屍と化した相方をご丁寧に踏んづけ、投げつけた棒を拾い上げながら女の子は前に出ていき、これまたぽかんとしている対戦相手2人に向けて、「さあこい」とばかりに堂々と構えてみせた。


 遅れて、会場から巻き上がるブーイング。怒ってるのと面白がってるのが7対3ってところかな。

 それを完璧にスルーして、女の子は1対2の状況に臆さず突っ込んでいった。


 

 ――そして、見事に負けた。


「いい試合でしたね」

 とても嬉しそうにナナシャさんが言った。

「うん」

 私も同意する。


 実際、女の子は健闘した。

 自分よりレベルの高い相手2人に対して、なかなかの好勝負を見せ、技量では時に勝るところを示し、倒れそうになっても堪え、傍目にも全力の最後の一滴まで絞り尽くしたのがわかるぐらいに戦い抜き、最後は前のめりに倒れ込んだ。


 その有り様を笑ったり嘲ったりする会場の声はそれなりにあったけれど、最初のブーイングに比べればだいぶ落ち着いていた。


「ねえスピィ、あの子の名前は?」

 今日の試合表を持っている彼女に尋ねる。

「シアン、というそうです。二級正戦士ですね。それと、今日は代理であの男と組んでいると補足されています」

「代理?」

「はい。本来の相方が怪我か何かで出られなかったのかと。今は各国からの見物客がいますから、どうにか試合を成立させる必要があったのでしょう」

「ああ、そういうこと」

 懇親会の主催側としては、不戦勝で試合がなくなってしまうのは避けたかったのだろう。

 試合前にあの2人が何やら揉めていたのは、そのあたりが原因なのかもしれない。



 その後は、1級正戦士による2対2が2試合、続いて1対1が1試合、そして、他国からの参加者が戦う2試合という流れだった。


 1対1はお互いレベル60ぐらいでなかなか見応えがあり、続く試合では他国参加者の求める報奨が試合前に発表され、正規の試合とは別種の盛り上がりをみせていた。

 ちなみにひとり目はジルアダムの名職人が打った剣を、ふたり目は娼婦の身請けを賭けていた。……そして、ふたり目は見事に勝った。


「なるほど、犯罪めいてなければ人をもらうってのもアリなんだ」

「はい。ジルアダム帝国に奴隷制はありませんので、そうした目的では断られるでしょうけれど」

 舞台上では、勝った戦士に駆け寄る女の人が見えた。彼女が身請けしたいという娼婦なのだろう。お互い、とても嬉しそうだった。観客席からも、暖かい拍手が起こっていた。



 一通りの試合を見終えて、闘技場を後にする。観戦中に豪華なお昼も済ませ、今は地球で言う午後3時ぐらい。空はちょっと雲が出ていて、夕方にはひと雨来そうな雰囲気だ。

「今日出ていた人たちが相手だったら、どう?」

 隣を歩くアルテナに尋ねると、

「そうですね――それこそ1対2でも、急所を狙わない程度の余裕は持てます」

 となかなか頼もしい回答だった。

 白嶺からラーナルト王国に入ったときは基準がわかっていなかったけど、アルテナは人族のなかでもかなり上位の強さを持っている。

 その彼女を従えるフリューネが同行を申し出てくれたのは、今思うとかなりの幸運だった。――帰ったらあらためてお礼を言おうかな。

 

 行きと同じく空中回廊を渡っているとき、ふと下方の街並みから不穏な気配が漂ってきた。

 ここからは建物の陰で見えない路地裏から、殺気や敵意といった気配が。私たちに向けられたものではないけれど、気にはなる。


「シュラノ?」

「……1対5。伏兵はなし」

 相変わらずの高性能レーダーである。


「アルテナとリョウバ、ちょっと付いてきてくれる?」

「承知しました」

 即座に臨戦態勢となるアルテナ。

「ご指名ありがとうございます」

 地球の某職業を彷彿とさせる返事のリョウバ。


「おいおい、なんだいったい」

 と尋ねるファガンさんに、

「なんか揉め事が起きてるっぽいです」

「迷わず首を突っ込むんじゃない。……せめて、まずは隠れて覗け」

 色々諦めたらしいファガンさんの近くで、スピィが「私も――いえ、お気をつけて」と難しい顔で言う。


 回廊の手すりを乗り越え、手近な建物の屋上へと飛び降りる。10メートルぐらいの落差はあるので、スピィも断念したのだろう。

 そこから隣の建物へと飛び移っていき、問題の路地裏を見下ろせるところまでたどり着いた。


 屋上の縁から、そっと顔を覗かせる。


「……イベント発生」


 そこにいたのは、5人の男たちと、対峙する1人の女の子だった。


 

 男のうち真ん中のひとりと、女の子はついさっき見た顔。シアンという名前の少女と、彼女が組んでいた相方だ。後頭部にクリティカルヒットをもらっていた男。


 軽く集中して、路地の声を拾い上げる。

「――いいからアイツも呼べや。今なら殴んねえで即ブチ込むだけにしてやる」

「つまり、痛えのは一箇所だけってことだ」

「お前は下手だからな。俺なら痛いってことはねえぜ?」

 下卑た笑いを浮かべる男たちは、なんかもう言動だけでエネミー判定でいいと思う。


 対する女の子は臆さずに、腰からナイフを抜き放った。試合中の木製ではない、本身の刃だ。

 あらためてその姿を眺める。

 群青色のショートカット、勝ち気そうな顔立ちに細身の身体はいかにもボーイッシュな感じ。陸上部とかにいそうな。

 その見た目に合うはっきりした口調で、

「言っとくけど私、死ぬまで抵抗するから。死姦野郎の汚名を着たいなら好きにしな」

 ……なんか、もう、凄い。


 シアンはさっきの試合で1対2の戦いに全力を費やしているので、ダメージも抜けてないだろうし体力も底をついてるだろう。

 なのに気迫は満点だった。


「安心しろぉ。殺すなんて下手は打たねえよ」

 そう言いながら男たちもそれぞれ獲物を抜き、試合で組んでいた男が一歩を踏み出した。


「リョウバ」

「はい」

 男の持っている剣めがけて、躊躇いなくリョウバが撃つ。


 衝撃で男の手から剣が落ち、

「誰だぁっ!?」

 即座に射線を追って頭上を見上げる男たちは、それなりに訓練を積んでいるのだろう。うち2人はシアンから視線を切っていないところも含めて。


 リョウバが注目を集めているうちに、私とアルテナは素早く移動し、路地をひとつ曲がったところへと飛び降りる。そこからシアンの背後へと駆け寄り、彼女の左右に立った。

「え?」

 驚きつつも身構える彼女に、

「手伝わせて」

 と笑いかける。

「――ありがとうございますっ!」

 礼儀正しい子だね。


 頭上を警戒しつつも、男たちの視線がこちらへと向く。

「ああ? なんだてめえら――おいおい、随分な上玉じゃねえかどっちもよぉ」

 にやつく連中はレベル30から40ちょっとで総勢5名。

 

 ――つまり、

「ぐげぇっ!?」

 鞘のまま腰から抜かれた剣で鳩尾を突かれた男が、苦悶の表情で膝をつく。


「急所を狙えば?」

「5人でも問題ありません」

 一瞬で間合いを詰め、ひとり片付け、元の位置に戻るまで1秒足らず。

 アルテナもまた、気迫あふれる笑みを浮かべていた。


「バストアク領主にしてラーナルト王女のレイラ様に対する不遜な言動、貴様らの粗末な首では100あっても足りぬぞ」

 いやまあ、先制攻撃の前に言ってもよかったんじゃない? と思わなくもないけれど。


「おい、まずいぜ、招待客はよ……」

「っくそ……」

 アルテナの言葉に青ざめる男たち。

「王女……?」

 見つめてくるシアン。私と目線の高さが同じなので、女子にしては背が高いほうだ。


 さて、形勢は優位になったし、どうやってこの場をまとめるかなあ、と泥縄式に考えるのも束の間、さらにこの場へやってくる人の気配があった。

 それも、わりと大勢。


 敵の増援だとちょい面倒だなと思っていたけれど、通りからこの路地に顔を出したのは――


「あら、こんなに急がなくてもよかったかしらね」

 上品な物腰の女の人と、

「シアンちゃん、ちょっと大丈夫?」

「アンタたち、しっかり顔覚えたからね!」

「あっ、あたし2人知ってるわ、うちの客。あー残念稼ぎが減るわぁ」

 威勢のいいおばちゃんたちだった。


「なっ、なんだ、お前ら……」

「げ、娼館の遣り手婆――」

 戸惑う男たちに向けて一歩踏み出したのは、先頭に立つ上品な女の人。綺麗で色っぽくて年齢不詳で、底知れない感じもある。私の脳内翻訳機にもし方言機能が搭載されていたら京言葉あたりに変換されそうな感じの人だ。


「うちの子に用があるみたいだけど、この界隈でお金を使えなくなる覚悟があるなら続けてもいいのよ? 酒場に料理屋、下宿屋に鍛冶屋、ええと、あと誰が来ていたかしら?」

「質屋に娼館に仕立屋に、旦那がギルドや王城勤めも何人か集まってるよお」

 楽しそうに、ひとりのおばさんが声を上げる。

「――ということだけれど、構わずその子に手を出す? 私たちを蹴散らして逃げてみる? それともあちらの強そうな方たちを突破する? 好きにしていいのよ?」

 微笑む女の人に、男たちがごくりと唾を飲む。私もちょっと迫力に圧されてる。


「……わかった。引き上げる。もう手も出さねえ」

 試合で女の子と組んでいた、この騒動の張本人と言える男がそう言った。

「これだけ集めておいて、それで済むのかしら?」

 女の人は笑みを深める。怖い。

「直接の被害を受けたのはこっち側だ。試合で組んどきながら、背後から頭に一撃もらったんだからな、反則どころじゃねえ。そいつと帳消しでいいだろう」

「あら……、ミージュ?」

 不思議そうに首を傾げ、横に目を向ける女の人。

「えっと、その、緊急事態だったのでそういう細かい話は……」

 おばさんたちの間に隠れて見えなかったが、もうひとり女の子がそこにいた。落ち着いた茶色のロングに、色白で切れ長の瞳は、ぱっと見で親子だとわかるぐらいに女の人とよく似た顔立ちだった。


 じーっと、その子の顔を見つめてから、

「――わかったわ。ええ、おあいこね」

 と男に言い、すっと道を開けた。


 無言で、素早くそこを抜けていく男たち。ひとりはアルテナが倒した男を担いでいた。

 捨て台詞などもなく、去っていく。


「さて、と――シアン?」

 びくぅっ、と肩を揺らすシアン。

「夕方の仕込みで忙しくなるこの時間に、いったい何をしているのかしら?」

「ご、ごめんなさい、母さん……」

 え、こっちも親子?

 ミージュと呼ばれていたおばさんたちの間にいる子と違い、こっちは特に似たところが見られない。


「まあまあ、よかったじゃない無事だったんだから」

「そうよ、見た? あの男たち青ざめちゃって」

「やぁよねえ、例の懇親会とかで、他の国から大勢来てるし、兵士はお城の方に取られちゃってるし」

「ほんと、治安が心配よねえ」

 おばさんたちの執り成しとも愚痴とも言えるような言葉に、「仕方ない」みたいな笑みを浮かべた女の人は、

「そうね、じゃあ説教は後で――、それと、後回しにしたみたいになってごめんなさい。あなたたちが助けてくれたようだけど」


 女の人の視線がこちらに来た。

 たいしたことは、と反射的に言いそうになったけど、それだと動いてくれたリョウバとアルテナを軽く見ているようになってしまう。


「たまたま通りがかったので。先ほど観戦していた試合に出ていた戦士だったこともありましたし」

 なので適当にぼかして答えておく。


「あ、あのっ、ありがとうございました!」

 横から、シアンもあらためてお礼を言ってきた。

「もしよければ、うち、あ、酒場なんですけど、ご馳走させて頂けませんか。――宮廷料理とは、いきませんが……」

 後半は小声になっていた。女の人はぴくりと目を細めたけれど、周囲のおばさんたちには聞こえなかったらしい。どうやら気を遣ってくれたみたい。


 うち、ということは、彼女のお母さん――この美魔女か旦那さんがやっているお店なのだろう。

 目を向けると、

「そうね。このままというのもお互いなんだか歯切れが悪いと思うの」

 その言葉は同感だったので、

「じゃあ、少しだけお邪魔させてもらいます」

 そう言ってから、上空の回廊に向けて「ごめんね」という感じに片手で合図した。


 ファガンさんとスピィが、そろって肩を落としていた。

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