火種がいくつか
ジルアダム帝国の懇親会。
その2日目は、皇帝のお誘いに乗って闘技場の観戦に行くこととなった。
ちなみに昨日、グランゼス皇帝とヴィトワース大公が去っていった後は、もう初日からうんざりするような来客ラッシュだった。
係員の人もかなり気を遣ってくれたようで、応対を終えるごとにある程度のブレイクを挟んでくれはしたけれど、面会を望む相手側もやっぱり偉い人達ばかりなのでそうそう無下にはできず、申し訳無さそうに「続いて○○国の△△様方御一行が、是非ともご挨拶をと――」と寄せては返す波のように申し入れが続いた。
会話のほとんどをファガンさんに任せてはいたけれど、夜までずーっと初対面の人達と挨拶・社交辞令・世間話・探りを入れる言葉の受け流し・また社交辞令・何かしらの申し出やお誘い・辞去の挨拶と再会の約束――とテンプレートのような流れを何度も繰り返したのだ。
疲れた。
めっちゃ疲れた。
名を知られているので結構な頻度で会話に加わざるを得なかったアルテナとナナシャさんも、夕方辺りから徐々に面倒臭さが苛立ちへと変わっていき、それを感知できる私はいつ彼女たちがバーサーカーにならないかと危ぶんだりもして、早くも帰りたい気分になったりもした。
一応、役立ちそうな人脈もいくつか作れそうだったのが収穫と言えるけれど、この先あんまりお近づきになりたくないなあという人達もたくさんいたので、全体的な印象がマイナスに傾いてしまうのは仕方ないところだった。
これから人脈づくりだけに注力していけばそのうちプラス転換するのだけど、たぶんお近づきになりたくない人達も、あと何WAVEかは押し寄せてくる気がする。
――まあ、そんなわけなので、今日はパーティ会場ではなく闘技場へ向かえることにややホッとしているバストアク王国一行である。
昨日の会場とは別のルートを通り、城の外へ出て、丁寧に整えられた庭園から階段を登って空中回廊へ。城下町からは6階分ぐらいある高さに渡されたその回廊の先にあるのが、国内一の大闘技場ということだった。
これまた世界遺産にでもなれそうな風格を醸している、円形闘技場だ。
空中回廊からはVIPルームへ繋がっていて、実際に入ったことはないけど競馬場とかで馬主さんがいるような感じの、舞台を見下ろす個室が用意されていた。
「お待ちしておりました」
にこやかに案内役の人が出迎えてくれる。
「只今は二級正戦士の試合中でございます。もう一試合を挟んだ後に、一級正戦士の試合が3組。その後に自由参加を申し出た国外の勇士たちを我が国の戦士が迎える特別試合が2組でございます」
「それが、私が出場を検討しているものということ?」
そう尋ねると、
「左様でございます」
と案内役の人は答えた。
……はあ、初対面の年配の人に偉そうな口を聞かなくてはいけないこのストレス。
「私が試合や規定など解説させて頂いてもよろしいですし、観戦しながら作戦を練られるようでしたら、私共ジルアダムの者は下がらせて頂きます」
「そうだな、そうしてもらえるか」
とファガンさんが言うと、
「承知しました。何かございましたら呼び鈴を」
そう言って案内役の人や、部屋付きの侍従らしき人たちは出ていった。
VIPルームに残るのは、バストアク王国の面子だけ。
「そんな秘密の作戦を練ったりするんですか?」
ファガンさんに聞いてみると、
「お前さんがうっかり間抜けな感想を漏らして侮られんようにだな……」
「あ、はい」
お気遣いマジ感謝します。
眼下に広がるのは、パーティ会場と同じようなすり鉢状の闘技場。それこそ映画やゲームに出てくるコロシアムみたいな感じだ。まあ、現代のライブ会場とか競技場とかも構造は似たようなものだし、観客が入る舞台っていうのはこの姿が一番機能的ということなんだろう。
すり鉢の底にある試合会場にリングはなく、ならされた硬そうな土が敷き詰められている。何らかのエリアを示すようなラインとか、戦闘に影響しそうなギミックとかもなく、殺風景と言ってもいいシンプルな舞台だった。
ちょうど試合の途中で、舞台の上では4人の男女が戦っていた。
あの案内役の人の説明からして、二級正戦士ってやつだろうか。
「ジルアダムの闘技会は、主に4対4、2対2が中心で、時折1対1、あるいは8対8以上の大規模戦が行われています」
よどみない解説をしてくれるのはスピィ。さすがエクスナが脱帽した記憶力の持ち主だけあって、国外の競技のルールまで把握しているらしい。
「戦士には階級があり、高位になるにつれて大規模戦から頭抜けし、4人組、そして2人組へと少人数の試合に出られるようになるそうです。1対1を組めるのは、なかでも最上位の戦士に限られます。また年に1度、それら最上位階級の戦士が団を組む8対8の試合は、国内でも最大規模の祭典として執り行われております」
「へえー、じゃあ今の2対2ってのは、かなり実力者の方なんだ」
「その通りです」
舞台上にいるのは4人。つまりは2対2。どちらも男女のペアで、レベルは40から60弱といったところだろうか。
どちらのペアも、男の戦士が前衛で木刀と木の槍を打ち付けあっている。背後からは女の戦士が術を放っているが、シュラノみたいに致命傷を狙うのではなく、相手の手足に向けて牽制をしたり前衛の回復や補助をしているのが目立つ。
「大きい術は使っちゃいけない決まりなの?」
「ご覧のように術自体は禁止ではありませんが、相手を殺すことには重大な罰則が設けられております。また眼球2個と手足4本、それと性器、そのうちいずれか2箇所が欠けるような負傷も、それを負わせた側に治療費と罰金の負担が課せられます」
……具体的にエグいことを想定したルールだなあ。
……あと聞いといてなんだけど、詳しすぎでしょ。
「ま、罰則を気にしてるだけじゃなさそうですけどね」
とナナシャさんが言った。
「どういうこと?」
どことなく皮肉げな様子で、頬を掻くナナシャさん。
「んー、連中の態度ですけど、どう思います?」
聞き返され、あらためて4人の戦士を観察する。
槍が命中し、剣使いの戦士の肩口から血が吹き出す。木の槍とはいえ、レベル60弱の一撃だ。皮と肉だけではなく、腱か、あるいは骨まで達したらしく剣使いの左腕から力が抜け、だらりと垂れ下がる。
片手で剣を構え直しながら、男が何やら叫ぶ。慌てて女の術士が回復術を発動するが、それを待たずに男は剣を振る。何合か打ち合った頃に術が発動し、剣使いの肩口から血が止まる。が、さすがに腕が動くまでの回復には至らなかったようで、剣は片手持ちのまま。また何やら男が叫び、女が男の背に向けて頭を下げていた。
一方の槍使いも、背後の術士に向けて声高に指示をかけ、術士はそれに応じて位置取りを変え、補助術をかけ、剣使いの無事な片手を邪魔するように光弾を飛ばしていた。
なんだかどっちのペアも、
「男が偉そう」
というのが率直な感想だった。
「ですよねえ」
そう言いつつナナシャさんは壁際の棚へ向かい、「あったあった」とそこから1冊の本を取り出した。
「これ、闘技会に出てる戦士の名簿なんですけどね」ぱらぱらとめくりながらナナシャさんは不満げに頬をふくらませる。「あー、やっぱそうだ。4対4から上、ほとんどの前衛が男なんですよ」
「ああ、たしかにそうですね」
ちょっとスピィ、あなた名簿見てないのにどうして同意できるの?
「……聞いていた通りということか」
アルテナが若干不機嫌そうに口を開いた。ナナシャさん相手だとかなりラフな口調になる彼女の特徴に気づいたのはわりと最近のことだ。
「聞いてたっていうのは?」
「大荒野にいた時分ですが、ジルアダムの兵の運用や、闘技会のことは聞いていたのです」
その口調に好意的な響きは感じられなかった。
「どんなこと?」
「いくつかありますが――ジルアダムは偶数での用兵を基本としており、最低単位が2人、なかでも男女の組み合わせを積極的に推奨しているそうです。そして、前衛を張るのは基本的に男の戦士。もちろん男女比の都合で男同士の組み合わせもありますが、今で言うレベルが上がるにつれ、優先的に女の相方が割り振られていくとのことでした」
なんだそのチャラいルール。
「えっとそれは、その、どういう理由で」
「単純な話です。白兵戦において、同じ程度のレベル・技量であれば、勝敗に大きく影響するのは体力・体格です。故に前衛は男が務めると、そういう理由です」
「……なるほど」
それはそうだ。
この世界でも、男女の差は地球と変わらない。基本的に男の人のほうが背が高いし、体重もある。マッチョにもなる。
けど、アルテナの口調にはそれだけじゃないと言いたげな雰囲気があった。
「加えて言うとですね」話を引き取るナナシャさん。「やっぱり、前衛のほうが死にやすいんですよね」
「そうなんだ?」
こんだけ魔術法術が普及してると、後衛もけっこう死にそうだけど。
「言っておくが、お前さんのとこの後衛は優秀すぎるからな?」
「ファガンさん、たまに思いますけど心読む恩寵とか持ってないですよね?」
……けど言われてみればそうか。
シュラノやリョウバの殲滅力を基準にしちゃ駄目か。
今戦っている術士の攻撃術も、殺さないように抑えているにしては発動までに時間がかかっているし、DPSは前衛よりも低そう。
それに戦場で先に後衛を潰そうとしても、前衛がそれを阻むのだから、死にやすくなるのは道理だ。
「でですね、男は戦場行く前に種さえ仕込んどきゃ、死んでも差し引きゼロで済むじゃないですか。死亡1・誕生1で」
ナナシャさん、なんて普通の口調で……っ。
「けど女は最低ひとり生むとしても、その前に死んだら損失2なわけです。いっぱい生むならそれ以上に。まあ男がたくさん妾を持てるなら優秀な種を死なせないって考えにもなるでしょうけど、さっき言った男女の組を推奨してる関係で、ハーレムは駄目みたいなんですよねえ、この国」
あっけらかんと喋るナナシャさん。
アルテナも平然としてるし。
あとリョウバ、なに残念そうな顔してるの? さてはハーレムに反応したな貴様。
「まあ、今言ったことは他の国でも同じことなんですけど、ジルアダムは大陸の端っこですからね。大荒野までの遠征はかなり長期間になっちゃうんですよ。だもんで、一般市民から見たら結婚相手としてかなり難物なんです。遠征で功績を上げて無事に戻ってきた兵士はけっこう人気があるらしいんですけど、新兵はそうもいかないですしねえ」
「ああ、それはそうだろうねえ……」
結婚して早々に戦場へ行かれては遠距離恋愛どころの話ではない。下手すりゃ2度と会えないかもしれないのだ。
「そんなわけで、さっき言ったように男女の組が推奨されてるんですよ。兵隊同士で番になるよう。そうすりゃ戦場でも励めますからね。――ああ、そういやジルアダムの幕舎を覗きに行く馬鹿は絶えなかったですよねアルテナさん。50人しばいたとこで数えるのやめましたけど――ま、とはいえ戦地っていう特殊な環境じゃ妊娠の兆候なんて気づきづらいんで、やっぱり男が前衛張って、なるだけ女は生き残れるようにしてるというわけです」
……いやー、ほんと、あけすけに説明してくれるなあ。
なに? 若干気まずいのって私だけ?
「……うん、ありがと。よくわかったよ」
「それはよかったです」
明るく笑うナナシャさんの隣を見る。
「……でも、他にまだ何かあるの?」
なんとなくまだ不機嫌そうなアルテナに振ってみる。
ナナシャさんの笑みがちょっと深まった。
「ええ。ナナシャが語ったことがジルアダムの用兵の本来あるべき理由ではあるのですが……」
アルテナが見つめる舞台では、次の試合が始まろうとしていた。
やはり男女のペア同士による戦いで、やっぱり男のほうが偉そうな感じ。片方のペアは、なんだか言い合っていて、お互い露骨にムカついているという表情。あ、男のほうがゲンコツ落とした。そのまま背を向けて対戦相手へと向き直る。おっと、女のほう、男の背中に向けて舌出した。もう試合前から雰囲気最悪という感じ。
アルテナは吐き捨てるように、
「その理由を頭に刻むことができず、狭い目に映ることだけでしか思考できないために、『命をかけて前衛を張る男のほうが、後ろで守られている女よりも偉い』などという愚にもつかない考えが一部に広まっているというのが、この国の問題だと私は思います」
うっわあ、言葉に棘というか、刃が感じられる。
「というわけでレイラ様」
「あ、はい」
「私たち2人、前衛としてこの国のたわけた男が歯噛みするような試合を披露致しましょう」
「あ、この際私も前衛で出てもいいですよ」
乗っかるナナシャさん。
あれ? いつの間にか私も試合確定になってませんか?