お連れの2名様もご到着です
「はじめまして、私ウォルハナムのヴィトワース。後ろの小うるさいのがオブザン。それでどうやらあんたがレイラ姫ね。あ、領主? まいいや、よろしくね」
見るからに超ハイクラスな美女が、実に気さくに挨拶をしてきた。
彼女の後ろに控えるオブザンという老人は片手で顔を覆っていた。
――ウォルハナム公国のことは、もちろん予習している。
なにしろバストアクの隣国なのだ。おまけにここジルアダムの属国というわけで、なるほど、この場に同席するのも納得の立場だ。
でも、ヴィトワースって、たしかウォルハナムの元首の名前だったと思うんですけど。
え? この見た目どうみても20代前半、なんか角度によっては10代でも通じそうなお姉さんが?
……そりゃまあ、うちにも10代前半で実質的な領主というチート少女がいるけどさあ。
私とファガンさん、それにジルアダムの皇帝とウォルハナムの元首の4人でテーブルに着く。会場を満たしている無数の気配の大半が、ここに向けられているのを感じた。
グラスにお酒が注がれていく間に、ヴィトワース大公の背後に立っているオブザンさんが頭を下げる。
「粗雑なご挨拶となってしまい誠に申し訳ありません、領主レイラ殿。元首代行として、深く恥じ入るばかりでございます」
「なによオブザン、会って早々に仰々しい」
「……ヴィトワースお前、未だにそんな感じなんだな」
ファガンさんが呆れを隠さない口調で言った。
「うわぁ、ファガンくん外見だけじゃなくて言うことも老けたわね。なんかオブザンに似てきてない?」
「最後の言葉だけは有り難く受け取っておこう。――オブザン殿は壮健なようですね」
ファガンさんの言葉に老人は表情を緩ませた。
「ファガン様こそ、ご立派になられましたな。遅ればせながら、御即位おめでとうございます」
「あ、そうそう、おめでとー」
ぱちぱち、と手を叩くヴィトワース大公。目線でなにかを語り合うファガンさんとオブザンさん。
「ふむ、積もる話もありそうだが、まずは乾杯といこうか」
グランゼス皇帝の言葉で、皆がグラスを持ち、乾杯した。
「――驚いただろう、レイラ殿。すまないがヴィトワース大公は常にこうした物腰でな。慣れるのは大変だと思うが、そこまで害はないのだ。まあ困ったらこちらに振ってくれ」
明らかに他の人より大ぶりのグラスで酒を飲みつつグランゼス皇帝が言う。
「……事前に言っていなかったが、あまり説明する気も起きなかったんでな……。まあ、こういう奴だ。悪いが諦めて付き合え」
ファガンさんも多少すまなそうな口調だが、なんとなく『俺の苦労を味わえ』みたいな意思を感じるのは気のせいでしょうか?
ヴィトワース大公は、描いたように綺麗な自前の眉根を寄せる。
「うえぇもうなんなの男ども全員、何を勝手に私について謝ってるのよ。レイラが勘違いしたらどうすんのよ」
「安心しろ、どう足掻いても正しく認識される」
「ファガンくんさあ、久しぶりに再会した憧れのお姉さんにその態度はどうなの? いい年して照れ隠し?」
「申し訳ありませんヴィトワース大公、お願いですからその有り得ない戯言を撤回して頂けないでしょうか」
「おい、なんで真顔なのよ」
んー、口ぶりからして、やっぱヴィトワース大公ってファガンさんより年上? ひょっとしてこの世界のエルフ的な長寿種族とか?
にしても、なんだろう2人のやり取りは、
「仲いいんですね」
思わずそう言ってしまう。クラスでたまにいる、付き合ってないけど妙に仲いい2人みたいな。
「でしょう? やー話わかるねレイラ!」
楽しそうに目を細めてグラスを傾けるヴィトワース大公。
ファガンさんはじろりと睨んでくる。
「うむ、いいな。これだけの立場が4名いる席で堅苦しくならないのが実にいい」
グランゼス皇帝は言葉通り満足げな雰囲気で、誰よりも多くのお酒を飲んでいる。
そんな感じで賑やかな席にいる間にも、会場のあちこちからは案内係の人たちの声が飛び交っている。各国からの招待客が到着したり、ジルアダムの要人が入ってきたり、ちょっとしたイベントっぽい開始案内があったり、そうした様々な情報を、うるさくは感じず、その情報が必要な席の人たちにはちゃんと届くよう、実に精妙にコントロールされた声量と声質で案内している。
そして、
「大荒野の英雄、『血煙纏い』アルテナシルヴァー殿、並びに『狂風射手』カリンナナシャ殿がご到着されました!」
その案内は会場の隅々まで届くぐらいの大きさだった。
そこかしこでざわめきが起きる。
「ほう、あの2人がそうなのか」
グランゼス皇帝も興味深そうに眼下の会場を眺めている。
「おっ、いいねえ鍛えてるねえ」
ヴィトワース大公も目を細めて彼女たちを見ている。ところでこの距離からそんなんわかるんですね。
もちろん私も、
「うわぁ、アルテナ綺麗! ナナシャさんも!」
と興奮しています。
なにしろ2人とも、特にアルテナが、ドレス姿になるのにだいぶ抵抗していたのだ。アルテナは普段からユニセックスっぽい服装で、フリューネによると女子らしい着こなしが大の苦手なのだとか。
「ですが真剣に嫌がっているというより、単に恥ずかしがっているだけなので、構わず着せてしまいましょう」
にっこり笑いながら言うフリューネは、実に楽しそうだったなあ。
おまけに事前の案内状では、私たちバストアク王国一行のいち兵士ではなく、大荒野の著名な戦士として別枠で入場するようジルアダムからお願いされていたため、「いやです! 私は単なる護衛です! ドレスなんて、全身鎧で参加したほうが遥かにマシです!」と散々駄々をこねていたのだ。ぶっちゃけ、普段とのギャップでえらく可愛かった。
最終的にフリューネの「着なさい」という命令に折れていたが、今日も待合室に入る寸前まで懊悩しており、「ほらほら諦めましょうよ」とナナシャさんにずるずると引きずられたりしていた。
そしてそのアルテナの衣装だが、白地に金の刺繍が入ったロングドレスで、結い上げられた銀髪と相まってめちゃくちゃノーブルな美女に仕上がっている。首元から手首まで覆うタイプだけど背中だけざっくり空いていて、綺麗に引き締まった背中が大胆にさらされている。
隣を歩くナナシャさんはちょっとチャイナ服っぽいドレスで、鮮やかな青が黒髪とよく合っている。ほっそりした身体の線が超セクシーである。こちらはノースリーブで、手首に重ねられたブレスレットやいつもと違うイヤリングが映えていた。
2人は戦士っぽい人たちの集まるエリアにある入口から姿を現し、3秒後にはその人たちに囲まれていた。大人気である。男の人だけじゃなく、結構な割合で女の人も混ざってる。まあ、アルテナとか女子にモテそうなタイプだからなあ。
その人たちを軽やかに、じゃっかん面倒くさそうに躱しながら会場内を移動し、私たちの席まで辿り着いた。
「遅くなり、申し訳ありません」
生真面目に謝るアルテナと、
「あ、時間調整で待たされたのもあるんですけど、アルテナさんが最後まで着替えとか化粧とかで抵抗してたんですよ。私悪くないですからね」
気軽な物腰で説明するナナシャさん。
「あー、やっぱそうだったんだ。でもアルテナすっごい綺麗! ナナシャさんも! うわー『写真』あったら絶対撮ってたのにー」
「シャシン?」
不思議そうに首を傾げるナナシャさんに「ごめん、なんでもない」と慌てて首を振る。そう、この世界にカメラはなかった。
「その、あまり、この姿については……」
これだけ恥ずかしそうなアルテナは、コルイの軍事基地でリョウバの計略によりあらぬキャラを演じる羽目になったとき以来である。
「ほお、聞いてはいたがやはり壮観だな。かの『血風姉妹』がバストアクのもとにいるとは。羨ましいぞ、ファガン殿」
グランゼス皇帝が楽しげにそう言い、
「正確には、アルテナはこのレイラともうひとりの姫が連れてきたから、ラーナルトに属してはいるがな」
ファガンさんはそう説明する。
「血風姉妹?」
私は皇帝が口にした言葉を繰り返すと、
「ははっ、まあもちろんホントの姉妹じゃないんですけどね、基本アルテナさんと組んでたもんで、いつの間にかそんな通り名もついてたんですよ」
ナナシャさんがそう説明してくれた。
なるほど、『血煙纏い』と『狂風射手』の2人で『血風姉妹』――似合うなあ。このバーサーカーコンビに。
護衛として来たので、と近衛兵たちに混じって立ち番をしようとしたアルテナとナナシャさんに、グランゼス皇帝が「個人の名乗りであれだけ場を沸かせた2人も是非同席を」とにこやかにゴリ押して、彼女たちもテーブルに着くことになった。
さっそく食いついたのはヴィトワース大公だ。
「へえー、大荒野で10年近く? その年で? ねえ、印象に残ってる魔族って誰? あ、最近話題のグラウスって共闘したことある?」
矢継ぎ早に質問が繰り出されていく。
聞けば、ヴィトワース大公も長く大荒野で魔族と戦っていたことがあるのだという。……にしても、そのレベルに至るまでどれだけ長くいたのだろう。
「いやー、まさか伝説的な先輩とお酒を酌み交わせるとは思ってもみませんでしたよ」
どうやら最初のグラスが空く前にヴィトワース大公と意気投合したっぽいナナシャさんが、楽しそうに言う。
「なによそれ、伝説って、死んだ人みたいじゃない」
「あっと、これは失礼。ですがなにしろ、私が生まれるよりも前に――」
「あ、今もう私戦士じゃなくて淑女だから、年齢の話はなしね」
「これまた失礼」
その会話も、ヴィトワース大公が見た目より――というかそんな程度じゃない相当な年齢らしいことの裏付けになりそうだった。
「ヴィトワース、淑女なら手酌は止めたらどうだ? せめて瓶を掴みっぱなしにしているのはよせ」
げんなりしたようにファガンさんが言い、「よくぞ言ってくれました」みたいな感じでオブザンさんが頷く。くっく、とグランゼス皇帝が目の辺りを押さえながら低く笑う。
いやほんと、各国のお偉いさんが集まってるとは思えないほど普通の飲み会だなあ、これ。
――と思っていたら、
「ねえ、ウォルハナムの元首として、お願いしたいことがあるんだけど」
などとヴィトワース大公が言い出した。
「……なんだ?」
ファガンさんが警戒心を高めつつ尋ねる。
「各国の戦力分析をしたいの」
その言葉に、まずオブザンさんががっくりとうなだれた。
ファガンさんも、一拍置いて理解したらしい。同時にグランゼス皇帝も「おお、それは良い余興だな」と笑顔を見せる。
「ちょっと皇帝、なによ余興って。私真面目に言ったんだけど?」
「そうか、では具体的に何をしたいのか真面目に言ってみるがいい」
「だからね、みんなでレベル測りに行こうって言ってるの」
ああ、なるほど。
「皇帝に元首に王に領主だぞ、まず戦場に出ない面子で何が戦力分析だ」
呆れた声を上げるファガンさんだが、
「え? 私戦争起きたら先陣切るけど?」
「おい、淑女の仮面はどうした」
「うるっさいわね。まあ見るからに低レベルなファガンくんが公表されたくないのは分かるけどー?」
「いや、俺はどうでもいいんだがな……」
「え? もしかしてまだレイラのレベル隠そうとしてるの? そんなことしたって無駄だよ今さら。 鍛えてるのは見て取れるし」
あ、そっか、私が先代のバストアク王を倒したのは一応非公式にしてたんだった。
まあ、いずれ確実にバレるとはフリューネたちもわかってたから、全力で隠そうとはしてなかったし。
なにより、このレベル500オーバーで大荒野で伝説になるまで活躍したらしいヴィトワース大公に『鍛えてる』と評価されたのが意外とかなり嬉しいし。……いいのか私? 確実に体育会系への道を辿ってないか?
結局、ファガンさんも本気で抵抗しているわけでもなく、皆でレベルを測ってみようという流れになった。
「こちらへ運んで参りますが」
と皇帝の執事っぽいナイスミドルが申し出たけれど、
「いや、どうせ皆が聞きたがるだろうかなら。この場に人が寄ると近くの席にいる方々の迷惑だ」
と皇帝は首を振り、皆で測定器の置かれた一角まで向かうことになった。
私とファガンさんに、グランゼス皇帝とヴィトワース大公、それにアルテナとナナシャさん、さらには「そこの強そうなのもおいで」とヴィトワース大公がリョウバとシュラノに声をかけ、さらにバストアク・ジルアダム・ウォルハナムの護衛や侍従が連れ立つので、かなりの大所帯で移動することになった。
レベル測定器が置かれているのは、戦士たちが集まるエリアのなかでも四方から見えやすく設えられた舞台の上だった。
全部で3台。力量に自信のありそうな人たちが次々とその前に立ち、係員の人たちがその測定結果を発表していく。単純な力の誇示だったり、傭兵としてのアピールだったり、国や組織が自慢の兵を見せびらかしたりと、なかなかのマウント合戦が繰り広げられているようだった。
私たちが到着すると、係員の人たちが実に手際よく見物人の整理、測定器に並んでいる人たちへの説明と割り込みの許可、他のエリアからぞろぞろと見に来る人たちの受付などをこなしてゆく。
「おい、なんだあの美女揃いは」
「あれが、ヴィトワース大公……」
「アルテナ様、相変わらずお美しい」
周囲からひそひそと声が上がるけれど、さすがにジルアダムが招待したお客さんということで、なんというかざわめきも品が良い。
「てっ、鉄腕女!? いや、まさか、だよな?」
……いや、そうじゃないのも混ざってるかもしれないけど。
声がした方は向かないほうがいいかなあ、と思っていたらいつの間にかついてきていたはずのスピィが消えていた。
そしてさっきの男らしき声が「ん? なんだ嬢ちゃん――っ!?」と尻すぼみになっていくのも聞こえたので、うん、たぶんいい仕事してくれたのだろう。さすがにこの会場内で暴力を駆使したとは思えないので、穏便に済ませたのだと期待したい。
「陛下、準備が整いましてございます」
「ふむ」
係員の言葉に頷いたグランゼス皇帝は、「では私から行こうか」と舞台にひとり上がってゆく。
計測器は3台あるけれど、使うのは真ん中のひとつだけ。まあ皇帝の横で同じように測る度胸のある人はまずいないだろう。
私は横に立っているファガンさんに小声で「そういえばファガンさんも知りませんよね。私のレベル」と聞いた。
「ああ。……どんな数字か想像したくないが、諦めてるから構わず発表してもらうがいいさ」
「失敬な。まあ今回は大丈夫ですよ多分」
なにしろ舞台にあるのはレベル測定器だけ。ステータスまではバレないからね。