2名様ご案内
会場は、これまた豪華でだだっ広かった。
全体はすり鉢状で、あちこちが柱や衝立でパーテーション分けされており、けれど完全に隠されたりはしないよう、会場の端まで見通せるようになっている。
すり鉢の中程のあたりを中心に、料理を作っている屋台や、何かの芸を披露している舞台や、やけに行列ができているテントがあったり、あっ、あそこで結構賑わってるの、レベル測定器だ! などという感じで、こう、イメージしていた社交界とか貴族のパーティというより、フェスの会場みたいな雰囲気だった。
さすがに某国内夏フェスのマリンステージほど広くはないけれど、武道館よりはありそう。これがお城の一部だとは思えないぐらいの規模だ。
ちなみに『偉い人が高い位置に陣取る』というルールはあるみたいで、すり鉢の底から縁に上がっていくにつれて纏う服や連れている人数が増えていく。私達も一番高い位置の一角に席を設けられていたので、たぶんこの階層は王族が中心っぽい。
それと、高さとは別に、たぶん職業的なもので横も区分けされているようだった。明らかに戦士っぽい人が多いエリアや、色々陳列している商人ぽい人たちが集まっているエリアなどがある。
そうした縦と横で区切られたエリアの境界には係員らしき人たちが詰めていて、エリア間を移動する人たちの整理や誘導を行っていた。レベルが高い人たちも混ざっているので、礼服を着てはいるけど警護なのだろう。
テーブルに私とファガンさんが座り、スピィやリョウバ、ファガンさんのお付きたちは周辺に立ったまま。さすがにもう慣れてはきているけど、完全にリラックスできるというわけでもない。
給仕がやって来て食前酒を注いでいき、芸術的な盛られ方をした前菜が並ぶ。給仕のひとりとスピィが交互に毒味をしてから、私とファガンさんとで軽く乾杯をする。
薄い金色に輝くお酒で、飲み下すと体の中を冷たい風が吹き抜け、その後に隠れていた蕾が花開くような香りが立つ。
「いいお酒ですね」
心からそう言うと、ファガンさんも無言で頷いた。
用意された席は十分な広さで、手すり越しに会場が一望できる。ちょっとした丘の頂上にいるような気分だ。隣のスペースとは観葉植物や天井から吊り下がっている飾り付けで絶妙に視線が遮られている。なのでそっちの方向よりも、すり鉢の下の方から向かってくる視線や気配のほうが圧倒的に強かった。
会場内は、軽く1000人を越えているだろう。これだけの人が集まり、かつ様々な色の気配が充満しているとひとりひとりの識別まではとてもできない。情報の多さに酔いそうになるので、気配探知はほどほどで切り上げ、まずはお酒と食事に集中することにした。
1杯目を空け、前菜を少しお腹に入れる。盛り付けはとても綺麗だけど、料理自体は素材の形が残り味のはっきりしたものが多い。細かくしたゼリー寄せとかテリーヌとかより好みなので、お酒も進む。特に気に入った何品かは覚えておいて帰ったらエクスナに教えてあげようと思う。
立っているリョウバたちにも背の高いテーブルが用意され、料理とお酒の他にノンアルの飲み物も並ぶ。迷わずお酒を飲み始めたのはリョウバぐらいで、近衛兵やスピィはノンアルを選んでいた。
「どう? スピィ」
「はい。とても……美味しいです」
嬉しそうに、そして少しだけ寂しそうに、スピィは言った。
3杯目が注がれた頃、会場へ声が通った。
「ジルアダム帝国、グランゼスガイザー皇帝のご入場です!」
早速ですか。
――というより、なんかタイミング良すぎない?
ファガンさんに目線を送ると、「歓迎されているようだ」と肩をすくめられた。
強い気配。
会場の最上段ではなく、真ん中あたりの大扉から、その男の人は姿を現した。
まず、デカい。
身長はたぶん、2メートルを越えている。
体つきもゴツい。肩幅とかサ○ヤ人のアレ装備してるんじゃないかってぐらい広い。
うちの警備隊にいるダズも背の高さではいい勝負だと思うけど、体重は皇帝のほうが2倍ぐらいありそう。
金と紫がベースの派手な洋服に銀のマントという、一般人ならまず着こなせない配色が違和感ないぐらい、全身からより強烈なオーラを発している。実際、レベルも高い。アルテナより結構上に見えるから、120~150ってところだろうか。
年齢は、それなりにおじさんって感じだから40代? これまた濃い紫の短髪を綺麗に撫で付けていて、なんていうか、テレビでいい感じに取材されるタイプの社長みたいな雰囲気。勢いのあるベンチャーとか就職人気ランキングで急浮上とか。
皇帝は、ゆったりと歩きながら会場の上へと登っていき、通り道の人たちと気さくに話したりしている。やがて席につくと、会場のあちこちがそわそわと活気を増し、動き出す人たちも増えてきた。
実は今日、この懇親会の初日ではなく、3日目であった。これはフリューネとファガンさんが相談して決めたスケジュールで、残りの9日間も場の流れ次第で最後までいるか途中で帰国するかはファガンさんが決めることになっている。
皇帝は毎日それなりの時間をこの会場で過ごすそうで、3日目ともなると式典めいた催しや皇帝のお言葉みたいなものもないらしい。だから会場の人たちはさっそく自ら近づかんと動き始めているわけだけど、
「失礼致します。ファガン国王様、ならびにレイラ領主様」
見るからに執事一筋30年、みたいなナイスミドルが声をかけてきた。
「陛下が是非とも御二方へ挨拶に参りたいと申しております。ご到着早々に恐れ入りますが、何卒お時間を頂けないでしょうか」
ファガンさんの気配が、一瞬だけ動揺したのがわかった。
「それは願ってもないことだが、聞き違いだろうか? 参りたい、と……?」
その質問に、執事が「左様でございます」と答えるのと同時に、座ったばかりの皇帝が立ち上がるのが見えた。
……ああ、うん、こっち向かってきますね。
人族最大領土の皇帝のくせにフットワーク軽いっすね。
そして、
「ぅげっ……」
と、私の耳でしか捉えられないぐらいの小ささではあるけれどファガンさんが呻き声を上げたのは、向かってくる皇帝に途中で何やら声をかけ、その隣に連れ立って歩き始めた女の人を目にした瞬間だった。
遠目にもめっちゃ美人のお姉さんである。
すらりと背が高くて、皇帝の隣にいてもそれなりのバランスになっているところから、170は軽く越えてるだろう。
髪色はバランやロゼルよりも少し濃い目の緑で、会場にいる多数の女の人と違って結ったり巻いたり盛ったりせず、無造作に流している。
衣装もスカートではなくパンツ姿なのがかなり珍しい。かといって男装っぽくしてるわけではなく、普通にすごい可愛い。
あと、え? ちょっと待って?
レベル、500以上ありそうなんですけど!?
会場の注目を集めながら近づいてくる派手な2人を迎えるようにファガンさんが立ち上がり、私もそれに続く。
「会えて嬉しいぞ! ファガン殿、レイラ殿!」
皇帝が気さくな大声でそう言った。
顔立ちはけっこうゴツい感じだけど表情は柔らかくて、体格のわりに威圧感も少ない。コントロールしているのだろうが、第一印象は『話しやすくて頼れそう』という感じだ。
「こちらこそ招待に感謝しているよ、グランゼス殿」
ファガンさんが答え、その斜め後ろに立つ私は丁寧にお辞儀する。
「やー、久しぶりだねファガンくん。ちょっと老けた?」
皇帝の隣に立つ美女も気軽な調子で話しかけてくる。
「ちょっとで済んでるわけないだろう。……特にお前さんに比べればな」
少しだけ嫌そうな顔のファガンさん。
「ふむ、本当に友人のようだな」皇帝が納得したように頷き、「いやすまなかった。私ひとりで参るつもりだったのだが途中で捕まってな。ファガン殿の昔馴染と言うので連れてきてしまった」
「ああ、それは構わない。断ったほうが煩かったことだろうしな」
「わかってくれるか」
「それはもう」
頷きあう男2人にお姉さんが「本人の前で悪口ダシにして仲良くならないでもらいたいんだけど」と口を尖らせる。そして「ねえ? いい年の男がこんな美女2人を放置して喋ってるとか神経壊れてると思わない?」と私の肩に手を置きながら愚痴る。初対面なのにすごい距離感だ。
「おお! これは失礼したレイラ殿! それに立たせたままだったな、重ねてすまない。まずは皆席に着こう」
「おいこら皇帝陛下様、私にも謝って」
「――嬢、お願いですから挨拶もせぬまま心証を崩壊させるのはお止しください」
お姉さんの後ろに控えているお爺さんが嘆息しながらそう言った。
……ちなみにそのお爺さんもレベル300ぐらいある。
マジで何者なのこの人ら?