ちなみに魔王城より大きい
「話は終わったみたいだな」
いつの間にか綺麗に別れた陣形の間を通って、ファガンさんがやって来た。
……すぐ後ろにいた大勢が移動したことすら気づかないぐらい、目の前のイベントにメンタルをやられていたということか……。
頭を下げつつ小さくなりがちな声で、
「はい。お騒がせしまして……、あの、なんとか穏便に……」
「ああ、わかってる」
いち領主が原因のドタバタで、王を運ぶ行軍が一時停止してしまったのだ。けっこうな大事だし、私は責められてしかるべきだし、その軍勢にいきなり突っ込んできたミゼットさんたちは相当な重罪を課せられてもおかしくないところだった。
けれどファガンさんは特に怒ったようでもなく、それどころか、なんだかニヤニヤしていた。
――嫌な予感がする。
「バストアク王、セイブル28世だ」
ファガンさんの名乗りに、平伏するミゼットさんたち。
「突然の往訪、誠に失礼致しました! 遅まきながら私共一同、『熱を司る女神レグナストライヴァ様を崇め奉り身も心も熱く滾らせることに余念のない者たちの集い』と申します! 私は発起人のミゼットガゼットでございます!!」
ファガンさんの肩がぴくりと動いた。たぶん耳抑えようとしたのをこらえたな。
「そうか。あー……、なんだ、うちの領主が、お前たちの『指導者』だとか?」
いや私はそんなものになった覚えがないんだってば。
「はい! イオリ様は女神の眷属にして、私共を遠き東の地まで導く修練を授けて頂き、さらには女神の御髪という至宝まで賜っては、もはや我々の命をお預けし、生涯変わらぬ忠誠を誓うしか無いと心に決めた次第であります! この点において政治的な絡みは一切なく、ただひたすらに信仰心に基づいた覚悟であり、イオリ様の領主や王女というお立場を利用するなどというつもりは毛頭ございません! どうかバストアク国王にはご容赦頂きたく!」
……うーむ。
ここで私が『お断りします』とか言ったら、この人たち身投げでもしそうだなあ……。
しかもミゼットさん、口調は暑苦しいままだけどゴリ押しじゃなくて、言うべきことはちゃんと言ってる。そうか、政教分離とか考慮できるヒトなんだ……。
くっそう、このままなし崩し的に流されそうな気配がプンプンするぜ。
おまけにファガンさんは相変わらず楽しそうだし。
「その名前からすると、まだ許しは得ていないようだな」
「はい。立ち上げてすぐに母国のコッド王国で村許しを得ようとしましたが、実績が足りぬと却下され、まずは同志を集めようと駆け回っております!」
――この世界では、宗教の立ち上げ自体は自由だけど、それを国から認めてもらう――要するに『宗教法人』になるにはいくつかの段階がある。
それが『許し』と呼ばれるもので、村許し、町許し、国許しなど規模や実績によってランクが上がっていく。税制とか施設の上限面積とか演説や集会の開催条件などが有利になっていくらしい。
なんとか教、という名前にできるのは最低でも村許しを得てからで、ミゼットさんたちがあの長い名称の最後に『集い』とつけているのは、つまりまだ許しを得てないから。
ちなみに王様がその宗教に入っているとか、国民の7割が信仰しているなどの条件を満たすと『国教』というほぼ最高ランクに到達するが、さらにその上には『大陸教』という、かなり厳しい条件を満たす必要のあるランクが存在し、現在は3つの宗教がそこに位置していた。
――さらにちなみに、そういった宗教のルールなどは『大陸共通法』という法律で定められており、各国内の法律よりも原則的に優先されている。魔族との戦争に関する取り決めなども多く記されているのだとか。
……で、私がそういったフリューネ先生から教わった知識を振り返っている間にファガンさんは、
「では、セイブル28世の名においてバストアクからの国許しを与えよう」
などと言い出した。
「おお! なんという栄誉を!」
ミゼットさん、あなたもちょっと遠慮するとか裏がありそうって疑うとかして! そのおじさん性格悪いんだよ!?
「宗教名は後日考えるとして、さっそくレイラ・フリューネ特別自治領に拠点を構えるといい。正式な国許しには満たしていない条件がありそうだから、その達成については特別顧問のフリューネに相談するように」
いい笑顔でそう言い放つファガンさん。
その肩をがしっと掴み、近衛兵に聞こえないぐらいの囁き声で、
「なに言いやがってるんですかファガンさん!? やですよこの人たちうちに来たらうるさくて寝れなくなりそうじゃないですか!」
と文句を言う。
しかしファガンさんは平然として、
「そう言うな。出した結果と能力と成長性だけを見れば、優秀な集団だろう。特に情報収集に関しちゃ、足りなくなった特殊軍を補うのにちょうどいい。特に初対面でわかる実直さと裏表のなさは、特殊軍が入り込みづらいところへのいい鍵穴になる。お前さんへの忠義は見ての通りだし、根も善良そうだ。貧民街の立て直しなんかも率先して協力してくれるんじゃないか? 何よりレグナストライヴァ様に関して悪い神話は聞いた覚えがないし、お前さんのところへ降臨なされたんだろう? 宗教のひとつも持ってなきゃ逆にバチが当たるってもんだ」
ずらずらっと、理論武装で返してきた。
……駄目だ、個人的には突っぱねたいけど、領主としては受けざるを得ない理由が並べ立てられている!
最近ちょっとだけわかってきたけど、偉い人って一番上だから偉いんじゃなくて、一番下で支えなきゃいけないから偉くしておかないと保たないんだ。そんなことをフリューネにちらっと言ったら「ついに、一歩を踏み出したのですね、お姉さま……」などと目尻を拭ったりしていたけど。
要するに、領地を良くして領民に良く生きてもらうためにはこの話を受ける必要があって、私はそれに伴うデメリットに甘んじて耐える必要があって、そのことをこの場で判断できるだけの偉い立場も備えてしまっているという事実。
というわけで反論できず睨むだけの私を見て、ファガンさんは実にいい笑顔を見せた。そしてミゼットさんたちに向けて言う。
「一筆用意するから、少し待て。それを持ってフリューネに会うといいだろう」
「承知しました。ご厚情、誠に感謝致します!」
……ああ、話がまとまっちゃった……。
「それでは、指導者レイラ様! しばしのお別れですが、御領にてお帰りをお待ち申し上げております!」
完璧にやり切った顔で、ミゼットさんたちは爆走していった。
……領地に変な形の寺院とか立てないだろうな……、いやそれはフリューネが許さないか。っていうか、あの人たち押し付けるようなかたちになっちゃって、あの子怒らないかな、うん、怒るだろうなあ……。
よし、なんかあったら全部ファガンさんのせいにしよう。
こちらも移動を再開すべく、陣形が戻されていき、私も馬車に乗り込んだ。
そういえば、と馬車に残っていたシュラノを見る。
「ねえ、索敵術使ってるんだよね? 私より早く気づいたんじゃない?」
ミゼットさんたちが駆けてきたとき、シュラノは特に警告しなかった。
「特徴的な速度と直進ぶりだったので、あの集団だと知れた。無害だと」
あ、うん、確かにエネミーではないんだけど、スタミナを奪われるというかデバフだけは食らうというか、そんな感じだったよ……。
ところでスピィ、なんだか真剣にメモしてるけど、私も被害者だって伝わるよう書いてくれてるかな?
そこから数日、流石に何事もなく、私たちはジルアダム王国へと到着した。
「おー、この辺でも栄えてますねー」
まだ国境を越えたばかりで首都までは長いけれど、ここまで通過した各国と比べて景観がだいぶ違っていた。
国境近くなどは、大自然に飲み込まれそうな町が辛うじて点在している、といった国が多かったけど、ここでは開発が進み、むしろ自然を食い荒らしそうな勢いで町並みが広がっていた。
人通りも多いし、その人たちの表情にも活気がある。建物は新しいものも古いものも混ざっているが、しっかりとした造りで装飾にも余裕が感じられる。
帝国と言うとゲームではもっぱら敵側で、強権で民を虐げていたり町が要塞みたいだったり天気が曇りがちだったりするけれど、ここは単純に『大きくて立派な国』という印象だった。
国境を抜ける際に指定された宿に泊まり、翌朝にはジルアダムの騎士団がやって来て、彼らの先導で国の中央――帝都へと進んでいく。
途中で通過した国内第三の都市というところが、既にバストアク王国の首都よりも大きい。ラーナルトのそれよりは幾分か小さいけれど、活気という点ではむしろ勝っているかも知れない。――まあ、あそこは地の利がかなり厳しいからなあ。
「うちは、あの奇岩を利用してるのと、起伏が激しくて建材を運びづらいからな。あれ以上大きく造るのは無理だったろうよ」
苦笑しながらファガンさんが言う。
え、口に出してないよね、とその顔を見ると、「分かりやすすぎだ。口を開けたまま窓から顔覗かせてるなよお姫様」
ため息をつきながらそう言われてしまった。
けれどスピィもちょっと呆然とした感じで外を眺めているので、この発展ぶりのインパクトは相当なものだと思う。ねえシュラノ、閉じこもるのもいいけどこの景色ぐらいは眺めてみたらどうなの? と視線を投げてみたけど予想通りスルー。本当に君はブレないなあ。
そして、ついに私たちはジルアダムの帝都へと到着した。
「うわあ……」
すごい。
建物が綺麗で、高い。
新宿や東京駅前みたいな高層ビルはさすがにないけれど、5~6階建てぐらいの高さがずーっと奥まで続いていて、時おりそれらより倍ぐらいの塔や寺院みたいなものもあり、それらが空中回廊でつながってたりもして、並のRPGだったら実際に入れるエリアが制限されてるレベル。超大作のオープンワールドでもまず実装不可か、処理落ちするか、プレイヤーの9割が探索コンプを諦める規模だ。
そしてその市街の中央には、ドイツの有名な古城をいくつか合体した挙げ句に縦横とも拡張したような、バカでかいお城が鎮座していた。
「……ここが戦場になったら、被害総額がとんでもないことになりそうですね」
「お前さん、これを見て第一声がそれか?」
「っ!?」
ファガンさんの呆れた声で己の発した感想のヤバさに気づく。
ち、違う! これは日頃から各国の戦力とか大荒野の戦況とかを詰め込み勉強させられてたせいで!
「まあ、ここは外部から客を招く時に使う順路だからな。さすがに帝都全体がこの水準というわけじゃない。それにこの区域まで敵が入り込まないよう、防衛線はしっかり張られている」
「つまり、その内側にいる今は絶好の機会なわけですね?」
「よし、いいか、その軽口はここまでにしておけよ?」
びしりと私に指を突きつけてファガンさんは言う。別方向からスピィも何やら懇願する視線を向けてくる。
まあ実際、この大国が落ちたりしたら人族全体の士気とか思惑とか計画とかがどうなるかわかったもんじゃない。下手すりゃ魔王討伐なんて100年単位で延期になりそう。
それは私も本意じゃないので、「大丈夫だよ」とスピィに笑いかけた。
王城の入口までたどり着くと、ここまで先導してくれたジルアダムの騎兵たちは敬礼して去っていった。合わせて、こちらの兵たちも大半が決められた宿へ向かっていく。残る一部の近衛兵と文官、そしてファガンさんや私たちはそのまま城内へ。もちろんアルテナやリョウバも入城組だ。
「ようこそおいでくださいました、バストアク王、レイラ領主、ならびにバストアク王国の皆様」
城門では正装した別の人たちが出迎えてくれる。皇帝の親族だという2名に、貴族が5名、それにずらりと並ぶ侍従。バストアク王国の国力からすれば、かなりの歓待ぶりだった。
形式張った挨拶を交わし、彼らの案内で城内の控室へと進む。
「お噂はかねがね。しかしまったく、噂は当てになりませんな。絶世の美女だと聞いておりましたが、そんな形容では足りない神域の美貌をお持ちだとは」
にこりと微笑んでお世辞を流す。しかしわざわざ神域なんて大げさな言葉を使う辺り、何か匂わせているようで油断できない。
控室は4部屋。私とファガンさんでひと部屋ずつ、それに他のメンバーが男女別に。これを各国からの招待客ごとに用意しているというのだから、大した広さだ。おまけにここまで他の国の人たちとすれ違わなかったあたり、通路も専用になっているのかもしれない。
スピィと領地から連れてきた侍従に手伝ってもらい、ドレスに着替える。少し和服に似た、前で合わせるタイプで、刺繍ではなく染絵で大胆に花が描かれている。
「よくお似合いです」
力強く頷くスピィ。彼女自身も、侍従であるとわかる程度に抑えてはいるけれどパーティ会場に出られるよう装いを整えている。
「スピィも似合ってるよ。でも帰ったらドレスも着てみよっか?」
「え、いえ、あの、私はこのような高い服だとまだ緊張してしまいまして……、というか私はそんな立場では」
慌てて首を振るスピィ。
んー、今度女子全員で買い物とか行きたいなあ。スピィとかエクスナとかを全身コーディネイトしたいなあ。モカとフリューネも乗ってくれそう。アルテナは逃げそう……、いやいや、彼女はこの後にお楽しみがあった。
準備を済ませ、控室からさらに待合室へと移動。そこでは既にファガンさんやリョウバたちがビシッと着替えて待っていた。
「あっ、ファガンさんが王様っぽい」
普段は面倒臭がってあまりつけない王冠もちゃんと頭に乗せている。
ファガンさんはじろりとこちらを見て、
「……見た目は文句ないんだよなあ。見た目は。そう、見た目だけは」
「そんな、お褒め頂くほどでは」
口元を手で隠し、上品に目だけで笑みを表す。フリューネ直伝の作法をしてみせたら、
「よせ、その方が気色悪い」
レディになんてことを。
ほどなく、入ったのはとは反対側の扉がノックされ、先ほど迎えてくれた王族や貴族たちが顔を出す。
「ほお、これはまた一層すばらしい麗しさで」
またも褒め言葉が乱射されるのを捌きつつ、部屋を出て絨毯の敷かれた階段を上がっていく。エスコートにと王族のひとりから手を差し出されたのを受けようとしたら、すかさずリョウバがインターセプトしてこようとしたので『ハウス!』と目で制して王族の手を取る。
リョウバのように受けた手を撫で擦ったり腕にまで触れてこようとしたりはもちろんせず、見事なマナーで階段の先までエスコートしてくれた王族にこちらも外向けの笑顔で返し、パーティ会場の入口でまた別の人たちに出迎えられた。
迎えの人がよく通るけれど決してうるさくは聞こえない、絶妙な声で紹介をしてくれる。
「バストアク王国国王セイブル28世ファガンシーズ様、並びにラーナルト王国第2王女にしてバストアク王国領主、レイラリュート様がご到着されました!」
一斉に飛んでくる視線と気配。
さあ、パーティの始まりだ!