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 土煙を上げて走ってくるのは総勢12名。

 前回よりも増えちゃったメンバーの先頭を駆けているのは、グレーの長髪をなびかせた端正なイケメン――のガワを力いっぱい無駄にしている超暑苦しい男の人、ミゼットさんであった。


 相変わらず、短距離走のゴール前とかタイムアップ寸前1点差のラストチャンスとか、そんな舞台であるかのような全力疾走ぶりだ。


 こちらの陣形は、ファガンさんと私のいる馬車を中心に、前後左右に兵が配置され、ミゼットさんたちの来る方角には20名の騎兵が陣形から少し飛び出たかたちで迎え撃つ構えだ。

 ――いや気持ちはわかるけど迎撃はダメだった、と私は気づく。


 しかしミゼットさんたち、槍を構えた迎撃部隊の「そこで止まれ!」という声を軽やかにスルーして走り続けている。もしや自分たちの雄叫びで聞こえてない?


 まさかそのまま衝突しないだろうな、と思うけれど、彼らならやりかねないというテンションをひしひしと感じる。


「……アレは、お前さんに関する何かだよな?」

 背後からは、なんだかげんなりとしたようなファガンさんの声。

 そういえば先代バストアク王との最後の会話は、ファガンさんにも教えていたっけ。レグナストライヴァ様の眷属だってことは知られてた。


 そして、ついに迎撃部隊の術士が何やら発動準備に入ってしまった。


 くっそう、いやだけど仕方ない。


 私はアルテナの馬から飛び降りた。

 目の前には騎乗した近衛兵たちがずらりと列をなしていて、すり抜けるのは苦労しそう。けどここで全力ジャンプなどしたら振動で馬たちが恐慌をきたすかもしれないので、一瞬で顔面をつくって『ララの誓い』を発動。トン、と軽い跳躍音を背後に残して陣形を飛び越えた。


 着地したのは、迎撃部隊のさらに前。

『なっ――領主様!?』

 一瞬、伏兵かと敵意を向けてきた兵士たちはすぐに私だと気づいてその気配を引っ込める。


 前に出ないよう彼らを手で制し、向かってくるミゼットさんたちを見据える。

 くわっ、と彼らの目が見開かれ、やたらと暑苦しい歓喜の気配が押し寄せてきた。


「――ぉぉぉおおお拝謁賜りますぞ女神の使者あああぁぁぁっ!!」


 身を低くするミゼットさんたち一行。

 ……ああ、アレか。


 私たちの前方30メートル付近から、全力疾走の勢いそのまま一斉に身を投げ出すミゼットさんたち。前にも見た、超ロングのヘッドスライディングである。

「こっ、これは!?」

 後ろで兵士たちがどよめき、

「ビヒィッ」

 馬たちも謎の集団の勢いに怯えたのか鳴き声を上げる。


 ズザザザザザァ――――ッ


 地面に12本の直線を掘り上げ、私のつま先ちょっと手前で停止するミゼットさんとその御一行。


 相変わらず、ダイナミックかつ近所迷惑な五体投地である。


 地に伏せたまま無言で微動だにしない彼らを見て、近衛兵たちが困惑したようにざわめく。「あの、領主様……?」と遠慮がちに声もかけられる。


 私はため息ひとつ。

「……顔を上げてください」


 ババッ、とすさまじい勢いで五体投地から片膝をついた中腰になるミゼットさんたち。そこから向けられる熱量に、思わず一歩下がりたくなってしまう。


「誠にご無沙汰しておりました女神の使者よ!!」

 相変わらずボリュームぶっ壊れた声で挨拶をするミゼットさん。

「あ、はい、お久しぶりですミゼットさん」

「おお!! 私の名を覚えていて頂けたとはまさに感無量! このミゼットガゼット、そのお一言でこの地を駆けずり回ったことが報われた思いです!!」

 

 うん、あいかわらずうるさい。

 ……が、駆けずり回ったというのは、たぶん私がお願いしたことに端を発していることだろうし、流石に無下にはできない。


「今日はどうしてここへ?」

「はい! 私たち『熱を司る女神レグナストライヴァ様を崇め奉り身も心も熱く滾らせることに余念のない者たちの集い』一同、貴方様より頂いた紙片の情報を求め東へと突き進み、時に断崖絶壁から墜落して古代遺跡を発見し、時に陽の差さぬ樹海で彷徨っていたところを黄金の獣に導かれ、時に謎の剣士と共闘して正体不明の武装集団を退治し、ついに地図の示す場所へと辿り着いたのでございます!」


 どうしよう、色々突っ込みたいけど長くなりそうだしさらに熱くなりそうだし。


「……それは、なんとも大冒険をされたんですね」

「まさに! これぞ女神の与え賜りし試練にして修養であったかと! 一時は集結した300名もその過程でまた散り散りになってしまいましたが、しかし全員今もどこかをひた走っているものと私は信じております!」


 おい、なんか100人ぐらい増えてないか?

 なにを短期間で5割増に膨れ上がっているんだ。


「そして彼の地で得た情報を女神の使者へ一刻も早くお届けせんと、バストアク王国のレイラ・フリューネ特別自治領へと辿り着いたのが5日前のことでございます!」

 さらっと私の現状が把握されていた件について。


「そして――ああっ!! 申し訳ありません私としたことがまずは女神の使者レイラ様がバストアク王国の領主となられたことへのお祝いをすべきところ自分たちの話を優先してしまい! お詫びとともに改めておめでとうございますレイラ様! このお祝いとしましては領主就任の日を私たちの祭日とし盛大な祝祭を催そうと――」

「いいえそこまでしなくとも大丈夫ですそのお気持ちだけで十分ですどうもありがとうございますっ!」

 速攻で口を挟みました。

 どんな奇祭になるかわかったものじゃない。


「それよりも早く説明の続きをどうぞ!」

「承知しました! では――女神の使者の治める地へたどり着いた私たちは、そこでフリューネ殿とエクスナ殿に貴方様が現在ジルアダムへ向かわれていると伺い、この地に留まってお帰りを待ってはどうかとそれはそれは熱心に誘われたものを有り難くも固辞し、今日ここへと駆けつけた次第です!!」


 ――ああ、引き留めようとしてくれたんだね、フリューネたち。

 ――でも、無理だったんだね。


 ……つうかこの人ら、後から出発して、馬に乗ってる私たちに走って追いついたってこと?

 まあこっちは多少迂回する大道を使ってるし、早めに宿に入ってるけれども。

 たぶんだけど、ほとんど休まずに最短距離を走り続けたんだろうなあ……


「なるほど……、それで、あなた達が得た情報というのは?」

 本題について尋ねると、ミゼットさんは一層熱く気配を昂ぶらせた。昔の漫画だったら目に炎が灯っているところだ。

「女神の使者よ! お答え致します! まず地図に指し示された場所はアジフシーム都市連合のひとつ、黎明都市の山岳地帯でございました!」


 ――アジフシーム都市連合。

 各国の名前と概要はお勉強で叩き込まれているので、もちろんその国も記憶にあった。


 大陸の南東を制するジルアダムの北、つまりは大陸東端に位置しており、国土の広さは上の下といったところ。名前の通り小さな都市国家の集合体で、少し移動するだけで文化が変わるので旅人に人気の場所だとか。


 ……そこなら、ジルアダムから帰る前に寄れるんじゃない?


 ミゼットさんの説明は続く。

「山岳地帯の奥深くへ辿り着いた私たちを出迎えたのは、燃えるように輝く白金色の巨大な獣! 手前の村で聞いたところによりますと、古くからその地帯に住まう強大な獣で、近づくものは尽く骨すら残らないのだとか!」

「え……、あの、ちょっと待ってください。それはもちろん後から聞いたんですよね?」

「いえ! 向かう前に聞きましたが、それしきで止まるほど私たちの心と足は冷えておりませぬ!!」


 せめて頭は冷やしてほしい。


「あー、でも、まあ、こうしてここに来てるってことは無事だったんですね?」

「その通りでございます! いえ出くわした瞬間には今にも襲いかかってきそうな気配でありましたが、ここが命の燃やし所かと覚悟して紙片の写しを掲げたところ、これが効果覿面、あっさりと身を翻して獣は去っていったのです! ああまさにこれこそ女神の御加護!! そしてその紙片を授かったレイラ様こそまさしく女神の使者にして私どもの指導者!!」


 ちょっと待って今最後になんつった!?

 

 しかし突っ込む前にミゼットさんの話が先に進んでしまう。


「さて、その場を去った獣はほどなく遠吠えを周囲一帯に響かせ、そしてしばらく後に再び姿を現したのです。今度はその背に人を乗せて! ああそれこそまさにこの紙片に描かれた人物そのもの! 肖像と寸分違わぬその姿を見て、私たちはついに探り当てたのだと歓喜に包まれました!」


 ……結果だけ見るとえらく優秀だなこの人たち。

 スマホどころかネットや電話もないこの世界で、簡単な地図と似顔絵だけからひとりの人物を見つけ出すとか。

 しかもけっこうハードな危機を乗り越えてるあたり、LUK値も高そう。


「その人物は私たちに向けてこう言いました。『千年王国の崩壊を知っているのか?』と」


 それは、紙片に書かれていたのと同じ問いだ。


「私は堂々と答えました。『知りません!』――と」


 正直すぎだろ、と突っ込む前にミゼットさんは言葉を継ぐ。


「そして言いました。『ですが、それを知っているであろう方の指示で私はあなたを探していたのです!』――と」


 なるほど。だけど、


 ――あの、私、言ってないよね? そのこと知ってるって。


 そう言おうとした私の口は、なぜだか動かなかった。


 ……ああ、そっか、アレだ。

 魔王様が使った呪具のせいで、私は例の秘密――魔王が倒されないまま千年が経つと大爆発して地上が消し飛ぶ――ということを誰にも言えず、仄めかしたり匂わせたりすらできなくなっているのだった。


 仕方ないので、呪いに抵触しないように言い方を変える。


「私ならば知っていると思ったのですか?」


「その通りです! 私たちは女神の御加護によって紙片の人物までたどり着くことができました。であるならば、そこで出された問いに対する答えを女神の使者以外誰が知っていましょうか!」


 ……信じる力ってスゴイデスネ。


 その言葉には返すことができないので、私は話の続きをお願いする。

「そうですか。それに対して、その人物は何と?」

「ならばその者に直接来てもらおう。幸い、時間はあるので急ぐことはないと伝えてもらいたい。この場所かも動かぬ――そう申しておりました」


 ……なるほど。


「こちらに、より詳細な地図と安全な順路を記しておきました。どうぞお収めください!」

 ミゼットさんが指示し、仲間の一人が革の封筒を差し出してくる。


「ありがとうございます。それと、本当にお疲れさまでした」

 私は封筒を受け取ってから、リョウバに小声でお願い事をする。彼は頷いて陣形の中央にある馬車へと向かっていった。


「その人は、他に何か言っていましたか?」

「ええ、ここまで来た私たちへのねぎらいだと前置きした後、こう言っておりました。――『碧海都市で、歩く船を造っておくのもいい』と」

「歩く船?」

「はい。そう言い残して去っていきました」


 ……なんだろう、歩く――動く――足のある船、とか? いやわからないことに変わりないな。車? でも馬車があるんだし、歩く船なんて名前になるかな?


「ミゼットさん、その歩く船って何かわかります?」

「申し訳ありません! 私は存じておらず、同士を碧海都市へと差し向けております! 彼の地でもそれを知る者はまだ見つかっていないとのことで、何か情報を得ましたら即座に報告に参りますので!」


 ……マジで優秀だなあ。


「わかりました。ありがとうございます。本当に助かりました」

 ちょうどリョウバが戻ってきた。

 馬車から取ってきてもらった『それ』を受け取る。


「これは、お返しに」


 そう言って、私は魔力を遮断する素材でできた小箱を開ける。

 ――ちなみにこれは魔王城から持ってきた装備の中のひとつである。本来は呪いの道具とかを封じておくための箱らしい。


 そこに収めていたのは、一房の髪の毛。


 炎のように赤く、輝くオーラを放っているそれを見て、

「そっ……、それは、まさか、まさかぁ!?」

 限界まで見開かれるミゼットさんの目。


 私は、もったいぶってコクリと頷いてみせる。

「熱を司る女神、レグナストライヴァ様の御髪です」


 その言葉に、ミゼットさんたちだけでなく近衛兵の人たちからもどよめきが起こる。


 そっと小箱を差し出すと、ミゼットさんの身体は電流に打たれたようにビクリと硬直し、そのままフリーズしてしまった。


 動き出す気配がないので、言葉を添える。

「どうぞ、差し上げます」


 だーっ、と12人の瞳から一斉に涙が流れる。タイミングを合わせて蛇口を捻ったかのように一瞬かつスムーズな涙腺だった。


「……っ、い、いっ――偉大なる指導者レイラ様に永久の忠誠を!!!」


 だからその称号はいらないってば!

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