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エンカウントが外道

「人族の領土を視察に行きます」


 翌日、魔王の部屋に向かった私はまずそう宣言した。


 ちなみに朝食は知らない顔のメイドさんに給仕され、折を見て迎えにきたのはバランだった。

 朝食はとても美味しかった。

 人造生命体っぽい身体だけど、普通に食事できるのは嬉しい。

 

 面白そうな表情の魔王に、私は続ける。


「――魔王様のプレイングスキルでは、最初に買ったソフトをクリアするのにどれだけ時間かかるか分かりません。魔王様がゲームについて学ぶより、私がこの世界について学んで、私の知識を活かせるか考えるほうが早そうです」

「そのとおりですね」


 即座に頷くバラン。

 魔王は反論したそうだが言葉が見つからないらしく、ぶすっとした顔で黒髪を掻き上げた。


「イオリ様に私達の世界を知って頂くのは、当初から望んでいたことです。いずれは実地視察も、と考えてもおりました。――ただ、魔族と人族は常に戦争状態です。相応の危険があるため、提言を悩んでいたのですが……」

「お前の心配もわかるが」魔王が口を挟んだ。「イオリに用意した身体は特別製だ。並の人族では相手にならん」


 あ、やっぱりそうなんですね。

 というかこの世界、この身体の製作に転送技術にと、かなり文明進んでるよね。


「ですが魔王様、イオリ様の生国は、非常に平和で豊かなところだそうです。イオリ様自身にも、戦闘の心得はないと」


 あるわけがない。運動系の部活にすら入ったことがないのだ。

 格ゲーも嗜んでいるので、技と動きは色々知っているけど。 


「……確かにな。では、まずイオリに、自身の性能を把握してもらおう」


 魔王はベルを鳴らした。



 ほどなくノックの音が響き、前回と同じ銀髪の美女がやって来た。今日も黒を基調とした服装。キャスターのついた背の高い箱を押している。ちょうど人間ひとり入るぐらいの大きさだ。


「彼女はサージュサーシャ、この部屋に入ることを許された唯一の側仕えです。我々はサーシャと呼んでおります」


 女性は目を伏せて一礼し、「よろしく、おねがいします」と、多少たどたどしい日本語で挨拶をした。適度に乾いて聞き取りやすい、綺麗な声だ。


「イオリ様の言葉を教える相手は、範囲を絞っております。彼女も習い始めて間もないため、至らない点はご容赦ください」


 私よりはるかに丁寧な言葉を繰り出すバランが比較対象では、彼女も大変だろう。


「よろしくお願いします、サーシャさん」


 うわ、さん付けすると噛みそう、などという内心は抑えて、私はサーシャに挨拶を返した。


 サーシャが持ってきたのは、移動式の衣装箱だった。

 私に着せるための、運動用の衣類だという。


「彼女は非常に勘が鋭いのです。あのベルで魔王様の意図を察することができるのは、彼女ぐらいのものですよ」

 そう説明するバラン。


 限度ってあるよね、と思う。


「この部屋に入っていい者は限られている。イオリも何か要望があるときは、バランかサーシャに言うといい」

「それでは、私達は先に向かっておりますので、この部屋をそのままご使用ください」


 ふたりが去ると、サーシャは無言でてきぱきと私の服を脱がせ始めた。

 首から下は人外だが、それを見ても彼女の表情に変化はない。

 同性とはいえよく知らない相手に着替えを手伝われるのは恥ずかしいけど、昨日のバランの忠告を思い出し、なるだけ平静を装った。


 そして着替えたのは、伸縮性のあるくるぶし丈のパンツに、ややゆったりした長袖のシャツ、そして袖のない短丈の浴衣みたいなものを重ねるという衣装だった。

 生地をつまんでみると、けっこう頑丈そう。


「あんない、いたします」

 サーシャに連れられて、私も部屋から出る。


 例の魔法陣を経由して到着したのは、だだっぴろい部屋だった。

 殺風景で、家具の類もない。

 変わったところといえば、部屋の隅や壁や天井に、スライムがいることぐらいだろうか。


「ここは訓練場の一つです。主に正面からの戦闘訓練に使われます。青いスライムは医療技術を、灰色のスライムは壁や床の補修技術を持っています」


 バランの説明を聞きながら、私は自分の身体を見下ろしていた。


 戦闘用アンドロイドみたいな腕がむき出しになり、軽く拳を握ってみると、周囲の空間ごと圧縮したような錯覚がする。


 正直言って、この身体を試すのはかなり楽しみだった。

 地球では運動が苦手なほうだったけど、今は手足が非常に軽く、動作が快適極まりない。以前、友達のロードバイクに少し乗せてもらったときママチャリとの差に感動したことがあったけど、それに近い感覚だ。


 ……よく考えたら、金と力、そして最高権力者のすぐ隣という、とんでもない初期ボーナス貰ってるんだな私。


「好きに向かってくるがいい」


 うん、だから楽しみだったんだよ、運動するの。


 相手が魔王様でなければ。


 ちらっと壁際にいるバランを見る。

 私の言いたいことがわかるのか、申し訳なさそうに彼は目を伏せた。


「私は戦闘が不得手でして」


 いやいやいやいや。

 最初の戦闘が魔王って、そりゃオープニングイベントでそういうのあるけど、それは過去の英雄を操作する場面だったり主人公の未来視とか予言とか、そういうのでしょ。もしくは負け確のイベント戦――そうか、これはそのパターンか。

 

「怪我はさせん、安心しろ」


 ……くそう、仕方ない。

 と思えてしまうこの身体の精神的タフさが憎い。


 これで死んでゲームオーバーになったらシアに取り憑いてやるからな。

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