神様案件、襲来
「領主様がこの国へいらっしゃる途中でローザスト王国のグラウス殿とお会いした経緯は、総隊長から聞いておりました」
他国へ無断侵入しておきながら使者だと宣うニンブルを見ながら、スピィが説明をする。
「そのローザストが今回の工作を企てているという情報を掴み、はじめは単純に撃退しようと思っておりました。しかしその途中で、グラウス殿の副官であるレアス殿が、実行部隊へご自分の部下を加えるべく動いているということを知りました。グラウス殿の性格や領主様御一行への評価を踏まえ、おそらくは本国の計画を妨害しつつ、こちらとの接触を持ちたいのではと思い、このような絵図を描かせて頂いた次第です」
……つつがない喋りだけど、スピィちゃんアナタ、見習いなんだよね? どうしてリーダーっぽい振る舞いを見せているの? そしてそれが様になっているの?
ちらっとエクスナを見ると、またも疲れたような諦めたような笑みで返されてしまった。
「始めは、それこそバストアクの罠かと思っていましたが」ニンブルが、口の端に笑みを浮かべながら言う。「驚くほどこちらの状況を掴み、意図を読んだお誘いでしたもので。最悪、罠だったとしても、私ひとりの損失で済むのであればと」
私は以前に遭遇したときのことを脳裏に浮かべる。
「グラウスさんの使者だと言うけど、レアスさんって、金髪のお姉さんのこと?」
「左様です。私の上官であるレアスの指示の下、彼女が従うグラウスの使者として差し向けられたというわけです」
……あの優しそうなお姉さんも、部下の死を計算した作戦を立てたりするのか。戦国って怖い。
あとついでに一緒にいたうるさい男のことも思い出しちゃったけど、またすぐに忘れようそうしよう。
「ええと、それでスピィは――」
私が目を向けると、心得たように説明が続く。
「はい、ローザストに潜入している特殊軍にも働いてもらい、レアス殿と協力してニンブルさんを今回の侵入作戦に加えました。そして日時を決め、侵入経路と人数を流してもらい、ニンブルさん以外は処理して、この場を設けさせて頂きました」
「……密書だけでやり取りしていたので気づきませんでしたが」とニンブルは苦笑する。「まさかこのような少女が計画の相棒だったとは。さすがバストアク、員数が減ったとはいえ、質の高さは相変わらず脅威ですな」
――いや、さすがにこの子が規格外でしょ。
この子はあれか? 他のジョブを経由してから見習いに戻ってきたのか? ラ○ザだけ主人公補正されてる専用職なのか? そういえば私がこっちに来てる間に欠片集めはアプデで改善されたりしたのか?
「さて、それでは使者としての務めを果たさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
ニンブルが一瞬トリップしかけた私を見てそう言った。
「あ、じゃあ中に入る?」
私がそう返すと、横でスピィが首を振った。
「申し訳ありませんが、まだニンブルさんを信用していませんので。即座に殺す必要が出た場合、あの部屋では掃除が大変です。ああ、私が話を聞いていますので領主様には中でお待ち頂いていても――」
「あ、いえ、ここでいいです」
そう言うと、他の人から見えない角度でエクスナに突っつかれた。
いやだってしょうがないじゃん。こんな儚げな少女がまったく気配揺らさず目の前の人を殺すとか言うんだもん、そりゃ思わず敬語にもなっちゃうって。
一方、殺すかも宣言をされてる当の本人はさして気にした風でもなく、
「では、まずグラウスからの伝言をそのまま申します。――『ミモルト様、そしてイオリ殿、ご無沙汰をしております、と言って良いのだと認識しておりますが、もしそうでないのであれば誠に失礼を致しました』――ここまではよろしいでしょうか?」
なるほど。
こうしてニンブルさんと共謀している時点で、私がグラウスさんのことを知っていて、今後の付き合いを望んでいるってことは前提になってるはず。
つまり、この問いは『あの洞窟で会ったことは、なかったことにしなくていいのか』を尋ねられているということだ。
選択肢は、大雑把に3つ。
1つ目。素直にあの場で遭遇した事実を認める。
2つ目。表向きはなかったことにして、別の出会いを捏造し、今後はそのストーリーに沿って交流する。
3つ目。お前なんか知らないと手のひら返しして、ニンブルさんを土に埋める。――つまりは『バラしたらただじゃおかない』という警告でもあり、弱みを握られたということにもなる。
……まあ、ここバストアクであれだけ派手に暴れたのだから、察する人は他にもいるだろう。
あの洞窟前で出会ったときに名乗ったラーナルトの貴族子女ミモルトが実はフリューネ姫で、傭兵のイオリがレイラ姫だということを認める前提でこの場に臨むことは、パーティ内で相談済みである。……イオリはれっきとした本名で、それが一部では偽名になっちゃてる状況はなんだかややこしいけど。
とりあえず3は却下で、1と2どっちでいくかは今後決めればいい話だ。
しっかし、こんなことになるのならコルイ共和国で傭兵のふりしたときも別の名前を使えばよかったかもしれない。ネットどころか写真や電話もないこの世界なら噂は距離に比例して精度が下がるから本名でいっちゃったけど。
あそこでもちょい暴れすぎたかな? おかげでスタンが私たちを探しに来て、一緒にいたグラウスさんたちと面識ができちゃって、今日に至ってるわけだ。
……いや、こうして他国と繋がりが持てることは、メリットのほうが多いと判断したからこの場に臨んではいるんだけど。
まあとにかく、
「こちらこそ、お誘いを受けていながらローザストを伺えておらず、申し訳ないと思っている」
そうニンブルに答えた。
敬語を使いたいけど我慢。
ニンブルは安心したように微笑んだ。
「いえ、グラウスも今は大荒野に常在しておりますので、本国へご足労頂いても不在を詫びることになってしまうところでした。……ああ、それにしても良かった。ここで会った覚えがないなどと言われてしまっては、そこで私の命運も尽きるところでした」
「こうして呼んだ時点で、繋がりを保証したものだと思うけど?」
直前まで選択肢にいた3つ目のことなどおくびにも出さずにそう返す。
「ええ、半ばそう確信してはおりましたが、例えば私ひとりおびき出すことで関係者まで口封じを行えるような術式や恩寵の持主がいたらという懸念は僅かにありましたので」
その言葉に、またちらりとエクスナを見る。
彼女は腕を組んで考えながら口を開いた。
「そういった代物は聞いたことがありませんが……、例えば根こそぎ記憶を引き出せるような能力があれば、逆にローザストへ入り込んでグラウスやレアスを暗殺できる可能性は上がるでしょうね。あるいはこの男がこちらと内通しているという情報を向こうに渡せば、上官であるレアスに何らかの処分が下るでしょうし」
後半は、半ば脅しに近いようにも聞こえる。
今からだってそれはできちゃうことだろうし。
……スピィもエクスナも言うことは冷徹だけど、私はそれを聞いて引いたりしちゃいけない。
彼女たちは仕事としてそういう言動をする必要があって、その仕事をさせているのが私なのだから。
「それで、続きは?」
そう水を向けると、ニンブルは「はい」と応えつつ――纏う気配に緊張の色が濃くなった。そして新たに混ざるのは、僅かな攻撃の意思。
トスッ
と、軽い音を立てて彼の肩口に投げナイフが突き立った。
「使者なら使者らしく、伝言に色をつけようとするものじゃないな」
言いながら近づいていくのは、ナイフを投げた当人であるエクスナ。
反対側ではスピィも腰に下げたナイフへ手を伸ばそうとしていたが、さすがにエクスナの速度にはとても及ばない。
そしてニンブルは、微かに顔をしかめつつも抑制された口調で話す。
「誠に申し訳ありません。今のは私が欲をかき完全に独断で行おうとしたことです。どうかこの身ひとつでご容赦を」
「そう」
エクスナは刺さったナイフの柄を掴み、そのまま肘辺りまで二の腕を割いていく。
ニンブルは、歯を食いしばって声を漏らさずそれに耐えた。
「スピィ」
「はい」
呼ばれた彼女が、ナイフを下げているのと反対の腰につけているバッグから消毒薬や包帯を取り出し、てきぱきとニンブルの手当をした。
続いてエクスナがニンブルを囲んでいる特殊軍に目配せをすると、彼らも心得たようにニンブルを跪かせ、さらにその頭を抑えて地面しか見えないように固定した。
「続けていい」
と、エクスナが声をかける。
「ありがとうございます」
と、ニンブルは返事をした。
そして、
「では、グラウスの言葉を続けます。『ローザスト王の意向は、政変で揺らいだと思われるバストアクへ水面下で仕掛ける方へと向いているが、私個人としてはレイラ姫とフリューネ姫の御一行、およびあなた方が治める領地と友好関係を築きたいと思っている次第。その証として、まずはこちらの持つ情報のうち、あなた方に関係しているかもしれない事をお伝えしたい』――と、本来はこの後に続けるべき内容を、私の勇み足でいきなりお伝えして反応を確かめようとしてしまいました」
なるほど。カマかけか匂わせか、そんな感じね。
だからエクスナはこうしてニンブルが私の顔を見られないようにしたと。
……単純な反応の速さはいい勝負できてると思うんだけど、そこからの読みと判断は全然勝てないなあ。しかもスピィも同じように動こうとしてたってことは、行動速度は遅くても思考速度は追いついてったってことでしょ?
私が一番遅いのって領主的にマズい。フリューネにバレたら補習ものだ。
まあ、それも後で考えるとして、
「わかった。続けろ」
と、私はニンブルへ言った。
「はっ。では――『私は先日、雷を司る神であるアズウルム様より、恩寵の強化を賜りました。そしてその折に御神が仰るには、遠い地で雷に関する何らかの技術革命が進んでいるとのこと。そしてそれに関連するのか、時の神ラントフィグシア様と空間の神メイワーシェルス様へ、ご不満をお持ちのようであった』――という内容です。グラウス曰く、技術革命という言葉でまず浮かんだのはラーナルトが広めているレベル・ステータスの概念と測定器であったことから、もしも思い当たることがあるようでしたら、アズウルム様の関心を寄せられる可能性があるためご注意されたし、ということでした」
……シア!
久々に聞いた名前だと思ったら相変わらずこっちに迷惑しかかけてきやがらない!
いや、レベル自体は私が振って魔王様がノッて開発した代物だからシアのせいじゃないんだけど……。
にしても、技術革命?
雷に関するってことは、電力とかだよね?
確かにゲーム機は私がこの世界に持ち込んだけど、魔王様はあれで遊んでるだけで間違っても分解して研究とかしないだろうし。地球の知識は広まるとマズいから原則として広めないって言ってたしなあ。
広める、っていうか研究するとしたらロゼルだけど――
あ、電池か!?
そういえばアレだけは魔王様がロゼルに量産できないか聞いてたなあ……。
こっちにコンセントがなくて充電できないので、持ち込んだ電池が切れたらゲームできなくなるもんだから魔王様だいぶ危機感あったんだよなあ。
ふむ、つまりその神様は電池を皮切りに電力というものがこの世界に普及しないか懸念してるのかな?
次に魔王様に出す手紙でどうなってるか聞いとくかな。
あと、メイワーシェルスって名前にも聞き覚えがあるような……。
いずれにしても、今のことを不意に出されなくてよかった。絶対顔に出ちゃっただろうし。
神様と繋がりがあるかもってことと、電力を研究してるってことを私と紐付けられちゃうのもマズいとは思うけど、もっと致命的なことがある。
その技術革命がほんとに電池のことだったとすれば、アズウルムっていう神はその研究している場所が魔王城だってことも、たぶん把握している。
もしそれがグラウスさんたちに伝わってたら、芋づる式に私たちが魔族の側にいる集団だってことまでバレてしまう。
……ニンブルが頭を抑えつけられててホントによかった。
あとエクスナ、「うわぁやっぱり、まただよ……」みたいな顔でこっち見ないで。