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打ち上げと結果発表

 バストアク王との戦いを終え、後処理の一番忙しい時期を抜け、この領主館に腰を落ち着けてすぐの頃だった。


「ひとつ大きな目標を達成しましたし、こうして住居を得たことで野宿の旅も一段落しましたし、内輪で軽くお祝いでもしませんか」

 とリョウバが言った。

「え、でも……」

 躊躇する私に、リョウバは微笑みかける。

「多くの血が流れ、命が失われましたが、生き残ったものが沈み続けねばならない法はないのですよ。イオリ様が憂いておられたのは存じていますが、私たちは決して被害者ではありません。魔王軍として任務を遂行し、今回の状況において勝者となった側なのです。であれば死を悲しむだけでなく、生き残った味方のためにも、笑いましょう。泣いて、笑って、ひと休みして、次の戦場に向かうのが戦国の習いであり、勝った者の務めというものです」


 こちらの内心を見透かしたようにリョウバは滔々と語った。

 すっ、と背の高い彼が手を差し伸べ、

「はいはーい、イオリ様危ないからあっち行きましょう。今珍しくいいこと言ってた気がしますが、この後は口説きに入る流れですよアイツ」

 エクスナが私の腰を抱くようにして引き離した。

「……せめてその頬に触れさせて頂くところまでは見逃してくれてもよかったんじゃないか?」

 やり場をなくした手をひらひらと虚しく振りながらリョウバが嘆く。

「あなたバストアク王との闘いでは大して活躍してなかったじゃないですか。最後に一撃かましたぐらいでご褒美もらえると思ってんですかねこの男は。その前にイオリ様抱き上げたまま降ろそうとしなかったのも忘れてませんからね」

「あっ、思い出した!」

 そうだ、手足を失って戦線離脱するとき、目の前のイケメンに散々セクハラくらったんだった!

「さて、厨房に酒宴の準備を告げねば。ああ、行かなくていいぞカゲヤ。私がやっておこう――」

 そそくさと逃げ出すリョウバだった。



 そんなわけでその晩、ラーナルトから出発したメンバーだけという、完全に身内での飲み会が開かれることとなった。

 ファガンさんやカザン王子までには声をかけていない。

 あのふたりは戦後処理でまだまだ忙殺されているし、なにより先代王を倒して、結果的に死なせた私に対しては色々思うところがあるだろうと配慮したのだ。――そして私の方としても、ふたりと接するのにはどこか居心地の悪さがあった。

 リョウバはそれについても、「なに、勝負を挑んだのはあちらの方です。敗北と死を繋げていないわけがないのですよ。戦国の王たる者に対して、その死を悼むのは悪くありませんが、憐憫や自粛は不要です」と言っていた。カゲヤをはじめ、他のみんな、フリューネまでそれに同意していたので、ああここは異世界なんだなあ、と久々に実感したりもした。

 なかなかすぐには切り替えられないけれど、リョウバが言うように私たちは勝って、ひとりも欠けることがなくて、こうして領地まで手に入れることができたのだ。

 これで喜べないようじゃ、倒したバストアク王が『脳筋キャラのくせに辛気臭いとか救いが無いぞ根暗姫。死んだ私が浮かばれぬから代わりに死んだらどうだ?』とかあの世で言うのが目に見えている。――いやあの人は脳筋なんてワード知らないだろうけど、嬉々としてそんなセリフを言う想像はありありと脳裏に浮かんだ。


「――あー、もう、なんかお酒飲みたい。うん、飲もう、今日は酔っ払おう」

 もやもやと色々考えた挙句、天井に顔を向けながら不意に言葉を発した私に、フリューネは一瞬驚きながらもすぐに微笑んだ。

 執務室から食堂へと向かっていた途中のことである。

「ええ、存分にお召し上がりください、お姉さま」



 食堂の大テーブルに料理とお酒を並べ、給仕係の人たちに「あとは自分たちでやるから」と下がってもらい、ラーナルト出立時の9人で乾杯した。カゲヤとターニャにもきちんと席に座ってもらい、無礼講というやつだ。


 美味しそうな料理にさっそくナイフとフォークを動かしていると、

「イオリ様、ほんとに問題なく動くんですか? その手足」

 エクスナが疑わしそうに尋ね、

「そのようです。私も気になって念入りに検査させて頂いたんですが……、傷跡ひとつなく、骨や神経も異常なしという結論に至りました」

 モカが感嘆したように答える。

「それはそれで異常ですよねえ……」

 右隣に座っていたエクスナは、そう言いながら再生した私の右手をつんつんと触ったりしていた。


「ああ、この果実酒も美味しいですね……。凝縮された甘味と酸味に樽香が絶妙の旋律を奏でます。こちらの切れ味良い蒸留酒の炭酸割りと交互に飲むと飽きることがありません」

「フリューネ、お姉ちゃんちょっと色々心配なんだけど……」

 戦いのあった日の夜、飲みに付き合ってくれたフリューネはどうやらそこでお酒に目覚めたらしい。あの日以来、ほぼ毎晩飲んでいる。原因を作ってしまった私は、ターニャとアルテナと3人でこっそり「どうしよう……」と頭を抱えたりもしていた。

 ちなみにフリューネが飲むようになった今、このパーティに下戸はいなくなってしまった。といってもカゲヤとターニャは側仕えの心得なのか、酒を口にはしても決して酔った素振りは見せないけれど。

 お酒の強さ――というか飲む量で言うと、1位から順に私、リョウバ、エクスナという感じ。フリューネはそこに猛烈な勢いて追いつこうとしていた。誰か止めて。


 そんなふうに会話も弾み、お酒もまわり、いい感じに場が暖まってきた頃、リョウバが切り出した。


「――先ほどエクスナに言われてしまいましたが、たしかに先日の戦闘のみならず、ここまでの道中を振り返っても、残念ながら私の功績はとても上位に入ったとは言えませんね」

 冗談めいた軽い口調でそう言い、

「どうですか、イオリ様。あえて順位をつけるとすれば、たとえば3位までであれば誰の功績が大きかったでしょう?」

「ええっ?」

 突然そんなことを言われても。

「あ、どうせなら選ばれた人はちょっとしたご褒美とかあってもいいんじゃないですか? さっきの話じゃないですけど」

 すかさずエクスナが乗った。

「ちょっ!?」

 こういうときはいいコンビだねおふたり!

「戦闘における首級の評価だけではないのですよね?」

 そんな、フリューネまで!

「もちろんです。自信がおありで?」

「いえ、私などはとても。ですがそうした基準で評価頂けるなら、これからの励みになると思いまして」

 

 おかしいな、一瞬で包囲された気分だぞ?


 そんな私を見透かしたようにリョウバは笑う。

「そう悩まれることはありませんよ。イオリ様が私たちの誰かを贔屓も敬遠もされず公平に接しておられるのは皆承知しております。ただイオリ様の情け深さに私などつい甘えてしまいそうでして。フリューネ姫の仰ることに似ていますが、たまに評価をつけて頂けることで己を律し、発奮させることができるのですよ。どうぞ、酒の勢いに乗せて気楽に1、2、3と指してください」

「そんなこと言ったって今みんなすごいこっち見てるんですけど!」

 やめて、そんな期待と不安の混ざった眼差しで見つめないで!

 ご褒美とかいったって私にあげられるものなんて大してないよ!

 ――しかし皆の視線は逸れず、場に妙な沈黙が生じる。


「うー……、わかったよ言うよ。言うけど、お願いだからみんな姿勢正してこっち見るのやめて! 普通に飲み食いしながらさらっと聞いといてよ!」

「イオリ様、いつまでたっても上に立つの慣れませんねえ。それこそご自身の功績を思えばもっと堂々としていいと思いますよ?」

 そう言いつつも、素直に姿勢を崩して自分のグラスにお酒を注いでいくエクスナ。

「お姉さまでしたら民に親しまれる領主にはすぐになれるかと思いますが、侮られないよう注意が必要ですね」

 少し考える目つきになりながら、優雅な手つきで魚卵の塩漬けを口に含み、強い酒を流し込むフリューネ。外見と行動のギャップがすごい。

「なに、そこは私たちの働き次第ですよ」リョウバはぶ厚いステーキをお代わりしている。大いに食べつつ、薄めの酒を何杯も干していくのが飲み会序盤の彼のスタイルである。「――すなわち、私やエクスナが部下に恐れられ、多少は嫌われるぐらいの厳しい上司になればいいのです。その私たちがイオリ様に絶対の忠誠を示していることを見せつけることで、『本当は一番怒らせたらまずいのは領主様だ』という認識を植えるけるのですよ。なんでしたら一度ぐらい私を拳で吹き飛ばして頂くのも良いですね」

「なるほど。それでしたら私もそのように振る舞うよう心がけましょう」

 にこりとフリューネが笑う。――後に『あの方に高額の稟議を通すのは大荒野踏破より難しい』と評される、鉄壁の幼姫フリューネの誕生であった。


 いい具合に緊張がほぐれ、みんなも手と口が動きを再開したので、私は努めてさらっと発表してしまうことにした。

「あー、えっと、さっきのやつ1番は、索敵から守備に攻撃まで幅広く対応してくれたシュラノかな」

 一瞬、沈黙が復活する宴会場。

「ちょっと静まらないでよ!」

「失礼、イオリ様」軽く微笑んだリョウバがふいに立ち上がる。「ええ、実に正しい評価ですね。確かにシュラノの索敵魔術は常識外の性能で、旅の苦労を大いに軽減してくれました」

「あの零下砦も驚きでした。後衛の守備を任せられるというのは非常に心強い」そう言いながらカゲヤも席を立つ。

 なんだなんだと思ってるうちに、男ふたりはすたすた歩いて当のシュラノの背後に立ち、その方をぽんと叩いた。

「栄誉ある功績一等を授かったのだ。先日見せた本来の性格で御礼を言うべきでは?」

 リョウバの問いかけに、

「……了解」

 シュラノは目を閉じた。そして彼の内側で、何やら複雑に魔力が巡ってゆく。そういえば切替の瞬間を見るのは初めてだな。


「――よおイオリ様、先日ぶり」


 相変わらずギャップが凄いなあ。

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