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着々と体育会系になっていく領主

 お昼を済ませた午後は、巡回である。

『王族の振る舞いもある程度身についてきていますけれど、お姉さまは折に触れて素が出やすいので、むしろ親しみやすさを強調したほうが効果的でしょう』

 という妹のダメ出しに近い評価をもとに、まずは仲間たちが働いている場所を中心に、ちょくちょく顔を見せるようにしている。


 フリューネとターニャは執務室に残って他の仕事を進めるので、カゲヤが護衛として残る。では領主たる私につく護衛は誰かといえば、アルテナだ。

「今日もよろしくね」

「お任せください」

 涼やかな表情のアルテナ。朝の報告しているときと違って、こうした護衛や戦闘訓練ではあまり自分の立ち位置に悩んだりせず動けるのだという。

 アルテナとカゲヤが警護する対象は逆でもいいんじゃないかという意見もあったけど、「私たちラーナルトの3人だけで仕事をするのは避けたいのです」とフリューネ自身が望み、カゲヤたちもそれに同意したのでこの組み合わせとなっていた。


 朝と違って、今のアルテナは鎧を着用している。と言ってもラーナルト出発時からの装備ではなかった。あれは先の戦闘で破損してしまったため、代わりのレザーアーマーである。いちおうステムナ大臣がコレクションしていた武具から良いのを選んだのだけど、前のに比べると格落ちしているらしい。

 剣も刃こぼれどころか折れる寸前だったので、これも代用品を装備している。鎧と同じく大臣の遺産で、やや装飾過多だけど切れ味は良いみたい。

「あ、そうだ。料理長のイゼミアさんが鍛冶師の知り合いいるんだって。腕が良かったら新しい鎧作ってもらわない? なんなら剣も」

「それは有り難いですね。もっとも、今の装備も悪くありませんよ」

「でも性能落ちちゃってるんでしょ?」

「ええ。ですが鎧も剣も所詮は消耗品ですから。使い心地の落差には慣れています」

 まるでTシャツや靴下について語ってるような気軽い口調だけど、どんだけ戦闘重ねてるんだろうか。……まあ、あの『致命傷にならなけりゃいいや』的な戦闘スタイルでは、鎧の消耗も激しかったことだろう。


 領主館の正面口から出て、建物をぐるっと回ってゆく。目指すのは裏手にある警備隊の訓練場。ほんとうは領主館の裏口から出れば近いんだけど、領主が裏口や勝手口を通るものではないのだとか。

 執務室から窓の外を眺めたときも感じたけれど、今日はとてもいい天気だ。日本でいえば5月ぐらいの陽気で、爽やかな風が吹いている。車や電車がないので騒音が少なく、鳥の鳴き声や木々のざわめきや川のせせらぎや、


「よし準備運動終わったな。それじゃ走れ、いいと言うまで走れ、ほら休むな倒れるな動け――はい3、2、1」

 ドゥンッ、

「うわぁ撃つなクソ隊長!」

「やっ……、ぜえっ、は、休ま、せろっ……」

「おい起きろ! 2発目は威嚇じゃねえんだ! アレめっちゃ痛えんだ!」

「……駄目だ、もう動けん、置いていってくれ……」

「ハジム、てめぇ目え開けろよ! 変な痙攣してんじゃねえよ!?」

「畜生、誰か助けてくれ!」


 そんな暑苦しい苦悶と怨嗟の声も聞こえてくる。

 最高の天気が台無しである。


「おお、レイラ姫! いつもながらこのような場所までご足労頂きありがとうございます」

 ひとり涼しい顔のリョウバが出迎えてくれる。

 彼は今、警備隊の隊長を受け持ってくれていた。

「おつかれさま。どう? みんな訓練の成果は出てるかな?」

「まだまだですね。今はとにかく3大基礎の底上げを徹底しております。実際の警備を任せるにはとても。残念ながら、まだしばらくはアルテナ殿やカゲヤの奴に護衛を続けてもらう必要があります」

 3大基礎というのは、リョウバ曰く『移動・待機・攻撃』なのだとか。シミュレーションRPGのコマンドみたいだなあ、と聞いたときに思ったものだ。

「そっか。まあ焦らず、……潰さないようにね?」

「もちろん、レイラ姫のお力で厳選された人員ですからね。ひとりたりとも脱落させません。ええ決して」

 いい笑顔で答えるリョウバだった。


 訓練場はかなり広い。高校時代に友達の応援で行ったことのある陸上競技場ぐらいはありそう。警備隊の人たちは、その外周をひたすら走っている。まだ走り始めたばかりだけど、早くも疲労困憊といった様相である。

「ねえ、さっき言ってた準備運動ってどんなやつなの?」

「基本的なものですよ。柔軟、匍匐前進、荷重行進、空気椅子、逆立ち、木登り、そして今の走り込みといったところです」

 地味にキツそうだなあ。

「どのぐらいやってるの?」

「朝からずっとですね」

 ……かなりキツそうだなあ。


「ところでレイラ姫は今日も?」

「あ、うん。場所借りようかなって」

 ここへ来るのは初めてではない。カゲヤやアルテナと広い場所での戦闘訓練によく使わせてもらっていた。

「どうぞご自由に。お相手はまたアルテナ殿ですか?」

「そうだよ」

「今日はおひとりですか?」

 アルテナに向けて尋ねるリョウバ。

「はい。ナナシャは都合がつかず。力不足ではありますが……」

 そう、前回はアルテナ&ナナシャVS私という、なかなかにスリリングな戦闘訓練だった。うん、怖かった……。

「そんなことはないでしょうが、レイラ姫の訓練となれば――私が加わった方がより多角的な攻撃ができるかと」

「え、いいの? こっちの訓練は?」

 走っている人達を見て私が言うと、

「失礼を承知ながら、監視しつつ戦闘にも参加させて頂ければと」

 なんだか楽しそうにリョウバは言った。



「喜べ! ただ走るだけの訓練は切り上げとする!」

 リョウバの声に、警備隊の人たちは様々な反応を見せた。

 素直に喜ぶ人、ばったりと倒れ込む人、そして疑り深そうにこちらを見る人。

「続いて、前線または敵陣での移動を想定した訓練を行う! といっても今日は初歩だ、安心しろ!」

 訓練場の真ん中へと、私たちは歩いていった。何度か来ているのでもう驚かれることはないけれど、相変わらず奇異の視線は感じる。

 私と向かい合う、リョウバとアルテナ。

「今からこの3名で戦闘訓練を行う。当然ながら、私の射撃を中心に流れ弾が発生する。お前たちはそれを避けつつ、先ほどと同等の速度で走るように!」


 途端に巻き起こるブーイング。

「ふざけんなボケ隊長!」「できるわけねえだろが!」「死ぬぞ! 今度こそ誰か死ぬぞ!」「だいたい俺たちゃ警備隊だ! 前線なんかにゃ行かねえんだよ!」

 ……正論も混ざってる気がするなあ。

 リョウバはにやにやしつつ言葉を被せる。

「これだけは親切心で言っておいてやろう! 私の弾よりも遥かに危ないのが領主様の攻撃余波だ。飛んでくる小石ひとつでお前たちの頭蓋を5個は貫通するぞ! 全霊をもって警戒しろ!」

 さらに沸き立つブーイングを無視して、「そら走れ!」と彼らの足元めがけて連射するリョウバ。仕事が楽しそうでなによりである。

「……大丈夫なの?」

「ええ。イオリ様は本日も例の動きを中心にされるのでしょう?」

「あ、うん」

「であれば余波も出ないでしょう。……まあ、連中のために幾度か腕を振るって頂けると助かります」

「そっか、了解」


 半身に構える。

 向こうはアルテナが前に立って木刀を握り、後ろでリョウバが右手に魔力を集中させている。

「では、はじめましょう」

 言いながら、リョウバが魔弾を撃つ。それを追いかけるように、アルテナも突進してきた。

 魔弾を避け、向かってくるアルテナを見据える。「早速来やがった!」などと遠くから悲鳴が聞こえてくるが気にしてる余裕はない。

 間合いに入り、アルテナから攻撃の気配がし――私が回避のため足に力を入れたところで、アルテナは木刀を下げさらに一歩踏み込んでくる。タイミングが狂ったところで、近距離から足を払うような横薙ぎ。

 辛うじて背後に跳んで躱すが、勢いよく跳びすぎたと反省。案の定、着地する寸前にリョウバの射撃。空中で身体を捻り、回避しつつ地面へ接地、転がりつつアルテナから距離を取ろうとするが、向こうの接近のほうが早い。なので木刀が振るわれるより先に、私も前へ。超低空のタックルみたいな感じで距離を詰める。

 ふ、とアルテナが満足そうに笑う。剣の間合いより内に入り、リョウバからはアルテナが壁になるよう位置取れたので、こっちの攻撃の番。

 ぽん、とアルテナの膝に軽くタッチする。

「お見事」

 言いながら振るわれる袈裟斬り。立ち上がりつつ横に移動して躱す。軸がずれた瞬間にリョウバの弾が飛んでくるが、逆サイドへステップして避け、さらにアルテナの肩へ手を伸ばす。さっと避けられるが、同時に出していた片足は彼女の足首へ軽く当たる。

 木刀を下ろし、降参という感じに片手を上げるアルテナ。彼女の脇を抜け、リョウバに向けてダッシュする。

 弾幕を張られるが、丁寧に一発ずつ避ける。またも背後で悲鳴が巻き起こる。回避した分速度は鈍り、なかなか接近できない。ので、地面を抉り取って握り砕き、投げる。

 小石と砂がショットガンのように撒き散らされ、「くっ」とリョウバが苦しそうな声。「ぎゃああぁっ」などと角度的に運の悪かった人たちが身を捩っている。まあ、距離があるから痛いだけで済んだだろう。

 今度こそ距離を詰め、射撃に格闘を混ぜたリョウバの攻撃を捌きつつ、肩、腰と2回タッチに成功。

「――1本、ですね」

 両手を上げ、リョウバは快活に笑った。


 最近の戦闘訓練は、こういった感じで行っている。

 すなわち、私の攻撃は『相手に軽くタッチする』だけ。殴ったり蹴ったりはNG。私が3回被弾する前に2回タッチ成功すれば1本勝ち。


 加えて、飛んだり跳ねたり、距離を取ったり、そうした動きをなるべく最小限に、適切に行うこと。さらに相手の攻撃は受け止めたり弾いたりせず、回避を最優先にすることを心がける。


 この訓練の目的は、要するに私の「ステータス頼りで大雑把な戦闘スタイル」を矯正するというものだ。また同時に、「滑らかに移動し、被弾前に相手に触れる」ことができれば、あとは高いステータスに任せて握りつぶすなり押し飛ばすなり自由自在になる、というある意味真逆の効果を狙ってもいる。

 これと並行して、突き蹴りに身のこなしといった基本動作や武器の扱いなどをカゲヤに習っているので、最近はだいぶ強くなってきたなあ、という実感があった。なによりお勉強と違って、戦闘訓練は純粋に楽しくもあり、それが成長に繋がっているようにも思う。

 ……今さら冷静に我が身を省みたりしませんよ? 

 ゲーム好きのインドア女がどうしてこうなったとか悩んだりしませんってば。


「――では、2本目です」

 アルテナが、さっきより心持ち気迫を増して構える。

 1本取るごとに手加減を減らしていく、というのもなんとなく暗黙のルールになっていた。



 ――5本目。


「ぁいたっ」

 脳天を木刀で打たれ、

「ぅあづっ」

 二の腕を魔弾で撃たれ、

「――こちらの1本、ですね」


 軽く息を上げたアルテナが言った。

「……あー、負けたー」

 地面に座り込む。


 5本目は、1回もタッチできなかった。

 途中で気づいたけど、この2人、私がかなり苦手な戦法を取っていた。

 フェイント。

 私の義体は動体視力に優れ、音や臭いを鋭敏に捉え、さらには相手の気配も感じ取れる。つまりは高性能なセンサーを多数装備しているわけだ。

 一方で私自身には戦闘の経験が少なく、武術の心得もなく、野生の勘みたいなものも持ってない。

 結果として、渾身の一撃とか、必殺の奇襲とかを察知して避けるのは得意なんだけど、牽制を交えた手数の多い攻撃とか、タイミングを取りにくい変則技とかに弱いのだ。


 そしてアルテナもリョウバも、そういうのが強かった。

 アルテナは緩急を織り交ぜた連撃や、こちらの瞬きとか一瞬の溜めとかを狙って素早い攻撃を繰り出すのがうまい。おまけに殺気を出したり引っ込めたりできるようで、非常に避けづらかった。

 リョウバは撃つ瞬間もほとんど殺気が漏れない。しかも私対策として常時右手に魔力を集中させているので、発射の瞬間が読めない。そして撃つタイミングも私の移動や攻撃が終わった瞬間だったり、アルテナの攻撃に合わせたりしてくる上に、単発か連射か読みづらく、その連射も弾数や間隔を変化させてくるので厄介このうえなかった。


 こういった形式の戦闘訓練だと、まだまだ私は他のみんなに及ばないと痛感する。熟練度とかスキルレベルといったものが低いのだ。

 ……耐久力や回復力では勝ってるから、当てていい訓練ならもっといい成績になると思うんだけど、などと負け惜しみを言ってみたり。


「直撃を食らった間抜けはいないな? よし、休憩を許す!」

 悲鳴を上げながらも健気に走り続けていた警備隊の人たちは、またも悪態をつきながら地面に寝転んだり水場へ駆けたりしていった。 

 文句を言いながらもきちんと訓練はしているし、その文句や悪態にも真剣な怒りは感じられない。隊長として、リョウバはけっこう警備隊の人たちをまとめているようだった。


 ……実を言えば、最初にみんなの仕事を決めるとき、リョウバに警備隊を任せるのは反対されそうだなあと思っていた。

 少なくとも『領主館にいる間は安全』だと言えるレベルに警備隊が育つまで、私には常に護衛をつけることになっていたから。

『間違いなく自分が護衛につくからカゲヤかシュラノあたりに警備隊の面倒見させろとか言いますよあの男』

『……遺憾ながら同意致します。なにか報酬を考えなければなりませんね』

 などとエクスナやフリューネも案じていたものである。

 けれど意外なことに、リョウバはあっさりと隊長職を受け入れた。


『私もそろそろ目立つ功績を上げて、イオリ様から専用の一人称を頂きたいですからね』

 ――そう、なぜかそんなものが、彼らの中でご褒美になっているのだと知ったのも先日のことだった。

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