神様からの報酬
「そういえば、あなたは私の名を知らないのですね」
「ええ、初対面の際にあなたが名乗らなかったので」
「そうですね、私達は自ら名乗る習慣が薄いですから」
嫌味を言っても、通じている様子がない。
「時を司る神、ラントフィグシアです」
「長いのでシアでいいですか」
「……この世界の生命なら不敬で罰してもいいところですけど」
「で、シアさん、今回は何用ですか」
シアはにっこりと微笑んだ。
「図太い性格だとよく言われませんか」
「いいえ、たぶんこの身体のせいでしょう」
「――話を戻しますが」
仕切り直し。
バルコニーには白銀に輝く布が敷かれたテーブルと籐椅子を華奢にしたようなもののセットがあり、私はそこに座ってシアの話を聞く。
「今のところあなたは、受け身に見えるのですよ」
目の前にふわふわと浮いたまま、シアはそう言った。
どうもこの神様、こちらの世界でも実体にはなれないらしい。
強化された今の身体なら鋭いツッコミをぶち当てることができるのになあ、というのが残念だ。
「当然でしょう。まだ右も左もわからないんですから」
「目的は聞いたのでしょう。ならそれに向かって邁進してください」
「王様から魔王を倒せと言われたばかりのスタート地点で何ができるっていうんですか。タンス調べてスライム叩くのが精々ですよ」
「急に何を言っているのですか?」
そうか、このたとえは通じないか。
「まあ、いいでしょう。あなたを奮い立たせるにはどうすればいいか、私もまわりの皆に考えてもらったのです」
自分は考えてないのかよ。
「ふふ、今回は意識体ではなく、投影体ですからね、こんなものも用意してあります」
その違いを説明することもなく、シアは宙に手を伸ばしたかと思うと、どこからともなく紙切れを取り出した。
「ええと、まず貴方は本来干渉すべきでない世界から自分勝手にひとつの生命体を巻き込んだという事態の重大さをよくよく理解しなさい……。あ、これは私へのお説教ですね」
そう言って紙切れを放り捨てる。
捨てられた紙はひらひらと舞う。
「おっと」
すかさずその紙を掴もうとしたが、私の手はそれをすり抜けた。
そして紙切れはすっと消え失せてしまう。
「いきなり何をするのですかっ」
シアが口を尖らせる。
「どんな説教されたのかちゃんと見ておきたいなと。シアから説明されるより色々ちゃんとわかりそうだし」
「あっという間にさん付けまで外されています!」
気を取り直してシアが再び取り出した紙は、目当てのものだったらしい。
「ふむ、我らを神と崇めるわけでもない生命を無理に連れてきたのだから、地上の魔王からの報酬とは別に、私自身からも何かしらあってしかるべきだ、と」
「なるほど」
「え、イオリあなた、私を崇めていないのですか?」
「え、崇める要素なにかあったの?」
「くっ……、その態度、さては本気で私を崇拝する気がありませんね?」
あってたまるか。
「それで、シアからも謝罪と感謝を込めてなにかくれるってことだよね。わあい楽しみ」
「崇拝は別として、あなたなんでそんなに自由なんですか。あのふたり相手のときは少なくとも敬語を使ってましたよね?私相手でも、最初のときはそうでしたよ!」
「なんだろう、シアがどんどんダメな子に見えてきたからかな」
魔王とバランは、スキがないからなあ。
……いや、魔王はあのゲームのハマりっぷりとポンコツっぷりが少々、でもまだギャップの範囲内と言えよう。
「ふう、しかし時を司る私には見えています。あなたがすぐに手のひらを返すであろうことを」
「大丈夫なの?時間とか大事なものをシアが司ってて」
「うるさいですよ。さあ、私からイオリに贈るものですが、えっと……」
手元のカンペをちらちら見ながらシアは喋る。
「まず、これは成功報酬とします」
「え、成功って、どこがゴール?」
「もちろん今代の魔王討伐に決まっています」
「遠っ」
はやくもテンションが下がる。
「あのね、シア、報酬はこまめに小刻みに設定していくのが大事なの。そうじゃないと最初のダンジョンだってモチベ切れる可能性あるんだから」
「え、そうなのですか?」
「そうだよ」
「……」
シアは私と手元の紙を交互に見ながら、悩みだす。
そして、
「――次に、期限は私からは告げません。魔王自身がいずれ語るでしょう」
私の文句をスルーすることに決めたらしい。
「なんでシアは期限言えないの?」
「最後に、具体的な報酬内容ですが」
両手を突き出してカンペを盾のように掲げ、私の視線をシャットアウトするシア。
「――私の権能を行使し、地球の未来へ干渉、現在から百年後までの、ゲーム機本体とソフト全てを用意した特別時空間を、イオリのもとへ届けましょう。電気や通信などのインフラに変化があった場合は、そのあたりもなんとかします」
ちらり、と紙の横から顔を見せるシア。
にやり、と笑みを浮かべている。
私は、
「――魔王の目的を達成することに私の全力を投入することをここに誓います」
その場に跪いて心からの忠誠を示しましたよ、もちろん。