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領主イオリの優雅な朝

 領主の朝は早い。


 なぜなら領主の妹がもっと早起きだから。

 そして身支度を終えた彼女が側仕えを差し向けて領主である私を起こしに来るから。


 なので毎朝毎朝、私は完全に眠りこけているところをターニャに起こされている。

 たまに、ときどき、まあ3日に1回ぐらい、頑として起きようとしないときにはエクスナが助勢に入り、耳や鼻に水を入れられたり気持ちいいぐらいの大声で歌われたり「あっ、虫が……」と嘘をつかれたりする。


「おはようございますっ」

 今日も爽やかな笑顔でエクスナが挨拶をする。窓から入り込む朝日に金髪が輝いて眩しい。

「ぅおはよう……」

 私は挨拶を返してから、ひとつ寝返りをうち、じとりと彼女を見上げる。

「さすがにもう、虫はいないって頭に入れたからね……、無視して寝続けるからね……、でも水だけは勘弁してください」

「ご安心ください。そろそろそうなるだろうと思ってましたから、次は『ホンモノ』も準備しておきます。足が多いのと少ないのとどっちがいいですか?」

「やめてお願い!」

 きれいに目が覚めました。

 今日もいい天気です。


 ここはバストアク王国レイラ・フリューネ特別自治領、その領主館。死んだステムナ大臣が使っていた建物をそのまま頂いている。

 館というか、小さめのお城と呼ぶほうが相応しいぐらいの大きさなので、私たちが馬車の積荷も含めて引っ越してきたところでスペースが足りなくなるようなことはなかった。

 とはいえ、色々と悪い噂の絶えなかったおっさんの部屋をそのまま使う気は毛頭ないので、執務室や寝室は全面的に改装中。他にも血なまぐさい地下室とか香水臭い談話室とか薬品臭と腐敗臭と死臭が混ざりあった最悪の隠し部屋なんかもすべて改装中。あの部屋を見つけたときはビルダーとなって全面整地してやろうかと思ったものだ。

 おかげで昼間はしょっちゅう工事音がするけれど、それももうすぐ終わりそう。ひとまず仮住まいにしている客室から、荷物を移す準備をしなければならない頃合いである。


 暗殺者集団やバストアク王との戦いから、この世界の暦でおよそ半月――50日が経っていた。

 

 現在、私はこの特別自治領の領主となっている。

 この世界に来てから、肩書や身分の数が右肩上がりである。


 魂は地球人。

 身体は混合魔獣の義体。

 メインジョブは大学生。

 セカンドジョブは魔王軍の客分&人族調査隊の隊長。

 獲得した称号は女神レグナストライヴァの眷属と、神獣殺し。

 さらにサブクラスというか仮の身分として、

 天上の使者、

 ラーナルト王国第2王女、

 そしてバストアク王国レイラ・フリューネ特別自治領領主、

 ――もはや自分でもわけが分からなくなりつつある。もとは日本の女子大生にどこまで乗っけるつもりだ。


 とにかく、今は習得したばかりのサブクラスである領主の熟練度上げが日々の課題である。

 これがまた、学習ターンと内政ターンと外交ターンに加えて、いつもの仲間に新たな部下たちに領民たちに王城の人たちにと各種コミュもあってなかなかに大変。さらにその他ジョブやクラスも――大学生以外は――疎かにはできないので戦闘訓練や王族マナー講習や、最大の目的である魔王討伐計画もあってもうほんとに忙しい。

 そりゃ朝寝坊もしたくなるというものである。

 


 欠伸をしながら身支度を済ませ、フリューネとターニャとエクスナを連れて部屋を出る。廊下ではカゲヤが姿勢良く待機していて「おはよう」「おはようございます」と挨拶を交わす。

「お姉さま、そろそろ女性の専属侍従を持つべきかと思うのですが」

「うーん、そうなんだけど、でも何かの拍子に話を聞かれちゃう危険が大きいんだよねえ」

 そう、私たちはあくまで魔族の側に属している身なのだ。

「確かに。ではバストアク王国への忠誠や仕事への熱意よりも、お姉さま個人に心酔させる必要がありますね」

「……無理じゃない?」

 メインジョブは大学生の身で社会人を心酔させろと?

「そんなことは決してありません」花開くように笑うフリューネ。「お姉さまの外見と身分に対する内面との差異はある種魅力的です。そしてその内面も非常に珍しいところがありますので、刺さるところには深々と刺さるでしょう。その嗜好が特に偏っている者を吟味すればよいのです」

「……褒められてる気がしないんだけど……」

 要は外見詐欺だって言われたよね今。

 さらにキワモノ好みだって言われたよね今。

「あるいは恩を着せ、感謝で縛るのもいいですね。その場合、義理堅さはもちろんのこと、ある程度の視野の狭さと有能さとの両立という条件がなかなか難しいところですが」

 真面目な顔で検討している11歳の少女。

「最近絶好調だねフリューネ」

 そう言うと、嬉しげに目を細める。

「血縁の上下関係やしがらみがなく、国王を裏で下に置くことができ、根を生やすも去るも自由で、前任の領主が最悪だったという場を頂いたのですよ? 仕事は山ほどあり、期待値は高く、お姉さまの計画に基づく目新しい品物や仕組みも非常に興味深い。為政者にとってなんとも夢のような舞台ですから」

 この領主館に腰を据えてから、実際に毎日精力的かつ楽しそうに働いているフリューネの言葉は弾むようであった。

「最初はレイラ特別自治領にするつもりだったくせに」

 逃さんとばかりに私が連名での呼称を押し通したのだ。

「名前を並べて頂くほど活躍した自負はございませんから……。ですので今後の働きをもって返そうと必死なのですよ」

「頼もしいんだけど、仕事以外にちゃんと遊ぼうね?」

 この歳でワーカーホリックになりつつある妹の未来が心配だった。


 朝の清冽な空気に満ちた廊下を歩き、階段を降りて食堂へ向かう。

 他のみんなは既に揃っていた。

「おはようございます」

「おはよう」

 ひとりひとりを見渡しながら挨拶を返し、大テーブルの一番奥、いつもの席へ。


 朝食だけは全員揃って、というルールを決めていた。昼と夜は、皆仕事を抱えて忙しいのでバラバラである。

 

 私は当然ながら領主としての仕事を。

 フリューネは特別顧問という役職についている。要は私の補佐――というかむしろ彼女がメインなのだけど――という立場で、この特別自治領を仕切っている。

 領地運営に関してもともとステムナ大臣が雇用していた人員は、王城からもらった情報にエクスナとフリューネが追加調査を行い、さらに面接を重ねて大半を放逐した。雇用継続となったのは『最低限』にも満たない人数だったので、そこから追加募集をかけ、ファガンさんと話し合って引き抜いた人たちも加え、まだまだ試運転状態だ。 


 幸い、厨房の担当は半分程度が残り、追加募集もわりとあっさり埋まり、皆いい腕なので3度の食事は楽しみなものになっている。――食材の仕入先は大臣の息がかかっていた業者が多く、私達に変わった途端ピンハネを目論んだり自発的に手を引いたりするところが多かったので、新規開拓で大変だけど。


 テーブルに料理が並ぶと、ターニャ以外の側仕え――こちらは厨房と違ってほとんど全員、新しく雇った人たち――は部屋から出ていく。

 残るのは、ラーナルトを出発してから変わらぬメンバーのみだ。


「いただきます」

 声を揃えて、食事をはじめる。


 今朝のメニューは、赤緑黄の色鮮やかなサラダ、燻製した川魚で出汁をとったというスープ、球状のパスタを使ったグラタン、スクランブルエッグとソーセージ、それに紅茶とコーヒーといった品揃えである。

 朝からグラタンは重たいようにも思えたけど、あっさりした軽いチーズをたっぷり使っているようで起き抜けのお腹にもすんなりと入る。


「んっ、このスープ美味しい」

 そして、懐かしい。思わず溜息が漏れるほどに。

 私がそう言うと、にやりと笑ったのはエクスナである。

「試作品ができたので、さっそく使ってみました」

 和風の味に飢えつつあった私が、『えっと、脂と香りの強めな魚を、燻製とかカビ付けとかでカラッカラに乾燥させて、カッチカチにしてたと思う』というアバウトな説明をしたのが30日ほど前。

 本来のカツオブシはもっと時間がかかったはずだけど、これでも充分に美味しい。魚の違いか、製法の違いか、そういえば加熱や乾燥にはシュラノも手を貸していたそうなので、魔術的アレンジが入っているのかもしれない。

「これは――少し変わった香ばしさですが、深い味わいですね」

 なんちゃってカツオブシは、意外と純正王族フリューネも気に入ったらしい。

「本格的に厨房の面倒も見たらどうだ?」

 からかい気味にリョウバが言う。

 エクスナとターニャはよく厨房に出入りしてレシピを聞いたり教えたりしているのだ。おかげで料理長をはじめコックさんたちに人気が出ている。

「兼務はつらいんで特殊軍引き取ってくれます?」

 エクスナが気のない返事を返した。



 全員の食事が済み、ターニャとカゲヤが手分けしてお茶やコーヒーを注ぎ直していく。護衛や戦士としての顔ばかり目立っていたカゲヤも、最近は侍従として動くことが増えている。

 食後に短時間のミーティングをするのも日課だ。といってもあまり堅苦しいものではなく、だいたいは各自の今日の予定を共有したり、あまり重たくない仕事の進捗報告があったりという感じである。内容的には、領地運営に関することは他の人達が一緒にいる場でもできるので、主に魔王軍としての仕事について話すことが多い。


「薬草園がだいぶ整ってきましたので、麻酔の調合に入ろうと思います。いくつか揃いましたら、すみませんがイオリ様にまる1日お付き合い頂きたいのですが」

 モカが申し訳無さそうに言う。

 これは別にルールでもなんでもないのだけれど、この朝食とミーティングの間だけは、いつの間にかみんな私をもとの名で呼ぶようになっていた。ただフリューネだけにはそう呼ばれると急に距離感を感じてしまい寂しかったので、普段と同じく姉扱いで呼んでもらっているが。

「1日で足りるかな?」

「あ、その、もしかしたらもう少し……」

「うまく効いたら、そのまま手術?」

「いえ、一度覚めてから、あらためて処方します。ですのでそれも含めると――」

「わかった。早めにやっておきたいし、何日でも空けるよ」

「ありがとうございます」

 ほっとした様子のモカ。


 彼女にお願いしていることのひとつに、私にも効く麻酔薬の調合がある。

 なぜなら、改造手術が必要だから。


 バストアク王との戦いで、私は右の手足を失った。

 幸い、大量の食事で生え変わったのだけど、さすがに仕込んでいた魔道具――『ララの誓い』と『ネイサンの誇り』までは再生されなかった。

 けれどあの戦いでその使い勝手の良さは痛感していたので、少なくとも『ララの誓い』だけはあらためて仕込んでおきたかった。


 機構の要となる魔法陣の説明書きと予備の魔石は魔王城から持ってきているので、その部分はシュラノが引き受けてくれた。「左右の出力を揃えるのはかなり困難」と言っていて、調整に苦労しつつもなんだか楽しそうな様子だった。そういえばシュラノも本来は研究職だったなあと思い出す。うちのパーティには『兼、戦闘職』が多い気がする。

 モカもロゼルから私の身体についてあらゆるノウハウを引きずり出していたので、内蔵手術自体はできる。

 問題は、並大抵の麻酔薬では効果がないという私の耐性。

 魔王城で手術したときは、魔王様にいったん私の魂を回収してもらい、その間に済ませることができた。

 しかしここは人族領。

 いくら痛みに強い身体とはいえ、麻酔なしの手術なんていう石化世界の霊長類最強男子みたいな真似は絶対勘弁願いたい。


 ということで、強力な麻酔薬が必要なのである。某地上最強の生物すら眠らせるような。

 モカが言うには、私の身体はほとんどが魔獣を材料としており、その耐性も魔族領でよく見られる毒に対してのほうが強いらしい。

 なので人族の領土に生えている植物の方が効果的かもしれないということで、早速植物園を作り、モカにはその管理責任者になってもらった。ついでに、あの戦場に出てこなかった特殊軍の生き残りから選びだした人員も部下につけている。なにしろ私にも通用する毒薬を所持していたという実績があるのだから。


 ……ちなみに、植物園の隣には昆虫館という世にもおぞましい建物が並んでいる。これは王城にあるジガティスの研究室から、残っていた資料や昆虫を運び出してきた場所である。これも管理者はモカ。運び出す際にはファガンさんとひと悶着あったのだが、例の絶対服従契約を盾に押し通した。

 そこで何が行われて何を目標にしているのか、フリューネには報告が上がっているようだけど私は知らない知りたくない。


「しっかし当然とはいえ、残念だよねえ兵装まで復活しなかったのは。もしそれができたんなら、貴重な素材とか宝石とかを埋め込んでから切り落として、食べて再生させるで無限に複製できたのに」

 ほとんどバグレベルのアイテム量産である。

「恐ろしいことを仰らないでください」

 真っ先にカゲヤが反対した。

「そうですよ朝っぱらから」

 エクスナも眉をひそめ、「時間の問題ではありません」とカゲヤが睨む。

「ところでイオリ様を縦半分に割って直接栄養を注入したら2人に分裂するんでしょうか?」

「モカ、なんて純粋な目で……」

 最近気づいたんだけど、この子もそれなりにマッドサイエンティストの気があるんじゃないだろうか。

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