最年少メンバーからの説明会
「今回の件を総括するならば、突発的な事態に対する先代バストアク王の筋書きが土台となりつつも、お姉様をはじめとした皆様の戦力が予想を越えたことで、最終的にこちらの利益を最大化することができた、ということになるでしょうか」
バストアク王国の城下町、そのなかで最も高級だという宿の最奥の一室で、私はフリューネから解説を受けていた。
既に夜も遅く、あたりは静かである。さらにはカゲヤが間諜などいないことを徹底的に調べてくれたので、室内は完全に私とフリューネの2人きり。座り心地のいい向かい合わせのソファで顔を突き合わせ、安心して話をすることができていた。
まあ、ここに来るまでは、そりゃもう大騒ぎだったのだけど。
あれから。
まず、私はいいだけジスティーユミゼンから情報を聞き出していた。
神の恩寵を与える対象の選び方。
その授与方法の種類。
強力な恩寵のいくつかと、それを持っている者のヒント。
他にどんな神様がいるか。
神々が普段何をしているのか。
――などなど。
『そろそろよかろう』
という神様の言葉に、
『あともうちょっとだけ』
というやり取りを3回ほど繰り返し、
『――よし、ここまでだ』
ときっぱり断られるまで質疑応答は続いた。
なんでも、
『史学者や神学者、各神の信仰者などが魂を捧げてでも欲しがる情報ばかりだぞ』
とのことだった。
ふっ、甘いな。
こちとら気に入ったゲームなら公式設定にファンブック極秘情報に裏設定に二次創作から都市伝説まで追っかける業を背負った女だ。
今日はここまでにしといてあげるけど、別の機会か他の神様からもっと深堀りしてやる……!
などといった内心はおくびにも出さず、私はジスティーユミゼンに感謝の意を伝えた。
そしてそれが終わると、神様はあっさり天へ帰ると私に告げた。
「ファガンさん――セイブルの一族の人たちに何も言わなくていいんですか?」
そう尋ねてみると、
「そもそも、神が地上の者へあまり語るべきではないからな。基本的には、ただ見ているだけだ。天から無数の口出しがある世界など、息苦しいだろう?」
涼やかな笑顔を残して、ジスティーユミゼンは空へと去っていった。
これがシアだったら私はその瞬間に浮遊が解けて地上へ墜落とかする文字通りオチがつくんだろうけど、さすが話の通じる神様は私をエレベーターよりも滑らかに地上へ降下させてくれた。
地上では、ファガンさんとカザン王子だけでなく、モカやカゲヤ、フリューネたちも迎えてくれた。
「こちらについて、何か仰っていたか?」
ファガンさんの問いに、
「何も」
そう答えると、ファガンさんは微笑んだ。
それからバストアク王の亡骸を丁寧に馬車へ運び、みんなで城下町へと向かった。
もちろん、お城からやってきた人たちに取り囲まれた。
王様の死に嘆き悲しむ人たち。
ファガンさんの帰還を喜ぶ人たち。
ファガンさんやカザン王子に小声で何か話しかける人たち。
私たちを警戒する人たち。
さっきまでの地を揺るがし天を輝かせていた騒動はなんなのか尋ねる人たち。
さらにはその騒動を遠巻きに眺める街の人たちも混ざって、大混乱だった。
そうした人々をファガンさんが率先して捌き、私たちを最重要国賓だと告げてこの宿へ避難させ、王城の徹底消毒や、城下町にあるいくつかの施設解放などを指示し、カザン王子をはじめとした重要人物から順番に寄生虫の検査と治療に取り掛からせた。
実物を調査していたモカが協力を申し出て、念のためにリョウバが護衛につき、2人は城内の医師と一緒に医局へ向かっていった。
リョウバは随分と疲れていた様子だったので大丈夫かと聞くと、
「その憂いたお顔を見ただけで色々と回復していきます」
などと供述していたので速やかに質問を切り上げ、代わりにモカへ「何かあったら大声でね」「はい。そのときだけは遠慮せず御力を借ります」と頷きあったりした。
怪我をしているアルテナやナナシャさんたちは、寄生虫対処をしているところとは別の場所で治療にかかり、ファガンさんは王国の首脳陣を集めて長い会議に入り、私たちの宿ではシュラノとエクスナが速攻で爆睡していた。
そんなわけで、今はフリューネと2人きりだった。
カゲヤとターニャはそれぞれ別室で待機している。
外は暗く、細かな雨が降っていた。夕食をたらふく食べたので、今は温かいお茶だけを飲みながら、今日起きたあれこれについて、私はフリューネの説明に耳を傾けていた。
「まず、ステムナ大臣とサレン局長が、バストアク王にとって大きな悩みの種だということでしたね」
「うん」
この国に来てから、幾度となく襲ってきた襲撃犯から得た情報である。
「そして彼らからの情報ではそこまで重要でないと思っていましたが、実はジガティスという、さらに危険な存在も、大臣たちの側にいたわけです」
「うんうん」
虫を研究してるって聞いたあの時点で私的には超危険だったけど。
今思えば、早々とそれを指摘したリョウバは慧眼だった。
「ファガン様もジガティスを警戒し、ステムナ大臣もろとも排除に動き、結果として失敗し、幽閉された――ということですから、バストアク王も同じような警戒を抱いていたとしてもおかしくありません」
「だね」
正直、昨日までは単なるやる気ない王様という印象が強かったのだけど、今日一日でずいぶんとイメージが変わってしまった。
……その人がもういないということと、その原因が自分だという事実に、胸の奥がざらつくような心地になる。同時に、精神的ダメージがそれだけで済んでいるという事実に気づいている自分も、頭のどこかで冷静に今話している私を眺めている。
「そしてさらに、自ら王位につこうとカザン王子が動き始めた。――バストアク王からしてみれば、いつどこで何が爆発するか、気が気でなかったことでしょう」
「あのオジサンが胃を痛めたのなら、それは私にとって良い話な気がする……」
心情を振り払うように、つい憎まれ口が口を出てしまう。
「……ずいぶんと苦戦されたのですね」
ぎこちない笑みになるフリューネ。
「苦戦もしたけど、むしろ会話のほうが苦い思いをしたよ……」
「お姉さまは反応が豊かですから、ついからかいたくなる――のでしょう」
「今、気持ちがわかる的なこと言いかけて直さなかった?」
「滅相もございません」
くそっ、王族スマイルで躱された。
「話を戻しますと、そうした一触即発の状況へ、さらに予測のできない存在が入り込んできたというわけです」
「……私たちだ?」
「その通りです」フリューネは優雅に頷いた。「王城での対面、それから何度かの茶会や夜会、そしてその後の観光、さらに襲撃犯への対処。……途中、奇妙な方々との接触もありましたが……」
「うわぁ、忘れてたこと思い出させないで」
あったなあ。ミゼットさんたちの襲来。インパクトは暗殺者たちの襲撃より大きかったぐらいだけど、手早く記憶から消し去っていたんだった。
「そうした私たちの行動から、それなりにバストアク王国にとっての利を見出したのでしょう。少なくとも、敵に回すより、あるいは放置するより、接触することの方が有効だと。そしてまず、ファガンさんを救出するための駒にしようとした。――これは、率直に言えば死んでもともと、自陣に取り込むための試金石といったところだったと思いますが」
くっそう、死んだ後までヘイト集めやがるなあのオジサン。
「さて、無事にお姉さま方はファガンさんの脱出を阻むあの昆虫を倒したわけですが、そこで動いたのがジガティスです」
「え、そうなの?」
「え?」
ぱちりと瞬きしたフリューネは、
「――ええ、そうなのですよ。私もじっくり考えた末の結論ですが、おそらく合っているのではないかと……」
がしっ、と彼女の肩を掴む。
「今、そんなこともわかってなかったのこのヒト、って思ったよね思ったでしょ!」
「それこそ考えすぎですわ、お姉さま」
「くっ、一瞬で立て直してるし!」
「まあ、蛇足ながら解説しますと」
「さらに気を遣ってるし……、もういいよ、フリューネが姉でいいよ……」
「私の背が追いついたらそれは考えてみましょう。――さて、ファガン様を幽閉していたあの山、あそこで遭遇した昆虫ですが、決まった範囲から対象が出ようとした場合にまず先鋒が飛んできて、それらが死亡したのを合図に後続がやって来ました。他に何種類の命令を与えられるのか考えただけでも恐ろしいですが、少なくとも今言った2点、もしくは後続の群れが死亡した場合、そのいずれかをもって、ジガティスのもとへ別の虫が知らせに飛んだのでしょう。その後の動きを思えば、おそらく後続の全滅が条件だったと思います」
「あー、そういうことね……」
たしかに、あまり深く考えなくてもわかる話だった。そのぐらいの備えはしていて当然だろうし、ファガンさんを連れてまっすぐ王城に向かっていた私たちを迎撃できたということを踏まえれば、あのタイミングで連絡役が放たれたと見て間違いないだろう。
まさに虫の知らせ――なんて言葉はこの世界じゃ通じないだろうけど。
「そこから先は、バストアク王が口にされた通りです」
「えーっと……」
昼間にあった会話を思い返す。
「そのジガティスって人がステムナ大臣とサレン局長に、私たちを殺さないとお前らに仕込んだ寄生虫孵化させるぞって脅して、そのふたりはカザン王子たちを盾にバストアク王を同じように脅した――んだったね」
自分たちへの脅迫を、すかさず王へと流すあたりは流石と言えなくもないけど、どうにも小物臭がする。まあサレン局長は会ってすぐミゼットさんたち以上に思い出したくない死に様を晒し、ステムナ大臣に至ってはどこぞであっさり死んだということで、強キャラ感が一気に削がれたせいもあるのだろう。
「はい。そしてバストアク王は一周してジガティスと交渉しました。その手際を考えると、ひょっとしたら以前から大臣たちを通さず、直接の接触をしていたのかもしれません。そして交わされた交渉内容は、私たちに対して常備軍ではなくサレン局長たちの手勢を差し向けさせること。かつ地形はあの平原、時間は昼間、そしてサレン局長と、おそらくステムナ大臣自身も現場に立ち会わせること。――それらをジガティスから大臣たちに追加注文させたのでしょう。その見返りとして、彼らが破れた場合、バストアク王が持つ神の恩寵を発動して、私たちと闘うこと」
「えっと? それは――ああ、そういうこと……」
自分が死んでもいいから、国内の不穏分子を道連れにしようと。
「サレン局長が手配したあの集団に私たちが倒されていたら、バストアク王は恩寵を彼らに使ったことでしょう。私たちが勝てば、その時点でサレン局長とその実働部隊は全滅している。どちらにしても、国内の膿は取り除くことができます。……その条件として、必ず自身が恩寵を発動し、死を迎えることになるのだとしても、バストアク王はそれを遂行しました。我を貫く覇王の決断ではなく、身を切る為政者の英断と言えます」
フリューネは静かにそう言った。
少しの沈黙を挟んで、彼女はまだ口を開く。
「おそらく、ジガティスは誰が生き残ろうとも、この国を去ることに決めていたと思われます。城内に寄生虫を撒いたなどと言ってしまっては、残る居場所もなかったことでしょうし。また、そうでなければバストアク王も恩寵を使うことを躊躇ったことでしょう。大臣たち以上に危険な存在を残してはおけませんから。そして、国を去る前ににジガティスが望んだことは、ファガン様を救った謎の集団を殺すこと、そしてそれが不可能だった場合、少なくともその戦力を把握しておく、ということだったと見て間違いありません」
「ん? それはまあ、用心深いならそうするだろうけど――、あ」
喋りながらも考えていると、また昼間の1シーンが脳裏に蘇った。
フリューネとファガンさんの条件交渉。
「バストアク王に勝つことじゃなくて、闘うことが条件、ってあれかあ」
「はい。ファガン様の切り出し方がやや強引に思えたので、どうにかあの場で今の推論を導くことができました」
「……ということは、あの時点でフリューネもファガンさんも、ここまで説明してくれた流れを見抜いてたってこと?」
「戦闘はお任せするしかありませんので」フリューネは自慢も謙遜もせずにさらりと言う。「ひたすら頭を使うことに専念できただけ、ということに過ぎません」
いや、それにしたって……。
フリューネあなた、まだ11歳だったよね? いやまあ、こっちの世界の1年は地球よりちょい長いけど、それで換算しても12歳ぐらいで大差ないよね?
小6から中1ぐらいって、私なにしてたっけ? たしか友達4人集まってひたすらハンティングしてたり、ソウルを試されてたり、バ○プの零式オープニングにきゃあきゃあ言ったりしてたんだっけ? なにこの差?
軽くショックを受けながら、ふと疑問も浮かぶ。
「でもそうなると、バストアク王にとっては私に勝つのと負けるの、どっちが良かったんだろ?」
ランドセル背負っててもおかしくないお年頃のフリューネは理知的な瞳に翳りを見せる。
「おそらく、寸前までバストアク王ご自身にも、それだけはわからなかったのではないかと思います。ですからあの場でも、博打だと仰っていましたし」
「そっか……」
「私もその最期は見ていないのですが、お姉さまから見ていかがでしたか? ――その後のファガン様方を伺う限り、決して後悔や苦悩に塗れたものだったとは、思わないのですが……」
「えっとね」
最後のやり取りを思い出す。
『――おいおい、最期ぐらい冗談は止めたらどうだ』
『そのような世界の理を迂闊に喋るものではないぞ、粗忽姫』
『国民には安らかな顔を見届けさせてやらねばな』
『カザン、ファガン、喜べ! どうやら、私たちは不滅だ! この奇矯な姫と共に、臆さず駆けろ!』
……ムカつくのと、ちょっと笑えるのと、もうちょっと話してみたかったなという感傷と。
「――うん」私は軽く伸びをしながらフリューネに答えた。「悪くなかったんじゃないかな、と思う」
「そうですか」
フリューネはゆっくりと目を伏せ、一度目をつぶってから微笑んだ。
「少しだけなら、お付き合いしますよ」
酒盃を傾ける仕草をする11歳美少女。
「――いいの?」
「慣れておくべきことではありますので」
澄まし顔の彼女に思わず笑ってしまう。
「よし、カゲヤとターニャも誘って一緒に飲もう」
「それは、楽しそうですね」
あれ、フリューネの目が一瞬光らなかった?
まあ、いいや。
とにかく今晩は、酔ってしまおう。
あの、人をからかうことに余念のなかった王様の冥福も、仕方ないからついでに祈ってあげよう。