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Wikiとか無い世界だから

 クレーターの底で、私は少しの間だけ横たわったバストアク王の隣に座り込んで、力を失ったその右手を掴んでいた。

 悲しむべきではない、少なくとも、それを表に出してはいけない、という思考と、そうは言うけど、と反発する感情が混ざっていた。

 けれど頭上から地面の擦れる音がして、私の中で前者が優勢になる。そう、あの人達の前で私が感傷に浸ったりしていいわけがないのだ。


 駆け寄ってきたのは、ファガンさんとカザン王子。


 軽く息を上げてファガンさんが隣に立ち止まり、じっと王様を眺め、「……逝っちまったか」そう呟いて、静かにしゃがんだ。私は掴んでいた手をそっと地面に置いて入れ替わるように立ち上がり、数歩下がる。横へ目を向ければ、カザン王子はどうしたものか迷うように、両手を中途半端に上げ、立ち尽くしたまま父親と叔父を見つめていた。


 ふいに、何かが空から落ちてくる気配。

 神様ではない、もっと小さな、けれど似た気配だ。


 それは深い緑色の、一滴の雫だった。

 晴れた空から降ってきたそれはファガンさんの頭に当たり、ぱっと細かな霧となってその全身を包んだ。


「叔父上、それは……!」

 カザン王子が驚きの声を上げ、

「――ったくなあ」

 王様の目蓋を閉ざし、そのまま死顔に手を当てていたファガンさんは、ガシガシと頭を掻いて低く笑った。笑い声とは裏腹なその気配の色に、私は思わず目を逸らしかけ、けれど堪えた。

 これも受け止めるべきだ、と冷静な誰かが頭の中で言っている気がした。


 ファガンさんを包む霧は、徐々にその身体に吸い込まれていき、私の目に見える体内の光――魂とは別の色調で、一箇所に集まり、硬く輝きはじめた。

 

 神の恩寵が、できていた。


「直接の授与は久方ぶりだな」

 そして、風の神様が空からクレーターへと降りてきた。

 中東風の衣装をまとい、圧倒的なオーラを放つその姿に、隣のカザン王子がよろめくように後退し、ファガンさんは片膝をついて姿勢を正す。


「その力、使うも使わぬも貴様に任せる。使うならば私が『次』を決め、使わねば貴様に選択権がある。その場合の儀式は引き継いでいるか?」

「はい。承知しております」

 顔を上げ、ファガンさんは答えた。

「そうか。その輝きが絶えぬ限り、ジスティーユミゼンはセイブルの治める地を見守ろう」

「――ありがとうございます」

 ファガンさんが深く頭を下げ、その後ろでカザン王子も平伏していた。


 私は、その場に突っ立ったまま。

 平伏した方がいいかな、とはもちろん考えた。さっき降臨してきたときも特に礼をとらなかったけど、あれはバストアク王と闘う身として、正対を選んだからだ。別に目の前の神様自身が敵なわけではないし、ていうか敵にしたくはないし。


 ……が、結局私はその場に立ったままでいることにした。

 だって『遠慮せず神様と敵対していいんだよ』って仲間に散々言ったのは私なんだしね。

 この先も神様の力を授かった誰かと闘うことになったり、――もっとヤバい事態に陥るかもしれない。だから、あまり私が神様にへりくだる姿は、見せるべきではないと思った。


 そしてもうひとつ、私の中で、ひとつの心配があった。


「さて」

 そのふたりから目線を切り、こっちを向いた神様は、

「いかい――」

 ドンッ

 と地を蹴り神様の目前まで踏み込んでぴたりとその口に手を当てる私。


 今たぶん『異界の人間』とか言おうとしたでしょ!

 身構えといてよかったぁ!

 平伏してたら間に合わなかった!


 さっきまでの、バストアク王やファガンさんたちに対する複雑な思いが脳裏の彼方に吹っ飛び、一気に保身に入る私。

 それを冷笑する私や幻滅する私や妥当だと頷く私とか色々脳内でうるさいけど、それを綺麗にスルーして神様の耳元で囁くのも、また私である。


「神様神様、私、他の人に聞かれない場所でお話したいですっ」

「――ああ、なるほど」

 軽く頷いた神様。

 驚愕の気配を放っているファガンさんたち。


 ふわりと、地面が持ち上がった――と錯覚するような滑らかさで、私は宙に浮いた。

 そのまま遥か上空まで運ばれてゆく。

 強い風は感じないけど、目の前の神様の仕業だということはすぐにわかった。――さすが、風の操作が洗練されている。


 クレーターが十円玉ぐらいの大きさに見える高さまで浮上した私は、神様とあらためて対面した。

 ちなみにホバリングしている現状、上昇気流で私の髪の毛はゆるやかに逆立っているのだけれど、対する神様は髪の毛一筋すら動いておらず、服も波打ったりしていなかった。本人は風で浮いているんじゃなくて、それこそ重力操作でもしてるんじゃなかろうか。あるいは魔王様もやってた飛行する魔術かもしれない。


「周囲には隠しているのだな。すまなかった」

 開口一番、神様が謝った。

「あ、いえ、すぐに察して頂いて助かりました」

 慌ててそう言うと、なぜか神様は笑った。

「ああして詰め寄られたのは流石に驚いたがな。レグナストライヴァも評していたが、これはこれで心地よい距離感だ」

「あ……、申し訳ありません、無作法な真似を……」

 平伏しなかったのと、ダッシュで近づいて口を抑えるのとでは無礼のレベルが段違いだ。さすがに謝る。

 ジスティーユミゼンはゆらりと手を振り、

「良いと言った。そもそも、其方は異界の人間だ。この世界の神々に敬意を払う筋合いでもないし、むしろこちらが謝罪すべき立場だが、その筆頭たるアレがああではな……。他の神々もいたく同情していた。私からもその点については謝罪しよう」

「いやいや、いいですって!」

 なんで魔王様からも神様からもことごとく頭を下げられにゃいけないのだ。逆にどこぞの王様はこっちを茶化すことしかしなかったし、両極端すぎる。

「……ちなみに、アレっていうのは、シア――ラントフィグシア、様、のことですよね?」

 シアだったら呼び捨てしやすいんだけど、フルネームはなんとなく様をつけておく私。

「そうだ。奴の言動からでは結局何が起きているのかうまく把握できなかったのだが、その後にレグナストライヴァから説明があってな。ここ最近、其方について話題に上がることが多かったな」

「え、神様がたの間で、ですか……」

 嫌な予感しかしませんよ?

「機会があれば実際に降りて話したがっている者も多い。無闇に降臨するのは地上が騒がしくなるので控えることにしているのだが、そのうち投影体で現れる者は出てくるかもしれんな」

 うわぁ、フリューネたちが頭を抱える絵面が浮かぶ……。


「えっと、レグナストライヴァ様にラントフィグシア様は元気ですか?」

「ああ、レグナストライヴァは壮健にしているぞ」

 ほほう。

「……ということは?」

「配慮や説明や行動や、とにかく色々足りていないことに対してレグナストライヴァの説教と処罰が下った。其方との約定で処罰は大幅に軽減されたからたいしたものではなかったのだが、奴にとっては相当に重かったようでな、今は自分の区域に引きこもっている」

 ……シア、安らかに眠れ。


「――それで、サクライオリだったな?」

「はい。あ! そういえば名乗りもせず重ねて失礼しました……」

「構わぬ。さて、異界の者よ、せっかくこうして会えたのだ。何か面白い話でも聞かせてくれないか?」

 おおっと!?

「あのですね神様、それ地球では『無茶振り』もしくは『パワハラ』っていって重罪にあたるんですよ?」

 滑らかにまわる私の舌。

「なに、そうなのか?」

「はい」

 臆さず怯まずしっかり頷きました私。

「ふむ……、では詫び代わりにひとつこちらから面白い話を聞かせよう」

 マジか神様。

「先ほどの話に絡むのだが、戦を司る神アランドルカシムも其方に興味を持っている。降臨して直に戦ってみたいと駄々をこねていてな、周囲が止めているが、何しろ戦神だ。止められる神は少ない。いずれ其方の前に現れるかもしれんぞ」

 ――マジか神様!


「あのー、ちなみに、神様ってどのぐらい強いものなんですか?」

「ほう、受けて立つと」

 にやりと笑うジスティーユミゼン。

「いやいや! そこまでは! まずは興味本位ですっ」

 全力で首を振る私。

「そうだな、それこそ神も千差万別だが――、たとえば私は、其方が相手をしたセイブルの血族、あれの5倍から10倍というところか」


 ――おかしいな、計算するとレベルが万単位になるぞ?


「与えた力は単純に私の2割、ただその力を振るう機会が一度切りゆえ、練度が足りぬ。それを考慮すれば10倍か、もう少し高いかといったところだ」


 ああ、レベルとステータスだけだとやっぱり指標として弱いな。熟練度とかスキルレベルとかも測れるようにするかなあ。


「逆にラントフィグシアなどは100人いてもセイブルの血族に吹き飛ばされるだけだ」

 あ、やっぱり。

「だが奴は本気になれば時を操れるからな。その場合は勝負にならぬ」

「え、あのシアが勝つってことですか?」

「シア?」

 あ、うっかり。

「あー、えっと、シアとはここに来るときからの付き合いなもので、短名などつけてみたりしてまして……」

 

 神様、爆笑。

 ……うん、面白い話できたよ私。


「――そうかそうか、よし、戻ったら盛大に奴をからかってやろう。私の権能に誓って風説を広めてやろう」

 うん、シア、ちょっとごめん。


「ああ、それからラントフィグシアが勝つというのは正確ではないな。まあ、精々が時を止めている間に逃げるか、勝負が始まる前の時間に戻って逃げるか、勝負が終わった後の未来を見て酷くなければそこへ逃げ込むか、そんなところだろう」

「ああ、なるほど……」

 そのレベルの時間能力者かよ、という驚きと、それでも逃げの一択なのがシアらしい、という納得で微妙な表情になる。

 そんな私を楽しげに見ていた神様は、ふと地表に視線を落とした。


「さて、あの者が知っているかどうかだが……」

「はい?」

「いや、実はな、セイブルに与えた恩寵にはひとつ制約があるのだ」

「制約、ですか」

 すぐに誓約を連想する私はアレの新刊を心待ちにしている数多いなかのひとりです。……地球に戻った時にまだ出てないとか、ないよね?

「あの力を振るった上で、敗北を認めた場合、その力は勝者へと渡ることになっている。それがセイブルの血族でなくても、な」

「えっ?」

 思わず自分の身体を見下ろす。もちろん恩寵なんて入ってない。なによりファガンさんにそれが渡った現場を目撃したばかりなのだ。


 ジスティーユミゼンは目線を上げ、それこそ魂まで見通すように私を見つめる。

「レグナストライヴァが細工をしたそうだが、さすがに恩寵までその身体に刻むのは無理だったな。当然とも言えるが、其方からすれば損をしたように感じるだろう」


 ――いや、どうだろう?


 使ったら死んじゃうスキルとか使い勝手最悪だし、そんなもん受け取ったらファガンさんやカザン王子から恨まれ――いや違う、ファガンさんとか面白がって私を王様に担ぎ上げたりとかしかねない。お飾りの。自分は背後でそれを操る一番おいしい立場になって。


 かといって、ぜんぜん損だとか思ってませんと答えるのも、神の恩寵を有り難く思ってないように受け取られて機嫌悪くしてしまうかもしれない。


 あ、でも、

「ファガンさんが知ってたら、私が人族じゃないってバレるかもしれない……!」


 バストアク王が敗北を認めなかったからだと言い張る手もあるけど、相手はあのファガンさんだ。なにかしら疑われる予感がビンビンにする。


「そういうわけだ。本来手に入るはずのものが他者へ流れ、かつ疑念の余地だけが生まれてしまった。補填と謝罪として、代わりの何かを与えようと思うのだが……。レグナストライヴァに倣って眷属の地位を授けるのは、さすがにセイブルの守護神としては難しいところでな」

 その言葉に慌てて首を振る。

「いえ、そんな恐れ多いですし、眷属が被るとか、レグナストライヴァ様にも怒られそうですし……」

「妬心の厚い神ならそうかもしれんが、奴も私も気にはせん。――が、どの道先の理由からそれは無理だな。ふむ……、何か欲しいものはあるか?」


 こういうとき、選択肢が出てくれるゲームの有り難みを痛感する。

 明らかに自分より偉くて強くて人種どころか種族から違う相手に、何かを要求するというこの難しさ。


 あまりつまらないものをお願いするとかえって不機嫌になられたりしそうだし、単純にとりっぱぐれた気分にもなるし、逆に過大なおねだりをしてもやっぱりマズい結果になったりしかねない。


 幸い、この神様はわりと話が通じそうだけど、そうは言っても大軍を殺せるような力を与えたり、死闘をのんびりと見物したりしていたのだ。油断するわけには行かない。


 ――よし、ならばいくつか、小出しにしていって様子を見てみるのがいいかも。


「あの、物ではなくで、情報でもいいでしょうか?」

「ほう、何を訊きたい?」

「ええと、神様について。たとえば――」

 この先の予定を脳裏に展開しながら、私は質問を考える。

「――まず、恩寵って、どうやって与える相手を選んでいるのでしょう?」

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