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死後、評価が高まるタイプの王様でした

 前後左右、そして頭上から曲線的な軌道を描いて5本の竜巻が襲ってくる。視界はほとんど埋め尽くされる。

 さらに遅れて3本が隙間を埋めるように向かってくるのを、気配で感知する。


「りゃっ」

 左から来た1本を、左手に持った『風王の盾』で殴りつけた。


「ぐぬっ」

 この盾、形が球体なので持ちにくいし、大きすぎるし、いちいち悲鳴を上げる機能が内蔵されてるしと、イマイチな点が多いのだけど、防御力の高さだけは逸品である。

 殴りつけた竜巻は激しい擦過音を上げながら軌道を逸らし、空いたエリアに私は逃げ込む。

 

 さっき右から来ていた竜巻が、今は私の背中を追う角度になる。

 振り向きざま、それを真正面から受け止めた。


 ――回転の威力は私の手足を消滅させるレベルだけど、推進力自体はそこまででもない。

 その場で踏ん張り、他の竜巻が追いつきそうになるまでにできるだけ盾でガードを続ける。


 そうすることで竜巻自体の勢いも弱まるし、盾の内包するエネルギーも、徐々に目減りしているのがわかった。


 そしてまた周囲を包囲されそうになる寸前で、ガードしていた竜巻を受け流し、安全圏へと移動する。


「くっ――、いい加減に離さぬか」

 盾が喋った。

 インテリジェンスシールドか。


 そして盾から持ち主たる私に向けて、凄まじい風が噴出される。

「うぶっ」

 巨大なグローブに殴りつけられたような衝撃に身体がよろける。

 が、そのぐらいでこの手を離したりするわけないでしょう。


「持ち主を捨てるなんてとんでもない!」


 おおきく振りかぶって、思い切り地面に叩きつけた。


「かはっ」

 盾のなかから苦しそうな声が聞こえる。


 ――そろそろ破れるかな?

 盾を持つ左手にさらなる力を込め、右拳を固め、殴りつける。


 半ばまで地面に埋まっていた盾が、完全に陥没する。――が、依然として盾――風の防壁は健在だった。


 振り回されるのと違って、単純な衝撃にはやたらと強いらしく、なかから声も上がらない。


「じゃあ、こうだ!」


 地面から引き抜いた盾を、再び叩きつける。

 何度も。

 何度も。

 ライブのエンディングを締めくくるドラムのように。


「がっ――は、ぐぁ……」


 これは効いているらしい。

 そして、盾の内側から急激な力の奔流を感じた。


 風。


 私が掴んでいた防壁の表面、空気の膜が弾け、その内に巡っていた強大な風が四方に吹き荒れた。


 掴みどころを失った私は、これまでで最大の風速になすすべもなく吹き飛ばされる。

 そして何やら硬いもの――おそらく岩にぶち当たり、それを粉砕し、さらにまた別の岩に――。


 4度目で、ようやく勢いが止まり、瓦礫がガンガンと脳天に当たるのも無視して私は前方を見据えた。


 そこには、隕石でも落ちたのかと思うようなクレーターが出来上がっていた。

 直径50メートルはあるだろうか。


 その中心に、ボロボロになったバストアク王が浮いていた。

 

 私のパンチを防ぐレベルの風壁、そのエネルギーを解き放っての全方位攻撃。

 ――つまり、今が絶好のチャンス。


 それを逃すこと無く、王様の斜め後ろから、凄まじい速度で赤いレーザーが飛来した。

 それは上半身に命中し、辺り一帯を爆音と閃光で満たす。


「ぐ……、が、ぁあ……」

 目をくらませるほどの光が消えた後には、左腕がほとんど炭化し、顔や胴体も左半分が火傷で覆われたバストアク王が。


 ……マジか、リョウバ。

 狙撃はお任せを、って確かに言ってたけどあの距離からこの威力って……。いつも見てる魔弾の比じゃないんだけど……?


 そして、

「――ぅあっ!?」

 ぽつりと、

 王様の胸部に、赤い染みができた。

 それはじわりと広がり、ほどなく血が流れ出す。


 犯人はもちろん、完全ステルス&防御無視攻撃を持ったエクスナ。


 ――ふたりとも、完璧な奇襲だったよ!


 その頃には私も瓦礫から這い出て、クラウチングスタートの構え。

 よーい、どん。

 バストアク王の目がこちらに向いたときには、既に間合の内まで入っていた。


 そして、この戦闘が始まってからついに、

「ご無礼っ」

 私の拳がバストアク王の顔面を捉えた。


 高速で吹き飛んだ身体は地面に衝突してもうひとつのクレーターを生み、王冠が、砕け散った。




 クレーターの斜面を滑り降りて私が近づいてく間に、バストアク王は身を起こし、ふらふらと立ち上がった。

 テンカウント寸前で立ち上がったボクサーみたいに。


 けれどそれは、レフェリーに続行を伝えるためではなく、敗北を受け入れながらも見下されるのを拒む王様の誇りゆえ、という感じに見えた。


「まだやります?」

 いちおう、そう尋ねてみると、

「いや、十分だ」

 そう答えが返ってきた。


「素直に参ったとか負けましたとか言えないんですか」

「一騎打ちと思わせておいて伏兵とは、性根の悪い姫もいたものだな」

「あれ、たしか自分の部下を何百名も待ち伏せさせてた王様がいたような?」

「そういえば、私の部下を何百名も惨殺した怪力の化け物が出たという報告があったな」

「王様王様、大変! 王冠壊れてますよ、生え際隠さないと!」

「ところで散々食べてすぐ動いていたが大丈夫か? 戻したり放屁などされては流石に噂の流布を止められんぞ?」

「……」

「……」

 睨み合う。

「まだやります?」

「そうしてもいい気がしてきたな」


 睨み合い、同じタイミングで肩の力を抜き、笑い合った。

 ――そして直後に身構え、また一瞬睨み合い、そこでようやく、本当にお互い力を抜いた。


「可愛げがないな」

 バストアク王が皮肉げに頬を歪め、

「今日は性格悪い人たちと延々戦ってきたので」

 私も半眼になって薄笑いを浮かべた。


「さて、それでは……死にゆくこの身に、最後の相手から手向けの言葉でも貰おうか」

「……死ぬんですか? そんなに効きました? 最後の一発」

「ああ、実に痛かった――が、まあ、あれぐらいで死にはせぬ。単に時間切れ、いや、力を使い果たした、というところか」

「恩寵の、代償ですか」

 そうだろうな、とは予想していた。

「悪いように言うものではないぞ。そもそも、神に近しい力を振るってなお生き続けるなど人の所業ではない。うむ、つまりその私を破った其方は、やはり人とは言い難いな」

「悪口言わないと立ってられない病か何かですか」

「拳を構えながら言うのは止せ」

 両手を広げて目を眇めるバストアク王。

「……言うほど力を使い切ったようには見えないですけど?」

 たしかにダメージは大きいようだし、たとえMP切れで風壁とか竜巻とかをもう使えないとしても、ステータスがバカ高いのだ。少なくとも、まだ他の仲間達に相手を任せたいとは思えなかった。

 バストアク王は無事な方の右腕を軽く握ってみせた。

「振り絞れば一矢報いることはできるかもしれんが、勝ちの目はないな。それに乱暴者の其方とこれ以上戦いたくはない。葬儀で見せる死顔が原型を留めていなかったら国民も悲嘆に暮れることだろう」

 お望みならボッコボコにその顔腫れ上がらしてやりましょうかと言いたくなったが、それこそ乱暴者の発言だと辛うじて自制しました。


「さあ、早く手向けの言葉を寄越すがいい。王の最期を見届ける光栄さを噛み締めながらな」

「そう言っときながら実は死ななかったら本気で殺しますよ」

 軽く睨みつつも、バストアク王から漂ってくる気配――暖かいような、寂しいような、微妙な感情の波に、まあお別れの挨拶はしてあげないとな、という気になってしまっていた。


 考える。

 思いついたのは、この国に来る前に聞いた情報。


「では熱を司る女神、レグナストライヴァ様の眷属たる私が告げましょう」

「おいおい、最期ぐらい冗談は止めたらどうだ」

「信じる努力をして!」

 マジでどいつもこいつも!


 バストアク王は私をじっと見て、

「――おい、まさか真か?」

「そう言ってるでしょ!」

 ぐしゃりと髪に手を突っ込んで王様は笑った。

「っはは、まったく、世界は狂っているな。うむ、冥土の土産に良い話の種をもらった」

「違う! これから言うんだってば!」

 この国のおっさんどもは空気を茶化すことしかできないのか!

「ああ、聞いてやる、早く話せ」

 なんでこっちが喋りたがってるような流れになっているんだ……っ。

「あー、もう、じゃあ言いますよいいですか! これからあなたは死ぬそうですけども! あなたの内に輝く魂は滅んだりしません! 天へと昇り、神々の力で新たな生命に循環しますっ。この世界からあなたの根源が損なわれるわけじゃないので安心して次の人生にいってらっしゃい!」

 一息に言い放った。


「……そうか」

 バストアク王は顎に手をやりながら私を見て、

「そのような世界の理を迂闊に喋るものではないぞ、粗忽姫」


 ズバァン!


 プチ切れた私の右ストレートを、がっしりとバストアク王が右手で受け止めた。


「まだ元気じゃないですかオジサン、こうなったら息の根止めるまで続けますよ?」

「はっは、言ったであろう、国民には安らかな顔を見届けさせてやらねばな」


 私の拳を掴んだまま、バストアク王は空を見上げた。


「ジスティーユミゼンよ、背負わせて頂いた一陣は、まさに至高の力であった。……勝利を捧げられないこと慚愧に堪えぬが、これにて凪としたい!」


「構わぬ」

 天から降ってくる声には、満足そうな響きがあった。

「セイブルの血族よ、稀なる相手と共に、良き光を放っていたぞ。その光輝を次代に継ぐことを保証しよう」

「有り難く」


 天高く浮いている神様が、地上へと手を差し伸べた。

 ずわっ、とバストアク王の身体から魂の光――上昇していたレベル分だけでなく、もっと根幹のところもまるごと――が吸い上げられていく。


「兄貴!」

 声のする方へ目を向ければ、ファガンさんと、「父上!」その少し後ろをカザン王子が、こっちに駆けてくるところだった。


「ふん」

 バストアク王が楽しそうに目を細めた。

 そして口を開く。

「カザン、ファガン、喜べ! どうやら、私たちは不滅だ! この奇矯な姫と共に、臆さず駆けろ!」


 目を丸くするふたりが辿り着く前に、バストアク王の身体からすべての光――命が、抜けていった。


 どさりとその身体が崩れ落ち、

 最後に、私の拳を掴んでいた手からも、力が失せた。

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