盗む(力依存)
地を蹴り、駆け、最後にひとっ飛びして――到着。
そこまでの一連の運動で、だいたいわかった。
身体が軽い。
力が漲ってる。
傷は癒えたし、疲労も抜けたし、お腹もいっぱい。
「お待たせっ」
ベストコンディションである。
「レイラ姫、ご無事で」
バストアク王と対峙していたカゲヤが、私を見て安心したように声を上げた。
「いや、それ言いたいの私。――ほんとにお疲れ、ありがとう、ふたりとも」
「おう、どうにか保たせられたか。……じゃあ、倒れるわ俺」
どさりと、言葉通りその場に倒れ込むシュラノ。
「え、ちょっ、シュラノ!?」
カゲヤが素早く一瞥し、
「気絶しただけです。大事はありません」
「ほんとに?」
「はい。まともに受けた攻撃はありませんでしたから」
そう言うカゲヤも、倒れているシュラノも、たしかに見た感じ大怪我はなさそうだけど、細かい傷は無数にできていた。
「ふむ、思ったより早かったな」
バストアク王が声を発した。
「はい。大急ぎで食べましたから。まあ、敵相手に言うのもなんですけど、助かりました。ありがとうございます」
「それは構わぬが――」バストアク王は、私を見て瞬きを繰り返した。「……生えたのか?」私の右手右足を凝視しながらそう尋ねてきた。
「はい。生えました」
「失った部位をこの短時間で復活させるとは、相当な術士がいるのだな」
「いえ、食べたら生えました」
「……すまん、もう一度頼む」
「いっぱい食べたので、治ったんです」
「そうか、私の理解の範疇外ということがわかった。……其方、実は人の皮を被った超常の怪物ではないのか?」
さっきの暗殺者たちと似たようなことを!
「遅くなりました」
なんか言い返そうと思ってるときに、リョウバも到着した。
「お疲れ。それじゃ、シュラノを馬車までお願いね」
そう言うと、事前に頼んでいたにも関わらずリョウバは渋い顔をした。
「男を運ぶのはまったくもって気が乗りませんね……」
「ちなみに私、完全回復したからさっき運ばれたときのセクハラに仕返しを――」
「ああ、シュラノ、気絶するまでよく戦ったな。うむ、すぐに手当が必要だ」
いそいそとシュラノのもとへ駆け寄るリョウバ。そしてなにやら倒れている彼をくるっと回転させるようにして、一瞬で背負い、駆け出していった。
「それじゃカゲヤは、疲れてるとこゴメン、またモカの護衛をお願い!」
「承知しました」
そしてカゲヤが向かう先へと声を投げる。
「モカ、またコマンド頼むからよろしくね!」
先ほど入力ミスをした彼女は、遠目にもびくっとしながらも、
「お、お任せくださいっ」
そうはっきりと答えた。
「また、其方ひとりか」
バストアク王が軽く首を傾けながら言った。
「あんな竜巻、危なっかしくて相手してられないですよ普通」
「なるほど。それでどこをとっても普通ではない其方が相手をすると」
「お褒め頂きありがとうございます」
「首や胴体も生えることを願っておこう」
「……さすがにちょっと自信がないですが……」
くっくっ、と王様は笑った。その周囲に、またも気流が渦を巻く。
現れたのは、両手に余る数の竜巻。
「では仕切り直しといこう、飢えた怪物姫よ」
「だからなんでみんなして謎のあだ名をつける!?」
私の文句を押しつぶすように、八方から襲いかかってくる竜巻。
くっそ、口論は後だ。
――集中!
全方位から、時間差や緩急をつけ、軌道を曲げて幻惑し、さらにはこちらの回避を予想して誘導したり、そして喰らえば私の防御力でも耐えられない攻撃。
それを、避ける。
避けまくる。
回避行動に、全力を注ぐ。
さっきは、避けながら間合を潰して隙を探してモカへのコマンド指示も頭に入れて攻撃までつなげて、と、並列で色々考えていた。
そのせいで、回避率が下がり、ダメージを負い、身体も頭も疲労が溜まり、最後にはエネルギー切れで致命傷をくらってしまった。
だから今回は、まず回避だけをひたすらに。
そう、モカのコントローラーも私の各武装も、実戦投入は今日が初なのだ。慣れない戦法を取り入れた初っ端からいきなり全部をうまくこなせるほど、私は器用じゃなかった。
言ってみれば操作方法も覚えきれてない状態で難易度バグった敵キャラと戦ってるようなものだ。
思い出せ、たとえば全世界で爆売れしたあのスパイダー○ンを。
慣れない操作で迎えた最初のボスでいきなり2桁のゲームオーバーを叩き出したあのプチトラウマを。
しょうがなく難易度EASYにしても変わることなく死に続けて半泣きになった成人女性がそこにいたじゃないか!
途中から『これ、ガンガン行ったら死ぬやつだ』と気づいて回避に専念しだしたら徐々に掴めていけたあの感覚を今に活かすんだ私! スパイダー○ンスはないけど、集中モードの私の周辺察知力はマップに敵攻撃まで表示できるレベルなのだ!
無数の竜巻と、時折挟んでくる突風や空気弾を、とにかくひたすら避け続ける。なにげに一番ヤバいのが、足下から身体を浮かそうとする突風だけど、いつの間にか『風が生じる寸前の気圧変化』で察知できるようになってきた。
間合が遠ざかっても近づいても気にせず、とにかく1発当たったら死ぬゲームをプレイしてる気持ちで避けまくる。
そうしているうちに、いくつかわかってきたことがある。
まず、さっきより段違いに動けている。
それがどうも、お腹いっぱいになった効果だけじゃないっぽい。
竜巻の攻撃モーションに慣れてきたというのもあるだろうけど、自分自身の動きが、なんだかしっくりきているという感覚がある。
――レベルか。
そう気づいた。
なにしろ直前に、私が倒した暗殺者は100人近いはず。
平均レベルは30前後でそれほど高くなかったけど、人数も合わせて考えると、レベルアップができるようになってから一番の経験値を獲得した気がする。
急に大きくレベルが上がると、ステータスの上昇に身体感覚が追いつかないと以前にもモカが言っていた。
その上がり幅に、馴染んできているのだろう。
そして、いくら強力な竜巻を複数同時に操っていても、それを制御しているのはひとりの人間だ。どうしたってパターンやリズムに限界があり、私の反射神経はそれに対応しつつあった。
ちょっとずつ、余裕すら生まれてくる。
なにしろ宙に浮く王様のさらに上方で、神様が愉快そうにぱちぱちと手を叩いているのさえ把握できてしまうのだから。
――そうだ、オフェンスはディフェンスから、と某諦めの悪い先輩も言っていたじゃないか。
良いディフェンスは、良いリズムを生む。
そして――ごく自然に、無理をせずに、攻撃を仕掛けられる道筋が見えた。
「ははっ、まさかな、凌ぐか!」
一気に踏み込み、バストアク王の眼前に迫る。
傍目には、いきなり攻撃に転じたようなものだろう。だからすぐモカにコマンドを指示したりしない。いつ来るかわからない私の声を、ひたすら待ってくれているのだ。それだけでも相当にプレッシャーが溜まっているだろう。
そこへ急なターン切替だ。今何かを頼んでも、またコマンド入力をミスったりしやすい。
なので、ここは自力で攻めます。
背後の竜巻は間に合わないと判断したのか、正面から突風が吹き荒れる。
ためらうこと無く決め顔をつくってララの誓いを発動し、風をかき分けて強引に前へ。
「ふはっ、なんだ今のは?」
くそっ、ばっちり見られた!
羞恥心を怒りに変えて、突風を凌ぎきり、すかさずポケットに手を入れた。
食事休憩中に拾った、ただの石ころである。
軽く、投げつける。
そしてあっさりと、バストアク王を覆う風の防壁に当たり、跳ね返って地面に落ちた。。
「――ほう」
バストアク王の目が、わずかに険しくなる。
私はにやりと笑ってみせる。
休憩前も含め、ここまでの攻撃で調べはついた。
・攻撃は受け止めるだけで、受け流しはできない
・形は球状
・髪の毛で縛り上げることができる
・防壁自体に攻撃力はない
――ブラフを混ぜてる可能性はあるけど、深読みしてたらきりがない。
とりあえず今は、次の結論を信じることにする。
すなわち、
「殴っても大丈夫!」
地上3メートルに浮かんでいるバストアク王に向かって鋭く跳躍し、言葉通りに、ぶん殴った。
吹っ飛んだ。
「よっし!」
いやー、やっぱ気持ちいいなー。
もはや感想が荒くれ者なことも気にならないぐらい。
そして予想通り、殴った拳は平気。
ならば追撃です。
吹っ飛んだ先へ向けダッシュ。
背後の竜巻は、ダメージによるものか操作範囲から出たのか、その場から負ってくることもなかった。
バストアク王は空中でブレーキをかけたように吹っ飛びの速度を落とし、接近する私を見て迂回するように軌道を変える。
けど減速してる間に、ほとんど追いつけた。
「モカ、さっきのもっかい!」
私がそう叫ぶと、バストアク王が警戒するように身構える。
けれど、コマンド指示は日本語を使うようにしているし、技名や発動部位や今みたいに言い方を色々変えている。たとえ二度目の技だろうと、発動するまでは何が来るのか特定はできなりだろう。
が、さすがというべきか、私が両手を突き出して指先でロックオンをした瞬間に察したらしい。
エメラダ・ギアスが発射するのとほぼ同時に、空から鉄槌のような爆風が降ってきた。
刺突に近い髪の束は、正面からの風では防ぎきれないと判断したのだろう。
そして向こうの狙い通りに、10本の髪で作った槍は力負けし、上空に浮かぶバストアク王へ届くことなく下方へと逸れる。
残念だけど、これも想定の1つ!
すかさず伸ばした髪を切断し、前方を塞ぐように吹く風の槌を迂回、バストアク王の側面へと回り込んだ。
あっちも気づいてまた風を起こそうとしたっぽいけど、1度やられたエメラダ・ギアスに意識が集中していたようで、私のほうが速かった。
また殴り飛ばすのもいいけど、いちいち間合が離れるのも面倒。
なので、左手を伸ばす。
そして、風の防壁に阻まれた。
「なんだ、さすがにもう髪は伸びぬか?」
バストアク王が笑い、
「王冠で生え際隠してる人に言われたくないですね」
と私も笑い返す。
「ちょっと待て、その暴言は捨て置けぬ」
「いえいえいいんですよ男性の悩みに踏み込むなんてはしたない」
はじめて、バストアク王の眼に怒りが生じた気がする。
「よしわかった。其方を叩きのめしてからこの王冠を外して見せてやろう」
「ああ、蒸れるんですよねできるだけ外しときたいですよね?」
「ふっ、減らず口と腹の音が止まぬ稀有な姫だったと国史には刻んでおくので安心して地に伏せるがいい」
互いに睨み合い、先に仕掛けたのはバストアク王だった。
ちゃっかりと操作していたらしく、さっき置き去りにした竜巻が一斉に襲ってくる。
私は、伸ばした手を遮る風の壁に意識を向ける。
触れた感じは、パンパンに空気を入れた巨大なゴムボールみたい。薄い空気の膜の向こうで、猛烈な力を持つ風が循環しているのを感じる。
回復した今の私でも、この壁を殴って破ることは難しいかも。
でも、今の私は平らな壁すら掴むことができる。直径2メートルの球なんて、バスケットマンがボールを片手持ちするより簡単。
そして私の戦い方的に、だいたいの場合、掴んだらこっちのものだ。
風壁へ触れている手に、全力で力を込めた。
――手応えあり!
「ふんっ」
空中に浮遊している状態そのものに、それなりの推進力みたいなものが使われているらしい。多少の引っ掛かりを感じたけれど、一度動かしてしまえば後は勢い任せだ。
掴んだ風の防壁――に守られているバストアク王を、片手でぶん回す。
「なにっ!?」
すぐ後ろまで迫っていた竜巻を、風の盾(王様内蔵)で受け止めた。
ズシャアアアァッ、と乾いたものが高速で擦れる音が鳴り響く。
バチチチチッ、と巻き込んでいた石や砂が風壁に弾けて地面に当たる音が続き、1本の竜巻が消失した。
「くっ!」
残りをいったん戻し、弧を描くように盾である自分を迂回させて私を狙うバストアク王。
「ふっ」
だが竜巻の軌道はさっきまで散々見せてもらった!
まず左手からくる竜巻を弾き飛ばした。
もちろん掴みっぱなしの風の球体で。
「がっ」
急激な遠心力がかかったようで苦悶の声を上げる王様。
よかったですね、竜巻より風壁の防御力が上で!
さあ、散々苦戦させてくれたな竜巻ども。
強力な装備――風王の盾を手に入れた私の反撃タイムだ。