スキル:腹の虫・大(ヘイト低下/音属性)
暗殺者集団からの連戦。
竜巻の連続攻撃によるダメージと疲労。
急に力が入らなくなった身体。
周囲一帯に響き渡った謎の音。その音源は――私のお腹。
……謎はすべて解けた。
「――幼少時まで振り返ってみれば、何度か聞いたような気のする音だったが……」
なんとも気まずそうな表情で、宙に浮いているバストアク王はこちらを見下ろす。さっきまで熾烈かつ執拗に追いかけてきた竜巻も、今は止まっていた。
「……いや、まさかとは思うのだ。私たちの戦闘でこの地にもだいぶ負担をかけただろうからな。地盤の崩れた音か何かだと……」
直前まで致死率高めの攻撃を繰り出していた相手に、気遣われている……っ!
「……くふっ」
吹きやがった!
「ふっ……っははははは」
そして笑いやがった!
「はっは……ぁあ、いや、すまぬ。辛いのは其方だというのに、笑うところではなかったな。しかも姫君に対して……」
半笑いで謝られてもっていうかまず私の右手足をふっ飛ばしたことを謝ってもらいたい。
――怒りなのか義体の性能なのか、痛みがだいぶ和らいできてるのはありがたいけど。
「ああ、そうか、口にしてから思い出したが其方は姫だったな……、高貴な、淑女が……」
おい、自分の言葉でまた笑いのスイッチを入れるな。ぷるぷる震えるな!
今度は吹かずに我慢できたっぽいバストアク王は、深く息をしてから腕を組んだ。
「そうだな、一度は城で歓迎の催しまでした他国の姫君を、事もあろうにバストアクの国内で空腹にさせるなど、これはこちらの失態と言えよう」
そう言うと、軽く右腕を振った。
その途端、王の周囲にあった竜巻が、1本を残して消えていった。
「詫びとして、其方に時間を与えよう。……だが戦中ゆえ、ゆったりとした食事ではなく手短な補給とさせてもらいたい。――今から其方が戻るまで、竜巻はこれひとつに制限して他の戦士たちの相手をしようではないか。仮にその者たちが倒れれば、そこまでだ。そのとき其方がまだ食べたりなくとも口にものを入れていようとも、即座に全力での攻撃を仕掛ける」
「ご厚情、誠に感謝致します」
いつの間にか接近していたカゲヤが、バストアク王に槍を向けた。
モカは、さっき崩れた岩の陰に隠れている。
「ふむ、貴様はたしか城でも見た顔だったな。ひとりで私を阻むつもりか?」
「お試しを」
カゲヤの言葉と同時に、竜巻が襲いかかる。
余裕を持って躱すカゲヤに、今度は強風が押し寄せる。
「――っ」
その場で踏ん張ったところに、竜巻の追撃がかかり――直前で軌道を曲げ、逸れた。
「ほお、風には風を、か」
バストアク王の視線の先にいたのは、
「シュラノ!?」
零下砦の発動と維持で魔力を使い果たし、倒れていたはずの彼が立っていた。
「おー、ひでえ有様だな、レイラ姫」
「シュラノ!?」
その口調に別の意味で驚き、久々の本体登場だと気づいた。
「え、ちょっと、大丈夫なのっ? あ、もしかしてそっちが出たらま――体力が回復とか……」
魔力、といいかけて慌てて飲み込む。
「そんなうまい話があるわけないだろ。ちょっとは休んだけど、もうほとんど空っぽだ。正直、いますぐ倒れたい」
「待って待って、じゃあなんで?」
「まあ、普段のシュラノなら冷静に休憩に専念するんだけどな」にやりと、普段の彼が見せない笑みを浮かべる。「こっちの『俺』が勝ってるとすりゃ、やせ我慢と根性ってやつだ」
そして私の横を通り過ぎ、カゲヤの方へ近づいていく。
「シュラノ――」
「早くメシ食ってきな。腹ぺこ姫」
「その呼び名やめて!」
私の叫びはスルーされた。
「てことでカゲヤ、手を貸すぞ」
隣に立って、シュラノは親しげにカゲヤの肩を叩く。
「……そうですか、あなたが……」
「おう。たまにしか出ないけど、こっちの『俺』が本性だ」
またも、わざわざ日本語で俺と名乗るシュラノに、
「っ、今の、それは!?」
珍しく、カゲヤが露骨に動揺している。
え、なんで? と疑問に思っている私の後ろに、またも誰かの気配。これだけ近くに来ないと気づけないぐらい、今の私ははらぺ――疲労が溜まっているらしい。
「お迎えに参上しました」
そう言って私を抱え上げたのはリョウバ。
さらっとお姫様抱っこである。
「リョウバまで……」
「私がこの役目を他の男どもにさせるとお思いですか?」
「あ、はい……」
「はっは、カゲヤ! 先ほどは苦渋の決断でモカを譲ったがな、レイラ姫は私のものだ!」
「運ぶ役目ってとこを省略しないで欲しいんですけど!」
勝ち誇った笑いのリョウバにツッコむ。そういえばさっきモカを運んできてもらった時、この男がゴネたとか言ってたなあ……。あ、遠くでモカも睨んでる。
「では死ぬ気で時間を稼げよふたりとも!」
リョウバとシュラノからも心なしか冷たい視線を浴びつつ、リョウバは私をしっかりとホールドして颯爽と駆け出した。
「ああ、今この瞬間のために私は生まれてきたのだと――」
「安全運転でお願いしまーす」
地味に振動が大きくて、酔いそうになる。
「激しい戦闘で上気したレイラ姫のお身体の香りがまたいかなる香水よりも芳しいですな」
「うわぁもう最悪! 降ろせぇー!」
ろくに身体を動かせないこの状況、私は最も危険な人物に身を委ねてしまったのかもしれなかった。
馬車のあるところからそこまで遠くは離れていなかったことが不幸中の幸いだった。
リョウバのセクハラに耐え、心身ともにボロボロになった私の視界の先には、なぜか同じぐらい心労をたたえた表情のフリューネが。
「あれ、どしたのフリューネ」
一向に私を降ろす気のないリョウバから強引に脱出しつつ、私は尋ねた。
「いえ、なんでもないのです、私があらぬ想像をしてしまっただけで……」
「へ?」
エクスナとカザン王子も手伝ってくれ、どうにかリョウバからの脱出に成功した私は、
「まあなんでもないなら。――エクスナ、とにかく今は大至急、ありったけの食べ物と飲み物ちょうだい。調理しなくていいからそのまま食べれるやつ!」
そうお願いを口にした。
フリューネが、背景に稲妻を轟かせる勢いで愕然とし、そして崩れ落ちた。
「やはり、先ほどの、音は……」
あ、そういうことね。
……笑われるより、ある意味きっついな。
ターニャが側に寄り添ってるし、まあ、そのうち立ち直ってくれるでしょう。
「はいどうぞ。はいこれもこれも、あとこれも」
どさどさと干し肉や果物や水などを目の前に積んでくれるエクスナ。
「いやー、景気のいい鳴りっぷりでしたねー。私たち今日はバストアク王国の歴史に色々と刻んでますけど、これまた特異な一行が記されますよきっと!」
「ほんとに載ったら滅ぼすよ、この国ごと」
軽口をたたきながらまず水を2リットルほど飲み、肉、野菜、肉、果物、肉、パン、そしてまた大量の水、といった感じで次々とお腹に放り込んでいく。――あぁ、なんだろう、この感覚。美味しいとか以前に、このどんどん満たされていく感じが心地良い。
「ん、なんかむずむずする」
ふとさっき失った右の手足を見れば――
「うおぉっ!?」
「お姉さま、これ以上王族にあるまじき音や声を上げるのは、どうか……!」
フリューネが切にお願いしてくるけど、いやでもこれ、すごいよ。
「うっわあ、生命の神秘……」
エクスナもやや引いた表情で見つめる私の手足は、むくむくと傷口から肉が盛り上がり、もとの状態まで回復しようとしているとこだった。
この世界には映像媒体がないから伝わらないだろうけど、あれだ、植物の成長とかを早回ししてるような感じで、前腕や脛が伸びていく。
さすがにナ○ック星人みたいに一瞬でずばっとはいかないけど、秒速5ミリメートルぐらいの勢いである。
「あー、これはあれだ、体力だけじゃなくてこっちの回復にもエネルギー必要だから、あんなにお腹鳴っちゃったんだ」
疲労度だけでいえば、今までにも同じぐらい疲れ果てたことは何度かあった。白嶺を踏破してるときとか、サーシャとの戦闘訓練とか、魔王様に食らったウサギ跳び地獄とか。
でもそこにこれだけのダメージが合わさったことはなかった。サーシャによる痛みに慣れようキャンペーンだって、今ほどの大ダメージではなかったし。あのときは開始早々に連打を食らいまくって体力を使う余裕すらなかったし。
お腹に入れていく食べ物が、片っ端から熱を生んで身体に巡っているような心地がする。手足以外にも、竜巻でやられた傷がどんどん塞がっていく。
「大量の食事を持たせたレイラ姫を単独で先陣に立たせるのが、一番いい戦法かもしれませんねえ」
「……私もちょっとそれ思ったけど、カゲヤとか絶対認めてくれないでしょ」
「もちろん私も反対するぞ、エクスナ」
リョウバが軽く鼻を鳴らす。
「今回も、相手が神の御力を得た規格外の存在ゆえにレイラ姫へ多大な負担をかけているが、まったくもってこの身が歯痒い。――ああ、できればあの2人にこのまま倒してもらいたいところだが……、どうやら無理そうだな」
嘆息するリョウバの言葉に、慌てて戦場を見る。
――よかった、無事だ。
バストアク王は約束通り、加減をしてくれているようだった。
それでも突風を駆使してカゲヤを間合いに入らせないし、シュラノは竜巻1本の相手で釘付けにされている。
「まだ食べます?」
「……うん」
今は、焦って半端なコンディションで飛び出すべきじゃない。
全力で回復してやる。
見てろ王様。私に時間を与えたことを後悔しやがるがいい!