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ちなみに成長させる派でした

 正面から高速飛行で突撃してくるバストアク王めがけて、右の拳をカウンターで構える。


 ――パンッ


「うわぷっ!?」


 突然、顔面で何かが弾けた。

 眼が痛み、反射的に手で顔を抑えてしまう。

 ヤバい、タイミング外された!


 カウンターを捨て、バストアク王の気配を読み、慌ててガードを固める。


 衝撃。

「――っ!」

 ガードした両腕に、たぶん拳が激突した。


 ふっ飛ばされる。


 ガリガリと地面を削りながら止まろうとするが、バストアク王もこちらを追いかけてくる。


 ――集中っ!

 痛みの残る目を必死に凝らす。


 今のいきなり破裂した何か、あれは覚えのある衝撃だった。

 ――そう、眼科検診で受ける、眼に空気を当てられるアレだ! アレを何十倍か強くしたやつ。


 バストアク王とその周辺の空間を凝視していると、一箇所、ものすごく微妙だけど光が屈折しているようなところがある。

 そこに焦点を当てると、なんとなく、透明なシャボン玉のようにも見え――それがいきなりこちらへ飛んできた。


 これかっ!


 サイドステップして、躱す。

 バストアク王が軽く目を見開いた。


 絶妙のタイミングで、モカのコントローラーから魔力波が送られてくる。

 受信したコマンドは――なるほどね。


 ばっ、と両手を突き出し、左右十本の指先を広げて、バストアク王のシルエットに沿うようにして照準をつける。


 ――発動!

 私の髪の毛が、深い藍色から鮮やかな緑色へと変わり、猛烈な勢いで伸びてゆく。

 伸びた毛髪は合わせて十本の束となり、ムチのようにバストアク王へと放たれた。


 王様の目が、さらに見開かれる。


 先端を槍のように鋭く尖らせた髪束は、それぞれが違う箇所――私が指先を向けた位置へと突き進む。

 そして――風の防壁に阻まれた。


 バストアク王が『惜しかったな』とでも言いたげに笑い、

 私も『読みが浅いね』と笑い返す。


 発動した兵装の名は、【エメラダ・ギアス】。

 十の髪束はたしかに相当な威力の刺突攻撃ではあるけれど、それだけでは終わらない。


 開いていた両手を、ぐっと握りしめる。

 鋭く束ねられていた髪が、一斉にほどけ、バストアク王を覆い隠すように広がっていく。

「何!?」

 驚く声を上げるバストアク王の姿は、あっという間に見えなくなった。


 そう、エメラダ・ギアスの本質は、命中した対象に巻きつき、締め上げる拘束具なのだ。



『――へえ、ギアスは制約とか束縛って意味なんだ。エメラダは?』

 手術で埋め込まれた各武装への名付け会議で、ロゼルは興味深そうにそう尋ねた。

『えっと確か、エメラルドっていう緑色の宝石が語源だったかな。同じような技使うキャ……知人がいてね、その子がきれいな緑の髪で』

『え、私みたいな?』

『あ、そういえばロゼルも緑髪だね。でもその子はもうちょいくっきり濃い色だったかなあ』

『そっかぁ。ねえ、どうせなら発動時に髪色緑に変わるようにしよっか? イオリの髪、陽の下だと青味が強いから、緑のほうが視認性下がって多少は避けられ辛くなると思うし』

『え、いいの?』

『うん、いいよー。――おーい、みんなー、イオリの髪色変えるからー、あ、正確には変える機能盛り込むからー』

『班長っ!? 何を……冗談ですよね!?』

『本気っ。なんだよーそんな青い顔しちゃってー』

『だって、エメラダ・ギアスを組み込むために何本の髪を作って植え込んだと思ってるんですか!?』

『15万本だっけ? イオリって髪多めだよねー』

『それにまた追加機能を!?』

『あ、そっか。1本ずつ仕込み直すのは気が滅入るね』

『でしょう!』

『だから頭皮に髪全体の色変えるような機能をつけよう! ほらモカ図面広げて広げて!』

 しくしくと泣くモカたちロゼル班を見て、慌てて『今のなしなし!』とロゼルにキャンセル依頼をしたものの、『えー、駄目ー、もう私作るって決めたから。面白そうだし。でもどうせなら他の色にも変えられたり髪型も自在にできるように――』『今の仕様で十分です!』と彼女を止めることはできなかった。


 ……私は、何度ロゼル班のみんなに、謝ったりねぎらったり差し入れしたりしたっけ……



 そんな悲劇をもとに完成したエメラダ・ギアスは、人間大よりひと回り大きな緑色の球体を描いて、私の頭上に浮かんでいる。――なるほど、バストアク王の風壁はこういう形か。死角がないな。


 けど、今からする攻撃に防御の隙なんて無関係。


 私は球体から伸びている――というか球体へと伸びている髪を、両手でしっかりと掴んだ。


 言ってみれば、鎖の長さ10メートル、鉄球の大きさ2メートルのモーニングスター。


「せえのっ」


 振り回した。


 それはもう、プロペラと化して飛べるんじゃないかという勢いで、ぐるんぐるん頭上で振り回した。


 いくら頑丈な風の壁に守られてても、目が回るのまでは防げないでしょ!

 加えてけっこうなGもかかってるはず。

 さっきまで散々風に舞わせてくれたお礼だ!


 激しい砂埃と風切り音を上げながら高速回転する球体。

 10本発射時のエメラダ・ギアスに用いられるのは、10万本の髪の毛だ。簡単に千切れたり脱出されたりするような代物ではない。


 いいだけぶん回し、その勢いのまま、回転軸を横から縦にしていき、

「おりゃっ」

 地面へ叩きつけた。


 ――音、というより、衝撃そのものが耳を打った。


 ――後から聞いたのだけど、その衝撃は地震となって王城にまで届いたらしい。


 そして、ただの投げっぱなしならこれで終わったのだろうけど、生憎とロゼル班が懸命に作製した私の髪はハリもコシも一級品である。


 着弾地点から、まるでゴルフでダフったように曲線を描いて地面を抉り、ちょうど私を径の中心として反対側の地面から飛び出してなお、拘束は維持され、回転の勢いも残っている。


「おかわりっ」


 もう一度、叩きつけた。


 一打目で緩くなった地盤が大きく崩れ落ちる。

 球体は地中深くに埋まり、その内側にいるだろうバストアク王の気配も、大きく乱れていた。

 なんらかのダメージは与えられた模様。


 ならばもう一度、と思ったのも束の間、強い力が膨れ上がるのを感じた。

 拘束している髪がビリビリと震え、掴んでいる手元にまで伝わってくる。

 ――このまま繋がってるのはなんかマズそう!


 慌てて手を離す。

 そして両手を顔の横まで上げ、チョキの形をつくる。ええ、ダブルピースですが何か?

 そのまま、左右の手でそれぞれ2回、ハサミで切るジェスチャー。

 すると伸びていた髪がもとの長さのところで切れ、バサリと地に落ちる。

 ほとんど同時に、球体と化していた拘束の内側から、大爆風が起きた。

「どわっ!?」

 またまたあっさりと吹き飛ばされる。

 十秒ぐらいの滞空時間を経て、着地。風圧に飛ばされただけで、ダメージはなかった。……あのまま髪の毛で繋がったままだったら、どうだったかわからない、ナイス判断。


 爆心地では、石や土に混ざって緑色の髪の毛もはらはらと舞い、やがて消滅していった。

 さっきのポーズで自ら切るか、あるいは誰かに切られた際は自動的に魔力の粒子となって消えていく仕組みなのでそこはいいのだけど、問題はあの拘束自体を破ったことだ。


 10万本使用時のエメラダ・ギアスは、カゲヤどころかあのサーシャでさえ力だけでは破れない代物である。

 ……さすがは推定レベル2500オーバーということかな。


 陥没した地面から、その当人が浮上してくる。


 口元や鼻、目、こめかみなどから血を流し、衣服の肩口や肘、膝のあたりがボロボロになっていた。

 どれだけ頑丈な壁に守られていても、それごとぶん回されたりぶつけられたりすれば、内側にも衝撃は通ったのだろう。あの様子だと、自分を守るはずの壁の内側にぶつかったりしてたのかな。


「――直接的な攻撃で『死ぬかと思った』のは、初めてのことだったぞ」

 ダメージを受けてもなお、バストアク王の顔には笑みが浮かんでいた。


「降参してもいいですよ?」

「魅力的な話だが……、少しは仕返ししたい気分でもあるのでな」

 バストアク王の足下――陥没した地面から、複数の上昇気流が生まれる。

 私の目が風も見えるようになったわけではない。それらの気流が、土や砂、小石を大量に巻き込んでいるのだ。


 気流は渦を巻き、勢いを増し、竜巻と化す。


「一撃では避けられる、叩きつけても耐えられる、ならばこうだ」


 人の胴体ぐらいの太さになった3本の竜巻が鎌首をもたげ、それこそ蛇が噛み付くように襲いかかってきた。

 

 ――あ、これまたヤバそう。


 後ろに飛んで回避する。

 竜巻のうち1本が地面に激突し、進路をそっくり抉り取った。

 風圧じゃない、巻き込んだ石や砂が高速で旋回し、ドリルみたいになってる。

 アレは、さすがに食らったらどうなるかわからない。


 避けた竜巻は、消滅せずにさらにこちらを追ってくる。

 さらに、奥から2本が追加で発射された。


 合計5本、それぞれが別角度から、軌道も様々に、さらに速度差までつけている。しかも追尾機能つき。……ほんとに面倒な相手だ。


 それでも、まだどうにか避けられ――

 パシッ、

 とまた目に衝撃。


 さっきの空気弾!

 竜巻に紛れてのコレは、さすがに避けられない。もとはレベル1だってのに、ずいぶん戦い慣れしてないか王様!?


 不意を突かれた一瞬で、竜巻は間近まで迫っていた。

 涙で滲む視界は捨て、気配感知に集中する。――幸い、大量の土砂を巻き込んだ竜巻はただの風と違って察知しやすい。


 けれど。

 ……くっそう。

 たぶん、避けきれそうにない。


 どこを捨てるか即座に判断し、歯を食いしばって回避行動に。

 右から来た2本をサイドステップで避け、上体を屈めて左からの1本をすかし、頭上から降ってくる1本をバックステップで躱し――さらに横へのステップが、少しだけ間に合わず、遅れて左から来た最後の1本が、


 ジャグッ!


 左の肩口を掠め、嫌な音と感触がした。

 少し遅れて、じわり、痺れと熱が広がり――激痛。


「うづっ……!」


 悲鳴を噛み殺しながらさらに距離を取る。怖いので傷口は見ない。大丈夫、どうせ治るんだから! だから止まるな!


 だらりと下がって動かなくなった左腕を極力無視して、さらに追ってくる竜巻を必死に避け続ける。

 けれど合間合間に空気弾を目や耳に当てられ、ときには強風が足下をすくい、さらに途中から竜巻の本数が増え――


「はっ……、は……、ぅ、ぐぅ……」


 数分後、左肩に加えて、右の脇腹、背中、左のふくらはぎにダメージを負った私は、疲労と痛みで動きが鈍くなっているのをはっきりと自覚していた。


 クリーンヒットは辛うじて免れてるけど、このままじゃ削り殺されかねない。


 救いといえば、竜巻の速度と軌道、多方向からの攻撃に目が慣れてきたことか。

 向かってくる竜巻は、既に8本に増えている。

 ――その軌道から、踏み込めると予測し、前方にダッシュしながら、

「エメラダ・ギアス!」

 モカに届くよう叫んだ。


 強力だが魔力の消費も大きいので、2回で打ち止めだけど構わない。モカの入力速度を計算し、竜巻を避けながらバストアク王に接近して――


 魔力波が、来ない。


「――っ、も、申し訳ありませんっ!」

 狼狽して泣きそうなモカの声。

「大丈夫!」

 焦るとコマンドミスるよね!


 ならば自力で発動しようかとも思ったけど、残念ながらエメラダ・ギアスの発動ポーズは、恥ずかしいとか以前にこの土壇場でとる余裕がある代物じゃない。


 背後から竜巻が来るのを察知し、折角詰めた間合いだけど諦めてまた距離を取る。


「そろそろ終いか」

 バストアク王がぽつりと言う。


「冗談っ」

 肩口の傷は早くも癒え、腕も動くようになってきた。

 よし、これなら左腕の武装を――


 かくんっ、

 と、唐突に膝が崩れた。


「へ?」


 その場に尻餅をつく。

 そこへ、竜巻が襲いかかってくる。

 避けようと思うが、うまく身体が動かない。え、何? ヤバいヤバいヤバい!


 すぐに顔を作り、右足のララの誓いを発動、強引にその場から離脱する。――が、ちょっと遅かった。


 ジャグンッ


 右膝から下と、右の前腕から先が無くなった。


「――――っ!!」


 悲鳴を上げる余裕もない。


 離脱したその場に倒れ込み、身体を丸め、襲ってくる痛みに苦悶する。

 痛い。

 痛い。

 怖い。

 痛い。


 傷口がどくどくと脈打ち、血が流れていくのがわかる。

 右腕と右足、それぞれの先が、指や手首足首が、「ない」のがわかる。

 血と一緒に、魔力とか体温とか、生きていくのに必要なものが流れ出していくような感覚。


 痛い。

 怖い。

 嫌だ。


 思考を占拠するその言葉の狭間に、

 ――けれど、別のものが乱入してきた。

 

 それは、直前の戦闘の記憶。

 最後に毒を食らい、倒れ込んだときのこと。

 自分の受けた痛みと恐怖で、仲間への心配を塗りつぶしてしまったあのとき。

 ――言わなかったけど凄い後悔しただろ私!

 ――自分可愛さで仲間のこと忘れるとか最悪って思っただろ!


 痛みと恐怖に支配されそうな感情のなかから、強引に度胸とか怒りとか、根性なんかを引きずり出していく。

 こんなときこそ働け、無闇にタフなこの世界の私のメンタル!


 かき集めたのは、私があんまり好きじゃなかった暑苦しい感情。

 それを使って、必死に自分を鼓舞する。


 今私がやられたら、

 カゲヤやモカも危ない。

 その後ろにいるリョウバやエクスナやシュラノ、フリューネたちもどうなるかわかんない。

 カザン王子やナナシャさんたち、あといちおうファガンさんも、立場はかなりマズくなるはず。


 そして、それは最終的に魔王様も――っ。

 

 一瞬でそれらを思い、ちょっとだけ手足に力が戻ってくる、痛みも、少し遠ざかる。


 ……あ、そうだ私の最終ゴールである魅惑の未来ゲーム空間も……


 この急場でまた自分のことかよと、ちょっとだけ手足の力が抜ける。

 ――いや待て待て、今はもうなんでもいいから動く燃料に変えろ!

 

「……っのおおおぉぉぉっ」


 片手片足で、立ち上がる。


 容赦なく追撃してくる竜巻を、ギリギリで回避し、思い切り距離を取る。


「イオリ様!」

 カゲヤが焦りと安堵の混ざる声をあげる。

 見れば、護衛するはずのモカから何歩か離れ、今にもこっちへ駆け出してきそう。


「まだ大丈夫!」

 私は強いて元気そうに大声を返した。


 そう、まだいける。手足が治るまでどうにか時間を――

 

 そのとき、


 グゴゴゴゴゴゴ――


 と、低く大きな音が鳴り響いた。


 ……私のお腹から。

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