さすがにタッチパッドまでは実装できなかった
私の身体に内蔵された各種武装は、そのほとんどが特定のポーズを取ることによって起動する。
そしてそのポーズを決めたロゼルのセンスがなかなかにアレだったせいで、非常に恥ずかしいポーズが多い。
まあポーズ自体のあざとさは置いておくとしても、中には魔眼光殺法みたいに片足立ちを要求されたりなんかもするので、動き回りながら発動するのは難しい場合もある。また発動したらしたで、ポーズを取るということ自体、隙を作ってしまうというリスクもある。
一応、近接や移動向けの武装には比較的楽なポーズを、遠距離攻撃系に複雑なポーズをあててもらったが、それでも実際のレビューは重要だ。
武装を埋め込まれた手術後、魔王城で幾度かの戦闘訓練を経て、私の感想も混じえて改善策を練ることになった。
『もっと戦闘中に出しやすい姿勢へ変えるべきでしょうか』
サーシャが言い、
『あれも結構考えたんだよー。まず日常動作や通常の攻撃動作で誤発動しないのが大前提だから、どうしたって不自然な格好にはなっちゃう』
ロゼルはバババッ、と自ら様々なポーズをとっていきながら答える。そのどれもが私なら悶絶ものなのだけれど、ロゼルは外見が小柄な美少女かつ一切の照れというものがないので、かなり様になっていた。
ロゼルと私、身長差が20センチぐらいあるし、顔立ちも全然タイプが違うからなあ。
『動作と発動の連携自体を、制御する工夫はできないか? 日本語で言うオンオフという奴だ。オフのときはその動作をしても発動しないようにするというものだが』
魔王様が発言する。そのアイディアはゲームのオプションから連想したのかな? あと正確にはその単語は日本語じゃない。
『おお、それはおもしろい機構ですけど、実は今でもけっこう限界まで詰め込んでまして、少々本体を拡張しなければ実装できないですね。具体的に言うとイオリがやや太りますけど?』
『却下です』
魔王様の言葉を待たずに、サーシャが断言する。それに一瞬なにか言いたそうな顔をした魔王様も、『……たしかに、ただでさえどうやって作ったか分からない身体だからな。あまり余計に手を入れると不具合が生じるかもしれん』と難しい顔になる。
『あ、ならいっそイオリを一回バラバラにして作り方をあらためて――』
『それを試みたら両腕をもぐと言いましたよね?』
『……うっす』
サーシャの顔を眺めてマジだと悟り、不承不承頷くロゼル。
――ふむ、内部に詰め込むのが限界なんだとしたら……
『じゃあ体内の武装はそのままで、それを動かす制御装置を外部に用意するのはどうです? えっと、私の世界にはリモコンという道具があって、こう、見えない光とか電気とか、そういうのに特定の波長を持たせて、なんだっけ、指向性? みたいなふうに飛ばして――』
ズガガッ、と椅子を蹴倒しテーブルに乗って私の目の前まで来襲してくるロゼル。
『――くわしく』
今夜は寝かせないぜ! と言わんばかりに目をギラつかせた彼女に、私はマズいこと言っちゃったかな? と魔王様を見る。
『……バラン、イオリから話を聞き、必要最低限な情報だけロゼルへ伝えろ』
『承知しました』
『そんな! 検閲反対! イオリの脳はママたる私のものでしょ!』
さわぐロゼルの首根っこを掴み、サーシャが部屋から出ていった。
『……奴の前で地球の技術を話すのは禁止だな、イオリ』
まったくもって同感だった。
『ごめんなさい……』
これは反省だ。
『いや、我もオンオフなどと迂闊に口にしてしまったからな。イオリに水を向けてしまったとも言える。それよりも1を聞いて10を知り20を曲解し100の問題を引き起こすロゼルが厄介だというだけだ』
えらい言われようだが、ある意味高い評価でもあった。
『しかし、リモコンか。たしかリモートコントロール、あるいはリモートコントローラーだったな』
『はい』
『我はリモコンの現物を見たことがないが――コントローラーということは』
魔王は両手を軽く持ち上げ、何かを持つような素振りをした。
一瞬で理解し、私も同じ格好をしてニヤリと笑った。
『はい、リモコンという名称で呼ばれるものは一般に細長い板状ですが、それを長時間持つことに適した形に変えることになんの異論もありません』
『ふむ、つまり』
『はい。――作るべきはゲームパッドです』
魔王も愉快そうに口元を緩める。
『ならばイオリに仕込まれた各種武装を発動するのは』
『もちろん、コマンド入力です』
そうして開発されたのが、モカが手にしているコントローラー。
黒をベースにカラフルなボタンを配置し、スティックは左右均等に2本、左上に十字キーを置いたプレ◯テ型。もちろん無線タイプ。通称『イオリコマンダー』である。
相変わらず突っ立ったまんまのバストアク王から一定の距離を保ち、円周状に高速で動きながら私は日本語で叫ぶ。
「魔眼光殺法、左っ」
「はい!」
モカがコマンドを入れる。ちなみに→←→□です。
コマンド入力に成功すると、コントローラーから私に向けて魔力が射出される。それをこの義体が受信し、魔力の波長・周波数・属性に応じて、左目の魔石が反応し、発動準備が開始される。
高まる魔石の力を感知し、照準をバストアク王に向け――発射!
狙い違わず眼からビームが発射され、命中寸前で、
――ビュゴウッ
目視できそうな物凄い威力の風が巻き起こった。
ドムッ
風の壁に当たったビームはそこで爆破。
爆風はすべて防ぎ止められ、土埃が過ぎた後には相変わらず同じ位置に立ったままのバストアク王が無傷でいた。
左眼の魔眼光殺法は爆破タイプ。一定以上の質量に衝突するとそこで爆発するレーザーだが、小石程度なら貫通するようになっている。ならバストアク王が起こす風は、相当な質量を持っているか単なる風じゃないか、いずれにせよ物理的な障壁にもなるということだ。
「次、右!」
が、その程度で怯んではいられない。
動きを止めず、バストアク王の背後へと回り込みながらモカへ指示。
再び入力されたコマンドは、右目の魔眼光殺法。
こっちは爆破せずひたすら直進する貫通タイプだ。
ビキュゥン!
真後ろから放たれたレーザーは、再び風の壁に阻まれるが、今度はそこで爆発せずにせめぎ合う。
光球となったレーザーが風の壁をジリジリと押していき――
「うわ、駄目か」
やがてエネルギーが尽きて、レーザーは消滅した。
ゆったりと、バストアク王がこちらを向く。
……今ので分かったのは2点。
いくらレベルアップに伴って反応速度が上がったとしても、真後ろからの攻撃をなんの動きも見せずガードするのはさすがに無理だろう。――私みたいに気配感知スキルでも持ってない限り。
ということは、あの風壁はオート発動するタイプと見た。
そして、右眼のレーザーをただ受け止めて耐えるだけで、横風で受け流したりはしなかったことを思うに、それがオートガードの限界だろう。
よし、なら次の攻撃は――
「ん?」
何も言ってないのにコマンドを受信した。
コマンド内容は右足の裏、すなわちララの誓い。
「っ!」
発動と同時に、全力で地を蹴った。
ゴウッ、と音立てて背後から襲ってきた風を、間一髪で回避。
なるほど、王様自身からじゃなくて、離れた場所からも風呼べるのね! ただでさえ目視できない風を、ノーモーションかつ死角からも発射可能とかどんだけ厄介だっつうの。
遠くにいるモカとカゲヤに向けて、一瞬だけ親指を立ててありがとうの代わりに。あの位置から私の背後で起きる風に気づいたってことは、カゲヤの助言かな。
もともとはコントローラーを持つモカの護衛という役割をお願いしていたけど、スナイパーの観測手みたいなことも任せられるかも。
「――まったく、残念でならんな」バストアク王が口を開いた。その表情はまだまだ余裕という感じ。「これが一般的な軍相手なら、頂いた力の万能感に酔いしれることができたのだが。そなたのような超人が相手ではな」
たしかに、あの強風はそこまでレベルの高くない大人数相手というのが一番効果的かもしれない。
敵の攻撃は届かず、近寄れもせず、範囲攻撃で一掃されるだけだ。
それこそさっきの暗殺者集団も、今のバストアク王なら私たちより短時間で倒せるかも。
「とはいえ、神に照覧頂いている場でこの力を無為に振るい続けるのも愚行極まりない。久々に汗を流そうか」
ふわりと、宙に浮いた。
そりゃまあ、飛べるだろうね。
私をあんだけ散々飛ばしてくれたんだから。
バストアク王は私に向かってではなく、なぜかさっき私が激突させられた巨岩の破片が転がっている方へと飛んでいった。
着地し、その破片をひとつ拾い上げている。
それを放り捨てると、さらにまた、一抱えはありそうな破片にも手を伸ばし、難なく持ち上げてみせた。ああ、上昇したステータスを確かめてるのね。
「なるほど、凄まじいものだな」
バストアク王がその破片を放り投げると、ズズゥン、と地響きが鳴った。100キロじゃきかなそうだよね、あれ。
「加減を間違うかもしれん、許せよ」
今度こそ、こっち目がけて文字通り飛んでくるバストアク王。
ふん、力比べなら望むところだ!