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エルゴノミクス秘密兵器

 天から降る光の柱。

 以前にそれを見たのはラーナルト王国のとある森の中。

 女神レグナストライヴァが降臨したときであった。


 そして今日、ここバストアク王国にも、あれと同じような光の柱が。

 その光の内側に、薄っすらと人影が見えてくる。

 そして発される、強大な気配。

 ――神。


 バストアク王は立ったままその光を見上げている。カザン王子は呆然とした顔になった数秒後、何かを悟ったように慌てて姿勢を正して顔を伏せ、ファガンさんも驚いてこそいないものの、同じような格好になっている。


 220年ぶりに発動された、バストアク王国の王位に継がれる恩寵。

 長くて60年という人族の寿命では、噂でしかその正体は語り継がれなかったのだろう。

 正しく知っていたのは、たぶん王様本人とファガンさん、あとは直接聞いたか調べたかで、ステムナ大臣やサレン局長ぐらいだろうか。カザン王子は今の様子を見るに、漠然と察してたのかも。

 本来なら、いきなりこの光景を見せられた敵だったら、それだけで戦意を失ったり逃げることを選んだりするかもしれない。


 ――が、待ってほしい。

 この世界には、人族よりずっと長い300年の寿命を誇る、魔族という種族がいる。

 そう、前回の発動時にリアタイ世代だった魔族も、まだ普通に生きているのだ。



 この国を攻略すると決め、バストアク王が恩寵持ちだいう話をフリューネやエクスナから聞いた私は、魔族領へ送る定期連絡の中で過去に発動された恩寵について情報を求めていた。

 返事が返ってきたのは、ファガンさんの家に向かう数日前。

『実際に見た者はいないが、少なくとも恩寵によって神が降臨し、当時の王に反旗を翻した1万弱の軍が壊滅したことは間違いない。発動する予兆があれば絶対に逃げるように。というか計画を前倒しするなら事前に相談せよ。勝手にバストアクに決めるんじゃない。ラーナルトやコルイの件も含め色々言ってきたがイオリ貴様、我の説教を読み飛ばしているだろう!』という魔王様直筆のものだった。


『よしそれじゃ、神様が降臨するとして、どんな種類の恩寵だったら逃げるか決めよっか』

 返信を読んだ私がそう言うと、

『魔王様のご指示からして、種類によらず逃げるべきでは……』

 とカゲヤが困り顔で言い、

『んー、でもこないだみたいに神獣を放つとかなら勝てそうだし。ていうか魔王様なんでか神様をやたら絶対視してるんだよねえ』

『いや、なんでもなにもアナタ……』

 とエクスナが目を眇めたり、

『その、今更ではありますが、天上の使者たるレイラ姫――イオリ様が、神を降臨させるという恩寵を持つ相手と、敵対して良いものなのでしょうか?』

 リョウバが頬を掻きながら尋ねたり、

『あー、うん、さすがに直接殴り合うのは厳しそうだけど、それ以外ならなんとかなるかもしれないし。だからまあ、バストアク王の恩寵次第で対応を決めておきましょう!』

 そんな流れで微妙な表情の仲間たちと対応案を練ったりしてました。


 で、出たアイディア――というかみんな遠慮して発言しなかったのでだいたい私が考えた想定パターンとしては、


1.神様自身が直で戦いに参加する、召喚獣:居座りタイプ

2.神様が一回きりの技なり術なり放って帰る、召喚獣:使い切りタイプ

3.神様が取り憑いてパワーアップしてくれる、憑依○体タイプ

4.神様が凄い武器・強い神獣・ヤバい能力とか授けてくれる、チートタイプ

5.それ以外で神様がなんかお願いを叶えてくれる、○龍タイプ


『こんなとこかなー』

『どれも相手する私たちにとっては致命的に思えるんですけど……』

 板書してくれたモカは冷や汗をかいていた。

『そう? まあ、とりあえず1はさすがに逃げよう。いちおう、レベルを判定してからだけど。2はうまく退避して神様がお帰り頂いたら戻ってくればいいよね? 3と4は見極めが難しいけど、5は願い事を口にするなら聞き取っちゃえば――』


 みたいな感じで対応策を練っておりました。

 


 そして、現在。


 天から降臨したのは、すらりと背の高い、浅黒い肌をした男性の神だった。

 明るい緑と金色が混ざった髪をなびかせ、アラビアンナイトに出てくるような太いパンツ、素肌にショートジャケット、そして三首や耳や胸元を無数のアクセサリーで飾り、持ち手をうんと長くした盃みたいな道具を片手に持っている。

 今は私たちの頭上、10メートルぐらいのところに浮遊していた。

 ……とんでもないオーラを放ちながら。


 そして肝心のレベルは、やっぱり測定不能クラス。レグナストライヴァ様や魔王様の同格――気持ちちょっと低いかも? ぐらいの感じ。


 その神様から、伸びやかな声が流れる。そんなに張ってないのに、近くで話すのと変わらないぐらいの大きさで聞こえてくる。


「セイブルの血族、何代になった?」


 バストアク王は、その場に立ったまま神を見上げる。

「ジスティーユミゼン様の御加護により、当代で27となります」

「そうか。私を呼ぶ意味は承知しているな」

「はい」

「では申すが良い」


 バストアク王が、一瞬歯を食い縛ったのが分かった。

「――ジスティーユミゼン、風を司る神よ、其の一陣を此の背に追うことを許し給え」

「――許す」


 神が手にしていた柄の長い盃が、ゆっくりと傾けられた。

 そこから零れ落ちるのは、薄緑の煌めく液体。

 それは地上へ近づくにつれて霧状になっていき、バストアク王の全身を包んだ。


 途端、王の魂が一気に輝きを増した。

 私が、眩しさに目を細めるぐらいに。


 盃を戻した神、ジスティーユミゼンは、ゆったりと視線を周囲に巡らせた。

 

 一瞬だけ、その視線が私に止まり、そしてまた王へと戻る。


「セイブルの血族よ、良き場を設けた。存分に其の力を振るえ。貴様の輝きが次代の礎となるだろう」


「有難きお言葉、光栄至極に存じます」

 そう答えたバストアク王は、数秒前と別の存在になっていた。


 外見に変化はない。

 変わったのは、そのレベル。


 私はバストアク王を見つめたま、後ろにいるカゲヤへと日本語で告げる。

「想定パターン4、チートタイプ! 効果はレベル上昇、推定――2500以上!」


「――では」

 カゲヤの声に、力強く頷く。

「戦う! モカにアレ持たせて!」

「すぐに」

 言ってカゲヤは走り去った。


「……妙な暗号を使うのだな」

 バストアク王は、さっきまでと変わらない口調で言った。

「解読できたら大したもんですよ」

 異世界人がノーヒントから日本語を解読とか、不可能なんじゃないか?


「仲間は、逃げたわけではないようだな」

「はい。もひとり呼びに行ってもらいました」

 王の視線が、膝をつき顔を伏せたままのファガンさんたちに向けられる。

「これから戦うとはいえ、神が降臨されたこの場でよく平然と動けるものだな。そなたも、今の男も」

「鍛えましたので」


 そう、そこがめっちゃ大変だった。

 みんなの意識改革。

『いい? 神様にも色々いるの。そこは魔族や人族と大差ないの。戦闘力も説明力も皆無で会話を迷宮入りさせることしか取り柄のない女神とか、実はただの卵生種族だとか、浮気しまくりゲス野郎だとか、電動工具で死ぬとか、延々トロッコでまわるだけの人生だったり、BGM負けしてるメタボだったり、アパートで暮らしてたり、トイレの駄女神だったり、顔芸すごかったり、マザコンだったり、すべての原因だったりするの。そんな無数にいる神の誰かと闘ったところで世界が終わるわけじゃないの。だいたい仮にも天上の使者な私がこんなこと喋ってるのに天罰ひとつ落ちない時点で地上のことなんてろくに見てないってわかるでしょ?』

 だから遠慮せず敵対していいんだよ? と道中延々語り続けてたどり着いた今日なのである。


「……合わせて3名か。足りるのか?」

「たぶん」

 私は、不敵に見えるようがんばって笑みを浮かべた。

「ていうか、直で戦うのは私ひとりですから」



 カゲヤが先ほどと同じようにモカを抱きかかえて戻ってくるまで、バストアク王は待ってくれた。

 というより、何やら己の手足を眺めたり軽く動かしたりと、試運転みたいなことをしていた。

 ……とりあえず、その動きを見る限り、格闘スキルとかもらったわけではなさそうだった。


「用意はできたか」

「はい」

 バストアク王の正面、20メートルほど距離を開けて、私は軽く半身になった。

 モカは斜め後方、私から50メートルぐらい離れたところに。その側にはカゲヤが控えている。


 神様は、その私たちを見下ろす位置、地上から随分離れた場所に浮遊していた。空中だと距離感を掴みづらいけど、少なくとも某キー局の球体ぐらいの高さはありそうだった。


 風を司る神。


 その神が力を授けたのだから、単にレベルが跳ね上がっただけじゃなくて、風魔法的な能力ももらったと見るべきだろう。


 ……それは、私にとって苦手な属性だった。


「息子の嫁候補だ。……死ぬのではないぞ」

 

 突風。


 いきなり吹き付けてきた強風に、思わず目を細める。

 ずず、と踏ん張る足が地面を削っていく。


 くそっ、やっぱり風使いか!

 しかも予備動作なし! 厄介!


 私が前に進めないぐらいの強風。ライブ帰りに東京ドームから外に出る扉を開けたとき以上の体感風圧だ。

 その風が、不意にひゅるりと私の背を巻くように流れ、

「おぉ?」

 ロケット噴射みたいな上昇気流に変化し、私を空高く持ち上げた。


 一瞬で、バストアク王やモカたちが豆粒みたいになる。


「奴も言ったように、できれば生き残れ。異界の者と話をしてみたいのでな」

 別方向から吹いてきた風にのって、神様の声が届いてくる。ったく神様ってのは呑気だな!


 それに返事をする前に、今度は上から叩きつけるような爆風。


「――っ」

 向かい風がとんでもない勢いで口に入り、空気に噎せるという新鮮な感覚。

 重さのせいか風を受ける面積のせいか、自然と頭が下になる。この高さと速度でのパイルドライバーはさすがにマズい!


 踏ん張りのきかない空中で、上から押し付けるような風に逆らいながらの姿勢制御はめちゃくちゃパワーがいる。……けど、それなら得意分野です!


 どうにか手足を地上に向け、衝撃に備える。


 ――ズゴンッ


 あっさりと手足は地中に埋まり、多少は衝撃を殺しつつも顔面や胴体も地面と激突し、爆発したように土が巻き上がる。


 外から見たら隕石落下みたいなのかな。

 ……なんて考えられる時点で大丈夫。単なる物理的衝撃なら、相当なダメージまでは耐えられる。

 伊達に魔王城で何度も訓練場の壁にめり込まされてきたわけじゃない。


「――けほっ」

 土埃に閉じていた目を開けても、視界はまっ暗だった。

 どうやら数メートルは埋まった模様。


 耕したように柔らかくなった土が身体に纏わりつき、脱出しようにも足が沈むだけ。


 ……まあ、誰も見てないなら遠慮なく発動できる。【ララの誓い】!


 ドムッ、と低い破裂音と共に、地中から脱出。

 

「ははっ、平然としているのだな」

 笑うバストアク王から私までの、地面に意識を集中させる。本人に予備動作がなくても、風を吹かせるなら――

 地表を覆う砂や小石が、突然動き出す。

 すかさず真横に跳躍。

 1秒足らずで、寸前までいた場所を突風が過ぎていく。

 よし、だいたいの範囲はわかった!


 着地からすぐ切り返し、バストアク王めがけて突進する。


 再び地表に動き。

 またまた横へ回避し、すかさず突進。

 

 あと数歩で殴れる間合い!


「惜しいな」

 王の足元から、丸く波紋のように砂が波打った。


「くっそ!」

 全方位攻撃かよ!


 とっさに地面へ拳を打ち込む。

 ――が、後ろへ吹き飛ばそうとしていた風はまた巻き上がって私を宙に浮かせる。拳はあっさりと引き抜けてしまい、


「地面では柔らかすぎたか」


 浮いた身体に、横風が当たる。

 飛ばされた先は、ビルぐらいありそうな巨岩。


「――っ、のぉっ」

 姿勢制御はさっきので学んだ。

 体育座りをさらに圧縮するみたいに身体を丸めれば、向きの変化は簡単。

 巨岩に足が向くようにしてから、両手を広げて風圧を支える、それから足を伸ばし、またまたライダー○ックのように――

「ぁら?」

 巨岩に当たる手前で、さらに別角度からの風。

 というか、竜巻。

「ぅおお!?」

 もうグルングルン回される。

 さすがに頭がくらくらしてきたところで、急に風向きが変わり、


 ズガシャァ!


 巨岩に叩きつけられた。

 姿勢制御も何もあったもんじゃない。

 

「――ぃいったあ……」

 で済む己の防御力に感謝。


 ガラガラと瓦礫をかき分けながら立ち上がる。


 バストアク王は、最初の位置から一歩も動いていない。

 こっちばっかカロリーもダメージも負わされてる。

 しかも今の全方位攻撃で、小石や砂なんかは全部吹き飛んじゃっただろう。さらに回避が難しくなる。


 やっぱり風属性は相性が悪かった。

 どんなにステータスが高くても、体重は変わらないのだ。

 宙に巻き上げられては耐えようがない。


 ……けど、ゲームによくある真空の刃で切るとかは、今のところなさそう。さっきの竜巻も平気だったし。

 

 ならばそろそろ反撃させてもらおう。


「モカ、準備いい?」

 日本語で、離れた場所にいる彼女へ叫ぶ。

「はいっ、いつでも!」

 モカも日本語で、大声で返してくる――とはいえあくまで普通の大声だ。私みたいに物理攻撃になりそうな大音声じゃないので、この荒野ではそこまで遠く響かない。が、私の聴力なら問題なく聞き取れるレベル。


 そして彼女が手にしているのは――両手で持つのにちょうどいい大きさと形状で、複数のボタンやスティックや十字キーがついた、完成品を見た瞬間私が故郷を思ってちょっと涙ぐんだ――


 この世界で初の、コントローラーであった。

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