画面外で勝手に死んでたボスキャラに黙祷
バストアク王は、お供もなしで、悠々とこちらへ歩いてきた。
途中、サレン局長たちの死体の側で立ち止まる。調べていたモカと、危険な虫がいないか警戒中のカゲヤが、王へと跪こうとするのを手で制する。そしてサレン局長へ向けて、一瞬だけ瞑目した――のを、私はできるだけ例の奴らが視界に入らないよう、目の端だけで眺めていた。
そして、王様は歩みを進め、私たちのところまで到着した。
――客観的に見れば、自分は突っ立ったまま王様を歩いてこさせる他国の王女という、かなり体面の悪い絵面である。が、私は一歩たりとも向こうへ近寄りたくないのである。だいたい、実情はどうあれこの国の人員を200人以上殺した直後である。体面も世間体もあったものじゃないだろう。
「健やかなようで何よりだ、レイラ姫」
バストアク王は、例のやる気なさそうな笑みを浮かべながら言った。
「ありがとうございます。それと、ご足労をおかけしましたこと、お詫び致します」
まあ、謝罪の言葉ぐらいは述べておこう。
「それは構わんが、詫びならばもっと他にあるんじゃないのか?」
王の視線が、斜め下に向かう。
その先には、先ほど私がKOしたファガンさんが転がっていた。
何年かぶりに再開する兄弟。
その弟を、私はデコピンで倒してしまっていた。
「………………」
場に沈黙が流れる。
エクスナが無言でファガンさんの側にかがみ込み、首のうしろに手を伸ばし、軽くつついた。
はっ、と目覚めるファガンさん。え、今の技なに?
目覚めたファガンさんは、おでこの痛みに顔をしかめていたが、すぐそばに立っていたバストアク王に気づくと、
「……やっぱり、来ちまってたか」
なんだか泣きそうにも見える笑顔でそう言った。
場所を変え、話をすることになった。
私がアレを見たくないだけじゃなく、さすがに大量の死体が目に入るロケーションは、他のみんなも長くいたいものではなかったのだ。
馬車の中を使おうかと私が提案したが、
「それでは見られないのでな」
とバストアク王は断った。
「何をですか?」
そう聞くと、王は平原の先にある王城を指した。
「外から眺めるのは、珍しいだろ?」
ファガンさんがからかうように言った。
「ああ、なかなか良い城じゃないか」
バストアク王も、軽い調子で笑った。
さっきまでの戦場からも、サレン局長たちからも少し離れた場所。王城がよく見える地べたに、馬車から持ってきたシートを敷いて車座になった。
バストアク王、ファガンさん、カザン王子、それに呼んできたフリューネと私だ。
私の後ろには、カゲヤが立ったまま控えている。
フリューネはちょっと顔色が悪い。聞けば戦闘中の光景を零下砦のなかから見ていた段階で、一度気を失ったという。けれども目覚めてからは気丈に戦況を見守り、傷の手当などもがんばっていたらしい。
今も休んでいたらという私の言葉に首を振ってここにいる。
モカは引き続き虫の調査中で、その護衛はエクスナが代わった。
零下砦を解除し、戦場のど真ん中から私たちの近くまで移動してきた馬車内ではアルテナや王子の部下たちが寝込んでいて、ターニャが介護をし、リョウバが警護をしている。シュラノもそこで休憩中。
「あまり時間はない。互いに堅苦しい言葉は省き、手短に話そう」
バストアク王はそう切り出した。
「わかりました」
お弁当を食べながら、私は答えた。
「…………」
バストアクの王族3名から、視線が集中する。
隣の妹は、もはや悟りの境地のように静かな表情になっている。
「いやいや、しょうがないんですよ。いっぱい動いたんでお腹が限界なんですよ」
この身体は、普段なら一般人と変わらない出力でいられる。ガラスのコップを持ってるときなんかにうっかり握りつぶしたりはしないのだ。
そして消費カロリーも、そうした平常時なら別に高くない。少々、多少、大食いの傾向ではあるけれど、それは蓄えられるエネルギーが大きいということなのだろう。
けれど今日みたいに高出力を長時間発揮した後などは、思いっきり空腹になってしまうのだ。そんな日はエクスナを遥かに上回るほどの量をたいらげることになる。
というわけで今お弁当を食べているのは、やむを得ないのである。
目の前の王様たちが真面目そうな話をしたがっているのはわかるけど、それはそれなのである。
「あの、どうぞ、お構いなくお話を」
そう言ってみる。
バストアク王は、ちらりとファガンさんに目を向けた。
「こういうお姫さんだ。王女にしては型破りというより、怪力無双の嬢ちゃんがたまたま王女の位も持っていると捉えたほうがいい」
――それは、非常に的を捉えた意見だった。
私がマジもんの王女だったら悲しむか怒るかすべきところなんだろうけど。いや、マジもんの王女はこんな場でひとりだけお弁当がっついたりしないか。
王は軽く顎を引いた。
「わかった。では簡潔に言おう。サレンたちを殺した虫だが、私をはじめ城内の多数に寄生しているのは間違いない」
「調べたのか?」
「ああ。便に卵が見つかった」
「ごふっ」
お弁当に噎せた。女子としてかろうじて吹き出しはしなかったけど。
「こんなとこで食ってるお前さんが悪い」
ファガンさんはしれっと言う。
フリューネがなんとも言えない顔で背中をさすってくれた。
「虫下しの薬を全員に飲ませるよう指示したが、効果はまだわからん。なにより、さきほど見たとおりジガティスはあれを意図的に孵化させることができるようだ」
「そうだな。しかも無差別じゃない。サレンたちだけ対象にして、兄貴は平気だったんだからな」
「そういうことだ」
「にしても、この距離だろう? 例の共鳴蟲というやつ、あの鳴き声はなかったぞ。新種を作ったにしろ、なんにしろ、成果がでかすぎだ。ひとりの研究者ができる限度を越えてる」
「ああ、何らかの恩寵を持っているはずだ」
「で、どんな流れだったんだ?」
「まずジガティスがステムナとサレンを脅した。お前を解放した件、相当重く見たようだ。これまでは従順だったらしいが、お前たち一行を仕留めねば寄生虫で殺すと告げたのだそうだ。脅されたふたりは焦りつつも私に詰め寄った。奴らにとっては久々の命がけだっただろう。確実な手段を求めたわけだ。それに対応した後、裏で私とジガティスで交渉をした」
ファガンさんはため息をついた。
「……兄貴自身がここにいなけりゃ、全力で拍手したところなんだがな。地形に時間、人員、それにサレン本人まで現場に寄越したんだ。どんな手腕だと不思議だったよ」
「最後のは嘘だな。予想はしたはずだ」
「……ああ、最悪のな」
「それよりは随分といいだろう。どちらにしてもこの国は残る」
ファガンさんは後ろ手をつき、首を傾けて王城を眺めた。
「できれば今晩、酒を飲みたかったんだが」
「贅沢を言うな、昼酒も悪くない。どうせ持ってきたのだろう?」
「ったく、こいつは時間と場所を選ぶだけの価値がある逸品なんだぜ?」
そう言いながらファガンさんは、私のお弁当と同じく馬車から取ってきた木のカバンを開けた。
中身は高そうな酒瓶とグラスのセットであった。
……いや、まあ、久々の兄弟再開なんだし昼からお酒をかっくらうのはいいんだけど、なんだか分かってる同士でぽんぽん会話しないでほしい。途中からついていけてないんですけど私。お弁当に集中して聞き漏らしたわけじゃないのに。
――よし、ここは頼れる妹を信じよう。たぶん理解していて、のちほど解説してくれるに違いない。
期待してるよ! という眼差しでフリューネを見る。すると、むしろそっちが姉なんじゃないかと思わせる慈愛に満ちた表情でかすかに頷いてくれた。
お酒は、カザン王子と私、フリューネにもまわってきた。フリューネのグラスだけは、唇を濡らす程度の量。
「ステムナはどうなった?」
ファガンさんが尋ねる。
「逃げようとして、虫の苗床になった」
バストアク王は答えた。
……嫌すぎる答えだった。
「――そうか、ふたりとも、か」
ファガンさんはグラスに目を落とす。
「立て直しやすくなっただろう?」
王様は、静かに微笑んだ。
「ジガティスは、結果次第では残るのか?」
「いや、どちらにしろ逃げるだろうな」
「そいつは、危険だな」
「ああ。だが見た限り、奴は自身の研究にしか目が向いていない。この状況も、今の環境が危うくなった故の防衛策でしかない」
「だが放置していたら際限なく増強されるぞ」
「ここでは、ずっと単独で動いていたと聞いている。主義故か恩寵の中身故かわからぬが、限度は見えるだろう」
「破綻したときが怖いぞ。……各国に通達しておきたいんだがなあ」
「選ぶべきだ。取り込みたがる国は片手に収まらん」
「そこまで馬鹿王がいるか?」
「王が賢くとも、臣下には間抜けがいるものだ」
「なるほど。その逆もあるしな」
「まったくだ」
笑い合うおじさんふたり。
それを眺めている若者組。
「あ、ちょっと食べます? この辺おつまみになりますよ」
ここまで無言のカザン王子が気になり、お弁当箱の、味が濃い目の品を薦めてみる。
「えっ、ああ、ありがとうございます。ですが私は酒だけで……」
遠慮する王子。
「どれどれ」
横から手をのばすファガンさん。
「ふむ」
同じく手をのばす王様。
「……なんか、仲いいですねおふたり」
男兄弟ってこんな感じなのか?
――ふと、地球にいる兄のことが脳裏によぎってしまった。
ふたりは同じタイミングでグラスを空にし、そろって深い息を吐いた。
「すまんな」
バストアク王がぼそりと言い、
「いいさ」
ファガンさんがさらりと返した。
「レイラ姫」
王がこっちに声をかけてきた。
「はい」
「すまないが、腹ごなしの運動を手伝わせてくれるか」
「はい?」
王は冗談めいた口調になる。
「忠実な家臣を殺し、優秀な部隊を壊滅させてくれたんだ。この王が自ら裁きを下そうではないか」
「……はいぃ?」
「なにしろ、前回から220年ぶりだ。国史に大きく刻まれることだろう」
バストアク王。
その体内に光る、宝石のような光の塊。
神の恩寵。
その光が、どくんと脈打った。