地球に戻ったときの精神ダメージがマジで不安な今日この頃です
パンッ
ボトボトボトッ
ブシュゥ
ウゾゾゾゾゾ――
という擬音だけで既にSAN値が限界間近なんだけれど、我が高性能極まりない動体視力は、その音の元凶となる眼の前の事態を、コマ送りのように観察してしまった。
サレン局長たち三人の腹部が破裂し、目玉が飛び出て落下し、無数の、む、虫が、こぼれ落ちてきて、服のあちこちが膨らんで、鼻とか耳とか、たぶん全身の穴から血が吹き出して、そこからも――
「……ふうっ」
当然ながら華麗に気を失う私。
がしっ、と、
「お気を――いえ、そのまま目を閉じたまま、どうか……」
瞬時に抱きかかえてくれるカゲヤ。
そして残念ながら、本人の希望を無視して気を失わせてくれない私の身体。
「うげっ、こっち来るぞ」
「いやあああぁぁっ」
ファガンさんの言葉に悲鳴を上げる。
同時に、浮遊感。
カゲヤが私を抱えたまま跳躍し、距離をとってくれたらしい。
ファガンさんも急いで走ってくる気配。
着地した後、「ありがとう……」力なくカゲヤに声をかけ、どうにか自分の足で立つ。
現場とは反対の方を向いて。
今だけは、虫の気配を感じ取れないことが非常にありがたい。あそこでうごめいてる奴らを感知してしまったら、私はもう腰砕けになってしまうことだろう。
さて。
ズゴンッ!
私は、自分の頭を拳で殴りつけた。
たぶん、今日イチ気合の入ったパンチだった。
それを連打する。
「記憶飛べ、記憶飛べ、記憶飛べ――」
直近の1分間だけでいいから。
いや、できれば過去のトラウマである森○蘭の覚醒シーンとかミストのドラッグストア探検シーンとかも一緒に消えてしまえ……! 似てるから絶対連想しちゃうから……!
「お止めください! その威力は――」
3発目でカゲヤが私の腕を抑えるが、
「なっ!?」
やめられない止まらない。
単純な腕力なら私のほうが上なのだ。
「くっ……、失礼!」
するとカゲヤは私の肩と肘を抑えにかかった。
「うそ?」
痛みはないのに、まったく動かなくなる私の右腕。
だが甘い、まだ左の拳が残っている――
「こら」
ぺしっ、と頭をはたかれた。
ファガンさんだ。
「ついさっきあんだけ殺した奴がこれぐらいで動転するな」
「いや違うんですよ、死体が駄目なんじゃなくて虫が駄目なんですって」
反射的に言い返しているうちに、パニックも治まっていった。
いつもの精神オートバランサー機能か。
叩かれて治る、古いテレビみたいなタイミングになっちゃったけど。
右腕を抑えたまま必死な表情のカゲヤに、「ごめん、落ち着いた」と声をかける。
「……なによりです」
こっちの表情を確かめた後、カゲヤは腕を解放した。
「申し訳ありません、乱暴を働きました。この処罰は――」
「あのね、求めると思う? 私が」
今度はカゲヤの両肩を掴んで、正面から軽く睨んだ。
カゲヤはなんと言っていいのかわからないらしく、困った様子で若干視線を揺らす。
「いい部下を持ったもんだな」
ファガンさんが軽い調子で言った。
「部下じゃなくて仲間です」
「その頼れる仲間、もひとり連れてきてくれないか? あの治療が得意な嬢ちゃん」
「へ?」
「レイラ姫」カゲヤが強調するように言う。しまった、そうだ、今は王女のふりしてるんだから、カゲヤたちも部下っていうことになっていた。
「モカが必要です。呼んできてもよろしいでしょうか」
「え? あ、うん、向こうが一段落してたら」
「承知しました」
さり気なく掴まれていた肩を外し、零下砦へと走ってゆくカゲヤ。
「ちなみにファガンさん、あっちはどうなってます?」
いまだ振り返らずに、サレン局長たちの方角を指して尋ねる。
「ああ、距離をとったからか近づいてはこないな。今は死体に群がって――」
「わかりましたそこまででいいです」
「特に脂肪の厚い部位から――」
「黙りやがってください」
王弟殿下にデコピンを見舞った。
吹っ飛ぶファガンさん。
……ちょっと加減間違ったかな?
「うっわ……」
ふいに別の声が聞こえた。
「あ、エクスナ?」
横を見れば、いつの間にかステルスを解除したエクスナが立っていた。KOされたファガンさんを見て、顔をしかめている。
「どしたの」
尋ねると、じろりと睨まれた。
「私のおでこが、実験台にされた恨みをぶり返したのです……」
あ、そうだった。力加減の練習の一環で、彼女にもデコピンを見舞ったことがあったっけ。
「まあまあ、とにかくお疲れさま。範囲が広くて大変だったよね」
私達が戦っていたエリアを、さらに覆うように伏兵が配置されていたのだ。それを単身で、見つからないよう、さらにエリア内にいるサレン局長たちに気づかれないよう仕留めていったのだから難易度ベリーハードだっただろう。
……頼んどいてなんだけど、よくできたなマジで。
そりゃサレン局長も、誰の仕業か検討がつくか。
「いえ、そちらこそお疲れ様でした。……見てましたよ、合間合間に。みなさんの奮闘ぶりと、レイラ姫の暴れっぷりを……」
なんでそこ分けた。
「お待たせしました」
ザッ、とカゲヤが砂埃を上げて戻ってきた。
モカをお姫様だっこして。
「あ、なにしてんですかカゲヤ」
早く降ろせとペシペシその腕を叩くエクスナ。
「この方が早かったので」
「変なとこ触んなかったでしょうね」
「自分が代わると主張してきたリョウバを瞬時に説得させねばならなかった苦労がわかりますか」
「……おつかれさまでした」
地面におりたモカは、
「なにか先程から体調に変化はありませんか?」
と私に尋ねた。
「ううん、平気」
「よかったです。では、行ってきます」
そして、私の背後、サレン局長たちの死体がある方へ走っていった。
カゲヤもそれを追う。
「え?」
驚いて振り返りかけて、死骸の状況が一瞬だけ目に入っちゃって慌てて首を戻す。
「なにしてんのあの子!?」
エクスナは平然と向こうを見ている。
「――ああ、なるほど、虫取りしてます」
「へ?」
「何匹か、虫を回収してます。死体の血液や肉片、内蔵も」
「……あ、そっか」
サレン局長は、カザン王子たちの体内に虫が寄生していると言っていた。
たぶん、さっきのアレも、それと同じだ。
てことは、どんな虫か調べて、治療法とか調べなきゃいけない。それも大至急で。
「……でも、アレを近くで調べてるの? 泣いてない? モカ」
「いえ、興味深そうにあちこち探りまわってますよ」
「あ、そう……」
さすがはロゼル班。
そりゃ手術とかできるんだし、グロ死体も謎の寄生虫も耐えられるのか……。
「あの、ところで向こうからくるお方は無視したまんまでいいんですか?」
「へ?」
言われて気づいた。
サレン局長たちのさらに後ろ、物陰に隠れていたふたり。そのうち片方は魂が感じ取れなくなっていたけど、もう片方は生きていて、しかもこちらへ歩いてくるところだった。
そっちの方角にはできるだけ意識を向けないようにしてたし、特に殺気を放ってるわけでもないから今まで気づかなかった。
「あー、その、あっち振り返りたくないんだけど」
「はあ、まあレイラ姫のお嫌いな奴らが蠢いてますからねえ。うわ、今、妙に長いのが耳から、げっモカがそれをずるずるって」
「エクスナ?」
にっこり笑ってデコピンの構え。
「やだなあ冗談ですよすみませんもう言いません。――あー、でも、振り返って迎えたほうがよくないですか?」
「えー、やだなあ……。ちなみに強そう?」
最後まで隠れていたってことは、陰番的な強さなのか、逆に小物か、あるいは意外と善玉キャラか……。
「強そうというか、偉そうです」
「は?」
「まあ、王様ですし」
「……は?」
思わず振り返ってしまった。
岩陰から姿を見せこちらへ歩いてくるひとりの男性。
整っているけど、やる気のなさそうな顔立ち。
ファガンさんやカザン王子に似た、暗緑色の髪。
そして、精巧な細工を彫り込まれた、王冠。
バストアク王国の王様が、お供も連れずにのんびりと向かってきていた。